Ⅲ


 絶望的な村の状況を描写し終えた丹羽はそのことがより深く浸透するよう少し間を置くべく、コーヒーで軽く喉を湿らせた。

丹羽 :……次は待機組だ。郁ちゃん達が山道付近に着いた頃まで時間を戻すぜ。時折、あの轟
    音が聞こえるが、智子はやや落ち着きを取り戻した。まだ涙ぐんでるものの、ゆっくり起き上
    がる。すると、大丈夫かい、とヨシが尋ねた。智子に何か訊きたいことがあるならRP(ロー
    ル・プレイ)をしてくれ。
七条 :では、僕から……智子さん、漸く落ち着いたところ申し訳ないのですが、昨夜の夢について
    少し教えて貰えませんか?
丹羽 :智子は拒絶する様に強く首を振るぜ。
七条 :思い出すのは辛いかもしれません。でも、僕はただの興味本位で訊いているのはありませ
    ん。今、この村で起きている様々な出来事を解明するために必要だと考えているからです。
    だから、協力して貰えませんか?
丹羽 :七条の言葉に智子はなおも頑なに首を横に振った。智子は坂井と秀人が行方不明になっ
    たことは知ってるが、それと自分の見た夢は関係ねえと思ってるからその程度じゃ口を割ら
    ねえな。
伊藤 :えっ!? 智子ちゃんは須藤さんの一件を知らないんですか?
丹羽 :ああ、ヨシも智子も昨夜からそれどころじゃなかったからな。


 それは困りました……と七条は言葉を切った。
「KP(キーパー)、伊藤君と相談して良いですか?」
「構わねえぜ」
「伊藤君、君から見て智子さんはどういう人ですか? 須藤さんのことを話しても大丈夫と思いますか?」
 その問い掛けに啓太は小さく首を傾げた。う~ん、と低く唸る。
「須藤さんのことを知ったら……多分、智子ちゃんはもっと怯えてしまうと思います。でも、本当は芯のしっかりした子なんです。村の人から山神様の祟りと噂されても智子ちゃんはここから逃げなかった。だから、七条さんがきちんと状況を説明したらきっと勇気を出して教えてくれるはずです」
「それを聞いて安心しました。では、伊藤君から智子さんに事情を説明をして貰えますか?」
「えっ!? 俺が話すんですか?」
 啓太は驚いて目を瞠った。はい、と七条は頷いた。
「伊藤君は智子さんと信頼関係があります。僕より伊藤君の口から聞いた方が素直に信じてくれるでしょう。何を、どこまで話すかは伊藤君にお任せします」
「でも、俺、巧く話せるかどうか……自信がありません」
 今までNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)から満足に情報を引き出せた覚えのない啓太は躊躇った。俺がやるより七条さんの方が……
「大丈夫です。必要に応じて僕が補足します。最初から巧く出来る人はいませんよ、伊藤君、要は慣れです」
「……わかりました」
 啓太は覚悟を決めてキュッと掌を握り締めた。真っ直ぐ丹羽を見つめる。
「KP(キーパー)、俺は智子ちゃんとヨシさんに火垂祭について知ってることを総て話します」
「それは神話生物が智子の右目に憑いてるってこともか?」
「はい」
「……」
 丹羽は無言で自分のPCに表示されているシナリオを見やった。
(さすがにそれを全部、RP(ロール・プレイ)させたら長くなるか。仕方ねえ)
「なら、その説明はかくしかで良いぜ。そして、七条は『言いくるめ』か『説得』、啓太は『説得』を振ってくれ。信用補正で七条は+10、啓太は+25だ。その結果からRP(ロール・プレイ)を再開する」
「わかりました。では、僕は『説得』にします」

七条 :説得(15+10)→38 失敗
伊藤 :説得(40+25)→83 失敗


伊藤 :まただ。どうして今回は失敗ばっかり……
七条 :女神が少しお昼寝をしていたんですよ。あまり気にしないことです。気紛れな方ですから。
伊藤 :はい……それじゃあ、俺は智子ちゃんとヨシさんに知ってることを話しました。かくかくしか
    じか。
七条 :いあ いあ くとぅるふ
伊藤 :……?
西園寺:臣、呪文で遊ぶな。
七条 :ふふっ、すみません。
丹羽 :(啓太のダイス運の反転が怖えな。その前に、せめて遠藤だけでも仕留める……!)
    二人から火垂祭に秘められた意味を聞いた智子はあまりにも常識とかけ離れた内容に複
    雑な表情を浮かべた。
智子 :あの……先生が嘘を言ってると思ってる訳じゃないけど……でも、私の右目にそんなもの
    がいるとは……ねえ、お祖母ちゃんはどう思う?
細川 :そう、ね……
丹羽 :振られたヨシも曖昧に言葉を濁した。やはり簡単には信じられない内容なだけにヨシも返
    答に困ってるらしい。そのとき、玄関のドアが開いて郁ちゃん達が戻って来た。三人は智子
    の部屋へ真っ直ぐ入って来る。ここで全員、合流だ。情報を共有してくれ。
伊藤 :あっ、おかえりなさい
七条 :おかえりなさい。あの音の原因はわかりましたか?
西園寺:ああ、あれは車の音だった。そう言って私は智子とヨシの前でこれ以上のことは話せな
    いと口を噤む。
七条 :それに気づいた僕はこう言います。大丈夫です。智子さんとヨシさんには僕達の知ってい
    ることを総て話しました。まだ信じられない様ですが、頭ごなしに否定することはないと思い
    ます。
西園寺:そうか……二人には確かに信じ難い話だろうが、信じて貰うしかない。状況は更に悪化し
    た。何か強大な力が、この村から外へ出ようとする車を一つ残らず捻り潰している。村の入
    口は車の残骸で一杯だ。
遠藤 :あれは恐らく火垂祭で封印している神話生物の落とし子の仕業です。封印が弱まって一部
    が外に漏れ出したに違いありません。
丹羽 :それを聞いた智子がさっと蒼ざめた。呆然と呟く。
智子 :そん、な……なら、私が見たものは……私は、走ってる車を一台ずつ握り潰してた。中の
    人ごと……あれが夢じゃなかったなんて……なら、まさか昨夜のあれも……そんな……
伊藤 :智子ちゃん、落ち着いて。ゆっくりで良いから、それはどんな夢だったか教えてくれる? そ
    う言って俺は智子ちゃんの手をしっかりと握ります。
丹羽 :智子はまだ躊躇ってたが、胸に抱えた重みに堪えかねて途切れ途切れに言った。
智子 :昨日の晩、夢の中で……私は、知らない男の人を……殺し、ました……
細川 :ああ、智子や……
丹羽 :それを聞いたヨシが悲痛な声を上げた。智子は怯えた様に身を強張らせ、小さく俯いた。
伊藤 :(あっ、また黙り込まないよう智子ちゃんを励まさないと!)
    KP(キーパー)、俺は智子ちゃんの手を更に強く握り締めます。
丹羽 :(う~ん、情報を引き出すにはちょっと甘いが……まあ、善しとするか。初心者だしな)
    なら、啓太に励まされた智子は閉じ掛けた口をまた開いて話し始めた。
智子 :……その人は私の前に跪いて、何か必死に謝ってました。私は一歩ずつ、ゆっくりと近づ
    いて……両手を、伸ばしました。でも、それは私のじゃなくて……まるで子供の様に小さな
    手でした。私はその人の頬を優しく撫ぜました。すると、あの人は少しほっとした様に笑い
    ました。その瞬間、私はあの人の両目に指を突き立てたんです……!
丹羽 :智子はそのときのおぞましい感覚を思い出したのか、自分をきつく抱き締めた。それでも、
    わななく口唇からは堪え切れない鳴咽が零れて身体が小さく震えた。
中嶋 :その男はどんな姿をしていた? 年齢や背格好は?
智子 :……よく、覚えてません。だって、私は……あの人の身体に、闇を注ぎ込んでたんです。あ
    の人は目から黒い何か……闇の色をした何か、を溢れさせて……その内、目以外のところ
    からも……口や、鼻や、耳や……身体中のあちこちから、それがどんどん溢れ出して……
    闇が、あの人の身体を破って溢れても……それでも、私は闇を注ぎ込み続けた。そうして、
    いつの間にか……私の腕もその闇に包まれて……気がついたら、私は自分の布団の中に
    いました。皆さんの話を聞くまで、ずっと夢だと思ってたのに……あれが夢じゃなかったなん
    て! 私は、人を殺してしまったっ……!
丹羽 :終に智子は再び両手で顔を覆って激しく泣き始めた。ヨシも憐れな孫娘を抱き締めて涙を
    流してる。もう何を訊いても、二人からまともな答えは返ってこねえ。さて、これからどうす
    る? 何もねえなら場面を移すぜ。
七条 :二人は暫くそっとしておいた方が良さそうですね。
西園寺:ああ、時間を進めよう。
伊藤 :あっ、その前に中嶋さんの傷の手当をしたいです。俺は智子ちゃんから離れて、ふと中嶋
    さんの傷に気がつきます。あれ? 中嶋さん、その腕はどうしたんですか?
中嶋 :掠り傷だ。問題ない。
伊藤 :一応、手当てさせて下さい。化膿したら大変ですから。
中嶋 :……好きにしろ。
伊藤 :はい。


伊藤 :応急手当(75)→7 成功
中嶋 :HP(14)→15


「良かった」
 久しぶりに成功して啓太はほっと胸を撫で下ろした。西園寺が皆を見回して言った。
「明日、火垂祭を終わらせる。もう探索は充分だろう」
 そうですね、と七条が続いた。
「もう調べられるものはないと僕も思います。これ以上、被害を大きくしないために明日、御緒鍵(おおかぎ)を交換しましょう」
「なら、明朝、俺は御緒鍵(おおかぎ)に旧き印の力を付与する呪文を掛けます」
 和希の言葉に西園寺は頷いた。すると、中嶋が言った。
「光が要るな」
「光?」
 コクンと啓太は首を傾げた。和希が説明する。
「智子の右目に憑いた落とし子は光を避けていただろう。封印の場所は漏れ出した落とし子で溢れているはずだから、それを掻い潜って進むには光で散らした方が良い。出来るだけ強い光を放つもの、灯光器でもあれば……KP(キーパー)、村に灯光器はありませんか? それと、事故などに備えて俺の車のトランクにも入っていませんか?」
「村には五台の灯光器があるぜ。500wのが一つ、残りは200wだ。コンセントがついてるが、充電でも使用可能で三脚の様に伸縮する足が付いてる。トランクにあるかは幸運判定だ」
「振ります」

遠藤 :幸運(60)→19 成功


 ちっ、と丹羽は内心で舌打ちした。
「なら、トランクには500wの物が一つ入ってる。こっちは充電式だ」
「村の物は本体だけ外して持ち運べますか?」
「可能だが、それなりに重いぜ。六kgくらいはあるな」
「う~ん、少し重いけど、一人一個は持てるか」
 独り言の様に啓太は呟いた。しかし、それを聞いた中嶋が小さく首を振った。
「いや、500wだけで充分だ。丹羽が遠藤の灯光器は500wと態々言ったのは幸運判定で得た物が落とし子に通用しなければ意味がないからだ。御緒鍵(おおかぎ)と灯光器二台で三人の手は確実に塞がる。万が一に備えて残りの二人は余計な物は持たない方が良い」
「あっ、はい」
 素直に頷く啓太の隣で、和希が再び丹羽に尋ねた。
「KP(キーパー)、ロープを持って行けますか? 山なので一応、用意しておきたいんですが」
「山って言っても子供でも登れるくらいのもんだぞ。そんな処にロープを持ってく奴はいねえよな。どうしても持って行きたいなら、もっとちゃんとした理由が必要だ」
(シアエガは洞窟と暗黒の神……読みは良いが、メタ推理を際限なく認めたら面白くねえからな)
「わかりました」
 和希自身もこれは恐らく無理だろうと思っていたので、あっさり引き下がった。丹羽が小さく口の端を上げた。
「それじゃあ、再開するぜ」

丹羽 :村の状況からもう時間がねえと判断した郁ちゃん達は明日、御緒鍵(おおかぎ)を交換す
    るために封印の場所へ向かうことにした。村の灯光器は火垂祭で使用したまま、広場に放
    置されてる。遠藤のは車のトランクだ。今はその二つを回収して分かれ道に来たところだ。
    時刻は午後六時。辺りはかなり薄暗くなってるが、雨は殆ど上がってるぜ。右は坂井、左は
    細川の家の方へと続いてる。どっちに行く?
伊藤 :俺は智子ちゃんをこのままにしておきたくないです。また変な夢を見るかもしれないし……
中嶋 :あれは夢ではない。恐らく智子の意識は落とし子と繋がっている。
西園寺:ああ、私もそう思う。可能ならば、今夜は全員で細川の家に泊まりたい。彼女を通して落と
    し子の動向が掴めるかもしれない。
遠藤 :今や明日が無事にくるかもわからない状況ですからね。俺もその案に賛成です。
七条 :では、僕からヨシさんに頼んでみます。KP(キーパー)、電話を掛けます。
丹羽 :ヨシは五人が泊まることは二つ返事で了承するぜ。正直、自分一人ではもう智子をどうし
    たら良いかわからねえから、願ってもねえ話にほっと胸を撫で下ろしてる。智子も啓太達が
    いると心強いと言って歓迎するぜ。
伊藤 :良かった……あっ、着替えとかはどうしますか? 一度、坂井さんの家に戻りますか?
西園寺:いや、一晩ならば我慢しよう。
七条 :あまり夜は出歩かない方が良いですね。特に今は。
中嶋 :明日に備えて今夜は早めに休むべきだろう。
遠藤 :そうですね。睡眠不足でマイナス補正は付きたくないです。
丹羽 :なら、郁ちゃん達は細川の家で夕食を済ませると、回収した灯光器を充電して早々床に就
    いた。翌朝、五人は夜明け前にきっちりと目を醒ました。窓から外を見ると、酷かった昨日
    の雨は綺麗に上がり、東の空が仄かに白み始めてた。遠藤は御緒鍵(おおかぎ)を持って
    急いで庭へ向かった。他の四人はその少し後ろを静かについて行く。遠藤は庭の中央に
    立って東の空を見つめた。徐々に昇ってくる太陽に空が茜色に染まり、夜明けの近いことが
    わかる。やがて山の輪郭が強く光ったかと思うと、眩しいほどの朝陽が一気に瞳に飛び込
    んできた。夜明けだ。その光を全身に浴びながら、遠藤は清涼な空気を深く吸い込んだ。そ
    して、落ち着いた声で覚えた呪文を詠唱し、円盤に彫られた火を垂らす五弁の花の印を右
    手の指で三度……ゆっくりとなぞった。その瞬間、遠藤は身体の奥から何かが抜き取られ
    る様な眩暈にも似た奇妙な感覚に襲われた。これで儀式は終了だ。以降、遠藤のステータ
    スはこうなる。


遠藤 :POW(12)→7
    :SAN(58)→53
    :幸運(60)→35


 シナリオを中断して丹羽は更に幾つか説明を加えた。
「POW(精神力)が減少したことでその値を元にした『幸運』も変わったが、MP(マジック・ポイント)はそのままだ。但し、使ってしまったら今後は7までしか回復しねえ。それから1D3ヶ月の間、体調不良になる。身体の疲れが抜けねえって感じだな。今回は……一ヶ月だ。具体的には全技能30%減だ」
「わかっていたとは言え、これは厳しいですね」
 和希は小さなため息をついた。すると、丹羽の口元に上機嫌な微笑が浮かんだ。今までの借りを少しは返せそうな予感に、仄暗い歓びと期待を隠そうともしない。
「これぞ、まさにKP(キーパー)の醍醐味だな。今、俺は心底、クトゥルフ(CoC)をやって良かったと思ったぜ」
「その台詞はシナリオが終わったときに言って欲しいですね」
「勿論、そのつもりだ」
「お前が煽られてどうする、丹羽」
 西園寺が呆れ顔で口を挟んだ。全く……私達の卓は私怨が多過ぎる。
「啓太はまだ初心者なのに、こんなセッションばかりでは良くない。次は私が本当のクトゥルフ(CoC)を見せてやろう」
「おや、次は郁がKP(キーパー)ですか。それは楽しみです」
 ふふっ、と七条は笑った。軽い気持ちで啓太は尋ねた。
「西園寺さんのシナリオってどんな感じなんですか?」
「まだはっきり決めた訳ではないが、幾つか面白そうなものは用意してある」
「郁のシナリオは結構、きついですよ。ある意味、PL(プレイヤー)のSAN値が心配になりますね」
「そうなんですか!?」
 西園寺と七条の言葉に啓太は密かに蒼ざめた。話が脱線し始めたので中嶋が釘を刺す。
「次のシナリオより今はまずこれに集中しろ。丹羽がこの程度で満足するはずがないだろう」
「あっ、はい」
 啓太は小さく頷いた。仕切り直しとばかりに、コホンと丹羽が咳払いをした。
「なら、御緒鍵(おおかぎ)を完成させてから二時間後の午前七時……朝食を終えた郁ちゃん達が居間で出発前の準備をしてると、突然、智子が話し掛けてきた」


2015.7.19
いよいよ封印することにした啓太達です。
王様の殺意も上がって準備は整いました。
皆、無事に帰って来れます様に……

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Café Grace
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