真夜中、中嶋の部屋へこっそり忍び込んだ啓太はベッドの端に座って恋人を見つめていた。
 静かに眠る中嶋はいつもの冷たく鋭い雰囲気が和らぎ、少し無防備で……どこか可愛かった。啓太は声を殺してクスクスと笑った。課題のレポートを書いていたら目が冴えてしまったので軽い悪戯心で来たら、思わぬ収穫があった。しかし、あまり長くここに留まるべきではないだろう。名残惜しいけど……と啓太は自分の指に小さく口づけ、それを中嶋の額に軽く置いた。おやすみなさい、と口唇だけで告げて立ち上がる。その瞬間――……
「……っ!!」
 手首を捉えられた。
「起きてたんですか、中嶋さん!?」
「ああ、最初からな」
「ごめんなさい……俺、直ぐ戻ります」
 啓太は中嶋の手を払おうとした……が、指が更に強く肌に食い込むのを感じてコクンと首を傾げる。
「中嶋さん……?」
「こんな時間に俺の部屋へ来て、あれだけで帰れると思うか?」
「お、俺は別にそんなつもりじゃ……!」
 赤くなる啓太を見て中嶋が小さく口の端を上げた。
「言ったはずだ。お前が欲しくなったら、いつでも抱いてやる、と」
「……っ……」
 中嶋に掴まれた部分から肌がチリチリと焼けてゆく気がした。蒼い眼差しが顎を伝って喉へ滑り落ちると、身体から自然に力が抜けてしまう。啓太は恋人の上に身を屈め、静かに口づけた。舌先で口唇をそっとなぞって、軽く吸って食む。そこから伝わる微かな熱だけで項が妖しくざわめいた。ただ寝顔を見たかっただけのはずなのに……もしかして、俺、初めからそのつもりだったのかな。単に自覚してなかっただけで……
「……」
 しかし、上半身を捻る体勢に苦しさを覚えた啓太は一先ず中嶋から離れようとした。すると、すかさず後頭部を引き寄せられた。驚いて声を発しようとした隙間から中嶋が侵入して来る。
「あ、ふっ……んっ……!」
 啓太はあっさり絡み取られてしまった。息が出来ないほど強く舌を吸われ、口腔を激しく貪られる。そうかと思えば、あやす様に舌先で優しく愛撫された。中嶋に翻弄されるまま、角度を変える度に甘い声が零れ落ち……いつしか啓太は中嶋に覆い被さり、口づけに夢中になっていた。
「……っ……ふあっ……!」
 ピクンと啓太が跳ねた。
 パジャマの下に滑り込んだ中嶋の指に腰の窪みを丸く撫でられ、身体が勝手に反応してしまった。中嶋が喉の奥で微かに笑った。
「んっ……」
 耳まで赤く染めた啓太は中嶋の頬を両手で包むと、言葉を奪う様に恋人の口を塞いだ。燻り始めたこの身体を一刻も早く溶かしてしまいたかった。理性も羞恥も打ち捨てて、ただ中嶋だけを感じたい。感じさせて欲しい。そんな思いの総てを啓太は自分の口唇に籠めた。中嶋もそれをわかっているのか、器用に手早く互いの肌を曝してゆく……
「ああっ……」
 中嶋に組み敷かれた瞬間、啓太は大きく喘いだ。自分に伸し掛かる中嶋の重さに下肢から無意識に力が抜ける。自然と脚が大きく広がり、中嶋の身体を軽く挟み込んだ。
「そんなに俺が欲しかったのか?」
「あ……」
 啓太が恥ずかしそうに顔を逸らすと、曝け出された首筋に中嶋が口唇を落とした。ねっとりと嬲る様に肌に舌を這わせ、耳元に吐息を吹き掛ける。殊の外、そこが弱い啓太はそれだけで悩ましく身悶えた。中嶋が右手で胸元や脇を緩く撫ぜながら、低い声で問う。
「さあ、どうして欲しい……?」
「……っ……」
 そんなこと、もうわかってるはずなのに……と啓太は恋人を思い切り批難する眼差しで睨んだ。しかし、中嶋は平然とそれを受け止めた。
「素直になれ、啓太」
 中嶋の口の端が小さく上がった。
 艶やかに濡れた蒼穹は、どう控えめに表現しても自分を誘っている様にしか見えなかった。そうして啓太は中嶋から次々と欲望を引き出してゆく。中嶋が求めれば求めるほど、啓太は心を強く支配し……君臨する。なら、せめてこのくらいは言わせないと不公平だろう。
 言葉を引き出す様に中嶋は啓太の耳を舌先で舐(ねぶ)った。
「あっ、嫌……」
 堪らず啓太は中嶋を押しやろうとした……が、それより先に冷たい指先が胸に咲く小さな飾りを掠めた。
「んっ……!」
 反射的に啓太はその掌を押さえてしまった。
「何だ……お前、自分でしたかったのか?」
「違っ……」
「そうか。なら、俺が手伝ってやろう」
 言うが早いか、中嶋は逃げようとした啓太の左手を掴むと、未熟な実に押し当てた。上から掌を重ね、啓太の手を使って転がす様に愛撫する。
「あっ……ん……っ……」
 意思のない手を操られるまま、啓太は緩々と自分の胸を撫で回した。そこから広がる頼りない感覚にもどかしそうに身を捩りながら、未だ捨て切れない羞恥心にキュッと口唇を噛み締めて。すると、不意に中嶋が手つかずの飾りを大きく舐め上げた。
「はあ、んっ……!」
 快感の波を咄嗟に啓太はシーツに縋って堪えた。しかし、中嶋は更に畳み掛けてきた。柔らかく食んだ先端を舌で嬲り、同時に反対側を啓太の指を使ってグッと押し潰す。強弱をつけて丸く揉み込まれると、堪らなく身体が疼いてきた。
「あ……ああっ……中嶋さん……中嶋、さん……」
 啓太が艶めかしく身をくねらせた。口腔の奥で、物欲しそうに舌が揺らめく。
「口寂しそうだな」
「……っ……はい……」
 うっとりと啓太は呟いた。
 おもむろに自分を操っていた中嶋の右手を掴むと、その指を二本……躊躇うことなく口に含んだ。拙い舌使いで水音を立てて吸いながら、恋人に強請る様な視線を向ける。中嶋の喉が低く鳴った。
「俺のを舐めたいのか?」
「……んっ……」
 啓太が瞳で微かに頷くと、すっと指が抜かれて中嶋の重みが消えた。ゆっくりと啓太は起き上がろうとした……が、それより先に中嶋が交互に組む様に啓太の顔を跨いだ。
「はあ、んっ……!」
 あっと思う間もなく、いきなり啓太は喉の奥まで銜えられてしまった。大きく背をしならせ、声を張り上げた口にすかさず中嶋が押し入って来る。口腔を満たす中嶋の存在感に、それがもたらす甘美な記憶が重なって身体の奥がキュッと収縮した。
(……俺も……中嶋さん……)
 その気を紛らわそうと、啓太は恋人のしっかりした腰を抱く様に両手を掛けた。緩く頭を回して中嶋を口中で捏ねながら、息苦しさを堪えて必死に舌を動かす。中嶋の質量が増すのを感じると、嬉しくて更にそれに没頭した。時折、中嶋が戯れに軽く突くと、涙と共にくぐもった声が零れてゆく。
「う、んっ……っ……んっ……」
 小刻みに痙攣する啓太の太腿を中嶋が掌で宥めた。それに促されて、啓太は白磁の肌を妖しく染めながら、自ら誘う様に膝を立てた。
(良い子だ……)
 中嶋がそっと右手を奥へ忍ばせた。
「ふ、あっ……!」
 逃げを打つ様に啓太の腰が揺れた。それを中嶋は片手で制し、怯える内壁を優しく指で撫で擦(さす)った。入口付近で浅く動かしてやると、徐々に啓太の緊張が和らぐのがわかる。何度、抱かれても物馴れないこの初心な反応が結構、中嶋は気に入っていた。決して穢されない、真っ白で純潔な身体。しかし、一旦、それが綻ぶと、濃艶な色香で男を誘う淫らな徒花となる。
(まさに天性の淫乱だな、お前は)
 中嶋が指を増やしてやると、まるで迎え入れる様に内壁が柔らかく締めつけてきた。
「あっ……んっ……ふ、んっ……」
 覆い被さられて口を外せない啓太は、中嶋の下で忙しない呼吸を繰り返していた。下肢から伝わる官能的な刺激と口中から伝わる中嶋の熱と質量に意識が朦朧としてくる……が、その度に図った様に指が敏感な場所を擦り上げた。
「ん、ああっ……んっ……あっ……っ……」
 身に過ぎた快感に啓太が不規則に震えた。手が何かを訴える様に中嶋の肌を掻く……カリカリと。すると、中嶋の身体が啓太の上から消えた。
「あ……」
 急な喪失感に朧に瞳を開けると、再び中嶋が覆い被さろうとしているのが見えた。啓太は恍惚と両腕を伸ばした。無心に中嶋の口唇を求める。
「んっ……ふっ……あ、んっ……」
 自ら舌を絡ませて口腔を貪りながら、啓太は緩々と腰を動かし始めた。濡れそぼった中心を中嶋の身体に擦りつけ、再び高みを目指す。中嶋が離れると、行かないでと言う様に直ぐに後を追った。しかし、そんな啓太を中嶋は蒼い瞳で鋭く射竦めた
「啓太、もう何度も教えたはずだ。欲しければ……どうすれば良い?」
「……お願い、する……」
「そうだ」
 中嶋は啓太の両足を大きく抱え上げ、刺激を求めて蠢く入口に自らを軽く宛がった。
「ああっ……!」
 啓太が中嶋の背に縋りついた。
 すぐさま中に取り込もうとする啓太を焦らす様に中嶋は緩く腰を揺らした。濡れた感触に啓太の肌が粟立つ。理性の最後の欠片が消え、情欲に蕩けた蒼穹が熱く中嶋を見つめた。それは艶やかに美しい啓太の夜の顔……そう、俺はこの顔が見たかった。
「……欲しい……中嶋さん、が……欲しい……」
「……良いだろう」
 中嶋は大様に答えると、力強い質量で一気に啓太を貫いた。
「は、ああっ……!」
 身体を開かれ、内を押し上げる圧迫感は苦痛にも近くて自然に涙が溢れた。しかし、待ち侘びた中嶋の熱を漸く与えられた歓びに心が震える。愛する人に身も心も満たされて、今、啓太は本当に幸せだった。それを少しでも伝えようと、自分に注がれる優しい眼差しに無上の微笑を浮かべる。中嶋が何か囁いた……が、もう言葉は啓太の中に入らない……
「あっ……中嶋、さん……中嶋さんっ……ああっ……」
 うわ言の様に恋人の名を呼びながら、啓太は荒れ狂う快感の波に翻弄された。散々焦らされた内壁は中嶋を逃すまいと熱く絡みつき、最早、互いの境界さえわからなかった。華奢な身体の奥を激しく突かれ、かき混ぜられて途切れ途切れに零れる声はやがて音を失う。啓太は無意識に中嶋の背に爪を立てた。
「……っ……」
 肌を刺す微かな痛みに中嶋は苦笑した。中嶋の動きに敏感に反応し、艶やかに啼く啓太を貪欲なまでに求めてしまう心が抑えられない。もっと……もっと俺に、その顔を見せてみろ……
「啓太っ……」
 想いの丈を総て注ぎ込む様に中嶋が一際、強く最奥を抉った。
「はあ、ああっ……!」
「……っ……!」
 その瞬間、二人は同時に自らの欲望を解放した――……

「……」
 意識を闇へ堕とした啓太を中嶋は静かに見つめていた。シーツの上に無防備に投げ出された肢体はまだ情事の余韻に震えている。幾ら子供の名残があるとはいえ、男にしては華奢なこの身体に強過ぎる快感は毒だろう。わかっている。だから、大切にしたいと思う。だが、そんな俺の優しさをお前はいつも無邪気に摘んでしまう。白い手を伸ばして俺を絡め取り、再び口唇を強請る。どれほど狂おしいまでに俺が求めて得ても、まるで総ては泡沫の夢とでも言う様に……
(全く……お前は本当に質が悪い。だが……)
「啓太……」
 中嶋は啓太の額に張り付いた髪を静かにかき上げた。すると、啓太の瞼がふるりと震えた。真っ直ぐ中嶋を見つめて綺麗に微笑む。
「中嶋……さん……」
 気だるい腕を持ち上げると、啓太は中嶋を柔らかく引き寄せた。そっと愛しむ様な口づけが徐々に濃密さを増してゆく。いつしか常夜の中で二人はまた身体を重ねていた。そして……



2009.4.3
『第十九回ツヤツヤけ~たん観賞会』において、
第一位に輝いた正常位を用いた
ツヤツヤけ~たんSS 中啓ver.です。
ああ、とても鬼畜とは呼べない中嶋さんです……

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Café Grace
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