真夜中、不意に啓太は息苦しさを感じて目を醒ました。口唇に触れる温かい感触。口腔を踊る滑らかな舌。濡れた音。俺……キスされてる……
「……」
 ぼんやり瞼を開けると、ベッドに腰掛けた恋人の優しい瞳が見えた。
「ごめん。起こしたか?」
「……うん」
 啓太は小さく頷いた。和希は苦笑を浮かべながら、優しく啓太の髪を梳いた。
「啓太の寝顔を見ていたら……キスしたくなった」
「……和希、明日は朝から本社へ行くって言ってなかった?」
 少し無愛想に啓太が言った。
「ああ、七時にはここを出る」
「だから、今日は駄目って言ったよな、俺?」
「ああ、覚えているよ。だけど、眠れなくてさ。啓太があんな嬉しいこと言うから」
 点呼の時間なので仕方なく和希が自室へ戻ろうとすると、啓太はその背に抱きついて小さく囁いた。
『……明日まで我慢しろよ。俺だって……したいんだから……』
 和希は指で啓太の口唇を一撫ですると、その中央を軽く押した。僅かに出来た隙間から指先を潜り込ませ、艶やかに微笑む。
「もう明日だよ、啓太」
「……」
(俺は、そういう意味で言ったんじゃ……)
 しかし、熱の籠もった和希の瞳を見つめながら、指を銜えていると、身体の芯が妖しくざわめいた。無意識に舌が動き、綺麗な長爪の先をくすぐる様に舐めてしまう。和希がクスッと笑った。
「誘っている、啓太?」
「……っ……先に誘ったのは和希の方だろう?」
 夜目にもはっきりとわかるほど啓太の頬が紅潮した。
「そうか……なら、良い?」
 和希が低く尋ねた、最後の音は殆ど吐息だけで。啓太の目が微かに宙を泳いだ。俺の答えなんて和希にはわかってるはずなのに……ずるいな。
 だから、返事をする代わりに和希をベッドに引きずり込んだ……

 互いに素肌を曝して身体を重ねた瞬間、啓太は大きく喘いだ。しなやかに返った白い喉に和希が口唇を落とす。そのまま、緩く稜線を辿って鎖骨の間の小さな窪みに口づけた。
「……っ……和希……」
 啓太が和希の頭を抱え込む様に抱き締めた。
 その反応に気を良くした和希は指で啓太の胸に咲く実をきつく摘み上げ、強く捏ね回した。同時に反対側を柔らかく食みながら、舌で優しく転がす。気持ち良くて……しかし、ピリピリとした感覚を逃そうと啓太が僅かに身を捩った。
「あ……和、希……くっ……」
「痛い……?」
「……平気……」
 啓太は弱く首を振った、ほんのりと情欲を浮かべて。
「なら、もっと感じて……啓太」
「あっ……ああ……はあ、んっ……」
 胸から広がる痺れる様な甘さに、声を抑えようともせず、啓太は素直に身を投じた。快感を引き出そうと愛撫する和希を自ら引き寄せ、肌に触れる吐息にさえ艶めかしく身悶える。
「ああっ……んっ……ああっ……」
「気持ち良い……?」
「……うん……」
 濡れた瞳で頷く啓太に和希が密かに微笑を深めた。
(今夜は積極的だね、啓太)
 お陰で、堪らなく欲望が煽られた。理性と羞恥の狭間で切なげに腰を揺らしならがら、全身から甘い色香を放って男を誘う……そんな美しくも淫らな花を、自分の腕の中で更に咲き乱れさせたくなる。もっと色々な啓太を俺に見せて……
 和希の身体がすっと下へ沈み込んだ。そのとき――……
「あ……待って、和希」
 突然、啓太がそれを止めた。
「何、啓太?」
 和希は上目遣いに言葉を返した。みぞおちに小さく口づける。んっ、と啓太が息を詰めた。一瞬、その先を期待してしまったが、和希の明るい鳶色の髪に指を絡めて何とかそれを誤魔化した。本当は和希が来てくれて嬉しかったから……一方的に受けるばかりでなく、啓太も和希を愛したかった。
「俺にも、させて……和希の……」
「……喜んで」
 ふわりと和希は微笑んだ。
 啓太が上体を起こすと、今度は和希がそこに横たわった。啓太は和希の胸にチュッと一つ口唇を落としてからベッドに両手をついた。互い違いに組む様に和希の顔を跨ぐ。
「……っ……」
 和希の前にあられもない姿を曝す格好に、思わず、啓太はキュッと目を瞑った。和希に見られていない場所はないとわかっていても、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうな気がする。にもかかわらず、和希の視線を感じて内に籠もる熱が益々そこへ集まりそうになった。それを少しでも和らげるために啓太は和希に悟られないよう静かに熱い息を吐いた。
「もう腰が揺れているよ、啓太」
「そ、そんなことな……ああっ……!」
 先端を銜えられ、啓太がピクンと痙攣した。和希の滑らかな舌が張り付き、甘い痺れが背筋を駆け抜ける。意識を下肢へ奪われそうになって、啓太は慌てて首を振った。
(俺も、和希を……)
 啓太は愛しそうに優しく手を添えると、挨拶する様に頂きに小さく口づけた。まだ喉の奥まで巧く呑み込めないので、まずは力強い根元から舌で這い上がる様に大きく舐める。和希の硬度が増すのを感じると嬉しくなって、その拙い動きを何度か繰り返した。それから……
「う、んっ……っ……」
 息苦しさを堪えて、啓太は出来る限り深くまで和希を招き入れた。口腔から伝わる和希の熱と質量に眩暈がする。それがどれだけ自分を翻弄し、甘美な快楽を与えてくれるか良く知っているから。啓太は敏感な部分を口蓋に擦りつけながら、口唇を使って丹念に上下に扱いた。含めないところは手で愛撫する、心を籠めて。
(……和希……)
 静寂に響くぬめった水音の向こうに啓太の意識が朧に霞んでゆく。
「……んっ……っ……ふ、んっ……」
「……っ……」
 和希が小さく息を詰めた。そして、吸い込まれる快感に攫われないよう本格的に啓太を攻め始める。直線的な刺激に加えて全体にたっぷり舌を絡ませつつ、ゆっくりと口中で捏ね回した。柔らかく絞られる様な感触に啓太の腰が波打つと、蜜を纏った指で入口をそっと撫ぜた。
「あ、んっ……!」
 啓太の口から、くぐもった音が零れ落ちた。和希はそこを更に揉み解し、丁寧に溶かす。
「……ん……ふっ……ふあっ……んっ……」
 繰返される浅い挿入に啓太はもじもじと腰を動かした。もっと奥深い場所で和希を感じたいと堪らなく身体が疼いてしまう。内壁が縋る様に指先に絡みつき、そこから滲む僅かの感覚にさえ悦びを拾って啓太は喘いだ。和希が小刻みに震える下肢を宥めながら、楽しそうに言った。
「可愛いよ、啓太」
「や、ああっ……っ……」
 銜えられたまま、言葉を発せられて肌が一気に粟立った。無意識に指を締めつけると、追い討ちをかける様に敏感な場所を激しく擦られる。
「ふあっ、和希っ……!」
 切羽詰った声が上がった。
「……もう限界?」
「……っ……うん……うん……」
 啓太は子供の様に大きく頷いた。
「わかった」
 和希が指を抜くと、啓太はもそもそと下りてシーツの上に力なく座り込んだ。もう自分では動くことが出来なかった。そんな啓太を和希が優しく引き倒し、再び覆い被さってくる。
「はあ、んっ……」
 心地良い和希の重みに啓太は恍惚となった。見上げれば、そこにあるのは啓太だけが知っている和希の夜の顔。自分を求めて鮮やかに欲情している恋人は、うっとりするほど綺麗だった。啓太は引き寄せられる様に腕を伸ばすと、夢中で口唇を求めた。そして、心の底から思った。この人に抱かれたい、と……
 ふわりと和希が微笑んだ。
「好きだよ、啓太」
 和希が啓太の両足を大きく抱え上げた。啓太は小さく頷くと、和希の肩にそっと両手を掛ける。
「来て……和希……」
「ああ、啓太……」
 視線を絡めたまま、和希が慎重に体重を乗せてきた。
「あっ……は、ああっ……!」
 ゆっくりと身体を貫かれ、啓太の喉から押し出される様に高い声が上がった。息苦しいほどの圧迫感に涙を零す啓太を、和希が熱い肌ごと総て奪う。
「……んっ……あっ……ああっ……」
 緩やかに激しく身の内を突く和希を啓太は柔らかく受け止めた。熱を帯びて絡みつく内壁は擦れる度に気が遠くなるほどの快感を生む。それは浮遊する様にも似て……啓太は和希から離れまいと必死に手に力を籠めた。
「……っ……啓太……」
 和希の声が苦しげに掠れた。
 自分に縋って切れ切れに啼く啓太に理性が崩れてしまいそうだった。何もかも忘れて、ひたすら貪欲に啓太を求めてしまう心が抑えられない。もっと……もっと啓太が欲しい……
「啓、太っ……!」
「あっ、和希っ……ああっ……あ、あっ……!」
 想いの丈を叩き込まれる様な律動に啓太は夢中で和希の肩に爪を立てた。華奢な身体の奥を縦横無尽にかき混ぜられる感覚は、もう快楽かどうかもわからない。ただ和希に揺さぶられるまま、声も出せずに喘ぐだけ。いっそこのまま、散ってしまいたい。朦朧とした意識の片隅で啓太がそう思ったとき、一際、強く最奥を抉られた。
「はあ、ああっ……!」
「くっ……!」
 その瞬間、二人は同時に自らの欲望を解放した――……

 快感の余韻が静かに醒めてゆく中で、啓太は誰かの切ない声を聞いた。
「愛している、啓太……心から、愛している」
「……」
(そんなに自分を責めないで……)
 無音で啓太は囁いた。
 狂おしいほど求めたのは俺も同じだから。貴方になら壊されても構わないと思ってしまったから。でも、安心して。俺はそんなに脆くない。だって、いつも貴方がそこで待ってるから……
「……和希……」
 気だるい腕を持ち上げると、和希がその手を取って口づけた。どちらからともなく綺麗な微笑が零れる。今は、ただそれだけで良い。
「……」
 心のままに深く深く指が絡まった。そっと触れる様に重ねた口唇が次第に濃密さを増し、いつしかまた二人は肌を合わせていた。再び夜のしじまに愛が満ちてゆく。そして……



2009.3.20
『第十九回ツヤツヤけ~たん観賞会』において、
第一位に輝いた正常位を用いた
ツヤツヤけ~たんSS 和啓ver.です。
多分、明日は和希も啓太も寝不足です。

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Café Grace
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