Ⅲ


西園寺:後小路の屋敷は閑静な住宅街の端にあっても一際、目立つ二階建ての瀟洒な洋風建築
    だった。石造りの立派な門を通り抜けた沙耶はポケットから小さな銀色の鍵を取り出すと、
    啓太達のために玄関の二枚扉を開けた。どうぞ、と沙耶に促されてお前達は中へ入った。
    そこは海外の様に外靴で入れる構造で、吹き抜けの広い玄関ホールから左右に廊下が伸
    びていた。また、正面には大きな上り階段があり、踊り場で二手に分かれている。その壁に
    は唐草模様の額縁に入った古い鏡が掛かっていた。
伊藤 :踊り場ってよく鏡がありますよね。大きいんですか?
西園寺:ああ、嫌でも目につくが、お前達にそれを見上げる余裕はない。屋敷に足を踏み入れた
    三人は、思わず、顔を顰めた。埃に交じって感じる、まるで腐った魂が発するかの様な不快
    な悪臭……それをかき消そうと至る処に芳香剤が置かれいるものの、空間そのものに沁み
    ついたこの醜悪な臭いを完全に拭うことは出来ていなかった。
遠藤 :死臭ですか?
    (屍食鬼(グール)でもいるのか……?)
西園寺:いや、違う。お前達が今までに嗅いだどんな臭いとも異なる酷く不快な臭いだ。
伊藤 :それじゃあ、俺は鼻を覆いたいのを堪えて沙耶さんに尋ねます。後小路氏はどちらに?
後小路:ご案内します。他のお二人はあちらの部屋でお待ち下さい。
西園寺:そう言って沙耶はぞんざいに右手の廊下を指した。それ以上の指示はないが、沙耶は二
    人をじっと見ている。廊下に面してドアが三つあるが、どうする?
遠藤 :取り敢えず、一番手前の部屋に入ります。でも、ドアの近くに立ち、いつでも飛び出せるよ
    う待機します。
中嶋 :俺も一先ず言われた通りにするが、その前に玄関ホールから見える範囲に『目星』をす
    る。
西園寺:不要だ。左右に伸びる廊下に面して、それぞれ三つのドアが見えるだけだ。無駄な探索
    を避けるために予め言っておくが、この屋敷には十以上の部屋がある。だから、私が特に
    描写をしない場所で『目星』をしても情報は出ない。単に裕福な家とわかるだけだ。
中嶋 :つまり、ここからは地下室の有無はわからないということか。
遠藤 :入口があるとしたら、部屋のどこかですね。
伊藤 :う~ん、地下室なんて普通はないと思うけどな。
遠藤 :いや、クトゥルフ(CoC)で地下室は殆ど定番だよ、啓太。
伊藤 :そうなんだ。
西園寺:続けるぞ。先に啓太の場面を進める。中嶋と遠藤が手前の部屋に入ったのを見届けてか
    ら沙耶は左の廊下にある二番目の扉へ啓太を案内した。
後小路:この部屋です、神父様……私は隣の部屋にいますので、何かあったらお呼び下さい。
伊藤 :有難うございます。俺は沙耶さんに軽く頭を下げてからドアをノックします。
西園寺:すると、中から微かに男の声が聞こえた。
後小路:……どうぞ。
伊藤 :失礼します。
西園寺:啓太はゆっくり扉を開けた……が、室内を見た瞬間、その異様な光景に本能的に入るの
    を躊躇ってしまった。その空間は常軌を逸しているほど、ひたすら曲線に覆われていた。家
    具も窓も絨毯も、部屋の隅に至るまで何もかもが曲線。まるで一切の角という概念が消失し
    てしまったかの様な錯覚に啓太は微かな眩暈すら覚えた。
伊藤 :これ、は……
    (何か凄い部屋だな。後小路さんは先端恐怖症だって言ってたからそのせいかな)
遠藤 :……っ……!
    (ここで口を出したら……だが、このままでは啓太が……!)
中嶋 :……
    (ふっ、『回避』が必須なのはこのためか)
西園寺:啓太が入って来ないので、部屋の中心にある寝椅子に鎮座していた三十歳くらいの男が
    再び口を開いた。
後小路:お久しぶりです、神父様……どうぞお入り下さい。
西園寺:それは先刻と同じ声だった。後小路幸哉……彼は白いコーヒー・カップを両手で持ちなが
    ら、虚ろな瞳で啓太を見つめた。
伊藤 :あ……失礼しました。お久しぶりです。そう言って俺は気を取り直して中へ入ります。
西園寺:後小路は無言で自分の向かいにある曲線で出来た椅子に座るよう促した。
伊藤 :素直にそこに腰を下ろして尋ねます。奥様から聞きました。何か悩みがあるそうですね。
後小路:悩み? ああ、それなら……ふふっ、神父様がここへ来て下さったので解決しました。
西園寺:後小路は狂気に染まり切った表情で薄く笑った。そして、一つ息を吐くと、おもむろに啓太
    に尋ねた。
後小路:神父様、人はどうして死ぬのでしょう? 神に仕え、ときには人の死をも看取ってきた神父
    様には何かわかりませんか?
伊藤 :(そんなこと俺に訊かれても……でも、神父ならそういう質問に慣れてそうだよな。ここは神
    父らしく返事をしないと……)
    その質問に答えられるのは神だけです……人は、誰も死んだことがありませんから。
後小路:死んだことがない? でも、テレビのニュースや新聞を見れば、どこかで必ず誰かが死ん
    でいますよ。
伊藤 :いえ、そういう意味ではありません。今、この地上にいる人間の誰一人として死を自らの経
    験として知っている者はいないと言ったのです。なぜなら、死んだ者は決して生き返らない
    からです。私にわかるのは死に瀕した人々の怯える弱き心……だから、先ほどの貴方の質
    問に私は答えられないのです。
後小路:弱い……ああ、そうだ。人は弱い。だから、車に轢かれたくらいで、いとも簡単に死ぬ。神
    父様も、私も……簡単に死ぬんだ。ははっ……
西園寺:後小路は瞳孔の開いた瞳を小さく揺らして笑った。両手に持ったコーヒー・カップを強く握
    り締め、今にも割れそうだ。
伊藤 :一応、俺は後小路さんに注意します。そんなことをしたら手に怪我をしますよ。
西園寺:すると、後小路はピタッと笑うのをやめてコーヒー・カップに視線を落とした。啓太、『目星』
    を振れ。
伊藤 :はい。


伊藤 :目星(60)→23 成功


西園寺:啓太は後小路のコーヒー・カップには最初から何も入ってなかったらしいと気づいた。
伊藤 :空っぽのカップを持ってたんですか? 何でだろう……?
西園寺:後小路は独り言の様にカップに向かって話し始めた。
後小路:……だから、私は死を超越する手段を探した。死を克服すべく……この世の理に反逆す
    るために。幸い、私には使い切れないほどの金があった。だから、冒涜的な資料の数々を
    蒐集するのに苦労はしなかった。そして、私は混沌に辿り着いた。
遠藤 :……!
    (まさか西園寺さんはそこまで出すのか!?)
丹羽 :……
    (相変わらず、えぐいシナリオを回すよな、郁ちゃんは)
後小路:神の語った真実は私の中にあった常識を容易に溶かし切った。人智を超えた忌まわしくも
    醜悪な知識群。その底知れぬ漆黒の叡智に私は初めて希望を見た。だが、それらを踏まえ
    て死を超える方法を模索している途中で致命的なミスを犯してしまった。時空の闇に近づい
    たせいで、私はあの忌々しい犬につけ狙われて引き籠らざるを得なくなってしまった。
西園寺:そこで後小路は僅かに言葉を切った。コーヒー・カップを持つ両手が怯える様に震えた。
伊藤 :全く意味のわからない俺は静かに話の先を待ちます。
    (犬……何かの比喩かな)
後小路:私は呪文で結界を張り、屋敷に猟犬が簡単には入り込めない様にした。そんな小手先の
    術が長く持たないことはわかっていた。だが、私は諦めなかった。追い詰められながらも、
    必死に研究を続け、終に死を超える方法を発見した!
西園寺:後小路の瞳が深淵を見ているかの様に暗く輝いた。興奮して啓太の存在を忘れ、徐々に
    言葉遣いが荒くなってゆく。
後小路:勿論、最初は巧くいかなかった。神父様も見たでしょう? あの出来損ないですよ。だが、
    数をこなす内に精巧度が高まってくるのがはっきりとわかった。数が要る……そう、試行錯
    誤の数だけ俺は沙耶に近づくことが出来るんだ!
伊藤 :沙耶さん? 先刻、お会いした奥様ですか?
後小路:あんなもの、沙耶ではないっ!!
西園寺:激昂した後小路は勢い良く立ち上がった。左手に空のコーヒー・カップを持ち、右手で絶
    望の浮かぶ顔を覆って口早に喚く。
後小路:駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! 数はこなした。でも、駄目だった! なぜだ? 考えろ!
    考える必要がある! 考えて早く沙耶を完成させなければ! 沙耶が俺を待っている! そ
    のためにはこんな屋敷に引き籠ってなどいられない! 俺には、あんな犬に構っている暇
    はないんだっ!!
西園寺:後小路は何の脈絡もなしに持っていたコーヒー・カップを啓太の方へ放り投げた。緩い弧
    を描いて落ちたカップは床で軽い音を立て、白い破片となって砕け散った。
伊藤 :(言ってることが支離滅裂だよ。また発狂したのかな。一度、『心理学』を振って……いや、
    俺はきっと本心ではどうでも良いって思ってるよな。世界は全部、神の夢なんだから)
    俺は座ったまま、冷たく後小路さんを眺めます。
後小路:ふふっ、運が悪かったですね、神父様、今の俺には貴方しか屋敷に呼べる人が思い浮か
    ばなかった……許して下さい。
西園寺:そうして後小路は何かを呟き始めた。それはどの国の言語とも思えない不快を極めた冒
    涜的な音域を持っていた。その詠唱が途切れた瞬間、啓太は左手の甲に焼けつく様な鋭い
    痛みを感じた。
伊藤 :痛っ……!
西園寺:見ると、いつの間にか、啓太の左手には何かの模様が刻印されていた。それは青く縁取
    られた円形をした、まるでライフルの照準器を覗いたときに見えるレティクルの様な形状をし
    ている。驚く啓太を見て後小路は満足げに口の端を上げた。
後小路:マーキングです。精々俺の代わりに逃げ回って下さい、神父様……どうかご無事で。
伊藤 :それはどういう――……
後小路:はははっ……!
西園寺:後小路は啓太の声を打ち消す狂った高笑いをしながら、嬉々とした足取りで部屋から出
    て行ってしまった。その瞬間、室内に漂っていた悪臭と芳香剤の匂いが薄らいだ。同時に、
    床に散らばったコーヒー・カップの破片から尋常ならざる気配が立ち上った。
遠藤 :(これ以上は駄目だ!)
    KP(キーパー)、部屋のドアの近くにいる俺は何か異変に気づきませんか?
西園寺:良いだろう。『聞き耳』に成功したら、後小路が屋敷から出て行く音に気がつく。但し、ドア
    越しなので10%減だ。中嶋も傍にいるのか?
中嶋 :いや、俺は部屋にあるソファにでも座っている。
西園寺:ならば、遠藤だけだ。


遠藤 :聞き耳(70-10)→12 成功


遠藤 :では、足音と玄関の扉が開閉する音に気づいた俺は低く呟きます。今、誰かが出て行っ
    た……中嶋さん、少し神父様の様子を見てきます。多分、左の廊下にある部屋のどこかに
    いると思うので。
中嶋 :……俺も行こう。この屋敷は妙な臭いがして気分が悪くなる。
西園寺:廊下に出た中嶋と遠藤は玄関ホールを横切って左側の廊下へ向かった。啓太の描写に
    戻る。二人は2R(ラウンド)後に合流だ。
遠藤 :わかりました。
    (間に合うか……)
西園寺:この世界の悪意が一点に集まったかの様な気配に啓太の思考が停止した。破片から噴
    き出る悪意は黒い靄(もや)となって啓太を……獲物を凝視している。やがてそれは不浄の
    固形へと変質した。不明瞭ではあるが、青い膿の様な液体を滴らせた地を這う四本足の獣
    が顕現する。1D3/1D20のSAN(正気度)チェックだ。
伊藤 :1D20って……! そんなに危険なんですか!?


伊藤 :SAN(65)→14 成功 1D3→3
    :SAN(65)→62


伊藤 :成功した、けど……一気に3減った。
西園寺:不気味な膿を滴らせた獣を前にして啓太は酷く驚いたが、必要以上に狼狽えることはな
    かった。では、戦闘に入る。DEX(敏捷)順に啓太、獣だ。どうする、啓太?
伊藤 :(直ぐに逃げ……いや、俺はもう生命に価値を見てないから逃げるのは合わない)
    そのまま、座ってます。
西園寺:待機するのか?
伊藤 :いえ、何もしません。行動を放棄して静かに獣を眺めてます。あっ、『目星』とかで何かわ
    かりませんか?
西園寺:『目星』では何も出ない。『アイデア』を振れ。
伊藤 :わかりました。


伊藤 :アイデア(60)→18 成功


西園寺:ならば、啓太はこれが後小路の言っていた猟犬ではないかと気づいた。そして、漸く後小
    路の話を理解した。この犬につけ狙われた後小路は身代わりにするために自分をここへ呼
    んだのだ、と。
伊藤 :そういうことか……と俺は低く呟いて淡々とそれを受け止めます。
西園寺:猟犬は口から鋭く尖った舌の様な器官をずるりと出すと、啓太の首筋へ真っ直ぐ放った。
伊藤 :避けません。


猟犬:刺突(??)→94 失敗


西園寺:(この確率を外すとは……)
    しかし、その舌は啓太を掠めて椅子の背もたれに突き刺さった。攻撃を外した獣は実体を
    保てなくなったのか、姿が陽炎の様に揺らぎ始めた。すぐさま床に散らばるコーヒー・カップ
    の欠片へ飛び込み、そこに吸い込まれてゆく。それを啓太は無表情に眺めていた。すると、
    ノックの音がして部屋のドアが開いた。遠藤と中嶋が入って来る。
遠藤 :神父様……っ……何だ、この奇妙な部屋は!?
中嶋 :……一人か?
伊藤 :俺は立ち上がって二人に言います。先刻まで後小路氏がいましたが、出て行ってしまいま
    した。
遠藤 :話は終わったのですか?
伊藤 :ええ、一方的に話されていきました。どうやら私は生贄の様です。
遠藤 :なっ……それはどういう意味ですか!?
西園寺:しかし、啓太が答える前に再びドアが開いて沙耶が入って来た。
後小路:何か物音がしましたが、どうかなさ……っ……主人は!? 神父様、主人はどこへ行った
    のですか!?
伊藤 :先ほど出て行かれました。
後小路:そんな……幸哉、どうして……どうして……
西園寺:蒼ざめ、打ちひしがれた沙耶はふらふらと壁に寄り掛かった。そのとき、玄関の呼び鈴が
    鳴った。沙耶の表情がパッと輝いた。幸哉が戻って来たのかもしれない、と沙耶は急いで部
    屋を飛び出した。お前達はどうする?
中嶋 :帰る。こんな処に興味はない。
伊藤 :俺も沙耶さんを気にする素振りを見せながら、教会に帰ることにします。後小路氏が戻っ
    てきたのなら良いですね。私達は教会へ帰りましょう。
    (絶対、後小路さんじゃないよな。自分の家に戻って呼び鈴を鳴らすはずがないよ)
遠藤 :はい、神父様。
西園寺:では、三人は部屋を出て玄関へ向かった。ここで場面を丹羽達に移す。時間を少し戻し、
    丹羽のタクシーが後小路の屋敷の前に着いたところから始める。車が止まると、沙耶は嬉
    しそうに言った。
後小路:そう、ここよ。ここが私の家よ。早くドアを開けて。早く!
西園寺:沙耶は急かす様に車窓をバンバンと掌で叩いた。丹羽は運転席にあるスイッチを押して
    タクシーのドアを開けた。沙耶は車から降りると、素足のまま、転がる様に屋敷の玄関へ走
    り出した。
後小路:幸哉! 幸哉っ……!
丹羽 :取り敢えず、俺は急いで後を追う。おい、ちょっと待ってくれ……!
    (ここで鉢合わせか)
七条 :僕も車を降りて屋敷へと向かいます。
西園寺:二人が玄関の前に着くと、沙耶がドアの前でそわそわと立っていた。その姿は、まるで家
    人がドアを開けてくれるのを待っている猫の様だった。それを見た丹羽は鍵がないのかと思
    い、沙耶の代わりにドアの右横にある呼び鈴を鳴らした。すると、中から慌ただしい足音が
    聞こえ、勢い良くドアが開いた。
後小路:幸哉っ……!
西園寺:その瞬間、二つの同じ声が一つ音を紡いだ。全員、ここで合流する。お前達は一瞬、ドア
    を挟んで鏡があるのではないかと誤認した。瓜二つ、生き写し……着る服以外は全く同じ
    容姿の二人がドアを挟んで向かい合っている。しかし、外にいる沙耶には内側の沙耶とは
    決定的な違いがあった。
後小路:……ただいま。
西園寺:そう呟いた外の沙耶の右腕は不意に地獄めいたえんじ色の肉塊へと変質した。おぞまし
    い存在感を放つ大きな臓物の塊……それを沙耶は重量を感じさせない軽快な動きで振り
    上げたかと思うと、内側の沙耶に向かって叩きつけた。
遠藤 :……
西園寺:グシャッという嫌な音が耳の奥に響いた。悲鳴すら発する間もなく、一瞬にして沙耶だった
    人体は醜く平らに潰れた……お前達の目の前で。
伊藤 :……っ……!
    (うわあああっっっ……!)


2016.1.29
文字だと気になりませんが、
殆ど西園寺さんの一人芝居です。
内心では恥ずかしがっているのかも。

r  n

Café Grace
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