夕闇の迫る理事長室で啓太は和希の膝に横座りになって口唇を重ねていた。
「ふ、んっ……っ……和、希……」
「……啓太……」
「……駄目……あっ、和希……本当に……もう……」
  やんわりと啓太は和希の胸を押しやった。それを恥じらいと受け取った和希が甘い声で囁いた。
「今更、駄目はないだろう、啓太? 仕事なら殆ど終わっているから大丈夫だよ」
  そうして和希は啓太の頬に手を添えた……が、それは直ぐに払われてしまった。啓太、と和希が不満そうに呟いた。すると、熱で潤んだ蒼穹が和希を見つめて言った。
「だって、仕事の邪魔した俺が言うのも何だけど……あと少しなら、早く終わらせた方が良いだろう? そうしたら、ゆっくり……その……出来る、から……」
  最後の方は殆ど聞こえなかったが、必死に理性を振り絞る啓太は初々しく、とても可愛かった。どんな男も恐らくこれには逆らえないだろう。わかった、と和希は諦めて小さく頷いた。
「なら、啓太、暫く我慢出来る? 十分で終わらせるから」
「……っ……当たり前だろう、馬鹿……」
  そう言うと、啓太は立ち上がろうとした。しかし、途端に和希が腰を強く抱き寄せた。
「駄目だよ、啓太はここにいないと。そんな格好でいたら風邪を引くよ」
「えっ!? 何、で……っ……!」
  自分の姿を見て、ポンッと啓太は沸騰した。
  和希の首に腕を絡めて口唇に酔っている間に、制服が殆ど脱がされていた。ジャケットから腕を抜いたことまでは辛うじて覚えていたが、その先は全く記憶がない。今の啓太は、はだけたシャツを着ているだけ……いや、ただ羽織っているという感じだった。一体、どうやって……
  すると、和希が耳元で低く囁いた。
「啓太が協力的だったから助かったよ。キスに夢中だったのに、腰をしっかり浮かせてくれたからね。そんなに俺が欲しい、啓太?」
「ち、違っ……! ただ、腰の辺りがもそもそしたから……!」
「本当に、それだけ……?」
「うん……」
「でも、この状態では説得力がないよ、啓太」
  するりと掌が太腿を撫でた。んっ、と啓太は小さく息を詰めた。
「さ、さっと仕事しろよ、和希」
  少し怒った啓太は和希の腕をピシッと叩いた。しかし、赤く熟れた口唇で文句を言っても、欲望を孕んだ眼差しで睨みつけても、それは誘っている様にしか見えなかった。全く……今直ぐ押し倒したくなる……
  はあ、と和希は密かにため息をついた。
「なら、啓太も協力してくれる?」
「うん、良いけど……協力って?」
  コクンと啓太は首を傾げた。和希がにっこりと言った。
「俺の方を向いて跨って」
「……どうして?」
「啓太の顔を見ながら、仕事がしたいから」
「馬鹿……」
  嬉しそうに啓太は呟いた。
  物分かりの良い振りをしてはいるが、今更、冷たいソファの上で和希を一人待つのは寂しくて本当は嫌だった。しかし、仕事の邪魔はしたくなかった。和希がこの学園を大切にしているのを良く知っているから。だけど、離れるのは……やはり寂しい。そんな複雑に揺れる自分の気持ちを酌んで和希はそう言ってくれたに違いない、と啓太は思った。その優しさに、つい甘えたくなる……が、少しだけ我慢した。
「駄目。そうしたら、きっと和希は俺にキスばかりして仕事しないから。でも、これなら……」
  くるっと背中を向けると、啓太は膝の上に跨った。悪戯っぽく和希を振り仰ぐ。
「キスが出来ないから良いよ」
「まあ、啓太がそれで良いなら……俺は別に構わないよ」
  和希が小さく口の端を上げた。
「……?」
  どこか楽しそうな和希に啓太は密かに首を傾げた。
  その理由は直ぐにわかった。嫌でも自ら悟ることになってしまった……

「んっ……」
  啓太は小さく身を捩った。
  和希の吐息が首筋に触れて、また背筋が妖しくざわめいた。中途半端に昂ぶった身体が疼いて仕方がない。こうして椅子に座って抱かれたことがあるせいか、背中越しに感じる和希の何気ない仕草にも反応して熱がどんどん脚のつけ根に溜まっていった。
(まだ和希が……仕事、してるのに……)
  置き場のない両手で啓太は自分を慰める様に太腿を撫で擦った……が、少しでも気を抜くと、それは誘惑に駆られて下肢の狭間へ伸びそうになる。大きく包み込んで先端から溢れる蜜を指に――……
(駄目、だ!)
「……っ……」
  キュッと啓太は目を瞑った。すると、後ろから和希の甘い声が聞こえてきた。
「我慢しないで、啓太」
「和希……」
「本当は俺が触れたいけれど、そうすると、もう止められないから。啓太がやって……俺の代わりに」
「和希、の……代わり……?」
  振り返ろうとすると、そう、と熱い吐息が耳元で囁いた。
「啓太の可愛い姿を、もっと良く俺に見せて、啓太……」
「……和希……」
  頭の芯を痺れさす声音に啓太は目眩がした。無意識に手が動く……
「はあ、んっ……」
  軽く握っただけで身体が悦びに震えた。形をなぞる様に掌を滑らせると、肌が粟立つほどの快感が背筋を駆け抜けてゆく。その感覚を追って、啓太は緩く扱き始めた。
「あっ……和、希……和希……」
  艶めかしく腰が揺らいだ。
「啓太……続けて」
「ん、ああっ……」
  啓太は微かに頷いた。
  少し捻りを加えて揉むと、また新しい蜜が溢れて先刻より滑りが増した。BL学園(ベル・リバティ・スクール)へ転校する前、幾ら性に淡白だったとはいえ、こうした行為を全くしたことがないとは言わない……が、和希という恋人が出来て以来、一度もしていなかった。今後もするつもりはない。欲しいのは和希がもたらす快楽だけだから。好きな人に満たされ、身も心も充足するあの瞬間の歓びを知ってしまったら、身体だけの刺激はあまりに虚しかった。そんなの俺は要らない……
「あっ……ああっ……」
  しかし、今、啓太は確かに興奮していた。和希の代わり……その言葉が啓太の理性も羞恥も簡単に凌駕してしまった。自分の手なのに、まるで和希が触れていると錯覚してしまうほど感じてしまう。
「あっ……あっ……和希っ……」
  自然に脚が大きく開いていった。ぬめった水音が耳に絡み、腰の奥に熱いうねりが込み上げてくる。啓太は自分を組み敷く恋人を思い浮かべながら、迫る頂きを目指して夢中で掌を動かした。
「和希……和希っ……和、希っ……!」
「……啓太」
「あ、ああっ……!」
  その声を聞いた瞬間、堪えていた感覚が一気に弾けた。啓太は大きく背をしならせると、自分の手の中で達してしまった。
「……あ……っ……」
  脱力して前に倒れそうになった啓太を和希は愛しそうに抱き締めた。匂い立つ様な色香を放つ項に小さく口づける。
「……今の啓太、凄く淫らで可愛かった。何度も俺のこと呼んで……頭の中で、俺に抱かれていたの?」
「だっ、て……」
  啓太は少し言葉を詰まらせた。一人は……嫌だから……
「なら、今度は幻でなく本当に抱いてあげるよ、啓太」
「和希……」
「好きだよ、啓太……もう我慢出来ない……」
「あっ、和希っ……はあ、あっ……!」
  和希の手に啓太は素直に身を委ねた。仕事が終わったなら和希を拒む理由はどこにもない。再び艶めく啓太に和希もすぐさま理性を手放した。
「……っ……啓太……」
「ああっ……ふ、あっ……あ、あっ……」
  今宵を照らす三日月が仄かに赤みを帯びているのは、そんな二人に中(あ)てられたせいかもしれない。


2010.6.25
仕事が何だったのか気になりますが、
あの状況で終わらせるとは……さすがです、和希。
でも、夕食には間に合ったのかな。

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Café Grace
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