「遅くなってごめん、啓太」
 理事長室に入るなり、開口一番、和希は啓太に謝った。
 クリスマス・イヴの夜から二人静かに軽井沢の別荘で過ごす予定だったが、その出発の直前に和希は急なシステム・エラーで石塚に呼び出されてしまった。一時間で戻る。そう啓太に言い置いてから、既に三時間が経過している。イヴはもう殆ど終わろうとしていた。
「あっ、和希……お疲れさま……」
 右目を擦りながら、啓太は顔を上げた。ソファーに座って和希を待っている間に、ついうとうとしてしまった。ちゃんと起きてるつもりだったのに……
「眠い?」
 啓太の横に腰を下ろすと、和希は優しく尋ねた。啓太は首を横に振った。
「う、ん……大丈夫。退屈してただけだから」
「ごめん。まさかシステム職員の大半が帰宅しているとは思わなかったんだ。もう直ぐ石塚が俺の車を地下駐車場に持って来るから、そうしたら出発しよう」
「本当に出掛けても良いのか、和希? また何かあっても、今度は直ぐには戻れないよ?」
「ああ、後は石塚と岡田で何とか出来る。それに、今は溜まっている仕事もないし、特に問題はないよ」
 このささやかなクリスマス休暇を取るために、和希は休日を返上して鬼の様に働いた。社交辞令で幾つかのパーティにも誘われていたが、それは尽く断った。理事長と研究所長を兼務しているので、欠席の理由に事欠くことはない。今夜だけはその肩書にとても感謝した。
「本当は向こうで渡したかったけれど……はい、これ」
 和希は後ろ手に隠していた啓太へのクリスマス・プレゼントを差し出した。
 それは大きな黒い瞳をして首に銀色のリボンをつけた栗黄金色のテディ・ベアだった。クリスマスにはまだ少し早いが、二人で迎えた初めてのクリスマス・イヴを和希はこんな形で終わらせたくはなかった。
「えっ!? あ……有難う、和希」
 少し困った様子で、啓太はその可愛いぬいぐるみを受け取った。啓太の和希へのプレゼントは手荷物の中にしまってあった。どうしよう、と和希を窺うと、わかっているからと言う様に和希は頷いた。
 啓太はほっと胸を撫で下ろし、しげしげとそれを見つめた。
「これ……和希が作ったのか?」
「ああ、総て俺のお手製」
 えっへん、と和希は胸を張った。啓太はクスクスと笑った。
(それ、いい年をした大人の態度じゃないよ、和希)
 しかし、忙しい和希が暇を見つけては編み棒を持って自分のために作ってくれたのかと思うと、啓太は本当に嬉しかった。有難う。もう一度、そう言って啓太はキュッとテディ・ベアを抱き締めた。和希が悪戯っぽく言った。
「俺がいなくて寂しいときは、これと一緒に寝るんだぞ、啓太」
「馬~鹿。もうそんな子供じゃないよ。でも、これ……凄く手触りが良くて……こうしてると、何だか気持ち良い……」
「良かった、気に入って貰えて」
 和希は満足げに呟いた。
 実はそれはただのテディ・ベアではなかった。リボンは特殊技術で糸状に伸ばしたプラチナで織ったもので、両の瞳はオニキスだった。中綿には絹を使い、本体は世界最高級とされるビクーニャの毛糸で編まれている。材料費だけで軽く数百万円はしていた。
(本当は同じ糸で編んだセーターもあるけれど、それは向こうで啓太のプレゼントと交換するか。休暇はまだ始まったばかりだからな。楽しみは先まで取って置かないと。それに、今はこんなに可愛い啓太が見れたことだし……)
 和希には、そのことが何よりのプレゼントだった。ふわりと微笑むと、ビクーニャよりもしなやかな恋人の髪に指を絡めた。
”Merry Christmas,Keita.”
 そして、二人の楽しいクリスマスが始まった。


2007.12.21
’07 クリスマス記念作品 和希ver.です。
ビクーニャのテディー・ベアなんて想像がつきません。
あの糸でそれを作れるのは、
きっと和希だけです。

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