サーバー棟へ向かう道すがら、上ばかり見ていた啓太は前方から歩いて来た人と危うくぶつかりそうになってしまった。
「あっ、すいません」
「いえ、こちらこそ」
 石塚は優しく微笑んだ。啓太は少し驚いた表情を浮かべた。
「あれ? 石塚さん、どこへ行くんですか?」
 和希の秘書を務める石塚はいつもサーバー棟にいるので、こうして外で会うのはとても珍しかった。
「研究所です、少し用事が出来ましたので。伊藤君は随分、熱心にこの花を眺めていましたね」
 石塚が傍の木を見上げた。
 小道の両脇に等間隔で植えられたミモザアカシアが今は満開で、零れんばかりの黄色い花をつけていた。啓太が恥ずかしそうに言った。
「俺、昼にミモザ・サラダを食べたんですけど、ミモザの花って本当に黄色いんだなって思って」
 そうですね、と石塚は小さく頷いた。
 石塚も昼食に同じものを取ったが、季節感など気にも留めていなかった。毎日、ここを通っていたのに……ただ空腹を満たしただけ。しかし、啓太に会って、石塚は忘れ掛けていた大切な心を思い出した。
(和希様がこの子を傍に置きたい理由が本当に良くわかります)
 愛しむ様な眼差しで、石塚はじっと啓太を見つめた。すると、二人の間を急に強い風が吹き抜けた。
「あっ……!」
 啓太はキュッと目を瞑った。ミモザが頭上に降ってくる、ふわりふわりと。柔らかい癖毛に黄色い花房が絡みついた……が、啓太はそのことに気づかないで歩き出そうとした。
「それじゃあ、失礼します、石塚さん」
「待って下さい、伊藤君」
 石塚が、すっと啓太の髪に手を伸ばした。キョトンとしている啓太を視界の隅に捉えながら、丁寧に花を取り除く。
「……っ……」
 啓太の頬が赤く染まった。
 石塚の優しくて柔らかい物腰が、どことなく和希を連想させた。しかも、二人とも身長が殆ど同じなので見上げる啓太の目も似た様な角度になる。一緒に仕事をしていると、雰囲気まで同じになってくるのかな。ぼんやりと啓太がそんなことを考えていると、遠くで自分を呼ぶ声がした。
「あっ、和希」
 パッと啓太の表情が華やいだ。石塚が振り返ると、サーバー棟の入口に和希が立っていた。
「有難うございます、石塚さん」
 啓太はペコリと頭を下げて和希の方へ向かおうとした。石塚がまた呼び止めた。
「伊藤君……人と生まれて恋に落ち、素敵な恋人を手に入れたとき、これに勝る歓びはありません。だから、どうかその気持ちを大切にして下さい」
「はい」
 嬉しそうに啓太は笑うと、今度こそ真っ直ぐ和希へと駆けて行った。
 穏やかな微笑を浮かべながら、石塚はその後姿を見つめていた。啓太が和希の元へ辿り着くのを確認すると、小さく小さく息を吐く。これで良い……と思った。そして、仕事をする大人の顔へ戻って再び自分の務めに専念することにした。


2009.4.27
石塚さんBD記念作品です。
和希と啓太を陰で支える大人の石塚さん。
ちなみに、ミモザアカシアの花言葉は
真実の愛、友情、秘めた恋。
ああ、まさに石塚さんのためにある様な木です。

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