西園寺と七条は学園へ続く石畳の上を無言で歩いていた。二人の視線の先には赤い制服を着た啓太がいる。遠目でも、啓太の表情には透明な艶がはっきりと見て取れた。初めて迎える恋人の誕生日に何をプレゼントしようか散々悩んでいたが、どうやら良い一夜を過ごせたらしい。
「臣、今日の啓太はとても幸せそうだな」
  西園寺が小さな微笑を浮かべた。はい、と七条は頷いた。
「本当に、見ている僕達まで胸が温かくなります。シャンパーニュのことを色々教えた甲斐がありましたね、郁」
「ああ、啓太の役に立てたのならば、私としても嬉しい。だが……」
  少し言葉が途切れた。西園寺は啓太の隣を見て眉間に険しい皺を寄せた。
  そこには、甘く大人びた顔をして啓太の髪を優しく直している和希いた。歩く度に茶色の癖毛が一房だけ大きく跳ねるので、軽く捻って落ち着かせようとしているらしい。その行為は親切な友人の範囲内かもしれないが、二人を包む空気は明らかに色を帯びていた。
  西園寺が苛々と呟いた。
「遠藤のあの締まりのない、ふやけた顔は何だ。一つ年を重ねたのだから、もう少し慎みを持とうとは思わないのか」
「全くです。今朝の遠藤君は、伊藤君が素晴らしく愛らしいだけに、いつも以上にふてぶてしく見えます。それとも、あれで他の者を牽制しているつもりなんでしょうか。こと伊藤君に関しては酷く狭量な考えの人なので」
「愚かな……!」
「ええ、実に浅はかです。あんな光景を見せつけられては、返って闘志が湧いてくるというものです。ねえ、郁」
「ああ」
  渋い顔で西園寺は頷いた。
  二人は未だに啓太を憎からず思っていたので、時折、和希の行動が目に余ることがあった。嫉妬と言うほど大げさなものではないが、面白くないと感じてしまうのは人情だろう。だから、この八つ当たりにも似た不満を速やかに和希にぶつけて憂さ晴らしすることにした。
「臣、確かレギュラー・クラスは午後の生物は休講だったな」
「はい、海野先生が学会出席のためと聞いています」
「ならば、二人を会計室へ呼んで、奴の一日遅れの誕生日を祝ってやろう」
  西園寺が小さく口の端を上げた。七条が楽しそうにそれに同意した。
「良い考えですね、郁、伊藤君もきっと喜びます」
  すると、背後から大きな声が飛んできた。
「おいおい、そんな顔で祝う気なんてあるのか、郁ちゃん」
「ふっ、犬は言葉も満足に使えないらしい」
  振り返ると、鞄を小脇に抱えた丹羽と冷笑を浮かべた中嶋が少し離れた位置に立っていた。
「私を郁ちゃんと呼ぶなと言ったはずだ、丹羽」
  西園寺が不快そうに顔を顰めた。七条が能面の様な顔で中嶋に言う。
「陰湿な心の貴方に、僕達の純粋な気持ちを理解して貰おうとは思いません」
「純粋な悪意だろう」
「まあ、気持ちはわかるけどよ」
  丹羽は西園寺の肩に腕を回した……が、すぐさまパシッと払われてしまった。
「お前と一緒にするな」
「朝からつれないな、郁ちゃん」
  ガシガシと丹羽は頭を掻いた。まあ、それはいつものことなので大して気にもせず、丹羽は話を進めた。
「なら、訊くけどよ、郁ちゃん達は遠藤に何をプレゼントするんだ? 誕生日を祝うなら、当然、プレゼントの一つくらいは渡すだろう?」
「そんなもの、お手伝い券で充分です。ねえ、郁」
「ああ、プレゼントとしては最も定番、かつ実用的だ。しかも、手間が掛からない」
  ふっ、と西園寺が鼻で笑った。すると、丹羽が大きく手を振った。
「素直に手伝いなんてする気もねえのに、それじゃあ駄目だ。心が全く籠もってねえ。郁ちゃん、プレゼントってのは何より相手を思う気持ちが大切だろう。上辺だけ取り繕った物を渡したら、図太いあいつは良いとしても、きっと啓太は郁ちゃん達が遠藤を嫌ってると思って傷つく。啓太を哀しませて良いのか?」
「……っ……」
  丹羽の正論に、一瞬、西園寺は言葉が出なかった。七条がやんわりと尋ねた。
「なら、丹羽会長は何が良いと思うんですか?」
「簡単で、心の籠もったプレゼントって言ったら一つしかねえ。歌だ」
「……ふん、単にお前が歌いたいだけだろう」
  プイッと西園寺が顔を背けた。ほう、と中嶋が呟いた。
「女王様には何か歌えない理由があるらしい」
「中嶋、私は単に丹羽が好む歌は歌いたくないだけだ」
「郁ちゃんも俺と似た様なもの聞いてるじゃねえか」
「演歌と一緒にするな!」
  思わず、西園寺は声を荒げた。七条が西園寺を援護する。
「趣味は人それぞれですが、丹羽会長、僕も誕生日に演歌はどうかと思います。ここは、やはりHappy birthday to youではないでしょうか。まあ、あの人の場合、How old are you?(何歳ですか?)に変えたいところですが」
  しかし、丹羽はそれをきっぱり否定した。
「そんなお遊戯じゃ駄目だ。誕生日を祝うなら、やっぱり熱い漢(おとこ)の歌だ!」
「一人で勝手に歌っていろ!」
「ええ、僕も聞きたくありません」
  なら、と中嶋がさり気なく不穏な言葉を発した。俺が啓太に色々歌わせてやろう。
「……!」
  すかさず西園寺が中嶋を睨みつけた。
「一体、啓太に何をする気だ、中嶋!」
「貴方では伊藤君は歌う前に泣いてしまいます」
  はあ、と丹羽が呆れた様にため息をついた。
「中嶋、お前が言うと冗談に聞こえねえ」
「丹羽、いつ、俺が冗談だと言った?」
「へいへい……ってことで、郁ちゃん、ここはやっぱり俺が――……」
「ふざけるな!」
  BL学園(ベル・リバティ・スクール)二大勢力の言い争いは、まだ暫く収まりそうもなかった。

「……王様達のお祝いの歌か。どんな歌だろう。楽しみだな、和希」
  隣を歩く啓太が抑えた声音で言った。
  和希と啓太は丹羽達の存在に気づかない振りをしつつ、さり気なく歩を緩めて密かに聞き耳を立てていた。和希は小さく苦笑した。
「そうだな」
  正直、丹羽の熱い漢(おとこ)の歌や七条の替え歌を啓太ほど素直には喜べない……が、和希の心は弾んでいた。鈴菱の名に臆することなく、こんなことを仕掛けてくる者は今まで周囲に一人もいなかったから。丹羽達が見ているのは、ただありのままの自分。和希という一個の存在……それが嬉しかった。
「啓太」
「何、和希?」
「……好きだよ」
「んっ……」
  突然、耳元で甘く囁かれ、啓太が一気に艶めいた。朝方まで和希とベッドの中で過ごしていたので、まだ身体が敏感に反応してしまう。
「啓太は? 俺のこと、好き?」
  和希の指が優しく髪を撫でた。啓太は恥ずかしそうに頬を染めながら、無言でコクンと頷いた。口を開くと、また甘い吐息が零れそうな気がした。
「良かった」
  ふわりと和希は微笑んだ。髪、直ったよ、啓太……
「あ、有難う、和希」
「どういたしまして」
  背中に感じるチリチリとした視線を和希は涼しい顔で流した。今日は丹羽達から心の籠もった歌を聞かされるらしいので、これは和希のささやかな感謝の印だった。やがて遠くから始業開始五分前の予鈴が聞こえてくる。
(ど、どうしよう……)
  赤らめた頬を必死に冷ます啓太の傍で、和希と丹羽達の戦いの火蓋がこうして切って落とされた。


2010.6.8
’10 和希BD記念作品です。
時間軸的に『情念を司るもの』の続編になっています。
祝う気がある様な、ない様な王様達。
これは、もてる恋人を持った宿命です。
Happy Birthday,Kazuki.

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Café Grace
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