バスの後部座席に中嶋と並んで座った啓太は嬉しそうに車窓の外へ瞳を流した。
 この週末は啓太の誕生日を中嶋が改めて祝うことになっていた。今度は、二人だけで。外泊届けを出して。当日は二人で過ごす時間があまりなかったので、啓太は今日をとても楽しみにしていた。しかし、寝坊しないよう昨夜から緊張していたせいか、少し睡眠不足になってしまった。そのため、乗車して五分もしない内に啓太の瞼はバスの心地良い振動に誘われて重くなってきた。こっそり欠伸を噛み殺す。涙で潤んだ瞳に海の照り返しが酷く眩しく見えた。
(子供みたいだな、俺……)
 コシコシと啓太は目を擦った。すると、いつの間に身を寄せて来たのか、中嶋が耳元で低く囁いた。
「昨夜はお前を早く眠らそうと気を利かせたつもりだったが、返って逆効果だったな。やはりいつもの様に抱いてやった方が良かったか?」
「な、中嶋さん……!」
 ポンッと啓太は沸騰した。
「何なら行き先を変更するか? 部屋は既に押さえてあるから遠慮しなくて良い」
「俺は別にそんなこと言って……」
「だが、随分、物欲しそうな瞳をしている。本当は寝たいのだろう?」
「……っ……!」
 明らかに他意を含んだ物言いに、一瞬、身体の奥がざわめいた。中嶋が喉の奥で面白そうに笑った。
「……中嶋さんは意地悪です。そうやって直ぐ俺をからかう」
 啓太は小さく頬を膨らませた。
 そのとき、ふと良い考えが頭に浮かんだ。この状況を巧く利用すれば、自分の中の羞恥心に折り合いをつけつつ、独占欲を充分なほど満たすことが出来るかもしれない。早速、啓太はそれを実行に移した。
「……中嶋さん」
 啓太は静かに恋人の肩にもたれ掛かった。
「俺、中嶋さんの言う通り、少し寝不足なんです。だから、こうして眠っても良いですか?」
 これなら、公共の場でも照れずに自然に触れられた。それに、誕生日を祝ってくれるなら中嶋にはもっと……ずっと自分の方を見ていて欲しい……
「……!」
 中嶋は僅かに目を瞠った。
 今までは相手がそんなことをしようものなら、さっさと席を立って、その場から立ち去っていた。馴れ馴れしく纏いつかれるのは煩わしい以外の何物でもなかったから。しかし、同じことを啓太がしても……なぜか不快にはならなかった。寧ろ、胸の奥がほんのり温かくなった気さえする。そんな自分に呆れて中嶋は小さくため息をついた。
「全く……仕方のない子だ」
「……」
 中嶋が怒るかもしれないと少し不安だった啓太は、その声が含む甘さを聞き取って安堵した。なら、もう少しだけ甘えてみても良いかな……
「向こうに着いたら……起こして下さいね……」
「ああ」
「……良かっ、た……」
 ゆっくりと啓太は瞳を閉じた。
 ふっ、と中嶋は密かに微笑を浮かべた。たまにはこんな時間も悪くないと思った。だから、啓太を起こさないよう注意しながら、暫くは大人しく枕の代役を務めることにした。
 そんな二人を乗せてバスは跳ね橋の向こうへと走って行った。



2010.4.30
’10 啓太BD記念作品 中希ver.です。
時間軸的に『沈黙』の続編になっています。
中嶋さんも啓太と一緒なら、
日々穏やかに過ごせるかもしれません。
Happy Birthday,Keita.

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