――記憶――


『出してっ!! ここから出してっ!! 出してよっ!!!』
 泣きながら、小さな啓太が大きな扉を激しく叩いていた。静かな室内に拳を打ちつける音が狂った様に響く。その様子を背後から見つめている啓太の顔は奇妙に歪んでいた。幼い啓太はどこかに閉じ込められているらしいが、啓太にそんな記憶はない。だから、これは朝になれば直ぐに忘れてしまう夢だろう。しかし、今、啓太は確かな苦痛と絶望に胸を締めつけられていた。
(誰か……誰か、助けて!)
 心の中で啓太は叫んだ。すると、遠くから微かに聞き覚えのある声がした。同時に、ふわりと頭を撫でる温かい掌の感触。助けて! 啓太は夢中でその手に縋った。そして……目が醒めた。
「……」
 啓太は自分を覗き込んでいる怜悧な蒼い瞳を凝視した。
 それは良く見知った顔だった。中嶋はベッドに半身を起こし、汗で啓太の額に張り付いた髪を軽く払い除けていた。その指先はいつになく優しい……が、なぜか啓太は落胆した。違う。俺が欲しかったのは……この手じゃない。
(……えっ!?)
 そう思った自分に少なからず啓太は衝撃(ショック)を受けた。怯えにも似た動揺を見て、中嶋が静かに尋ねる。
「何の夢を見た?」
「……」
 啓太は無言で首を振った。その質問に答えられるほど、はっきり覚えてはいなかった。
「俺……変なこと言いましたか?」
「……いや」
「そう、ですか」
 密かに安堵し、啓太はキュッと中嶋に抱きついた。
「俺は中嶋さんのものです。中嶋さんだけのものです」
「そうだ。忘れるな、啓太」
「はい」
 啓太は大きく頷いた。そう、俺が中嶋さん以外の誰かを求めるなんてあり得ない。絶対、あり得ない……
 胸の奥が微かに痛んだが、啓太はそれを無視した……あれは単なる夢の話だから。しかし、中嶋の腕の中で再び眠りにつきながら、どうしても心の片隅で思う。思ってしまう。一体、あの手は誰だったのだろうか、と……



2008.12.31
夢に惑う啓太です。
中嶋さんは眠りが浅そうなので、
啓太がうなされても直ぐに気づいてくれそうです。

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