「戦闘って……!」
 啓太は言葉を失った。即座に中嶋が言った。
「西園寺を気絶させて逃げるしかない」
 そうですね、と和希もそれに同意する。
「西園寺さんが正気に戻るまで待っている時間はなさそうです」
「すみません、郁……多少、手荒なことになりますが」
 七条は申し訳なさそうに頭を下げた。
「わかっている。私も人のことは言えないからな」
 西園寺は静かに紅茶へ手を伸ばした。どっちにするんだ、と丹羽が尋ねた。
「自殺癖だ。発狂した私は己が美意識に基づいて自死を躊躇わないだろう。但し、それを邪魔する者は容赦しない」

丹羽 :了解。それじゃあ、中嶋から行動してくれ。
中嶋 :(投光器を持ったまま、西園寺を止めるのは無理か)
    西園寺、お前の投光器はまだ秀人の方を向いているのか?
西園寺:ああ、私は秀人が再び取り憑かれないよう注意していたから上を見たときも逸らしてはい
    ない。そのまま、床に下している。
中嶋 :なら、俺はその場で待機して智子と伸康に向かって叫ぶ。光から離れず、扉まで走れ!
智子 :は、はい! 行こう、ノブ君!
伸康 :うん!
丹羽 :中嶋に言われて智子は伸康の手を取ると、投光器が照らす光の道を扉へ向かって走り出
    した。次は遠藤だ。どうする?
遠藤 :俺は咄嗟に御緒鍵(おおかぎ)を啓太に渡し、銃を右手に持ったまま、西園寺さんの手か
    らナイフを取り上げます。
    (この状況なら、西園寺さんが啓太を狙うことは絶対にない)
丹羽 :(遠藤の奴、『組みつき』は初期値だから自動失敗じゃねえか。まさかマイナス補正を忘れ
    て……いや、ここは失敗でも構わねえのか。郁ちゃんがナイフを誰に向けるか知りようがね
    えPC(プレイヤー・キャラクター)としては自然な行動だし、何より郁ちゃんのターゲットから
    啓太を完全に排除出来る。一体、どこまで過保護なんだか……だが、それにただ乗りする
    のは面白くねえな)
    なら、DEX(敏捷)対抗ロールだ。成功したら、郁ちゃんが反応する前に組みつけたことにし
    て良いぜ。成功率は50%だ。
遠藤 :有難うございます。
中嶋 :……
    (随分、甘い判定だ。そもそも西園寺は投光器を置いた時点で遠藤のDEX(敏捷)を上回っ
    ている。丹羽は気づいてないのか……?)
七条 :これはダイスの女神がどちらに微笑むか見物ですね。


DEX(敏捷)対抗ロール(50)→00 ファンブル


「なっ……!」
 出目を見た和希は、思わず、息を飲んだ。ふふっ、と七条が微笑んだ。
「どうやら女神は遠藤君の死をお望みの様です」
 中嶋が小さく口の端を上げる。
「日頃の行いのせいだな」
「ああ、職権乱用とか、職権乱用とか、職権乱用とかだな」
 したり顔で頷く丹羽に和希は不快そうに言った。
「心外です。俺はそんなことはしていません」
「お前は早めに自覚を持つべきだな、遠藤」
 西園寺が呆れた様に和希を見やった。啓太は心の中でそっとそれに同意した。
(和希、この前だって石塚さんにケーキを買って来て貰ったのに……美味しかったけど)
 和希の反論しそうな気配に丹羽が素早く話を戻した。

丹羽 :しかし、遠藤、ここでのファンブルはちょっと痛いぜ。まず結果はこうなる。遠藤はナイフを
    取り上げようと素早く郁ちゃんの手に組みついたが、その衝撃(ショック)で突然、銃が暴発
    した。『幸運』を振ってくれ。失敗したら、誰かに流れ弾が当たる。
遠藤 :俺の『幸運』は35なんですが……


遠藤 :幸運(35)→46 失敗


遠藤 :……ですよね。
中嶋 :巻き込まれたな。
丹羽 :それじゃあ、弾に当たる奴をダイスで決めるぜ。時計回りに中嶋が1、啓太は2、遠藤は
    3、七条は4、郁ちゃんは5、智子が6、伸康が7、秀人が8だ。ファンブルだから外れはなし
    だ……振るぜ。


 ……カツン、コツン。
 丹羽の言葉と共に八面ダイスが机の上に転がった。コロコロと小気味良い音が室内に響き渡り、全員がその出目を注視する。やがて……
「馬鹿な!」
 さっと蒼ざめた和希が声を張り上げた。それまでからかい半分だった丹羽達も密かに眉をひそめた。やがて西園寺が静かに告げる。
「……啓太だな」
「くっ……!」
 和希は掌に爪が食い込むほどきつく拳を握り締めた。それに気づいた啓太がすぐさま優しく言った。
「大丈夫だよ、和希、これはゲームなんだから……そんなに責任を感じることないよ」
「たとえ、ゲームの中でも、俺が啓太を傷つけることはもう二度と絶対にあってはならないんだ。それなのに……それなのに……」
 まるで本当に怪我でもさせてしまったかの様な苦悩に満ちた和希の姿に室内の空気がどんよりと重くなった。丹羽が気まずそうに頭を掻いた。
「まあ、何だ。そう悲観的になるなよ。掠り傷程度で済むかもしれねえだろう。それに啓太が今までに受けたダメージは時間経過により全回復してる。ダメージ判定してくれ」
「そう、か。有難うございます、王様」
 少し気を取り直した和希は再びダイスを振った。

1D10→5
伊藤 :HP(10)→5


「……っ……」
 和希の顔に絶望が浮かんだ。一瞬、丹羽はその場から逃げたくなった。
(一体、遠藤は女神に何をしたんだ!? 救済しようとすればするほど、どんどん深みに嵌ってるじゃねえか)
 中嶋は煙草を深く吸い込んで静かに息を吐いた。
「……半分、持っていかれたな」
「……」
 啓太は心配そうに和希を見つめた。すると、まだだ、と丹羽が言った。まだ巻き返せる……!
「啓太、ショック対抗ロールだ。CON(体力)×5以上を出すと気絶するからな」
「あっ、はい」
 妙に気合の入った丹羽に促され、啓太は祈る様にダイスを両手で包み込んだ。小さく振って……そっと手を離す。

ショック対抗ロール(45)→57 失敗


「あっ……」
 反射的に上がった声を抑えようと啓太は口元に手を当てた。和希が呆然と呟く。
「そんな……俺が、啓太を……啓太、を……」
 最早、ゲームの域を超えて動揺を隠し切れない和希に丹羽は密かに天を仰いだ。ほんの少し……いや、かなり良心が咎めた。全滅もクトゥルフ(CoC)の醍醐味で楽しいとは思うが、それと誰かの古傷を抉るのは全く別の話だった。
(普段のこいつの言動を見てれば、過去、啓太に関して何か深刻な出来事があったってのは聞かなくったってわかる。それをこんな形で暴いてくるとは……ダイスの女神も酷なことをする)
 誰もが沈痛な思いを噛み締めていると、その空気を一掃する様に啓太が言った。
「和希、俺、一つわかったことがあるんだ。TRPGはKP(キーパー)とPL(プレイヤー)が協力して作り上げる一期一会の物語なんだ。だから、必ずしもハッピー・エンドにはならないかもしれないけど、その過程こそが魅力だと思う。俺は皆とこうしてやってて凄く楽しいよ」
「でも、俺のせいで啓太が……」
 和希は小さく瞳を伏せた。すると、啓太は大きく首を横に振った。
「もし、これが現実なら、流れ弾は絶対に俺には当たらない。俺、運だけは自信があるんだ。知ってるだろう?」
「ああ……そのお陰で、俺は救われた」
 何かを思い出しながら、和希は低く呟いた。俺もだよ、と啓太は答えた。
「今、PC(プレイヤー・キャラクター)の俺には和希の助けが要るんだ。あのときみたいに俺を助けてよ、和希」
 そこには一切の陰りがなかった。ただ、純粋な思いだけ……和希へ寄せる眩しいほどの信頼があった。
「……わかったよ、啓太」
 ふわりと和希は微笑んだ。七条が二人の前にすっと紅茶を差し出した。
「所詮、僕達はダイスの女神に弄ばれてその掌で踊る人形です。なら、せめて最後まで一緒に楽しみましょう」
 西園寺が頷いた。
「発狂、ロストしてこそのクトゥルフ(CoC)だ。それを楽しまなくて何とする」
「ああ……このまま、KP(キーパー)を独り勝ちさせては面白くない。最後に一矢報いなければな」
 中嶋はチラッと丹羽を見やった。急に矛先を向けられた丹羽は焦った様な声を上げた。
「俺のせいか!?」
「当然だろう。お前はThe Keeper of Arcane Lore……神秘の護り手、KP(キーパー)だ」
「……」
 その言葉に、丹羽は小さく口の端を上げた。
「そうだ。うっかり忘れるところだったぜ。俺は偉大(おおい)なる神々よりもたらされる神秘を管理し、禁忌に触れようとする者を導き……拒む者。何の覚悟もねえ涜神者には、これからも容赦なく鉄槌を下す」
「あれ? 前にKP(キーパー)は全能の神って言ってましたよね?」
 コクンと啓太は首を傾げた。七条がそっと人差し指を自分の口唇に当てた。
「雰囲気ですよ、伊藤君、クトゥルフ(CoC)の神が実在する訳ではありませんから」
「あっ、はい」
(つまり、考えるな。感じろってことか……王様、そういうの好きだから)
 いつの間にか、室内に満ちていた陰鬱な空気は消え去っていた。よし、と丹羽は掌に拳を打ちつけた。
「残りをさくさく終わらせるぜ。遠藤は銃の暴発で図らずも啓太を傷つけてしまって大きな衝撃(ショック)を受けた。1/1D3のSAN(正気度)チェックだ。2以上で不定に入るからな」
「今更、不定など……」
 ふっ、と和希は自嘲した。

遠藤 :SAN(43)→59 失敗 1D3→2
    :SAN(43)→41 不定の狂気


「本当に今更だったな」
 淡々と中嶋が言った。西園寺は呆れた様に和希を見やった。その隣で七条が芝居掛かったため息をついた。
「先刻の発言を訂正します。どうやら女神は僕達、全員の死をお望みの様です」
 そんな……と啓太は零した。丹羽は狂気表をPCの画面に呼び出した。
「遠藤、狂気の内容を決めるから1D10だ。それと、不定に入ったから『クトゥルフ神話』を8%やるぜ」
「……2です」
「激しい恐怖症だな。内容は任せる。それじゃあ、流れ弾が啓太に当たるところからRP(ロール・プレイ)を再開する」
 漸く総ての処理を終えて再びシナリオが動き始めた。


2015.11.6
ダイスの女神に振り回されてシナリオが殆ど進みません。
セッション後、
七条さんはダイスのお祓いでもしそうです。
ファンブルはもうやめて~


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Café Grace
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