客間の奥にまで届く澄んだ月の音を聞きながら、日本はアメリカの耳元へ口唇を寄せて戯れに嬲っていた。
 最初は月見と称して日本酒と白ワインをそれぞれ飲んでいたが、早々に酔いの回った日本は徐々に悪戯が多くなっていった。アメリカはそんな恋人を諌めもせず、ただその細い腰に腕を回して黙々とグラスを傾けている。
「アメリカさん、いつまで飲んでいるつもりですか?」
 あまりの反応のなさに焦れた日本が不服そうに言った。アメリカが宥める様に髪に口づけた。
「まだ宵の口だろう。それに、このワインは結構、美味しんだぞ。君も少し飲んでみるかい?」
 アメリカは飲み掛けのグラスを日本に差し出した。すると――……
「お酒はもう良いです」
 日本は中身を総て自分の左手にあけてしまった。掌から溢れたワインに赤い舌を這わせ、上目遣いに恋人を誘う。仕方ないなあ、とアメリカは諦めた様に呟いた。こういうときの日本は梃子でも言うことをきかない。どこかの国の様に暴れる訳ではないが、これはこれで質が悪かった。あまり俺を煽らないで欲しいんだぞ、日本……
「なら、せめて寝室へ行こう」
「そこまで待っていられません」
 しなやかな腕が嬉しそうにアメリカの首に絡みついた。
「でも、ここでは君の背に傷が付くだろう?」
「貴方がそんなに激しくしなければ良いんですよ」
「それは無理な相談なんだぞ。いつだって俺は淫らな君が見たいんだから」
「……っ……」
 眼鏡の奥から覗く情欲に日本の飢えた肌がぞくりと粟立った。やがて……ふっ、と挑発的な微笑が浮かぶ。
「なら、私を存分に啼かせてみて下さい、アルフレッドさん」
”Of course,yes.”
 そして、二人は畳の上へ縺れ込んだ。

「は、あっ……んっ……!」
 危うく上がり掛けた声を菊は何とか喉元で抑え込んだ。先刻からアルフレッドに執拗に弄られた胸の実は今や零れんばかりに赤く色づいている。そこばっかり……と濡れた瞳に力を籠めると、己を組み敷く恋人は夜の色香を纏わせて小さく口の端を上げた。
「そんなふうに睨んでも俺を煽るだけなんだぞ、菊」
 熱い舌が胸の飾りを大きく舐め上げた。同時にもう片方を強く摘まれ、無意識に身体が撥ねる。
「ああっ……!」
 アルフレッドに開かれた下肢の狭間で中心がまた淫らな蜜を零した。燻る熱に堪え切れず、右手を伸ばす……が、目聡いアルフレッドにやんわりその指を絡め取られてしまった。
「アルッ……!」
 菊は更に深く身体を重ねて快感を得ようと無意識に脚を大きく広げた。アルフレッドが堪らないとばかりに口唇を舐めた。そのとき、畳の擦れる微かな音が聞こえた。
「……」
 互いに衣服を脱ぎ捨てて夢中になっていたが、これ以上は菊の肌に傷がついてしまう。それに気づいたアルフレッドは菊を抱え込むと、身体をクルッと反転させた。
「なっ……!」
 いきなりアルフレッドの上に乗り上げる格好になった菊は困惑した瞳でアルフレッドを見つめた。薄ら寒い背中が酷く不安をかき立てる。
「ア、アルフレッドさん……?」
「ねえ、菊……俺も手伝ってあげるから、自分で準備してみて」
「何、を……?」
 その答えを予感しながら、敢えて菊は尋ねた。アルフレッドが腰にあった手をすっと滑らせた。菊の器となる場所を指で柔らかく揉み込み……やがてゆっくり押し入ってくる。
「ふ、あっ……!」
 上擦った声を上げて菊はアルフレッドにしがみついた。ツプッと指先を含まされる感覚に背筋が甘く痺れる。アルフレッドは直ぐに根元まで深く抜き差しを始めた。
「酔っているせいか、もう身体が開き掛けてる。トロトロで凄く熱いんだぞ。ほら、菊も早く……」
「ああっ……っ……はい……」
 言われて菊も入口に自分の指を宛がった。アルフレッドが押し広げた隙間から、くちゅりと中へと滑らせる。
「は、あっ……ああっ……あ、んっ……」
 熟れた内壁は二人の指を嬉しそうに銜え込んだ。それを菊は優しく擦って宥め、アルフレッドは大きくかき混ぜて煽った。やむことのない淫らな水音と熱く乱れる菊の吐息……
「ああっ……あっ……アル、フレッドさっ……ん、ああっ……!」
「いつもより感じてる、菊?」
「……わから、なっ……あ、ああっ……でも、もうっ……私っ……」
 菊が指をキュッと締めつけた。アルフレッドの喉が小さく鳴った。
「俺が欲しい……?」
 そう訊いた声は欲に掠れていた。菊はコクコクと頷いた。すると、アルフレッドの指がすっと抜けた。
「なら、好きにして良いよ、菊」
「あっ……っ……はい……」
 菊は片手で上体を起こすと、逸る身体を宥めて自分で広げた入口にアルフレッドを宛がった。そのまま、ゆっくり腰を沈めてゆく……
「はあ、あっ……ああっ……」
 散々擦られ、敏感になっている内壁は自分を暴く男の形や硬度をはっきり菊に伝えた。全身を余すところなく曝すこの体位は普段なら恥ずかしくて絶対にしないが、今は肌に感じる視線すらも快感になる。
「あ、あっ……アルッ……ア、ルッ……ああっ……」
 菊の頭はもうアルフレッドのことで一杯だった。やがて総てを呑み込むと、休む間もなく緩々動き始めた。
「ああっ……あっ……はあ、んっ……あ、あっ……」
「菊……」
 自分に跨って艶めかしく腰を揺らす菊にアルフレッドは両手を伸ばして胸の実を指先で嬲った。菊が途切れ途切れに訊いた。
「アルッ、もっ……あ、んっ……気持ち、良い……?」
「気持ち良いよ、菊」
アルフレッドは小さく微笑んだ。その表情に余裕を感じて、菊は自分の中心に手を伸ばした。
「もっ、と感じっ……あ、ああっ……!」
 包んだ掌でちゅくちゅくと上下に扱くと、それに合わせて更に腰が揺れた。先端から溢れた蜜を淫らに滴らせながら、必死に快感を追う。
「ふ、あっ……あっ……ああっ……」
「……っ……」
 堪らず、アルフレッドは菊の腰を掴むと、最奥を強く突き上げた。
「やあっ……!」
 目の眩む様な刺激に菊は大きく背をしならせた。アルフレッドが貪欲に身の内を貪り、菊の反応するところを何度も激しく穿ってくる。
「ああっ……あ、あっ……ああっ……!」
「……っ……菊っ……!」
「ア、ルッ……!」
 その瞬間、菊の意識が白く弾けた。一際、高い嬌声を上げる菊に締めつけられ、アルフレッドもまた菊の中に熱い欲望を放った……

 翌日、恋人の腕の中で目醒めた日本はどっぷり自己嫌悪に浸っていた。布団にいるということはアメリカが運んでくれたのだろう。昨夜は月と酒に飲まれて、かなり……なことをした気がする。
「……!」
 思い出し掛けて日本は小さく首を振った。
 それだけでも恥ずかしくて居た堪れなかった。もう昨夜の自分を消してしまいたい。日本はアメリカの胸に顔を埋めた。
「……あんな醜態は早く忘れたいです」
「俺はずっと覚えてるよ」
「ア、アメリカさん!?」
 驚いて見上げた日本の口唇に、ちゅっとアメリカは口づけた。
「昨夜の日本は素敵だったんだぞ。忘れるなんて勿体ない」
「も、もう言わないで下さい」
 日本は慌てた。アメリカがクスッと笑った。
「今の慎ましい君も、昨夜の積極的な君も、どっちも俺は好きなんだぞ。だから、もっと色々な君を俺に見せて、日本」
「……善処します」
 そう言って日本は頬を赤らめた。すると、アメリカの掌がするりと内腿を撫でた。
「ア、アメリカさん……?」
 微かに走った快感を押し殺して日本が呼んだ。たったそれだけのことで身体の奥がまた妖しく疼いてくる……昨夜、あんなに抱かれたというのに。アメリカはそれには答えず、日本の手に深く指を絡ませた。キュッと強く握られ、白磁の肌がざわめく。日本は恍惚と恋人を見つめた。
「良い……?」
 アメリカは簡単に訊いた。日本は無言で頷いた。
「あっ……」
 そして、二人は再び終わりのない夜に堕ちていった。



初出 2013.10.19
『Annexe Café』より転載。

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