「わあ、良い眺め……!」
 心地良い潮風を受けながら、啓太は跳ね橋の欄干から少し身を乗り出した。深く澄んだ海と蒼い空が遥か遠くで一つに結ばれている。BL学園(ベル・リバティ・スクール)へ転校して海が身近になったとはいえ、こうして開けた場所で見渡すのはまた格別だった。無邪気に喜ぶ啓太の隣で和希も眩しそうに沖合いへ瞳を流した。
「ああ、そうだな」
 これまで何度も目にしたこの風景が、今日ほど綺麗に見えたことはなかった。啓太と一緒にいる。ただそれだけで世界が輝いていた。だから、初めて一緒に迎える啓太の誕生日は永遠に記憶に残るものにする予定だった。ある意味、それは達成された……が、恋人にプレゼントの一つも渡せなかったことは、やはりどうしても悔いが残った。そこで、和希は週末に改めて啓太の誕生日を祝うことにした。今度は、二人だけで。外泊届けを出して。そう言うと、啓太は恥ずかしそうに頷いた。しかし、一つだけ条件を出した。その日は運転しないで……
『……だって、ハンドルを持つと和希は前を向かないといけないだろう。誕生日を祝ってくれるなら、もっと……ずっと俺の方を見てて欲しい……』
『……ああ、勿論。俺はいつでも啓太だけを見ているよ……』
 啓太の可愛い独占欲に、和希は自分が誕生日を迎えた様な気分になった。
 だから、今日はバスで出掛けることにした。啓太が跳ね橋の上を歩きたいと言うので、人気のない遊歩道をまずは向こう岸まで……中央付近まで来たところで、二人は少し足を止めて景色を眺めた。
「こうして見ると結構、高いな」
 啓太が下を覗き込んで言った。そうだな、と和希は答えて、ふと啓太が転校初日に遭った事故を思い出した。あのとき、橋はどのくらい上がっていたのだろう。和希は上を見て、それから距離を測る様に海面まで視線を落とした。
「……っ……」
 一瞬、背筋が凍った。
 あの後、事故の報告書を読んだが、実際に目にすると啓太が怪我一つしなかったのはまさに奇跡としか言い様がなかった。和希は啓太の華奢な身体を後ろから優しく包み込むと、静かに欄干から引き離した。
「危ないよ、啓太」
「大丈夫だよ、和希」
「駄目だ……危ないから」
 和希は更に腕に力を籠めた。
 学園島の責任者として、安全対策は常に万全を心掛けている。しかし、自分の目が必ずしも行き届いているとは限らないから……あのときの様なことが二度と起こらない保障はない。
 恋人の不安を背中で感じ取った啓太は、その胸にそっともたれ掛かった。
「大丈夫だよ。俺、和希を信じてるから」
「……俺は啓太が思うほど有能ではないよ。どちらに傾くかわからない天秤を、ただ見つめることしか出来ないときもある」
 和希は苦しそうに啓太の首筋に顔を埋めた。すると、啓太がふわりと微笑んだ。
「そのときは俺がその天秤を押してあげるよ。俺の運の良さは折り紙付きだから、きっと良い方向へ傾くよ、和希」
「ああ、そうか……俺には啓太がいるんだった」
「そうだよ。これじゃあ昨夜と逆だな。あっ、もしかして、和希って高所恐怖症?」
 クスクスと啓太が笑った。
「う~ん、そうかもしれない。今まで気づかなかったけれど」
「なら、早く渡ろう、和希」
「ああ」
 和希は素早く啓太の耳元に口づけると、その手を取って足早に歩き出した。
「和希! お前、いきなりこんな場所で……!」
「仕返しだよ。俺は高所恐怖症だから、あまり橋の上にいたくないんだ。それに、あと五分でバスが来るぞ、啓太」
 真っ赤になって文句を言う啓太を和希が面白そうに振り返った。啓太は少し頬を膨らました……が、怒っていないのは明らかだった。
「……全くもう」
 小さく零すと、啓太は和希の掌をしっかり握り締めた。
「なら、急ごう、和希」
「ああ」
 そうして二人は元気良く橋の向こうへ走って行った。



2010.4.30
’10 啓太BD記念作品 和希ver.です。
時間軸的に『小さな願い』の続編になっています。
和希は啓太と一緒なら、
虹の橋でも渡ってしまいそうです。
Happy Birthday,Keita.

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