丹羽 :村外れにある細川の家は坂井の処ほどではねえが、大きな古い一軒家だった。周囲に
    『目星』しても情報はねえから省略するぜ。啓太が呼び鈴を鳴らすと、紬の着物を着たヨシ
    が玄関先に現れて小さく頭を下げた。
細川 :まあまあ、先生、よくおいで下さいました。
伊藤 :あっ、こんにちは。その後、智子ちゃんの様子はいかがですか?
細川 :ええ、まあ……この時期は少々不安定になりますので……
丹羽 :ヨシは少し言葉を濁しながら、三人を客間らしい部屋へと案内した。そこは土壁に囲まれた
    畳敷きの広い和室で、中央には立派な木目の大きな机が置いてあった。座布団が六枚、三
    枚ずつ向かい合わせに置いてある。右手には床の間があり、楕円形の花器に活けた白い
    花が微かに甘い香りを放ってた。正面に綺麗に並んだ障子の向こうは縁側で、今は見えね
    えが、開けたら綺麗な庭が一望出来るぜ。いかにも田舎の旧家って感じだな。
遠藤 :KP(キーパー)、一応、部屋に『目星』を振ります。
中嶋 :俺も振る。
伊藤 :俺もお願いします。
丹羽 :ここは情報が少ねえから自動成功で良いぜ。部屋に問題はねえが、昼にもかかわらず、
    明かりが煌々と点いてるのが三人は少し気になるな。
中嶋 :それは俺達を部屋へ通したからヨシが点けたのか?
丹羽 :いや、三人が来る前から点いてたぜ。
遠藤 :縁側があるなら障子越しでも充分に明るいはずなのに変だな。
伊藤 :智子ちゃんの目が悪いからじゃないかな。片目だから明るくしないと、何かに躓いたりしそ
    うだし。
遠藤 :その可能性はあるな。
    (やはりここで智子の右目を確かめるべきだな)
丹羽 :続けるぜ。ヨシが啓太達に座布団を勧めて言った。
細川 :どうぞお座り下さいませ。ただ今、智子を呼んで参ります。
伊藤 :有難うございます。俺はペコリと頭を下げます。
丹羽 :ヨシも軽くお辞儀をするが、中嶋と遠藤に物言いたげな視線を走らせた。
中嶋 :ヨシに『心理学』を振る。
遠藤 :理由は何となくわかりますが、俺も振ります。
伊藤 :あっ、俺もやります。
丹羽 :まあ、そうだよな。


中嶋 :心理学(85)→??
遠藤 :心理学(80)→??
伊藤 :心理学(85)→??


 ダイスを見た丹羽はチラッと腕時計に目を落とした。あと約二十分か……
(この後、少し作戦タイムが入るよな。この調子だと郁ちゃん達が戻るまでに終わるか微妙だな)
「あ~、中嶋はヨシが自分達を不審に思ってると感じた。遠藤はヨシの着てる着物に目がいって表情を窺えなかった。啓太はヨシが自分達に何か訊きたいことがある様な気がした」
「細川さんが訊きたいことって何だろう?」
 コクンと啓太は首を傾げた。すると、中嶋が小さく腕を組んで言った。
「お前はセラピストだからわかるが、後の二人は何をしに来たのかと訝しんでいるのだろう。このままでは俺と遠藤は部屋から追い出される可能性がある」
「そんな……俺一人で智子ちゃんから情報を引き出すなんて無理です。どうしよう」
 不安そうな啓太に和希は優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、啓太、俺達も何とかして部屋に残るよ。訊きたいことがあるからね。それに、俺は可能なら右目の状態も確認したい」
「あっ、それなら、俺から智子ちゃんに頼んでみようか? ただ、包帯の下に大きな傷とかあったら見せてくれないかもしれないけど。女の子だし……」
「いや、傷はないと思う」
 和希はきっぱり断言した。なら、と中嶋が口を挟んだ。
「俺は医療系のジャーナリストで遠藤は外科医とすれば良い。セラピストなら、そういう友人がいても不思議ではないだろう」
「そうですね。啓太もそれで良い?」
「うん、俺一人では巧く情報を引き出せないから。智子ちゃんが苦しんでるなら、俺、助けてあげたいんだ」
 無意識に啓太の声に力が籠った。丹羽は微かに眉をひそめてPCの画面に啓太のデータを出した。
(中嶋や遠藤と違って啓太はNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)に感情移入し易いとは思ってたが、まさかあれをやるって言いださねえだろうな。まずいな……このスペックだと厳しいぞ。TRPG二回目でキャラ・ロストは嫌なんだがな……)
 場合によってはシナリオを修正するかと考えながら、丹羽はまた三人の会話に耳を傾けた。中嶋が啓太に注意する。
「随分と智子に思い入れがある様だが、相手はNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)ということを忘れるな」
 和希も少し心配そうに言った。
「ある程度は性格だから仕方ないけれど、智子と朋子ちゃんは違うから俺もあまり強く肩入れしない方が良いと思うよ」
(もし、シナリオに智子の死が織り込まれていたら……)
「そうか。啓太の妹も朋子だったな」
 ハッとそのことに気づいて、失敗した、と丹羽は胸の奥でぼやいた。啓太は初心者だから身内と同じ名前は避けるべきだった……
 それを聞いた啓太は恥ずかしそうに頷いた。
「そうなんです。だから、ちょっと他人事とは思えなくて……こっちの智子ちゃんは内の朋子と違ってかなり大人しい感じですが、困ってるならやっぱり助けてあげたいんです」
 そうして啓太は少し大人びた色彩(いろ)を浮かべた。どちらかと言えば啓太は可愛い部類だと思っていた丹羽は密かに感心した。
(ふ~ん、啓太もこんな顔をするときがあるのか。やっぱり兄貴なんだな……なら、大丈夫か)
「そうか……頑張れよ、啓太」
 丹羽はニカッと破顔して気持ちを切り替えた……もう名前は変えられないから。今はただ、KP(キーパー)として公平なキーパリングをするだけ。それでロストするなら――……

丹羽 :暫くしてヨシが智子を連れて戻って来た。今日は白いブラウスとモス・グリーンのスカート、
    それに合わせた同系色のカーティガンを着てる。相変わらず、右目には包帯を幾重にも巻
    いて祖母の後ろに隠れる様に立ってた。
細川 :お待たせ致しました、先生。
伊藤 :あっ、いえ……こんにちは、智子ちゃん。
智子 :……こんにちは。
丹羽 :智子は俯きがちに小声で挨拶した。ヨシが啓太に言った。
細川 :あの……先生が智子と話している間、ご友人の方は別室へお連れしたいのですが、宜し
    いですか?
伊藤 :あっ、二人にも同席して貰いたいんですが、駄目でしょうか? 中嶋さんは主に医療関係
    を中心に活動してるジャーナリストで、和……遠藤さんは外科医なんです。
細川 :ジャーナリストとお医者様、ですか。
丹羽 :ヨシは少し不安げに二人を見た。智子は人見知りなので三人だと怯えねえか心配らしい。
中嶋 :(RP(ロール・プレイ)だけでは無理か)
    細川さん、私達は智子さんの症状に関心があるのでカウンセリングへの立ち合いを許可し
    て貰えませんか? そう言ってヨシに『言いくるめ』を振る。
遠藤 :俺もヨシに頼みます。私には眼科医の知り合いも多くいます。智子さんの症状が外傷に由
    来するものなら良い医師を紹介出来ると思います。それを判断するためにも、一度、私に右
    目を見せて貰えませんか? そして、同じく『言いくるめ』をします。
丹羽 :二人はロールしてくれ。


中嶋 :言いくるめ(75)→04 クリティカル
遠藤 :言いくるめ(45)→68 失敗


「この数値では厳しかったか」
 悔しそうに和希は言った。結果をPCに入力しながら、丹羽が呟いた。
「遠藤は失敗が多いな」
(中嶋はクリティカルだから『説得』と同じにするとして遠藤はどうするかな……時間も迫ってるしな……)
 啓太が小さな声で和希に尋ねた。
「和希、『説得』と『言いくるめ』はどう違うんだ?」
「主に経過時間かな。『説得』は相手をきちんと納得させるから時間が掛かる。『言いくるめ』は単なる一時凌ぎだけど、早く進められる。状況に応じて使い分けるんだ」
「わかった。有難う」
 ふわりと啓太は微笑んだ。それじゃあ、と丹羽はシナリオを再開した。
「ヨシは中嶋のことは信用して同席を認めたが、遠藤はまだ渋ってるから啓太が『信用』を振って成功したら残っても良いぜ」
(やっぱり救済くらいはしてやらねえとな)

伊藤 :信用(85)→00 ファンブル


伊藤 :そ、そんな……! ごめん、和希……
遠藤 :気にしなくて良いよ。啓太のせいではないから。
丹羽 :おいおい、ファンブルかよ。はあ……とことん嫌われてるな、遠藤。仕方ねえ。ヨシは遠藤
    から滲み出る警官っぽさを無意識に感じたのか、どうしても医者とは思えなかった。啓太が
    嘘をついたとまでは思ってねえが、今日は少人数で、と言って遠藤だけ別室へ連れて行く
    ぜ。ここでまたPL(プレイヤー)を分けることはしねえが、以降、遠藤は口出し厳禁だ。
遠藤 :わかりました。
伊藤 :和希……
遠藤 :大丈夫だよ、啓太、智子の話を聞けるだけでも推理の材料になる。西園寺さん達が戻って
    来たら、改めてPC(プレイヤー・キャラクター)で情報を交換しよう。
伊藤 :わかった。
丹羽 :なら、話を進めるぜ。遠藤とヨシが退出して部屋にいるのは中嶋と啓太、智子の三人だけ
    になった。中嶋と啓太が並んで座るその対面に智子は腰を下ろした。小さく俯いて右手で顔
    の包帯をもじもじと弄ってる。自分から口を開く気配はねえな。
伊藤 :それじゃあ、俺から話し掛けます。まずは改めて自己紹介するね、智子ちゃん、俺は伊藤
    啓太。そして、こちらは中嶋さん。今日は二人で智子ちゃんの話を聞かせて貰うね。
智子 :……
丹羽 :智子はチラッと二人を見て、また直ぐ視線を落とした。
伊藤 :……
    (何か……思い切り距離を取られてる気がする)
中嶋 :啓太、まずは雑談から入れ。智子の関心をこちらに向けなければ話にならない。
伊藤 :わかりました。なら、えっと……ここに白い花が活けてあるけど、智子ちゃんは白が好きな
    のかな? 昨日も白のワンピースだったよね。
智子 :……うん……白、好き。
伊藤 :そっか。智子ちゃんは白が似合うよね。昨日、細川さんと土手にいたのを見たとき、まるで
    何かのドラマに出て来るお嬢様みたいだと思ったよ。
智子 :……先生は、テレビとか良く見るの?
伊藤 :う~ん、最近はあまり見ないかな。
    (生徒会の手伝いとか、やること色々あるしな……)
智子 :智子も……目、疲れるから……
伊藤 :そっか。片目だと不自由だよね。
智子 :うん。
伊藤 :……
    (智子ちゃんが少し話す様になってきた。でも、十七歳にしては何か幼い感じだよな。俺の
    周りで十七歳って言うと西園寺さんや七条さんだけど、もっと大人っぽい話し方……いや、
    これは比べる対象が間違ってる気がする。多分、きっと女の子はこんな感じなんだ)
智子 :……先生、どこに住んでるの?
伊藤 :えっ!? あっ、東京だよ。
    (いけない。今はRP(ロール・プレイ)に集中しないと)
智子 :家族は?
伊藤 :いないよ。
智子 :両親は?
伊藤 :それもいない……二人とも、俺が子供の頃に亡くなったんだ。
智子 :……なら、先生は智子と同じね。智子のお父さんとお母さんも……
丹羽 :そうして智子は初めて顔を上げた。自分と同じ境遇の啓太に少し関心を持ったらしく、左の
    瞳でじっと見つめるぜ。
中嶋 :啓太、昨日のことを訊いてみろ。錯乱してノブ君と呟いていただろう。
伊藤 :はい……智子ちゃん、今度は俺が質問しても良いかな。ノブ君のことなんだけど……
智子 :……うん。
伊藤 :ノブ君って誰?
智子 :ノブ君は……子供のとき、智子と一緒に緒締役をやったの。
伊藤 :その子は今、どうしてるの?
智子 :……知らない。
丹羽 :急に智子の声が硬くなり、細い身体が小さく震え始めた。
中嶋 :KP(キーパー)、智子に『心理学』だ。
伊藤 :俺も振ります。
丹羽 :了解。クローズドでやるぜ。


中嶋 :心理学(85)→??
伊藤 :心理学(85)→??


丹羽 :中嶋は智子が嘘はついてねえが、酷く怯えてると思った。啓太はこれは健忘症の症状に
    似てると考えた。自分の精神を正常に保つために嫌な記憶を無意識下に追いやってる状態
    だな。
伊藤 :それって普段は忘れてるってことですか?
丹羽 :ああ。
中嶋 :恐らく火垂祭が原因だな。無理に問い詰めたら再び錯乱するかもしれない。
伊藤 :そんな……
中嶋 :啓太、右目のことを訊け。これと必ず何か関係があるはずだ。
伊藤 :でも、無理に思い出させたら危険なんじゃ……
中嶋 :智子は同じ境遇のお前に親近感を抱いている。俺が尋ねるより影響は少ないはずだ。火
    垂祭が始まったら、もう機会はないかもしれない。
伊藤 :わかりました……KP(キーパー)、俺は智子ちゃんの手を握ってこう言います。辛いことを
    訊いてごめんね。でも、俺は智子ちゃんの力になりたいんだ。智子ちゃんがもう苦しまなくて
    良いよう、いつでも笑顔でいられるよう原因を取り除いてあげたい。だから、もう少しだけ教
    えてくれないかな。
丹羽 :それじゃあ、啓太は『説得』を振ってくれ。信用補正ってことで技能値に+20して良いぜ。
伊藤 :有難うございます。


伊藤 :説得(40+20)→98 ファンブル


丹羽 :またファンブルかよ。殆ど連続じゃねえか。
    (時間が~!)
伊藤 :……
    (俺、運だけが取り柄なのに……)
遠藤 :啓太、俺のダイスと交換して気分を変えよう。ねっ?
伊藤 :有難う、和希。
丹羽 :なら、智子は啓太の手を振り払って立ち上った。慌ててそれを引き留めようとした啓太は
    うっかり机に肘をぶつけてしまった。HP(耐久力)1減少だ。
伊藤 :痛っ……


伊藤 :HP(10)→9


丹羽 :智子は今までこの右目のせいで散々苦しんできたから、そう簡単に啓太の言葉を信じられ
    なかった。薄らと左の瞳に涙を浮かべて突き放す様に言った。
智子 :……そんなこと……出来る訳ない。
伊藤 :出来るよ! そのために俺は来たんだ。ここにいる中嶋さんや今は別室にいる和希もそう
    だよ。皆、智子ちゃんを助けたいんだ。でも、そのためには智子ちゃんに起きたことを詳しく
    知らないといけない。だから……!
智子 :何も……知らないくせに!
丹羽 :智子は冷たく呟いて踵を返した。早く引き留めねえと、部屋から出て行ってしまうぜ。
伊藤 :そんな……一体、どうしたら……
中嶋 :全く……なら、俺は小さくため息をついて智子にこう言う。ずっと自分の殻に閉じ籠ってい
    たいなら、それでも俺は構わない。これほどの家だ。一生、生活には不自由しないだろう。
    だが、もし、その右目の呪縛から解放されたいと少しでも本気でお前が思っているなら……
    足掻いてみせろ、智子。
伊藤 :中嶋さん……
丹羽 :(はあ……中嶋の奴、もう少し優しい言い方が出来ねえのか。NPC(ノン・プレイヤー・キャ
    ラクター)相手に動いただけましだけどよ)
    中嶋のきつい言葉に智子は小さく口唇を噛んだ。もう一度、啓太は+20の補正をつけて
    『説得』、中嶋は補正なしで『説得』を振ってくれ。
伊藤 :はい、今度こそ……!


伊藤 :説得(40+20)→14 成功
中嶋 :説得(75)→07 成功


伊藤 :やった。成功した! 和希のダイスのお陰だよ。有難う。中嶋さんも有難うございます。
遠藤 :どういたしまして、啓太。
中嶋 :ここで情報を取り損ねたら俺が困るからな。
丹羽 :それじゃあ、智子は暫く迷ってたが、再び座布団に座った。
伊藤 :有難う、智子ちゃん……なら、その右目のことを教えてくれるかな。
丹羽 :少し間を置いて、智子は小さく頷いた。
伊藤 :いつからそうなったの?
智子 :……子供のときの、火垂祭。
伊藤 :ノブ君と一緒に緒締役をやったとき?
智子 :……うん。
伊藤 :怪我をしたの?
智子 :……わからない。良く覚えてない。
伊藤 :……包帯を取って貰って良い?
智子 :……っ……
丹羽 :その言葉に智子はまた微かに震えた。しかし、啓太が励ます様に強く手を握ると、か細い
    声で答えた。
智子 :ここでは駄目……
伊藤 :どうして?
智子 :光が……痛い。
丹羽 :智子はおもむろに立ち上がると、どこかへ連れて行こうと啓太の手を引っ張った――……


「駄目だ、啓太、智子の右目を見てはいけない!」
 突然、和希が叫んだ。遠藤、と丹羽がすかさず指差した。
「口出し厳禁と言ったはずだ。それ以上、一言でも喋ったら即、会計室だからな」
「くっ……!」
 和希はきつく掌を握り締めた。
(もっと早く気づくべきだった! 最初の情報だけで充分、推測出来たはずなのに……今まで智子の右目が異常なまでに光に反応したのは神話生物に憑かれたからだと思っていた。だが、光そのものが弱点だとしたら……啓太が危ない!)
 中嶋は静かに腕を組んだ。
(遠藤のこの反応……神話生物だな。智子の右目は憑かれているのか。先刻、智子は光が痛いと言った。光を拒絶するもの、光が弱点……シアエガか。成程……丹羽が好きそうな奴だ)
 敵の正体に気づいて中嶋は小さく口の端を上げた。啓太は不安そうに和希を見つめた。
(和希が言われたことを破るなんて……智子ちゃんの右目ってそんなに危険なのか!?)
 三人三様の思いが錯綜する中、丹羽が短く息を吐いた。
「……で、どうする、啓太? 智子について行くか? 遠藤の発言で危険なのはもうわかってると思うが」
「……そうしたら、智子ちゃんは右目を見せてくれるんですよね?」
「ああ」
「なら、俺……行きます」
 啓太は丹羽を真っ直ぐ見つめた。

丹羽 :智子は啓太を連れて廊下へと出た。中嶋はどうする?
中嶋 :俺も二人の後からついて行く。
丹羽 :了解。智子は無言で廊下を進み、やがて奥まった場所にある納戸の前で立ち止まった。
    重い木の引き戸を開けて天井の小さな裸電球から垂れてる紐を引っ張る。カチッと音がして
    明かりは直ぐに点いたが、それは酷く弱々しかった。智子が入ったので、二人もその後に続
    いた。ここでの『目星』は省略するぜ。中嶋は智子に言われて引き戸を閉めた。すると、智
    子がゆっくり顔の包帯を解き始めた。
    (ここで判定っと……おっ、失敗か)
伊藤 :……
    (今、王様がダイスを振ったけど……何だったんだろう)
丹羽 :包帯を解いた智子は前髪を手で持ち上げて素顔を光に曝した。肌には傷一つねえが、包
    帯で右目を強く押さえつけてたせいで少し痕が残ってる。やがて智子は静かに瞼を開けた。
    中嶋と啓太は少し顔を寄せて智子の瞳を覗き込んだ。一見、何の異常もなかった……が、
    直ぐに二人は違和感を覚えた。まるで深い穴が開いた様な黒目には、あるべきはずの瞳孔
    がなかった。そして、突然、それは小さく動いたかと思うと、細長いヒルの様な形へと変わっ
    た。白目の中で暫く不気味に蠢いて、また元の黒目になるぜ。そんな不可解なものを見てし
    まった二人は0/1D4のSAN(正気度)チェックだ。ついでに『医学』×5をロールしてくれ。


「覚悟はしてたけど……やっぱり神話生物なんだ」
 辛そうな啓太に中嶋は短く返した。
「ああ、これは人の瞳ではない」
(シアエガの落とし子か。だが、まだ智子から移動する力はない様だな。先刻のロールはその判定か)

伊藤 :SAN(63)→84 失敗 1D4→2
    :SAN(63)→61
    :医学(25)→35 失敗
中嶋 :SAN(63)→60 成功
    :医学(25)→69 失敗


「SAN値が……」
 啓太は呆然と呟いた。俺、最初は70もあったのに……
 丹羽がグッと親指を立てた。
「50台はもう目前だな。待ってるぜ、啓太」
「待たなくて良いです」
「唯一の『精神分析』持ちが発狂要員か……ふっ」
 中嶋が小さく笑った。和希が冷たく中嶋を見やった。
「まだ啓太と決まった訳ではありません。単純にSAN値だけを比べれば一番低いのは俺です。それに啓太は運が良いから簡単には発狂しませんよ」
「ああ、致命的なダメージを受けるものは巧く回避しているな」
「そうなんですか?」
 不思議そうに啓太は首を傾げた。丹羽が僅かに眉を上げた。
(どうやら中嶋も気づいたらしいな。だが、メタでわかっても生存出来るとは限らねえぜ)

丹羽 :そろそろ郁ちゃん達が戻って来るから急いで続きをやるぜ。智子の瞳が明らかに異常なの
    はわかったが、それ以外のことは二人には何もわからなかった。智子は再び顔に包帯を巻
    くと、恐る恐る啓太を見上げた。
智子 :……気持ち、悪いでしょう?
伊藤 :少し驚いたのは確かかな。でも、見せてくれて有難う。凄く勇気がいることだったのに、俺
    達を信じてくれたんだね。
智子 :……私達、ずっとこの目を治す方法を探してるの。街の病院にも何度も行ったけど、原因
    はわからなくて……村の人からは、山神様の祟りって言われてる……
伊藤 :そんな……祟りだなんて……
    (これは智子ちゃんのせいじゃないのに……)
智子 :だから、今日、先生が優しくしてくれて……嬉しかった。お祖母ちゃん以外とこんなに話し
    たことないから……
中嶋 :一度、そういう噂が立ってしまうと、小さな村だけに偏見は避けられないだろうな。
智子 :……
伊藤 :(女の子が顔を隠して生活しないといけないなんて……間違ってる!)
    智子ちゃん、俺がその瞳を治すから! 二度と村の人に祟りだなんて言わせない……!
智子 :本当……?
伊藤 :約束するよ、智子ちゃん……中嶋さんも約束して下さい。
中嶋 :(全く……)
    珍しい事象だが、俺達は過去に似た様なものと遭遇している。その辺りの医者よりかは役
    に立つだろう。
智子 :……有難う……有、難う……
丹羽 :二人の言葉に智子の左目から涙が溢れた。それを指で拭っていると、納戸の戸が急に開
    いてヨシが現れた。
細川 :まあ、先生、こんな処に……部屋にいないので探しておりました。
伊藤 :あっ、すいません、細川さん。
細川 :何かわかりましたか?
伊藤 :いえ、今はまだ何とも……
細川 :そうですか……
丹羽 :ヨシは小さく肩を落とした。智子が嬉しそうに祖母に言った。
智子 :お祖母ちゃん、伊藤先生と中嶋さんが智子の瞳を治してくれるって。
細川 :えっ!? 本当に……本当に、この子の瞳は治るんですか?
丹羽 :ヨシは大きく目を瞠った。その顔には微かな期待と諦観が浮かんでる。
中嶋 :約束は出来ない。
伊藤 :でも、きっと方法はあるはずです。それを俺達が必ず見つけてみせます。だから、暫く時間
    を下さい。お願いします。そう言って俺は頭を下げます。
丹羽 :すると、智子が啓太の服をキュッと掴んだ。それを見たヨシはまた驚いた。こんな短時間で
    人見知りの智子が心を開いたのは初めてだった。嬉しさで熱くなった目頭をヨシは着物の袖
    でそっと押さえた。
細川 :わかりました。智子のことは先生にお任せ致します。どうか智子を……智子を助けて下さ
    いませ。
丹羽 :そうしてヨシは深々と頭を下げた。


「取り敢えず、細川の家の場面はこれで終わりだ。後は郁ちゃん達が――……」
 そのとき、ノックの音と共に生徒会室のドアが開いた。西園寺と七条が入って来る。
「終わったか、丹羽」
「ああ、丁度、終わったところだ」
 丹羽は二人を手招きした。ギリギリだったぜ、全く……
 西園寺と七条が元の席に腰を下ろすと、丹羽はタブレット型パソコンを指差した。
「啓太のデータが変わってるから、一応、見ておいてくれ」
 その言葉に、西園寺が小さく柳眉を上げた。
「ほう? SAN(正気度)チェックがあったのか。災難だったな、啓太」
「はい……」
「丹羽会長、今回は初発狂で『クトゥルフ神話』は貰えないんですか?」
 七条が期待を籠めて尋ねた。
「欲しいなら、やっても良いぜ」
「是非、欲しいです。5%では成功する気がしません」
「なら、今回は魔導書がねえから初発狂で5%、不定の狂気になったら8%やるぜ」
「大盤振る舞いですね。さすが丹羽会長です」
「七条さん、勝手にそんな交渉しないで下さい」
 慌てて啓太は口を挟んだ。俺が一番に発狂しそうなのに……!
 そんな啓太を丹羽は暢気な声で笑った。そして、漸く火垂祭が始まる……


2015.2.7
啓太以外には先読みされてしまいましたが、
王様はたっぷりRP(ロール・プレイ)が出来て満足していそうです。
正直、こんなに長くなるとは思いませんでした……

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Café Grace
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