今、誰かに幸せかと訊かれたら、幸せだと答えるだろう……たとえ、これから男に抱かれるとしても。啓太は和希の手によってシャツが肩から滑り落ちてゆくのを感じながら、うっとりそんなことを思っていた。
 これまで、性についてはずっと淡白だった。啓太の周りにいた者達も異性よりは同性と遊ぶ方が楽しいという、所謂、お子様ばかりだった。高校生になって漸くその手の話題が増えてきそうな矢先、啓太は地元を一人離れてBL学園(ベル・リバティ・スクール)へと転校した。そして、和希に恋をし、真っ白な心と身体をあげた。そこに躊躇いがなかった訳ではない。一応、人並みの知識はあった。しかし、未知の不安よりも好きな人に求められ、自分を与える歓びの方が遥かに大きかった。俺は総て和希のものだから……
「啓太」
 呼ばれて啓太はハッと我に返った。いつの間にか、服は総て脱がされ、ベッドに横たわっていた。大好きな人が不思議そうに自分を覗き込んでいる。
「何を考えていたんだ?」
「うん……俺は幸せだなって」
 啓太はふわりと微笑んだ。すると、和希は啓太の頬に掌を当てて嬉しそうに囁いた。
「俺も幸せだよ、啓太」
 それを証明するかの様に口唇が降ってきた。
 和希はいつも優しかった。こんなときでさえ、啓太の意思を優先させる。軽く啄む様な感触に啓太が焦れて自ずと口を開くまで待っていた。しかし、一旦、侵入を許してしまうと、今度は息が止まりそうなほど深く口づけられた。舌を絡め、緩急をつけて吸われ、愛撫される。奥なる芯のざわめきを見計らった様に舌先で口蓋を撫ぜられると、思わず、甘い声が鼻から抜けてしまった。
 啓太の力が緩み始めたのを感じて和希は膝で脚を割ってその間に身体を滑り込ませた。未だに初々しさの残る啓太は羞恥で微かに色づいたが、直ぐにまた和希との口づけに夢中になっていった。和希は薄く目を開いた。漸く手に入れた愛しい人が自分に陶酔してゆく様を見るのは何とも心地良い。それに……
「……っ……」
 小さな音と共に和希が離れた。啓太の濡れた口唇から湿った吐息が零れる。ふるりと震えた蒼穹に浮かぶ鮮やかな情欲……和希だけが知っている啓太の夜の顔。それを見るのも、作り出すのも総て自分だけだと思うと、和希の内に激しい快感が湧き起こってきた。綺麗だ、啓太……
「和希……」
 啓太が先を促す様に呟いた。再び和希が口唇を寄せると、しかし、そこじゃないと言う様に啓太は顔を背けた。クスッと和希が笑った。
「わかった」
 和希は顎の稜線を辿って啓太の左耳を軽く食んだ。同時に右の掌で首筋を伝い、鎖骨の線を撫ぜる。それだけで、啓太はピクンと痙攣した。その反応に気を良くした和希の手が胸元へと落ち、まだ小さくて未熟な実を摘むと、啓太は艶めかしく身を捩った。暫く指先で転がして感触を楽しむ。
「……っ……あ、んっ……和希……」
 乱れる吐息を抑えようと、啓太は手の甲を口に押し当てた。和希が困った様な微笑を浮かべた。
「啓太……手を退けて?」
「……」
 やだ、と啓太は首を振った。
 まだ始まったばかりなのに、もう息が荒くなっているのが恥ずかしかった。和希に触れられるだけで肌が粟立ち、熱が内に籠もってゆくのを感じる。既に全身が異様ほど敏感になっていた。
 和希は――他の人がどうかは知らないが――焦らす方だと啓太は思った。今も舌や口唇で耳を嬲るだけで、それ以外は一向に降りていかない。指も先刻からずっと同じところを弄っている。そこだけじゃなく、反対側もして。気を抜けばそんな言葉が飛び出してしまいそうで、啓太は必死に声を押し殺した。すると、不意に和希が爪で熟れた先端を軽く弾いた。
「あっ……!」
 ピリッと走った痛みと快感に啓太の身体が跳ねた。白く反り返った胸に咲く、未だ手つかずの飾りを和希が口に含む。舌先で周囲を丸くなぞって吸いながら、反対側を捏ねられて啓太は堪らずもう一方の手を上げた……が、それは直ぐ和希によって阻止されてしまった。時折、左右の指と舌が入れ替わり、均等に執拗に愛撫される。啓太は二点同時に与えられる刺激に抗おうとキュッと口唇を噛み締めた。
「ふっ……くっ、ん……あっ……」
 しかし、自然と腰が波打ってしまった。既に快楽を知っている身体は下肢の狭間に横たわる和希とより深く密着しようと、無意識に脚を広げてしまう。
(もっと……もっと俺を求めて、啓太……)
 和希は身体の位置を少しずらすと、右手をすっと下へ滑らせた。濡れそぼった中心を掌で大きく包み込み、根元から扱く。すると、先端から溢れる蜜が指に絡む音に混じって啓太のあられもない声が部屋に響き渡った。
「あ……ああっ……んっ……」
「綺麗だ、啓太……」
 思わず、呟いた和希の言葉が熱で掠れた。
 事実、闇に浮かぶ白磁の肌を快感で仄かに染めた啓太は眩暈がするほど美しかった。このまま、永遠にその姿を見ていたい気がする。しかし、見ていれば、触れたくなる。触れれば……欲しくなる。こんなふうに煽られては堪らない。まだ性に不慣れな啓太に負担は掛けたくないのに、どんなにその身を貪っても満たされない。何度でも欲情する。こんな浅ましい俺を知ったら、啓太は何と言うだろう……
 ふっ、と和希は自嘲した。そして、啓太の上から和希の重みが消えた。
「ああっ……!」
 突然、啓太の背が大きくしなった。
 身体の中で最も敏感な部分を和希に銜えられた。熱い口腔が滑らかに張り付き生じる刺激は手とは比べ物にならないほど気持ちが良い。同時にもう充分に濡れた和希の指が啓太の器となる場所へ潜り込んできた。感じる点を擦りつつ、内壁を押し広げる様に蠢く。なるべく啓太に苦痛を与えない様に、和希の口唇と舌の動きが一段と早くなった。
「あ、ああっ……っ……はあ、んっ……ああっ……」
 身に過ぎた感覚に、いつしか啓太の瞳には涙が滲んでいた。
 啓太は霞む視界に和希の姿を探した……が、直ぐに見なければ良かったと後悔した。大きく広げた両脚の間に頭を沈められる光景は目を背けたくなるほど卑猥だった。それなのに、身体は切ないまでに和希を求める。淫らに腰を揺らし、くねらせ、弾ませる。何度でも欲情する。こんな浅ましい俺を知ったら、和希は何と言うだろう……
 それでも、啓太は和希に縋った。恋人によって与えられる快感と聴覚から意識を侵す濡れた音に、理性が崩れてゆくのがわかるから。一人でいるのが怖かった。そのまま、身も心もどこかへ流されてしまう気がする。一緒にいて、和希……一緒に……
 すると、その心の声を聞きつけたかの様に和希がすっと目の前に現れた。
「啓太、俺はここにいるから」
「……和希……」
 啓太は、ほっと胸を撫で下ろした。和希が啓太の両足を抱え上げ、入口にそっと自らを宛がう。
「力を抜いて、啓太」
「う、ん……」
 啓太は小さく頷くと、和希の肩に両手を掛けた。その瞬間――……
「は、あっ……ああっ……くっ……!」
 力強い質量にゆっくりと身体を貫かれた。指で良く解されているとはいえ、内に込み上げる圧迫感は快楽よりも苦痛に近い。自然と瞳から涙が零れた。しかし、愛する人と一つになれた歓びに啓太は健気な微笑を浮かべた。
「好きだよ、啓太……」
「……俺、も……好き……っ……和希……」
 そして、啓太は和希に総てを委ねた。
 身体を突かれる度に、啓太の中を痛みにも似た快感が走った。投げ出されたつま先が虚しく宙を蹴り上げる……何度も、何度も。芯まで響く和希の重みと熱に、あっと言う間に啓太は身も心も侵蝕された。もう何も考えられない。和希のこと以外は……
「啓太……啓太……」
 呼ばれて、啓太は朧に目を開けた。切れ切れに啼く自分を愛しそうに和希が見つめている。啓太は何だか嬉しくなって自分も名前を呼ぼうとしたが、言葉にならなかった。最早、閉じることのない口唇からは嬌声しか出て来ない。でも、もっと……もっと和希が欲しい……
 喜悦に喘ぐ口腔の奥で舌が淫らに和希を誘った。
「……っ……啓太……」
 それに惹き寄せられ、和希は再び啓太に深く口づけた。
(……和、希……)
 息苦しさと間断なく与えられる快感に啓太の意識が朦朧としてきた……が、それに反して心は益々満たされてゆく。身に積もる和希への想いで啓太は今にも沸騰しそうだった。人を愛することに性別は関係ないから。和希が和希でさえあれば、きっとまた俺は同じ路を辿る。愛してる、和希……愛、してる……
「……!」
 そのとき、深奥を強く抉られて、啓太は反射的に大きく仰け反った。弾ける様に口唇が離れ、悲鳴の様な声が上がる。その陰で低い呻きが聞こえた。啓太は自分の内に和希の熱い迸りを感じて、快感を越える歓びに震えた。やがて力の抜けた腕がポスンとベッドに落ちた。
 啓太は幸福感に導かれるまま、意識を宙へと浮遊させていった……

「……っ……」
 心地良い脱力感に促され、和希は恋人の隣に身を横たえた。頬杖をつくと、まだ余韻で恍惚としている啓太の額に張り付いた柔らかな癖毛を丁寧に払う。啓太、と和希は囁いた。
 優しくしたいと思う、愛しているから。出来ることなら痛みは与えたくない。ただ悦びだけに溺れさせたい。でも、激しくしたいと思う、愛しているから。お前の中で快楽が苦痛に変わり、それが再び快楽になるまで……お前を抱きたい。
(本当に俺は自分勝手な奴だな。でも……)
「愛している、啓太……心から、愛している」
 祈りにも似た和希の声は今の啓太には届かなかった。だから、和希はずっと啓太を見つめていた。啓太は直ぐ正気を取り戻すが、この蒼い瞳が最初に映すものはいつも自分の姿であって欲しいから。二人の幸せな時間が完成するまで、あともう少し……



2008.8.8
サイト・オープン一周年記念作品です。
終にNHKを越えてしまいました。
まあ、基本は発展させるためにあるので、
そろそろ良いかなと。
甘く、綺麗に、繊細にを目指しました。

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Café Grace
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