Ⅰ


 翌日の放課後、授業を終えた和希と啓太が生徒会室に来ると、丹羽達は既に机を囲んで待っていた。西園寺が言った。
「これで漸く揃ったか。二人とも早く席に着け」
「飲み物はコーヒーで良いだろう」
 中嶋が二人の席にあるマグカップを顎で指した。和希と啓太は昨日と同じ椅子に座りながら、小さく頷いた。直ぐに七条が啓太にマカロンの菓子皿を勧める。
「伊藤君、どうぞ。昨日と同じマカロンですが、今日はアーモンドではなくココナッツを使っている変わり種です。遠藤君も良かったら」
「あっ、俺は――……」
 断ろうとした和希の声をすかさず啓太が遮った。
「有難うございます、七条さん」
 啓太はマカロンを二つ取ると、一つを強引に和希に押しつけた。にっこり微笑む。
「和希は昼までサーバー棟で仕事をしてたから疲れてるだろう。甘いものくらいは食べる」
「……わかったよ、啓太。有難うございます、七条さん」
 啓太には敵わないな、と和希は小さく苦笑した。丹羽が全員を見回した。
「それじゃあ、昨日の続きを始めるぜ。確か金物店を出て、これからどうするってところからだったな」
 西園寺が小さく頷いて尋ねた。
「今の時刻は?」
「店主の説得に少し時間が掛かったから午後六時くらいだ。空がかなり曇って、もうじき一雨きそうな感じだな」
「雨ですか。嫌な予感がしますね」
 前回を思い出して七条が呟いた。和希が訊くとはなしに言った。
「過去に緒締役をした子の家に行くにはもう時間が遅そうですね」
「まあ、夕食どきにいきなり家に来た他所者を歓迎しようとは思わねえだろうな」
 丹羽がそう答えると、中嶋は静かに腕を組んだ。
「なら、今日はもう坂井の家に戻って須藤が秀人に何を言ったか問い詰めたい。奴がうなされていたのも気になる」
「それは良心の呵責じゃないんですか? 自分のせいで二人が行方不明になったら凄く後悔するはずだし」
 啓太の言葉に七条は緩く首を振った。
「須藤さんは基本的には善良ですが、少々モラルに欠けているところがあります。そういう人は夢でうなされるほど苛まれたりしません」
「そうなんですか……俺なら絶対、うなされますよ」
 確信を持って断言する啓太を西園寺は好ましく見つめた。
「私も中嶋の意見に賛成だ。私達はまだ今日の食事をしていない。マイナス補正が入る前に家に帰るべきだろう」
 そうですね、と七条が同意した。

丹羽 :それじゃあ、シナリオを始めるぜ。郁ちゃん達が坂井の家に帰ると、左の大部屋から賑や
    かな話し声が聞こえた。玄関の音に気づいた須藤が襖を開けて廊下へと出て来る。
須藤 :皆さん、おかえりなさい。遅かったですね。
西園寺:ああ、少し寄り道をしていた……客か?
須藤 :客というか、私達の食事を心配して村の方が親切に夕食を持って来てくれました。
丹羽 :そう言って須藤は少し身を引いて郁ちゃん達を室内に招き入れた。そこには若い女が二人
    いて、中央の机には須藤が作ったらしい料理と昨日も見た重箱が置いてあった。
中嶋 :やけに親切だな。
丹羽 :須藤は人当たりも良い上に准教授って立派な肩書きもあるからな。もてねえ方がおかしい
    だろう。
西園寺:ふっ、民俗学者より接客業の方が向いているな。
中嶋 :須藤を問い詰めるのは夕食後か。
丹羽 :あ~、それは無理だ。夕食後、須藤はいつものサングラスを掛けると、彼女達を自宅まで
    送り届けに行くぜ。帰るのは何時になるかわからねえな。
    (ここで須藤を問い詰めても殆ど意味ねえからな。余計な場面を増やしてたら、また昨日の
    様に時間が足りなくなる)
西園寺:……この異常時に呆れた奴だな。
七条 :ええ、もう須藤さんは明日まで放置で良いかと。
伊藤 :でも、俺達も直ぐには寝ないから待ってても……
中嶋 :やはりお前はまだ子供だな。須藤がただ送るだけで済ます訳がないだろう。
    (朝から須藤は俺達を避けている。何か話をしたくない理由があるのか……?)
伊藤 :えっ!? 他に何をするんですか? 探索……?
遠藤 :中嶋さん、啓太に余計なことを吹き込まないで下さい! KP(キーパー)、早く場面を進め
    て下さい。
丹羽 :過保護な奴だな、全く……まあ、ここは特にイベントもねえけどな。それじゃあ、皆で適当
    に夕食を食べた後、入浴して寝たってことで時間を進めるぜ。翌朝、郁ちゃん達は酷い雨音
    で目を醒ました。時刻は六時過ぎ。窓から見える空は厚い雲に重苦しく覆われ、大きな雨粒
    が激しく窓を叩いてる。あまり気分が良いとは言えねえ天気だな。
中嶋 :須藤はいるか?
丹羽 :いや、中嶋の隣に敷いた須藤の布団には寝た形跡がねえ。
伊藤 :この雨で帰れないのかもしれませんね。大丈夫かな、須藤さん。
七条 :今日は御緒鍵(おおかぎ)を取りに行く以外は家で大人しくしていた方が良さそうです。事
    故にでも遭ったら大変ですから。
西園寺:……
    (いよいよクローズド・サークルか。差し詰め、土砂崩れで村への道が塞がれたか)
丹羽 :郁ちゃん達は布団をしまって身支度を整えると、須藤が補充した食料で朝食を済ませるこ
    とにした。皆、朝食はどのくらい食べるんだ? 食材は揃ってるからロールなしで作れたこと
    にして良いぜ。
西園寺:私は軽めで良い。トーストと紅茶だ。
七条 :僕もそのくらいですね。
中嶋 :コーヒーだけで良い。
伊藤 :俺はしっかり食べたいです。ご飯とお味噌汁と目玉焼きと……魚かな。でも、俺だけなら
    トーストでも良いです。作るの大変だし。
遠藤 :大丈夫。俺も朝はきちんと食べるよ。啓太と同じメニューにします。
丹羽 :なら、皆で手分けして料理を作って左の大部屋で食べていると、不意に表のドアが開く音
    がした。誰だろう、と啓太は立ち上って廊下に出た。すると、玄関に須藤が一人立ってた。
    傘も差さずに外を歩き回ったらしく、全身がずぶ濡れで泥に塗れてる。
伊藤 :須藤さん、どうしたんですか!? 俺は慌てて須藤さんに駆け寄ります。
遠藤 :その声に俺も急いで廊下に出ます。
西園寺:私も廊下に出て須藤に声を掛ける。何があった?
七条 :僕は須藤さんを見て自分の荷物からタオルを取って来ます。
中嶋 :俺は廊下に出て少し離れた処から須藤の様子を窺う。
須藤 :……少し、話がある……
丹羽 :そう言って須藤は顔を俯かせ、劫そうに玄関に腰を下ろした。その振動でサングラスから
    水滴が滴り落ちた。七条がタオルを差し出すが、須藤はそれに目もくれず、まるで独り言の
    様に勝手に呟き始めた。
須藤 :あれは……村の場所を、知ってしまった。あれは、もう誰一人……逃がさないつもりだ。沢
    山の闇が、村を取り囲む……ああ、あの子に詫びなくては……あの子には気をつけろ……
    あの子を、助けてやってくれ……あの子は暗黒……あの子に光を……
伊藤 :須藤さん、一体、何を……?
西園寺:須藤、あの子とは誰だ?
須藤 :……
丹羽 :須藤は自分から滴り落ちる水滴でも数えてるのか、暫く口をきかなかった。しかし、不意に
    立ち上がると、郁ちゃん達を静かに振り返った。
須藤 :償えはしなかったが、罰は受けた……さて、さよならだ。
丹羽 :須藤はゆっくりとした動作でサングラスを外した。その両目はぽっかりと空洞で眼球のある
    べきところがただの穴になってた。やがて眼窩から不気味な黒い粒子がもわもわと立ち上っ
    た。それが抜けると、須藤の身体は脱ぎ捨てたコートの様にバサリと潰れた。玄関に残った
    のは服とサングラス……そして、まだ柔軟で生々しい須藤の皮だけだ。こんな奇妙な死体
    を見た郁ちゃん達は……待たせたな。0/1D3でSAN(正気度)チェックだ。
伊藤 :皮だけって……
    (深く考えるのはやめよう。怖くなりそう……)
七条 :クトゥルフ(CoC)にしては随分と静かな死に方ですね。
丹羽 :静か、ね。
    (今日は畳み掛けると言ったはずだぜ、七条)


西園寺:SAN(85)→71 成功
七条 :SAN(76)→13 成功
中嶋 :SAN(60)→66 失敗 1D3→3
    :SAN(60)→57
遠藤 :SAN(60)→00 ファンブル 1D3→1
    :SAN(60)→59
伊藤 :SAN(61)→63 失敗 1D3→3
    :SAN(61)→58


「おっ、三人は須藤の死が意外と応えた様だな。今回も発狂するか、中嶋」
 丹羽の楽しそうな声に西園寺が眉をひそめた。
「不吉なことを言うな、丹羽、PvPになったら私達は全滅だ」
「PvPって?」
 啓太が首を傾げた。和希が説明する。
「前回の王様と中嶋さんの様にPL(プレイヤー)同士で戦うことだよ。PvPはシナリオの進行を妨げると嫌がるKP(キーパー)もいるけれど、俺はあまり気にしないな」
 すると、丹羽がニヤッと口の端を上げた。
「俺はPvPも歓迎だぜ。啓太も発狂したらやってみるか?」
「い、いえ、結構です」
「それから、遠藤」
「何ですか?」
「基本、SAN(正気度)チェックにファンブルは適応しねえが……吐くか?」
「……」
 和希は無言で丹羽を見やった。朝食の内容はこのための布石か……
(ここで吐いた方が後々面倒なことにならないとは思うが……啓太の前でそんな格好は出来ない!)
「この程度で気分が悪くなっていたら警察官は務まりません」
 了解、と丹羽は小さく口の端を上げた。

丹羽 :郁ちゃんと七条はあまりに奇怪な出来事に逆に現実とは思えず、冷静さを保つことが出来
    た。中嶋は五人の中では須藤とよく話してたから少し衝撃(ショック)を受けてしまった。遠藤
    は神話生物の存在を心の奥で噛み締め、啓太は異様な死に様を見た恐怖に震える身体を
    小さく抱き締めた。そこへ今度は数人の村人が駆け込んで来た。彼らもまたびしょ濡れで、
    紙の様な顔色をしてこう言った。
村人 :外に、内臓の様なものが……山から、この家までずっと続いて……う、うわっ……!
丹羽 :玄関に落ちてる須藤の抜け殻を見た村人の一人が悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
    郁ちゃん達が玄関先から外を見ると、狂った様な雨だれを通して点々と道に赤い何かが落
    ちてる。それは引き千切られた内臓や筋肉、砕かれた骨で山の方へと続いてた。それを見
    て郁ちゃん達は自ずと悟った。須藤は神話生物に侵された身で最後の言葉を伝えるために
    村まで降りて来てたんだ、と……文字通り、その身を削りながら。
伊藤 :……須藤さん……
    (やっぱり良い人だったんだ……)
中嶋 :奴にも多少の良心はあったということか。
丹羽 :須藤の凄まじい死に様に誰もが言葉を失った。その間に、村人達はここにいたくないとば
    かりにさっさと家から出て行った。酷い雨音だけが郁ちゃん達の耳に煩く響く……
伊藤 :KP(キーパー)、雨はまだやみそうにないですか? 須藤さんをこのままには……
丹羽 :う~ん、それに答えるのはちょっとあれだが……まあ良いか。夜にはやむぜ。
    (遺体を雨ざらしってのは気分の良いもんじゃねえしな)
伊藤 :夜ですか……なら、坂井さんの傘を借りて須藤さんの遺体を集めに行きたいです。
丹羽 :それは村の駐在がもうやり始めてるぜ。幾ら閉鎖的と言っても、さすがにこれは通報する
    だろう。
遠藤 :啓太、気持ちはわかるけれど、ここは警察に任せよう。これは神話生物の存在を知らない
    人から見たら猟奇殺人だ。その現場を俺達が勝手に荒らせば、要らぬ疑いを掛けられかね
    ない。事情聴取で足止めされて封印が間に合わなくなったら大変だろう。
中嶋 :いずれここにも須藤の皮を取りに警察が来る。それまで余計なことはせず、家で大人しくし
    ているべきだ。
伊藤 :……わかりました。
丹羽 :それじゃあ、少し時間を進めるぜ。雨足は弱くなってきたものの、まだしとしとと振り続けて
    る午後四時……突然、七条の携帯が鳴り始めた。


2015.5.22
なぜかSAN(正気度)チェックが弱い中嶋さん。
今回も順調にSAN値を減らしています。
発狂したら止められる人がいるのかな。

r  n

Café Grace
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