クリスマスで賑わう街を啓太は中嶋と一緒に歩いていた。街路樹には小さなLED照明が巻かれ、クリスマス・イルミネーションが施されている……が、明かりはまだ点いてなかった。朝の名残を留める凛とした空気を深く吸い込みながら、午前中だから当然か、と啓太は密かに微笑を浮かべた。
  こんな時間から中嶋と外出するのは珍しく、最初はとても不思議だった。しかし、学園島を出るバスに心地良く揺られている内に啓太はあることを思い出した。以前、生徒会室で言った自分の言葉を。たまには陽射しの中で会いたい。一緒に映画へ行き、買い物でもして、疲れたらどこかで軽くコーヒーでも飲む様な、そんな普通の――……
  啓太はチラッと中嶋を見上げた。
(あのとき、中嶋さんは素っ気無かったけど、ちゃんと覚えててくれたんだ)
「中嶋さん、これからどこへ行くんですか?」
  浮かれる気持ちを抑えて啓太は尋ねた。すると、期待通りの答えを中嶋は返してきた。
「まずは映画が良いのだろう、お前は」
  はい、と啓太は嬉しそうに頷いた。そのとき、不意にどこからか甘い香りが漂ってきた。キョロキョロと辺りを見回すと、数軒ほど先に小さなパティスリーがある。
(あそこかな)
  啓太は小走りに店に近づき、硝子越しに中を覗き込んだ。
  店内は入口に雪を被ったクリスマス・ツリーが飾られ、左側のショー・ケースには宝石の様なケーキが並んでいた。正面には綺麗な焼き色をしたクッキーが小袋に入って置かれている。その一画に様々なオーナメントを模(かたど)ったクリスマス・サブレがあった。
「あっ、ちょっと待ってて下さい、中嶋さん」
  傍まで来た中嶋にそう言い置いて啓太は急いで店に入った。やがてクリスマス・ツリーの形をしたサブレを二つ買って戻って来る。
「中嶋さん、今日は混んでそうだから……はい」
  啓太はサブレを一つ中嶋に手渡した。中嶋が怪訝そうに眉を上げた。
「俺が食べると思うか、啓太?」
「でも、館内に入るまで時間が掛かるかもしれませんよ。それに、最近はどこも禁煙だから」
「問題ない。指定席を買ってあるから直ぐに座れる」
  当然のことの様に中嶋は言った。啓太は驚いて僅かに目を瞠った。
  昨夜は中嶋と朝まで肌を合わせていたので、まだ全身に気怠さが残っていた。何十分も立って並ぶのは、正直、少し辛い。それを悟られない様にずっと振舞っていたが、中嶋には総て予想の範囲内だったらしい。一体、この人はどこまで優しいんだろう……ちょっとわかり難いけど。
  惚気にも似たことを啓太がぼんやり考えていると、中嶋が面白そうに口の端を上げた。
「お前は、こういうデートがしたかったのだろう?」
「……っ……デ、デートって……!」
  ポンッと啓太が沸騰した。
「違うのか?」
「い、いえ……そう、です」
  耳まで真っ赤にしながら、啓太は小声で呟いた。中嶋が低く喉を鳴らして軽く顎を振った。
「なら、行くぞ」
「あ……はい」
  啓太は大きく頷いた。サブレを持って嬉しそうに中嶋を見つめる。その瞬間、恋人と過ごすクリスマスにまた一つ新しい思い出が加わった。


2010.12.24
’10 クリスマス記念作品 中啓ver.です。
時間軸的に『聖』の続編になっています。
中嶋さんにサブレとは啓太も大胆なことを考えます。
Merry Christmas to you.

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Café Grace
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