はあ、と啓太は大きなため息をついた。
「俺、二階の探索で良かった……あの地下室を見て神父のRP(ロール・プレイ)なんて出来ないよ」
 幸哉と呼び続ける肉塊だらけの部屋など想像すらしたくなかった。すると、中嶋が言った。
「だが、あの肉塊が恐らく今回の鍵だ」
 丹羽も同意する様に頷く。
「ああ、あの肉塊は潰された沙耶と同じ臭いがした。多分、他にも沙耶の姿をしたものがいるだろう。今回のクリア条件はその処分かもしれねえな」
「もし、そうなら、慎重に行動しないと面倒なことになりそうですね。下手をしたら、人殺しで逮捕エンドもあり得ます」
 新しい紅茶を淹れながら、七条が言った。丹羽が小さく唸った。
「どっちにしろ、俺達のPC(プレイヤー・キャラクター)はかなり判断に苦しむことになる。クリアを目指すだけなら、犯罪者の方が有利だったな」
「俺、今回は犯罪者だけど……素直に喜べない」
 啓太は表情を曇らせた。その言葉に和希は無言で西園寺を見やった。
(今回、新しいPC(プレイヤー・キャラクター)を作らせたのは初心者の啓太があまり自分を反映させないためか。一応、配慮はしているらしい)

西園寺:続きを始める。地下への階段を恐々と見ている丹羽と臣に向かって上がって来た沙耶は
    平然と告げた。
後小路:他に燃え広がらないよう扉は閉めてきたから明日には消えてるよ。
丹羽 :そ、そうか……
後小路:でも、何だか灯油臭くなっちゃった。
西園寺:沙耶は無邪気に掌の匂いを嗅いで顔を顰めた。
七条 :なら、シャワーでも浴びて着替えてきたらどうですか?
後小路:……駄目。その隙に貴方達が逃げちゃうかもしれないから。それよりも早く向こうの部屋
    を調べて幸哉を探しに行こうよ。
丹羽 :あ、ああ……
    (沙耶はまだ俺達を完全に信用してねえから逆らうと危険だな)
西園寺:沙耶はすたすたと左の廊下へ向かった。二人もその後に続き、また手前から順番に部屋
    を見ることにした。最初の部屋は客間を簡単に改装した私室だった。ベッド代わりの大きな
    ソファとクローゼットがあり、木のテーブルの上には化粧品が幾つか置いてある。奥には浴
    室へ続くドアも見えた。
丹羽 :取り敢えず、中に入るぜ。
西園寺:すると、沙耶が室内を軽く見回して言った。
後小路:ここはあの出来損ないが使ってた部屋ね。なら、ここには何もないよ。
七条 :そうなんですか?
後小路:うん、幸哉は出来損ないに沙耶の物は絶対、渡さない。
七条 :KP(キーパー)、沙耶さんに『心理学』を振ります。
丹羽 :俺も頼むぜ、郁ちゃん。
西園寺:ならば、10%減で振る。


七条 :心理学(70-10)→??
丹羽 :目星(39-10)→??


西園寺 :臣は沙耶もまた幸哉に認めて貰えなかったのではと感じた。丹羽は沙耶がこの部屋に不
    快感を持っている気がした。
七条 :僕の結果は机を壊したときの沙耶さんの言葉とも合うので成功ですね。
丹羽 :ああ、数値的に考えても俺は失敗だろう。なら、この部屋は本当に何もなさそうだ。次に行
    くぜ。
西園寺:二番目のドアを開けると、そこは一切の角を排除した気味が悪いほど曲線だらけの部屋
    だった。家具はベッド代わりの寝椅子と曲線の肘掛け椅子がポツンとあるだけだ。そして、
    床には割れたカップの破片が散らばっていた。
丹羽 :げっ、何だ、この部屋。そう言って俺は入るのを少し躊躇う。
七条 :僕は恐る恐る室内に入ります。これは……明らかに異常ですね。
後小路:多分、猟犬から隠れるために幸哉が作ったのね。可哀想な幸哉……こんな部屋にずっと
    閉じ籠ってたなんて。私がもっと早く戻って来れたら……
西園寺:沙耶は悲しそうに呟いた。室内を探索をするか?
丹羽 :ああ、『目星』を振る。
七条 :僕もします。


丹羽 :目星(70-10)→30 成功
七条 :目星(70-10)→11 成功


西園寺:寝椅子を調べた二人はクッションの下から一枚の写真を見つけた。そこには窓を背に幸
    せそうな微笑をこちらへ向ける沙耶が写っていた。後小路はこれを何度も手に取って見てい
    たらしく、少し擦り切れた感じがする。
丹羽 :撮った部屋はわかるか? この屋敷内か?
西園寺:ああ、窓から見える景色から曲線だらけに改装する前のこの部屋と思われる。
七条 :写真に日付はありませんか?
西園寺:右下に三年ほど前の日付が入っている。
丹羽 :(やっぱり本物の沙耶は死んでるか。後は、このことをどうやってPC(プレイヤー・キャラク
    ター)情報にするかだな)
    妙だな、と俺は呟く。目の前に本物がいるのに、後小路さんは三年も前の写真を眺めてた
    のか?
七条 :そうですね。まるで亡くなった人を思っている様です。
後小路:……
西園寺:沙耶は何も答えなかった。次に三人は一番奥の部屋へと向かった。ドアを開けると、そこ
    は最新のシステム・キッチンを備えたダイニング・ルームだった。他の部屋とは違ってキッチ
    ンには使用している形跡があるが、椅子やテーブルには薄っすら埃が積もっていた。
七条 :一応、『目星』をします。


 それを聞いた丹羽が慌てて七条を止めた。
「待て、七条、ここでロールはしなくて良い。多分、何もでねえ」
「ええ、使っていたのは死んだ沙耶さんだけでしょうから僕も何かあるとは思っていません。でも、万が一ということもあります」
「確かに情報を取り零す恐れは否定しねえ。だが、俺達は地下室と隣の部屋で結構、時間を使ってる。これ以上の探索は啓太達に後ろを取られる。合流は出来れば同時か、あるいは俺達が啓太達を探しに行く形にしたい」
 成程、と七条は頷いた。
「PvPになるとまでは思いませんが、伊藤君達は犯罪者ですからあまり隙を見せない方が良いですね。わかりました」

西園寺:ならば、沙耶は冷蔵庫を開けてレトルト食品を見つけると、独り言の様に言った。
後小路:私、料理は得意なの。幸哉が戻ってきたら、こんなのよりずっと美味しものを作ってあげる
    のに……
西園寺:その言葉に丹羽と臣は急に空腹を覚えた。臣が腕時計を見ると、もう正午近くになってい
    る。これ以降、夜勤明けの臣は食事と睡眠を取るまで総ての技能値が30%減少する。丹
    羽は空腹を満たすまで10%減だ。
七条 :なら、僕は欠伸を噛み殺して言います。あの……僕は夜勤明けなので、食事をして暫く休
    んでも良いでしょうか? 少し睡魔が……
丹羽 :俺も腹が減ってきたな。
後小路:言われてみれば、私も……でも、幸哉を探さないと……
丹羽 :闇雲に探せば見つかるって訳じゃねえ。いざってときに動けなかった意味がねえだろう。食
    事と睡眠はしっかり取ろうぜ。
後小路:……わかった。
七条 :なら、神父様達と合流しませんか? お互いにわかったことを話しながら、どこかで食事を
    しましょう。
丹羽 :おっ、良い考えだな。
西園寺:三人は部屋を出て玄関ホールへと向かった。そこへ二階の探索を終えた啓太達が下りて
    来た。ここで再び全員が合流する。
七条 :なら、声を掛けます。神父様、そろそろお昼なので昼食をしながら、わかったことを話し合
    いませんか?
伊藤 :それは良い考えですね。この近くにある美味しいお店を知っていますよ。
中嶋 :だが、沙耶のその格好では店には入れないだろう。
丹羽 :あ~、悪いが、やっぱり着替えてきてくれねえか? 俺達はここで待ってるからよ。
後小路:嫌よ、あんな出来損ないの服に着替えるなんて。
伊藤 :なら、私の教会へ行きましょう。あそこは住居も兼ねているので、身なりを気にする必要は
    ありませんから。
遠藤 :神父様、教会にあるバザー用の古着に着替えて貰ってはどうでしょうか?
伊藤 :ああ、そうですね。
後小路:それで良いわ。案内して……遠いの?
伊藤 :歩いて十分ほどです。
丹羽 :なら、俺のタクシーで行こうぜ。六人だと窮屈だが、暫く我慢してくれ。
中嶋 :何だ。お前はまだ仕事中か。
丹羽 :まあ、な。
西園寺:屋敷を出たお前達は丹羽のタクシーで教会へと向かった。数分後、教会の重厚な扉の前
    でお前達はタクシーを降りた。啓太は居住部分への入口がある裏手へと案内した。やがて
    小さな黒い門とその向こうに綺麗な薔薇の咲き誇った庭の広がる平屋の建物が現れる。
七条 :それを見て僕は言います。これは……見事な薔薇ですね。
伊藤 :有難うございます。毎日、遠藤さんが手入れをしてくれるお陰です。そう言って俺は門を開
    けます。
丹羽 :KP(キーパー)、庭と建物に『目星』を振れるか?
西園寺:今は振っても何も出ない。お前は啓太達に何の疑いも持ってはいないからな。
丹羽 :(つまり、啓太達の犯罪の証拠を見つけるにはある程度、疑惑を深めねえと駄目ってこと
    か。まあ、PvPが目的じゃねえから暫くこのままでいくか)
    了解。なら、大人しく啓太達の後について行くぜ。
伊藤 :ここには三人で住んでいるんですか?
西園寺:そこは自由に決めて良い。
遠藤 :なら、啓太と俺は住んでいますが、買った人間が暫く同居する場合もあります。中嶋さんは
    どうしますか?
中嶋 :俺は近くにある別の家に住んでいる。他人に研究の邪魔をされたくない。だが、間取り程
    度は知っている。
西園寺:わかった。お前達は薔薇の庭を通って家へと入った。啓太は遠藤に全員を食堂へ通すよ
    う言うと、沙耶と一緒にバザー用の衣類が保管してある奥の部屋へと向かった。食堂には
    左手に立派なシステム・キッチン、右手に大きな木のテーブルと六客の椅子があった。適当
    に座って下さい、と遠藤は言って昼食を作りにキッチンへ行った。丹羽と中嶋、臣はそれぞ
    れ椅子に腰を下ろした。座る場所は気にする必要はない。何かしたいことはあるか?
丹羽 :今は特にねえな。情報交換にはまだ早いし、俺は今日のサボリを会社にどう言い訳する
    か考えてるぜ。
七条 :僕は眠気を堪えるのに必死で話す気分ではないです。
中嶋 :俺は元々何かを話すつもりはない。
遠藤 :料理中です。
伊藤 :俺は沙耶さんの服選びを手伝ってます。
西園寺:ならば、眠気を紛らわそうと、臣はテーブルに置いてあるテレビのリモコンを手に取った。
    つけても良いですかと尋ねると、中嶋は小さく頷いた。臣はパチッと電源を入れた。すると、
    昼のニュースが丁度やっていたので、暫くそれを流しておくことにした。どうやら三ヶ月ほど
    前から世間を騒がせている事件が昨夜もまた起こったらしい。


 コーヒーを飲もうとした手を止め、和希は西園寺に尋ねた。
「それはどんな事件なんですか?」
「被害者のいない謎の流血事件だ」
「血でもばら撒かれていたんですか?」
「ああ、俗に金曜血の池事件と呼ばれている。最近、メディアで頻繁に報道されているので、概要は全員が知っている。この街の周辺で月に二度ほど、深夜から明け方未明に掛けて路地裏や公園などで致死量を超えた人の血液がばら撒かれるという事件だ。それは一人分のときもあれば、数人に相当する量のときもある」
 致死量という言葉に啓太が不快そうに顔を顰めた。
「献血とかの血じゃないんですか?」
「ああ、その血液から抗凝固剤は一切、検出されていない。つまり、献血などで集めたものではない」
「DNA鑑定はしたのか?」
 中嶋は小さく腕を組んだ。勿論だ、と西園寺は頷いた。
「警察がその月に亡くなった人物からサンプルを取って照会したが、ばら撒かれた血液のDNAと合致するものは一件もなかった。しかも、血痕の状態から、その場で人体から流出したものと断定されている。そこで、今度は行方不明者も調べたが、やはり一致するものはなかった」
「DNAの型は何種類ですか?」
 質問をしながら、七条は新しい紅茶を西園寺に差し出した。有難う、と西園寺は微笑んで答えた。
「十六だ」
「では、十六人の人間が死んでいる訳ですね。しかし、遺体はおろか、被害者さえ見つからない……結構、難問ですね」
「事件が起こるのは週末ですか?」
 和希が訊くと、西園寺は静かに首を振った。
「いや、そうとは限らない。単に最初の事件が金曜日に発生したので、その呼称が定着しただけだ」
「成程……」
 何となく行き詰った雰囲気に、啓太がそっと意見を出した。
「これはまた別の事件という可能性はないですか? 何か沙耶さんとは関係なさそうだし」
「ブラフってことか。まあ、確かにKP(キーパー)は意味のねえロールや情報で探索者の思考を欺く場合があるな」
 その考えを検討する時間を稼ごうと丹羽は曖昧に答えを濁した。しかし、中嶋が直ぐにそれを否定した。
「いや、これはブラフにしては設定が凝り過ぎている。話の流れからも、ここで無関係なものは出さないだろう」
「……だな。だが、ブラフなしって訳でもねえだろう、郁ちゃん?」
 最初のダイス・ロールが丹羽は未だに引っ掛かっていた。
 シナリオが始まってもいないのに振る意味がなかった。強いて言えばブラフの可能性だが、それは少々あからさま過ぎた。西園寺がそんなことをするとは思えない。なら、一体、あのロールは何だ……?
 さり気なくそれを探ろうとする丹羽を西園寺は素っ気なく突き放した。
「情報が欲しければ探索しろ、丹羽」
 そして、優雅に紅茶に手を伸ばした。


2016.3.18
大分、情報が揃ってきました。
まだ余裕の王様達ですが、
そこに秘められた意味を一人知っている西園寺さんは
内心、とても楽しそうです。

r  n

Café Grace
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