啓太は、ぼんやり窓の外を眺めていた。周囲は完全に夜の帳に覆われ、何も見えない。ただ、暗い空から雨が落ちてくるだけだった……ときに激しく、ときに弱く。篠宮の点呼も終わり、もう誰もが寝入る頃だろう。しかし、啓太はまだ制服のままでいた。
 今、部屋には和希がいた。どんなに仕事で遅くなっても、和希は必ず啓太の元に還ってきた。それがわかっているから、啓太も夕食を取り置いて待っていた。そして、和希は食事を済ませると、自然に啓太の部屋の浴室を使った。
「……」
 はあ、と啓太はため息をついた。
 それは、つまり……これから……な訳で……こんなとき、啓太はどうやって待てば良いのか未だにわからなかった。パジャマに着替えてベッドに入るのは、いかにもという気がして恥ずかしかった。明日の予習でもしようかと思ったが、それも態とらしい。どうせ頭に入らないのだから。結局、自然の成り行きに任せるしかなかった。
(転校してきたときは、こんなふうになるなんて思わなかった)
 あれからまだそんなに時間は経ってないが、あの頃の自分はもういない。和希に恋をし、求められ、総てを許した。ここにいるのは快楽を知った別の自分……違う伊藤啓太だった。そのことを後悔している訳ではない。ただ、ふと一抹の寂しさを覚えた。
 どんなに愛しても決して公には出来ない……相手を縛るだけの不毛な関係。恐らく和希は啓太とならこの泡沫の夢に堕ちても良いと言うだろう。しかし、それは啓太の方が嫌だった。
(和希は俺と違って背負ってるものが一杯ある。今は良いけど、いずれ必ずそれと向き合わなければならない刻が来る。そのとき、俺は和希に総てを捨てるなんて選択はして欲しくない。なら、俺はどうしたら良い? 俺はただ和希が好きで、一緒にいたいだけなのに……)
「……!」
 不意に背後から温かい腕が啓太の身体を包み込んだ。硝子の中に濡れた髪もそのままの和希が映っている。和希は啓太の首筋に顔を埋めて囁いた。
「泣かないで、啓太……泣かないで……」
「……泣いてない」
 啓太は小さな声で呟いた。
「泣いているよ。心が震えている」
「……」
「今が夢の様だから、夢の終わりが怖くて泣いている。確かにここでの生活はいずれ終わる。でも、俺はそこで目醒めるつもりはないよ。俺は啓太と更にその先の夢が見たい。それにはまだ俺は力不足で、啓太を不安にさせるかもしれないけれど……待っていて欲しい」
「……」
 無言で啓太は振り返った。和希の深い海の様な瞳に合う。これから先、二人の身にどんなことが起ころうとも、和希がそう言うなら、この夢の続きが見れる気がした。
 啓太は静かに両手を和希の首に掛けた。
「抱いて、和希」
「ああ」
 和希はふわりと啓太を抱き上げた。直ぐに二つの口唇が重なった……

 その晩、啓太は和希を殺す夢を見た。その中で誰かが囁いた。
『……離れないと、死んじゃうよ、彼……』


2008.4.18
5000H記念作品です。
時間軸設定が
MVP戦後から『冷たい身体』前になっています。
甘く、切なく、艶っぽくを目指しました。
決して啓太に最後の台詞を言わせたかった訳ではありません……多分。

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