「わあ……!」
 和希が冷蔵庫から取り出した物を見るなり、啓太の瞳はキラキラと輝き始めた。
 クリスマス・ツリーの飾り付けをしてから二人で作った遅い朝食を取った後、少し待ってて、と言って和希が席を立った。小さなカウンターを回ってキッチンへ向かう恋人を啓太は訝しそうに見つめた。まさかこんな時間からクリスマス・ケーキを食べるつもりなのだろうか。甘いものは確かに好きだが、それは幾ら何でも早過ぎる気がした。啓太は軽く掌を胃に押し当てた。
(まあ、まだ余裕はあるけ、ど……!)
 そのとき、不意にそれが啓太の瞳に飛び込んできた。生クリームと苺を添えた赤いドーム型のケーキ。
「それは何、和希?」
「美味しそうだろう?」
「うん!」
 啓太は大きく頷いた。その嬉しそうな声に和希はふわりと微笑を浮かべた。
「良かった。これはサマー・プディングと言って本来は夏のお菓子だけど、啓太はクリスマス・プディングよりこの方が喜ぶと思ったんだ」
 和希は啓太の前に皿を置いて自分の席に着いた。静かに手で促す。食べてみて、啓太……
「うん」
 早速、啓太はスプーンを取ると、そっとプディングをすくった。
「……?」
 スポンジにしては少し妙な感触だが、中には大粒の苺がぎっしりと詰まっていた。何となく苺のジャムかコンポートに近い感じがする。
(まあ、これなら朝からでも良いか……)
 パクッと口に入れると、冷たくも爽やかな酸味と甘みに啓太の表情が途端に蕩けた。それを見た和希は満足そうに自分も一口、反対側からプディングを食べて呟いた。
「……うん、初めて作ったにしては上出来かな」
「えっ!? これ、和希が作ったのか? いつの間に……俺、全然、気づかなかった」
「いや、作ったのは昨日だよ。寮の厨房を少し借りたんだ。一晩、冷やさないといけないからな。車で一緒に持って来て、啓太が疲れて眠った後、またここの冷蔵庫に入れたんだ」
「……っ……!」
 昨夜のことを思い出して、ポンッと啓太は沸騰した。
 到着するなり、荷物もそのままに和希を求めて身体を重ねてしまった。朝にもまた……幾らクリスマスとはいえ、やはりあまりに大胆過ぎたと今更ながらに恥ずかしくなった。上目遣いに和希を見ると、啓太の考えを読んだのか、その瞳が微かに笑った。慌てて別の話を振る。
「そ、そういえば、このプディングの周り……これ、もしかして、食パン?」
「ああ、型に薄い食パンを敷き詰めて甘く煮た苺を入れたんだ。簡単だろう?」
「うん、これなら俺にも作れそうな気がする」
 そうだな、と和希も同意した。そして、啓太をじっと見つめて言った。
「いつか俺も食べさせて欲しいな……啓太の手料理」
「あっ……!」
 啓太は大きく目を瞠った。
 トースターにパンを入れてコーヒー・メーカーのスイッチを入れただけの自分と違い、和希はキッチンに立って火を使っていた。今、食べた温かい料理は総て和希が作ったもの。このデザートも……
 また一口、啓太はプディングを食べた。それは先刻よりも更に甘く、美味しく感じられた。
(俺も、いつか和希に食べさせたいけど……)
「いつになるかわからないよ、それ。俺、殆ど料理出来ないから……」
「大丈夫。待っているよ、啓太」
 和希は優しく微笑んだ。それを見た啓太の手が無意識に動いた。
「なら、そのときまでは……これ、で……」
 啓太はスプーンで苺をすくって和希に差し出した。
「食べさせてくれるの?」
「……っ……うん」
 改めてそう訊かれて啓太は耳まで真っ赤になりながらも小さく頷いた。
 そんな啓太は苺よりも遥かに可愛く、魅惑的に和希には見えた。啓太の手料理も良いが、これなら待つのもとても楽しそうだ。しかし、それを言うと、啓太は恥ずかしがって二度としてくれないだろう。だから、和希はテーブルに身を乗り出すと、嬉しそうに口を開けた。
 その瞬間、恋人と過ごすクリスマスにまた一つ新しい思い出が加わった。



2010.12.24
’10 クリスマス記念作品 和啓ver.です。
時間軸的に『優しい葉』の続編になっています。
忙しくて殆ど料理をしない和希ですが、
啓太を喜ばせるためなら何でもしそうです。
Merry Christmas to you.

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Café Grace
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