談話室のドアを開けた俺は奥のテーブルに王様と岩井さんがいるのに気がついて声を掛けた。
「あれ? こんな時間に二人で何やってるんですか?」
「ああ、啓太か。いや、ちょっとな……啓太こそどうしたんだ? もう直ぐ点呼が始まるぜ?」
「はい……でも、俺、喉が渇いたので何か飲み物を買おうと思って……」
「へえ~、啓太にしては珍しく不運だな。見ろよ。全部、売り切れだぜ」
「……今日は暑かったから」
「えっ!? まさか……!」
 俺はパタパタと自動販売機に駆け寄ると、隅から隅まで調べた。確かに……どのボタンにも赤い『売切』のランプがついてる。そんな~、と俺は肩を落とした。飲み物がないとわかると、益々喉が渇いてきた。口の中がカラカラする。食堂はもう閉まってるし……朝までなんてとても我慢出来ないよ、俺……
 そのとき、ふと王様達の前に黄金色の液体が入ったグラスのあることに気づいた。
「王様……それ、ジンジャーエールですか?」
「ああ……まあ、な」
「……」
 じ~っと俺はグラスを見つめた。その視線の意味に気づいた王様が静かに首を振った。
「悪いが、啓太にこれはやれねえんだ。その代わり、俺の部屋にあるペットボトルを――……」
「王様!」
 俺は声を張り上げた。今は遠くの親戚より、近くの友人。俺は目の前にあるこの一杯が、どうしても飲みたかった。
「俺、本当に干からびそうなんです! この際、飲み掛けでも構いません! だから……!」
 切羽詰ってた俺は王様の返事なんか待ってられなかった。ごめんなさい! そう思ったけど、俺は素早くグラスに手を伸ばし、一気にそれを飲み干してしまった……!
「啓太っ!!」
 王様が叫んだ。
「……?」
 俺は王様と岩井さん、次に手の中の空のグラスを見た。喉から胃が焼ける様に熱い。何か……変だ。その瞬間、ポンッと全身が沸騰した。指先から身体が崩れてゆく。遠のく意識の向こうで、俺は硝子の割れる音を聞いた気がした……

「おい、啓太! しっかりしろ!」
 意識のない啓太を椅子に座らせると、丹羽はペシペシと頬を叩いた。しかし、啓太は完全に酔い潰れていた。
「参った……」
「……ああ」
 足元に散らばるグラスの破片を拾いながら、岩井が言った。
「丹羽、卓人……そこで何をしている?」
「……!」
 さっと丹羽が振り返ると、ドアの傍に名簿を持った篠宮が立っていた。
「そろそろ点呼の時間だ。各自、部屋に……伊藤?」
 項垂れている啓太を認めた篠宮は怪訝そうに呟いた。つかつかと三人に歩み寄る。
「どうした、伊藤? 気分でも悪いのか?」
 啓太の正面に膝をつき、篠宮はそっと顔を近づけて……眉をひそめた。呼気からアルコールの匂いがする。丹羽がガシガシと頭を掻いた。
「……伊藤は何を飲んだ?」
「あ~、ビールだ」
「幾ら伊藤が酒に弱くても、ビールでこうも潰れる訳がないだろう? まだ他に何かあるはずだ」
 そう言うと、篠宮は立ち上がって周囲を見渡した。すると、隣のテーブルに四角い透明な瓶が置いてあった。そのラベルを見た篠宮は眉間の皺を更に深めた。
「テキーラか。まさか……ビールにテキーラを混ぜたか!?」
「……というより、あれはテキーラのビール割りだ」
 ポソッと岩井が訂正した。
「お前達!」
 篠宮は厳しい目で二人を睨みつけた。すると、丹羽は素直に、悪かった、と頭を下げた。岩井も同じく顔を伏せる。
「……」
 はあ、と篠宮はため息をついた。丹羽と岩井が態と啓太にそんな酒を飲ませたとは考えていなかった。どういう経緯かはわからないが、恐らく不慮の事故に近いものだろう。言い訳をしないその態度は潔いと思うが、年長者として、二人にはきちんと責任を取らさねばな。
「丹羽、卓人、伊藤の面倒はお前達が――……」
 そのとき、再びドアが開いて誰かが入って来た。

A 「王様、篠宮さん、どこかで啓太を見掛けませんでしたか?」
B 「お前達、まだこんな処にいたのか」
C 「おや、皆さん、お揃いで何かあったんですか?」



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