一糸纏わぬ姿でベッドに横たわる啓太は、部屋の中ほどに立つ中嶋をうっとりと見つめていた。羞恥と期待で頬を染める啓太に対し、蒼ざめた月の光を浴びる中嶋は口元に薄い微笑さえ浮かべている。こんな状況なのに、どうしてこの人は平然としていられるのだろう、と啓太は頭の片隅で思った。
  最初は軽く触れ合うだけの口づけだった。柔らかく口唇を食まれ、互いの吐息を交換する様な。それだけでも確かに素敵なクリスマス・プレゼントだった……が、いつまで経っても中嶋はそれ以上のものを与えてはくれなかった。僅かな隙間の向こうを熱い舌が掠める度に、啓太の肌がチリチリと焦れてゆく。もっと濃く深い感触が欲しくて、啓太は中嶋の胸にしがみついた。微かに瞼を開けると、中嶋の怜悧な瞳の奥に情欲に満ちた自分の顔が映っている。
「……!」
  その淫らな色彩(いろ)に啓太の意識が理性を取り戻し掛けた。そのとき、中嶋の冷たい指先が優しく啓太の首筋を撫でた。
「あっ……」
  小さな声を発した瞬間、啓太は舌を絡め取られた。そのまま、中嶋の口腔へと引き込まれる。自分を誘うように揺らめく中嶋を啓太は夢中で追った。しかし、届きそうで……届かない。触れられそうで……触れられない。そのもどかしさに伏せた蒼穹に涙が滲んできた。もっと、もっと中嶋さんが欲しいのに……!
  すると、不意に口づけが解かれた。
「あ……嫌……」
  思わず、啓太は呟いた。すっと頬を伝う雫に中嶋は微かに口の端を上げた。濡れた瞳を覗き込む。
「そんなに俺が欲しいか?」
「はい……」
  啓太は小さく頷いた。
  中嶋はゆっくり眼鏡を外し、内ポケットにしまった。その間、二人の視線は静かに絡んだまま……
「口を開けろ」
  その言葉に素直に従う啓太を中嶋は満足そうに見つめた。暗い口腔の奥で赤い舌が物欲しそうに蠢いている。中嶋は再び口唇を重ねると、今度は深く啓太の中に侵入した。欲するままに総てを貪り、味わい尽くす。啓太に逢うまで口づけがこんなにも甘く、身体の芯を熱く痺れさすものとは知らなかった。快感には耐性のある自分でさえ意識を持っていかれそうになるのだから、敏感な啓太ではなおさらだろう。事実、啓太の腰を支える手からは身体の震えがはっきりと伝わってきた。そろそろ立っているのも限界らしい。名残の糸を引いて口唇が離れた。
「中嶋、さん……」
  蕩けた表情の啓太に欲望がそそられる。
(良い顔だ……)
  中嶋は啓太をベッドに押し倒した。器用に手早く服を脱がせながら、舌と口唇で啓太の身体を愛撫する。首筋から胸元へ……そこにある小さな飾りは触れてもいないのに、もう赤く熟れていた。それを掌全体を使って撫で上げると、啓太の背が大きく仰け反った……が、シャツの袖が肌を掠めるのを感じて、啓太は急に中嶋を向こうへ押しやった。
「ま、待って……待って下さい」
「……」
  中嶋は無言で身を起こした。啓太の足もとに腰掛け、髪を軽くかき上げる。機嫌を損ねたかも、と啓太は少し怯えた色彩(いろ)を浮かべた。それでも、口にせずにはいられなかった。
「あの……中嶋さんも脱いで下さい」
「いつも脱いでいるだろう?」
「でも、今はまだ……」
  啓太は切なそうに恋人を見つめた。中嶋はクリスマス・パーティに出席したときの私服のまま、ジャケットのボタンしか外していなかった。
「こんな状態のお前を放ってはおけないからな」
  中嶋は低く喉を鳴らすと、艶めかしく濡れそぼった啓太の中心へ視線を這わせた。それに気づいた啓太は真っ赤になって、慌てて片膝を立てた。隠すな、と中嶋が言った。
「今夜の俺はお前へのプレゼントだから……優しくしてやる」
  啓太の瞳を捉えたまま、中嶋はその膝頭に小さく口づけた。んっ、と啓太は息を詰めた。ただそれだけのことで更に身体が熱くなる――……
「……なら、一つ」
  今にも乱れそうな息を抑えて、啓太は言葉を綴った。
「お願いしても、良いですか?」
「ああ」
「服を脱いで貰えますか……俺の前で」
「それをお前がここから鑑賞するのか?」
  面白そうに中嶋が口の端を上げた。
「だって、俺……ちゃんと見たことないから」
  啓太は恥ずかしそうに口籠もった。
  いつも肌を合わせる頃には、啓太は意識の底まで中嶋に溶かされていた。そんな状態で、一体、何を覚えていられるだろう。一度で良いから、啓太は中嶋が肌を曝してゆく様を心ゆくまで堪能してみたかった。
「良いだろう」
  中嶋は立ち上がり、ベッドから少し離れた月光の下に立った。この辺りで良いか、と訊くと、啓太はコクンと頷いた。そして、凛とした空気が漂う中……一夜限りの饗宴が始まった。

  まずは落ち着いた色合いのジャケットを、中嶋はプレゼントを紐解く様にゆっくりと肩から滑らせた。静かに片袖ずつ抜いてゆく。徐々に露になる中嶋の身体の線に啓太の胸は高鳴った。もう何度も同じ夜を過ごしているのに、初めてその裸体を目にしようとしている気がする。正直、男と身体を繋げて倒錯的な快楽を求める日が来るとは思わなかった。しかし、それを後悔したことは一度もない。だって、俺はこの人が好きだから……
「あ……」
  啓太が甘い声を発した。
  ただ真っ直ぐベッドに横たわって中嶋を見ているだけなのに息が乱れてしまう。中嶋は何か一つする度に、瞳で啓太の白い身体を撫でた。今、首筋から鎖骨を伝って肩に小さく口づけられた……いや、そんな気がした。そのまま、脇から腰まで輪郭を辿られる。肌の粟立つ感覚に、啓太の口唇から熱い吐息が零れた。それを抑えようと手の甲を口元に押し当てたとき、中嶋のジャケットが床に落とされた。続いてシャツのボタンに手が掛かる。
「あっ、中嶋さん……シャツ、は……最後に……」
「ああ、わかった」
  中嶋は素直にその言葉に従った。
「……っ……」
  抑揚を抑えた声に啓太の背筋がざわめいた。熱を孕んだ低い音を耳の奥に吹き込まれ、反射的に目を閉じると、一段と深みを増した中嶋の眼差しが啓太の中心を掠めた。
「あ、んっ……」
  遠くの方でベルトを外す音が聞こえた……が、啓太はそれを見るどころではなかった。喜悦に濡れる先端を柔らかく捏ね回され、緩々と全体を扱かれる。
「あっ……ああっ……あ……」
  実際にはない手を追って無意識に腰が揺らめいた。視界を遮ったせいで、余計、視線を強く感じてしまう。中嶋のいつもの愛撫が肌に蘇り、夜目にもはっきりとわかるほど白い身体が上気した。抗いようのない快感に啓太は身悶え、自ら中嶋の前に嬌態を曝してゆく……
「もう見なくて良いのか?」
  中嶋が楽しそうに声を掛けた。
「んっ……やあ……」
  快楽の波に溺れながら、啓太は朧に瞳を開けた。
  月下に青いシャツだけ身に付けた中嶋が一人静かに佇んでいた。啓太に見せつける様に長い指を使って丁寧に袖口のボタンを外している。その手は、やがて襟へと伸びてゆくだろう。徐々にはだけさす胸元から覗くは均整の取れた、しなやかに美しい……男の身体。それはとても淫猥で、壮絶な色香に溢れていた。
「ああ、中嶋さん……」
  恍惚と啓太は手を伸ばした。もう……我慢出来ない。来て……
「これを脱ぐまで待てないのか?」
「駄目……そのままが良い、から……来て下さい……中嶋さん……」
  啓太は自ら両膝を立てて迎え入れる体勢を取った。それに導かれるまま、中嶋が身体を重ねると、啓太は大きく喘いだ。
「ああっ……!」
「随分、熱くなっているな」
  中嶋が奥へ手を這わせると、んっ、と啓太は縋る様にシャツを掴んだ。入口を軽く撫ぜられただけで全身が悦びに震える。そこは啓太が零した蜜で既にはしたないほど濡れていた。浅く緩やかな挿入を繰り返す指に堪らなく煽られる。
「中嶋、さんっ……もうっ……!」
  切迫した声で恋人を呼ぶ啓太に中嶋は宥める様に口づけた。
「優しくしてやると言っただろう、啓太?」
「なら……もう、良いから……早くっ……!」
「いや、お前に辛い思いをさせる訳にはいかない」
  そう言うと、中嶋は内壁をかき分ける指を妖しく蠢かせた。啓太の背が大きくしなった。
「あっ……ああっ……お願い、します……中嶋さんっ……!」
「全く……我侭な子だ」
「ごめんなさい……でもっ……!」
  啓太は中嶋の首に抱きついた。もう堪え切れなくて涙が零れる。クッと中嶋の喉が鳴った。実際、中嶋も啓太の淫らな姿態に散々中(あ)てられたので、そろそろ限界だった。力を抜け、と耳元で囁くと、啓太は中嶋の肩に静かに手を置いた。中嶋は啓太の下肢を肩まで大きく抱え――……
「は、あっ……ああっ……!」
  一気に最奥まで突き上げた。
  その圧倒的な熱と質量に啓太は意識の総てを奪われそうになった……が、辛うじて踏み止まった。一つだけ言いたいことがあったから。啓太は両手で中嶋の頬を優しく包み込み、ふわりと微笑を浮かべた。
”Merry Christmas.”
「ああ……啓太……」
  中嶋は愛しそうに恋人の名を呼んだ。そして、二人の心と身体は一つに溶けていった……

  翌日、啓太が目を醒ますと中嶋はベッドにいなかった。
  気だるそうに首を動かして時計を見ると、まだ九時を少し過ぎたばかりだった。昨夜は明け方近くまで肌を合わせていたので、正直、こんなにも早く起きてしまうのは自分でも予想外だった。
(でも、普段もこんな生活をしてるから……慣れってやつかな)
  そんなことをぼんやり思いながら、中嶋がいた隣に手を這わした。シーツが冷え切っている。
「……中嶋さんの馬鹿」
  啓太はうつ伏せになると枕を抱き締めた。ここは俺の部屋じゃないのに。なのに、今、俺は一人でベッドにいる……
「中嶋さんの……馬鹿!」
  腹立ち紛れに上掛けを蹴飛ばした。
  腰の辺りまで露になってしまったので少し寒いが、そんなことは気にもならなかった。剥れたまま、啓太は目を閉じた。すると、小さくベッドが軋み、良く知った口唇が啓太の背中を辿り始めた。まずは項から……やがて肩甲骨の間を通って腰の窪みへと降りてくる。それはとても弱々しい刺激だが、吐息が肌を掠める感触は酷く官能的だった。啓太の内に熱が燻ってゆく。
「んっ……あ……中嶋さん……」
「随分な言われ様だな」
「……だって……っ……いない、から……」
  啓太は身体の向きを変えた……が、自分を組み敷く中嶋を見上げた途端、ポンッと沸騰した。シャツを羽織っただけのしどけない姿に、啓太は一瞬で欲情してしまった。
「どこ……行ってたんですか?」
「……」
  無言で中嶋は視線をベランダへ流した。それを追って啓太はほっと胸を撫で下ろした。深い意味などないが、中嶋がずっとここにいたことが嬉しかった。
  一方、中嶋は密かにため息をついた。
  同じ部屋にいると延々と求めてしまいそうなので態々熱を冷ましてきたのに、啓太はまた惜しげもなく白い身体を中嶋の前に曝していた。まだ子供の名残があるので丸みを帯びているが、男を知ったその肌は滑らかで掌にしっとり吸い着く様だった。元々啓太はそうだったが、それに一段と磨きの掛かった今はまさに極上……一度でも触れたら、もう欲望を抑えることは出来なくなってしまう。しかも、明らかに情欲を孕んだ瞳で中嶋を見ている……
「お前は一人で留守番も出来ないのか?」
「はい……だから、ずっと一緒にいて下さい、中嶋さん」
  啓太は中嶋の背中に手を回すと、キュッと抱き締めた。二人のクリスマスは、まだ始まったばかり……


2008.12.19
’08 クリスマス記念作品 中嶋ver.です。
時間軸的に『二択』の続編になっています。
視線だけで感じる啓太。
尤も、これは中嶋さんだから成せる業かも。

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Café Grace
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