西園寺:大きな窓を背に配した木製の机と本棚があるだけの簡素な執務室に入ると、遠藤はすぐ
    さま自分の携帯電話からブローカーの番号へと掛けた。数度の呼び出し音の後、少し低音
    な女性の声が聞こえてくる。彼女は東雲薫子、主に人身売買の組織との仲介を請け負って
    いるブローカーだ。これから遠藤は電話を通じて情報を引き出す訳だが、薫子は状況に応
    じて『心理学』を振ってくる。結果を誤魔化すには『言いくるめ』に成功しなければならない。
遠藤 :電話での『心理学』にマイナス補正は入らないんですか?
西園寺:20%減だ。
遠藤 :(俺の『言いくるめ』は35%……失敗して情報を取り損ねたら、啓太が危ない。嘘はつかな
    い方が良いな)
    では、携帯をスピーカーにして薫子と話します。
西園寺:その間、啓太はどうする?
伊藤 :俺は二人の会話に耳を澄ましつつ、窓から庭の薔薇を眺めてます。
西園寺:では、RP(ロール・プレイ)に移る。
東雲 :あら、遠藤さん、今日はどんな用件で……って、訊くだけ無駄よね。私に掛けてくる理由な
    んて一つしかないもの。今度は何人かしら?
遠藤 :いや、今は訊きたいことがあって連絡した。貴方の顧客に後小路幸哉という男がいるはず
    だ。近々彼と取引する予定はないか?


東雲 :心理学(??-20)→??


東雲 :……どこで聞いたかは知らないけど、そんな情報をおいそれと流す訳にはいかないわ。私
    の信用問題に関わるもの。
遠藤 :(連絡はあったらしい。即座に拒否しないのは見返り次第ということか)
    勿論、只とは言わない。それなりの報酬は約束する。
東雲 :トラブルに巻き込まれるのはお断りだけど、報酬ねえ……あの人、何かしたの?
遠藤 :いや、個人的な要件で探しているだけだ。


東雲 :心理学(??-20)→??


東雲 :……なら、先に誠意を見せてくれないかしら。この仕事は情を挟んだら終わりなの。
遠藤 :情報料として百万は保障する。それ以上は内容次第だ。
西園寺:『言いくるめ』を振れ、遠藤。


遠藤 :言いくるめ(35)→22 成功


東雲 :良いわ。交渉成立よ……後小路さんなら少し前に電話があったわ。明日までに女を三人
    ほど用意して欲しい。今は移動中だから後でまた連絡する……ですって。
遠藤 :(やはり実験を再開するつもりか)
    なら、取引場所が決まったら直ぐこちらに連絡してくれ。そこで奴を押さえる。
西園寺:それを聞いた薫子は少し押し黙った。
東雲 :……常連を失うのは惜しいから忠告するけど、それは無理だと思うわ。
遠藤 :なぜだ?
東雲 :あの人の傍に妙な子供がいるの。見た目は十歳くらいの男の子よ。でも、多分……人間で
    はないわ。
遠藤 :どういうことだ……?
伊藤 :……
東雲 :貴方も私もこんな世界に身を置いてると、たまに神話生物について耳にすることがあるで
    しょう。今までは欠片も信じてなかったけど、その子と会って考えが変わったわ。私達が取
    引してる間、あの子はよく詩の様なものを口ずさんでるの。それは普通の言葉とは明らかに
    違う音で魂を穢す様な冒涜的な響きがあるから、最初の頃は酷く気分が悪くなったわ。その
    詩を使ってあの子は指一本すら動かさずに人を殺せる。催眠術などの類では絶対にない
    わ。感じるのよ……あの子が発する言葉の一つ一つに、無音の闇にも似た恐怖を。間違い
    なくあの子はこの世の理を外れた存在……人ならざる者よ。
遠藤 :……わかった。その子供には注意する。取引場所が決まったら連絡を頼む。そう言って俺
    は電話を切ります。
伊藤 :庭の方を向いたまま、俺は小さく呟きます。人ならざる子供、ですか……
遠藤 :恐らく屋敷の二階にあった足跡の主と思われます。何らかの代償と引き換えに神の眷属
    が後小路に手を貸しているのかもしれません。もし、そうなら、私達では相手になりません。
    (あれは完全な愉快犯だから放っておけば良いと思うが、PC(プレイヤー・キャラクター)に
    は知りようがないのが問題だな)
伊藤 :……その子供のことは放っておきない。私達の目的は後小路氏に早くこの印を解除させる
    ことです。
遠藤 :(啓太は知っているのか……?)
    ですが、後小路が素直に応じるとは思えません。その子供が邪魔をして手こずれば、神父
    様の身に危険が及びます。
伊藤 :構いません。この生命は既に我が神に捧げています。今、私が最も懸念しているのは中
    嶋さんの研究が滞ることです。これ以上、薄汚い愚か者どものために時間を無駄にしては
    いけません。いざとなったら……私は、自らこの手を切り落とします。
遠藤 :神父様……!
伊藤 :勿論、そうならないよう貴方が全力を尽くすと信じています、遠藤さん。
遠藤 :はい……どんな手を使っても、必ず後小路に印を解除させます……必ず。
伊藤 :有難う……では、戻りましょう。今日は泊り客が多いので、部屋の準備をしなければなりま
    せん。遠藤さんは夕食の支度をお願いします。
遠藤 :わかりました。
伊藤 :それともう一つ……この件が片づいたら、薫子さんの処理をお願いします。彼女は深淵な
    る理より私欲を追及する薄汚い愚か者……目障りです。


「……」
 全く温度を感じさせない啓太の声に、瞬間、和希は役を忘れてしまった。それは『鈴菱』の周りで聞き慣れているものと同じで、しかし、啓太からは想像すらしなかった響きだった。演技とはわかっていても、あまり良い気分はしない……
「……和希?」
 返事がないことに気づいて啓太はコクンと首を傾げた。その、いつもと同じ仕草に和希はハッと我に返った。
「ああ、ごめん。流れを止めてしまったな」
「それは別に構わないけど、どうしたんだ? 俺、何か変なこと言った?」
「いや、今後の展開を少し考えていただけだよ。薫子は後で始末しておくよ」
 ふわりと和希は微笑んだ。啓太が僅かに顔を顰めた。
「そんなこと笑って言うなよ。怖いだろう」
「ははっ、ごめん」
 軽く謝りながら、密かに思う。でも、それを俺に命じたのは啓太だけどな……

西園寺:では、夕食まで時間を進める。
中嶋 :その前に俺は執務室へ薬を取りに行く。
伊藤 :あっ、それなら俺が持って行きます。KP(キーパー)、王様と七条さんが見てないときに
    こっそり手渡します。
中嶋 :なら、こいつから受け取った薬を上着のポケットに入れる。
西園寺:(そろそろ襲撃させたいが……来た!)
    七時になり、お前達は夕食のために再び食堂に集まった。睡眠を取った臣のマイナス補正
    はこれで解消だ。遠藤が作ったカレー・ライスを皆で食べていると、沙耶が待ち切れない様
    子で尋ねた。
後小路:幸哉の居場所はわかった?
遠藤 :いえ、そこまでは……多分、明日にはわかると思います。
後小路:そう……幸哉、ちゃんと寝る場所があると良いけど……
丹羽 :まさか野宿はしねえだろうし、それは大丈夫だろう。ホテルにでも泊まるんじゃねえか。
七条 :そうですね。後小路さんなら別荘もあるでしょうから……沙耶さん、どこか心当たりはあり
    ませんか?
後小路:確かに幸哉は別荘を幾つか持ってるけど、場所までは……覚えてない。
西園寺:沙耶は辛そうに顔を伏せた。そのとき、啓太は窓に掛かったカーテンの柄に凄まじい気
    配が凝縮するのを感じた。それは既に一度、覚えのある感覚だ。
伊藤 :えっ!? もしかして……なら、俺は食事の手を止めて無言でカーテンを凝視します。
遠藤 :それに気づいた俺は尋ねます。どうかなさいましたか、神父様?
西園寺:啓太の視線の先で圧倒的な悪意を放ちながら、青い原形質を滴らせた四肢が時間の腐
    臭を纏って顕現した。全員、それを目視するだろう。その黒は夜の色彩(いろ)より鮮やかに
    して醜悪。そこにあるだけで空間を腐敗させ、冒し尽くすティンダロスの猟犬だ。
丹羽 :うわっ、どこから出て来たんだ!? 
七条 :な、何ですか、これは……!
遠藤 :俺は啓太を庇おうと立ち上がります。神父様っ……!
中嶋 :これか……
西園寺:戦闘の前に処理を行う。まずはSAN(正気度)チェックだ。成功で1D3、失敗で1D20の
    喪失。二度目の啓太は耐性が付いているので1D3/1D10で振れ。
七条 :ふふっ、大きいですね。これは期待出来そうです。
中嶋 :遠藤、殺人癖は引くなよ。
遠藤 :それは女神に言って下さい。
    (一時的狂気で抑えられたら良いが……)


丹羽 :SAN(46)→47 失敗 1D20→3
    :SAN(46)→43
中嶋 :SAN(46)→65 失敗 1D20→2
    :SAN(46)→44
七条 :SAN(40)→61 失敗 1D20→17
    :SAN(40)→23 不定の狂気
    :アイデア(70)→19 成功 一時的狂気
遠藤 :SAN(21)→81 失敗 1D20→17
    :SAN(21)→4 不定の狂気
    :アイデア(65)→77 失敗
伊藤 :SAN(59)→57 成功 1D3→2
    :SAN(59)→57


「うわっ、派手に逝ったな、七条」
 丹羽の言葉に七条は嬉しそうに頷いた。
「漸く発狂しました。長かったです」
「喜ぶところじゃねえだろう。唯一の『精神分析』持ちがダブル発狂とか、どうするんだよ」
「更には瀕死の遠藤までいる」
 中嶋が顎で和希を指した。和希が気まずそうに頬を掻く。
「失敗するのはわかっていましたが、まさか一気にここまで削れるとは……」
「和希……」
 啓太は不安そうに和希を見つめた。場を纏める様に西園寺が声を発した。
「ハウス・ルールを一つ追加する。『信用』に成功すれば、不定の狂気は翌日まで沈静化する」
「相手への信頼感で理性を取り戻したという感じか。『精神分析(物理)』も良いか、郁ちゃん?」
 前回を思い出しながら、丹羽が楽しそうに尋ねた。途端に渋い顔をした和希を見て西園寺は小さく口の端を上げた。
「ああ、ダメージ・ボーナス込みで殴れば翌日まで不定は治まる。ここで全滅されては面白くないからな」
 KP(キーパー)、と七条が嬉々として言った。
「『クトゥルフ神話』はどのくらい貰えますか?」
「今回は判定が大きく、発狂し易いので不定の5%のみだ」
「それでも僕は二桁になります。有難うございます」
 早速、七条はその値をタブレット型パソコンに入力した。西園寺がダイスを手に取った。
「ならば、臣から狂気内容を決める。不定の期間は私が振る」
「わかりました」
 直ぐに硬い音が辺りに響いた。七条が出目を申告する。
「一時的狂気は2、不定は8です」
「臣は一時的狂気としてパニック状態になってその場から逃走する。不定の狂気は短時間の心因反応だ。支離滅裂、妄想、常軌を逸した振る舞い、幻覚などがこれに該当する。期間は二ヶ月だ」
「なら、僕は不浄な獣を前に吐き気を堪えられず、その場から逃げ出します。先刻まで寝ていた部屋で小さくなって震えていることにしましょう」
「わかった。次は遠藤だ」
 西園寺に言われて今度は和希がダイスを振った。
「……9です」
「一時的な偏執症だ。期間は同じく二ヶ月だ」
 その言葉に和希は少し考え込んだ。これをやると最後はPvPになるかもしれないが……
「では、精神が崩壊しそうなほどの衝撃(ショック)を受けた俺は唯一の心の拠り所である使命に縋ります。先刻、啓太に命じられた薫子の処理を人目も憚らずに呟き始めます」
「……良いだろう」
 西園寺は小さく頷いた。
「内容は殺人癖に近いが、お前の使命自体が既に偏執的だから狂気に陥ったことによりそれが表面化したことにする。それではシナリオを再開する」

西園寺:丹羽と中嶋、啓太の三人は酷く驚いたが、屋敷での経験で神話的事象に少し心構えが出
    来ていたのか、直ぐに落ち着きを取り戻した。だが、臣と遠藤はそうではなかった。不浄な
    四肢から滴る爛れた皮膚を思わせる原形質と自分達を隔てるものが何もないおぞましさに
    意識が混濁してゆく。
七条 :僕は口元を押さえて部屋を飛び出します。うっ、ぐっ……!
丹羽 :七条先生!
遠藤 :……早く、殺さなくては……神に逆らう薄汚い愚か者……東雲を、殺さなくては……
中嶋 :ちっ、と舌打ちして『精神分析(物理)』で遠藤を黙らせる。
伊藤 :俺は強い声で叫びます。遠藤っ!!
西園寺:瞬間、遠藤は大きく息を呑んだ。中嶋、『こぶし』を振れ。


中嶋 :こぶし(50)→29 成功 1D3→3
遠藤 :HP(14)→11 


遠藤 :……っ……!
中嶋 :取り乱すな、遠藤!
西園寺:みぞおちに鋭い一撃を打ち込まれた遠藤はガクッと膝をついた。その痛みで混乱してい
    た意識が一時的に明瞭さを取り戻した。続いて戦闘に入る。行動はDEX(敏捷)順に啓太、
    丹羽、遠藤、猟犬、中嶋だ。
伊藤 :俺は何もしません。前と同じく行動を放棄して座ってます。
丹羽 :なら、俺は椅子でティンダロスの猟犬に殴り掛かる。うお~っ!!
西園寺:『こぶし』で判定する。


丹羽 :こぶし(60)→79 失敗


西園寺:丹羽は椅子を振りかぶって不浄の四肢に殴り掛かった……が、重さに足を取られて床に
    打ちつけてしまった。
遠藤 :それを見た俺は慌てて立ち上がります。行動は待機で後ろの啓太に向かって叫びます。
    お気をつけ下さい、神父様!
    (俺達の力で猟犬を倒せないのはKP(キーパー)もわかっているはず。まずは様子を見る)
西園寺:猟犬は青い膿の滴る足で床を蹴って宙に舞い、啓太へ襲い掛かった。しかし、その瞬間、
    ぐしゃっという醜い音が辺りに響き渡った。巨大な肉塊に変質した沙耶の右手が猟犬の上
    に思い切り振り下ろされる。
丹羽 :うおっ……!
遠藤 :なっ……!
西園寺:床に広がる潰れた青い原形質はたとえ難い悪臭を放ちながら、すぐさま靄へと形を変え
    た。そして、逃げる様にカーテンの柄の鋭角に飛び込んだ……


2016.5.20
漸く一日目が終わりました。
なぜか今回も和希はダイスの女神に嫌われています。
本当に何をしたのか……
SAN値0になったら、どうしよう。

r  n

Café Grace
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