「あかん……どないしよ……」
 俺は頭を抱えてうずくまった。
(滝 俊介、一生に一度の不覚や。まさかデリバリーの途中で頼まれた品を落とすなんて! この商売、信用第一や。無くしました。すんません……で済む問題やない! 今後への影響かて計り知れんわ……)
 絶望のあまり周囲に全く目のいってなかった俺は、そいつが近寄って来たことにも気づかんかった。
「どうしたんだ、俊介?」
「……!」
(この声は……!)
 ハッと顔を上げた俺の前に、一人の天使が立っていた。その瞬間、俺の優秀な頭脳は素晴らしい解決策を閃いた。
「啓太~、良いとこでおうたわ~」
「えっ!?」
 啓太はコクンと首を傾げた。俺はパンッと両手を合わせた。
「頼むわ、啓太、この通~りや! 俺をこの窮地から救ってくれ!」
「何があったんだ、俊介?」
「実はデリバリーの途中で品物、落としてもうたんや。探すの手伝ってくれ。頼むわ! この通~り!」
 必死に哀願する俺を啓太は絶対、無下には出来ん。案の定、啓太は素直に頷いた。
「わかった。一体、どの辺りで落としたんだ?」
「それが……わからへんのや。今日は忙しゅうて、あちこち走り回ってたからな」
「えっ!? それじゃ、どうするんだよ? 幾ら何でも、たった二人で学園中は探せないだろう?」
「だから、お前の力がいるんや。お前が頼めば、皆が協力してくれるやろ?」
「皆って……俊介が頼んでも、ちゃんと探してくれるよ」
「いいや! 俺は確実にいきたいんや! それに、これは啓太にも関係あることやしな」
「……!?」
 それを聞くと、途端に啓太の表情が変わった。前に隠し撮り写真を見られたからな。そんときのことでも思い出したんやろ。まっ、当たらずしも、遠からずやな……
「俊介、まさか……」
「良い勘しとるな、啓太」
「俊介!」
 啓太がむっと眉をひそめた。あ~、これで怒っとるんやからな……啓太、可愛過ぎるわ。写メで撮ったろか? おっと、今はこっちが先や。まずは早う見つけ出さな!
「今回はカードや。中にデジカメのデータが入ってる。写真部の奴も今回のはかなりの力作や言うてたからな。誰かに悪用される前に――……」
「悪用って……一体、どんな写真だよ!?」
「そら、まあ……色々際どい写真が、な」
 俺が適当に言葉を濁らせると、啓太の顔がさ~っと青くなった。大方、セミ・ヌードくらい撮られた思うとるんやろ。全く……初心やな、啓太……んな訳あるかってのがまだわからんのやからな。お前の周りは、いつも取り巻きにがっちりガードされて容易には近づけんのや。あの精鋭揃いの写真部がお前の生足撮るんに三日も掛かったんやで! それやて、授業でグラウンド走ってる姿を超望遠レンズ越しでや。だが、暫くそう思っててくれ。その方が話を進め易いからな。
「せやから、協力してくれ言うとるんや! 啓太が頼めば、誰も嫌とは言わへん! なっ、頼むわ?」
「……わかった。でも、見つけたら、データは俺が消去するからな! 全部!」
「それは応相談やな」
「俊介!」
「まあまあ……まずは見つけることが先決や。良いか、啓太! カードが出てくるかどうかは、皆のやる気をいかにお前が巧く引き出すかに懸かってる。そこで、今から俺がお前に策を授ける。これで皆、イチコロや! 直ぐに全速、全開、全力で探し始めるはずや。間違いない!」
「本当か?」
 啓太が疑わしそうな瞳を俺に向けた。確かに俺は勉強は苦手や。だが、商売の頭はキレる。それに、人を見る目にも自信がある。皆の最大の弱点をついた俺の作戦に抜かりはない!
「そう難しいことやない。普通に頼んで、最後に一言……ちょこっとつけ加えれば良いんや、愛してるって」
「なっ……!」
 絶句した啓太は、まるでリトマス試験紙の様に青から赤に変わった。頭から爪の先まで真っ赤や。本当、直ぐ顔に出るな、啓太……が、これはち~っとばかりオーバーや。どうしてこんなに過剰反応するんやろ?
「そ、そ、そんなこと言える訳ないだろう! 俺が嘘つくの苦手なの知ってるだろう、俊介!」
「何も嘘つけとは言ってない。ただ言葉を選んで言えば良いんや。たとえば……もし、見つけてくれたら、言えそうな気がするんです……愛してるって、とかな」
「無理! 無理! 絶対、無理っ!!」
 ブンブンと啓太が激しく首を振った。その瞬間、俺は確信した。間違いない。誰か本命がおるんや。これは大スクープや! 漸く俺にも運が回ってきたで~っ!!
「啓太……もしかして、誰か好きな奴でもおるんか?」
「えっ!? そ、そんなことないよ……多分」
「なら、問題ないやろ?」
「う、うん……」
 啓太は小さく頷いた。よっしゃ! 俺は心の中でガッツ・ポーズを取った。啓太は正直やからな。本命を前にすれば、必ず顔に出るはずや。カードも見つかる。相手もわかる。これこそ、まさに一石二鳥や! この情報は高く売れるで~! チケット三十枚……いや、五十枚でもイケるかもしれん。大儲けやっ!!
「……でも、俺、嘘はつきたくないよ」
「なら、こう言うんや。もし、見つけてくれたら、言えそうな気がするんです、(……)に愛してるって、とな」
「(……)に?」
「(……)には適当な言葉を入れるんや。素直でも良いし、勿論、好きな奴の名前でもな。但し、声には出すなよ。そしたら、皆、啓太の愛に報いるために俺が必ず見つけてやるって大張り切りや。それとも、他に誰か好きな奴がおるんか? そんなら、無理強いはせえへんで?」
「だ、だから、そんな人いないって言っただろう!」
「なら、問題ないやんか。啓太は嘘はついてない。勘違いする方が悪いんや。そやろ?」
「……うん」
 渋々啓太は呟いた。この瞬間、勝利の女神は俺に微笑んだ。土台、啓太が俺の口車に勝てる訳がないんや。悪いな、啓太、これが世の中の現実や。今回は勉強させてもろた思うて諦めてくれ。大丈夫や。俺も鬼やない。情報を売る相手はちゃんと選ぶから安心しいや。俺もお前のことは気に入ってるんや。傷つける様な真似はせえへん。おっ、早速、標的第一号がこっち来るやないか!
「啓太、啓太! まずはあれからいってみよか?」
 俺は咄嗟に植木の陰に隠れた。えっ、と啓太が振り返った。その途端、啓太の表情に明らかな変化が現れた。顔が赤いのは先刻までと一緒だが、ほんのり艶の様なもんが浮かんでる。それに、あいつの一挙手一投足を追う瞳が非常~に熱っぽい。傍にいる俺まで熱くなってきそうや。さすが啓太や。いきなりビンゴか。そうか。あいつなんか……ふ~ん、成程な……
「……」
 何か……意外やな。ここには他にも良い奴が仰山おるのにな。啓太なら選り取り見取りやろ。それやのに、あれかいな! う~ん、まあ、好みは人それぞれやから口出しする気はないが……
「ほら、啓太! さっさと行かな! 俺はここで待ってるからな!」
「あ……うん、わかった」
 そう呟くと、啓太はパタパタと駆けて行った。俺はその後姿を固唾を呑んで見守った。おっと、写メの用意も忘れずにしとかな。啓太の告白なんてプレミア映像、逃す手はない。よっしゃ! 準備万端、整った! いつでも良いで、啓太!
 ……にしても、あれかいな……啓太、お前……趣味、悪過ぎや……



2008.6.20
啓太の生足なんて誰かさん以外は見れません
……と思ったら、大浴場がありました。
でも、啓太は色々な意味で入れないかも。

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Café Grace
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