真夜中に、ふと目が醒めた。無意識に隣にあるべき温もりがないのを感じ取ったのだろうか。眠りの深い啓太にしてはとても珍しいことだった。まだ虚ろな瞳でそっと辺りを窺う。中嶋は白いサテンのシャツを羽織って一人静かに窓辺に佇んでいた。
(どうして……こんなに好きになってしまったんだろう……)
  啓太には今でもその理由がわからなかった。
  最初の切っ掛け……あれは陵辱にも等しかった。ささやかな矜持(プライド)を完全に打ち砕かれ、啓太はもう中嶋の顔さえ見たくなかった。にもかかわらず、学園内で寮で、啓太の瞳は自然と中嶋を追っていた。どれほど不本意なことをされ、冷徹な言葉を投げつけられても、気がつけば、また中嶋へと戻ってしまう。それが恋のせいだと悟ったのは、あの月の輝く夜、中嶋に口づけられたときだった。
  以来、ほぼ毎晩のように求められた。
  意識を手放す最後の瞬間まで、啓太は幸せだった。中嶋はその身を通して、言葉以上の想いを伝えてきた。今や啓太は自分でもどうにもならないほど中嶋に惹かれていた。
  中嶋が月を見上げた。ここから表情を窺い知ることは出来ないが、何か物思いに耽っている様だった。
(憂い顔も格好良いんだろうな。ちょっと見てみたいかも……)
  微笑を浮かべ掛けて、啓太は凍りついた。
  窓に中嶋の不安げな顔が映っていた。それは日頃の自信に満ちた姿からは想像もつかない、硝子の様に脆く繊細なものだった。
(どうして……中嶋さんがそんな顔をするんですか?)
  啓太は胸が締めつけられた。
  不安を感じるのは自分だけだと思っていた。卓越した能力もなく、ただ運が良いだけの自分は中嶋とはあまりに不釣合いだった。
『……お前は、俺のものだ……』
  その言葉を忘れたことはなかった。ましてや、疑うなど。しかし、想いだけでは越えられない壁がある。啓太も、それがわからないほど子供ではなかった。もっと努力するから。この先の未来も共に歩き続けるために。だから、そんな顔しないで下さい……
「……!」
  振り返った中嶋と目が合った。その怜悧な表情からは、もう何の感情も読み取ることは出来ない。
「起きたのか」
  心地良い低音が聞こえた。啓太は口を開いたが、まだ巧く声が出なかった。
「……はい」
  少し間が空いた。啓太は中嶋の不安を消し去ってやりたかった。それは本来、中嶋が抱えるべきものではないと思うから。
「……中嶋さん」
「何だ?」
「……抱いて下さい」
  中嶋は左の眉を僅かに動かすと、無言でベッドに腰を下ろした。
  啓太は恥ずかしさのあまり瞳が潤んでくるのを感じた。視線に堪え切れず、顔を逸らそうとした瞬間、軽く顎をすくわれた。やがて口唇が落ちてきた。冷たい指先が首筋に触れる――……
「好きです……」
  少しでも傍にいたくて、啓太は弱々しくシャツを掴んだ。
「もっと聞かせろ」
  強い力で中嶋は啓太を抱き締めた。重ねた肌の熱が秘密を語る、不安に揺れる心を。啓太は不謹慎だと思いつつ、それほど中嶋に想われていることに歓びを感じずにはいられなかった。
「愛してます、中嶋さん……」
(だから、もう少しだけ待っていて下さい)
「もっとだ……」
  求め合う二人を冷たい月が照らしていた。
  啓太は、また終わりなき夜に沈んでいった。愛している。その、ただ一言を伝えたいために……


2007.8.16
啓太は幾ら芯が強くても、
中嶋さんが必要だと思います。
この二人はカプチーノの様な関係でいって欲しいです。
中嶋さんがコーヒーで啓太がシナモンスティック。
カップの中でクルクル、クルクル……

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Café Grace
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