青灰色の背広に黒のネクタイを締めて、和希は無言で墓碑の前に立っていた。そこには小さな製薬会社を一代で世界有数の企業にまで押し上げた男が眠っていた。
  彼の経営手腕は当時から高く評価されていたが、元々学者肌だったせいか、事業が軌道に乗ると、経営権を息子に譲って自らはさっさと引退してしまった。そして、築き上げた莫大な財を使い、才能ある者が経済的な制約なしに自由に学べる理想の学校作りを始めた。それは企業による社会事業の一環として大きな注目を浴びる一方、偽善と揶揄する声も密かにあった。確かに生徒の選抜方法に問題がない訳でもない。しかし、卒業生達の活躍は華々しく、彼が人生最後に到達したその理念は決して間違ってはいなかった。
  そんな祖父を尊敬していた……今でも。
「……」
  和希は片膝をついて、そこに刻まれている名前をそっと指でなぞった。時間は総てを和らげ、成し遂げると言う。なら、この悲しみもいつか必ず癒えるときが来るのだろうか……
  そのとき、別の手がそっと和希の上に重ねられた。自分より少し小さくて体温の高い掌に、重苦しい心が柔らかく包まれてゆく。
(ああ、そうだった……)
  和希は短く息を吐いた。
  遠い夏の日、ウィルス管理の責任者である祖父の油断と遊び相手をしていた自分の不注意で、愛すべき幼い生命を失い掛けた。たとえ、どれほど時間が流れようとも、その事実は決して消え去るものではない。しかし、あのとき、己が無力さを思い知ったからこそ、今、再びこの手を取ることが出来た。
  祖父の人生も過ちや失敗が多かっただろう……が、後悔はなかったと信じている。だから、もう少し……もう暫くの間だけ、こうして貴方を悼むことを許して下さい……
  静かに寄り添う二人の頭上に、空はどこまでも蒼く広がっていた。


2009.9.25
ときには感傷的になることも……
でも、前向きに。
だって、空が蒼いから。

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