Ⅰ


「すみません。遅くなりました」
 和希と啓太が慌ただしく生徒会室に駆け込むと、そこには既に丹羽、中嶋、西園寺、七条が机を囲んで座っていた。
「そんなに遅れてはいない。私達も来たばかりだ」
 紅茶を飲みながら、西園寺は静かに返した。欠伸を噛み殺してまた一口。ふふっ、と七条が笑った。
「郁は先刻、起きたばかりなんですよ。体育で疲れたそうです」
「おっ、今日は真面目に出席したのか。偉いぞ、郁ちゃん」
 丹羽の言葉に西園寺は不快そうに顔を顰めた。
「私は嘘は言わない」
「たまには汗をかくのも良いものだろう」
「お前と一緒にするな。負荷で壊れた筋線維が再生するのにどれほど時間が掛かると思っている」
「筋肉痛になるのは運動不足が原因だぜ」
「……」
 その指摘を西園寺は綺麗に無視した。雰囲気を変えようと啓太が少し話題を逸らした。
「筋肉痛は辛いですよね。俺もこの前、俊介の手伝いをしたら……ははっ」
 和希が心配そうに言った。
「俊介は細く見えてしっかり鍛えているから、同じことをしたら啓太は持たないよ。あまり無理はするなよ」
「わかってる。大丈夫だよ、和希」
 ふわりと啓太は微笑んだ。七条がフロランタンの乗った菓子皿を差し出す。
「甘いものをどうぞ。今日は伊藤君も体育があって疲れたでしょう」
「有難うございます、七条さん、ちょっと何か欲しかったんです」
 啓太は嬉しそうに手を伸ばした。

西園寺:では、そろそろ始める。時刻は夜の七時半……少々気まずい雰囲気の夕食から場面を
    再開する。お前達はテレビの音以外は何も聞こえない食堂にいた。各自の前にはあり合わ
    せの野菜で作ったサラダとコンソメ・スープ、ペペロンチーノがあり、テーブルの中央にリン
    ゴやブドウなどのフルーツを盛った籠と果物ナイフが置かれていた。沙耶がパスタを食べて
    いた手を不意に止めて啓太に尋ねた。
後小路:幸哉のこと、何かわかった?
伊藤 :……っ……はい、無事に連絡がつきました。今夜、会う約束をしたので後でお連れします。
後小路:後でって何時?
伊藤 :十時です。
西園寺:それを聞いた沙耶は驚いて椅子から立ち上がった。
後小路:そんなに待ってられないわ。場所を教えて。私が迎えに行く。
伊藤 :沙耶さん、後小路氏はこちらに向かっているので、私達は動かない方が良いと思います。
後小路:でも、一刻も早く幸哉に会いたいの!
西園寺:沙耶は聞く耳を持たなかった。鬼気迫るその表情は断れば何をするかわからない雰囲気
    すらある。話さないのならば、啓太、『言いくるめ』か『説得』を振れ。今回は信用補正は付け
    ない。沙耶も必死だからな。
伊藤 :俺、『言いくるめ』は取ってないし、『説得』は30しかないです。成功するかな。
七条 :少し厳しいですね。KP(キーパー)、僕達が横から口を挟んだら、補正を付けて貰えます
    か?
西園寺:RP(ロール・プレイ)次第だ。
七条 :なら、事情を知っている僕はさり気なく伊藤君を援護します。沙耶さん、後小路さんに会う
    なら身だしなみを整える時間も必要でしょう。第一印象は大切ですよ。
丹羽 :そうだぜ。気持ちはわかるが、急がば回れって言うだろう。最悪、行き違いになるかもしれ
    ねえ。今は大人しく待ってようぜ。
中嶋 :ふっ、よく言う。
西園寺:二人の言葉に沙耶は明らかな動揺の色彩(いろ)を浮かべた。15%の補正を認める。
伊藤 :有難うございます。
    (大丈夫かな……)


伊藤 :説得(30+15)→46 失敗


伊藤 :ああ、もっと振っておけば良かった。
西園寺:では、沙耶は女性らしく身なりが気になったのか、急いで自分の姿を見回した。山から下
    りた直後はぼろきれの様な服に素足と酷い格好だった。そのときに比べると、小綺麗な古
    着に身を包んだ今は外出には問題なく思える。それとも、もう少しお洒落をした方が良いの
    だろうか。沙耶は部分的な記憶しか持ち合わせていないので、そういった判断が巧く出来な
    かった。ならば、皆の言う通りにすべきかもしれないが、もうじき後小路に会えるとわかって
    逸る気持ちを抑えられなかった。沙耶は強い決意を滲ませた声で啓太に言った。
後小路:私は、ずっとずっと幸哉のことだけを想ってた。どんなに苦しくても、辛くても幸哉の処へ帰
    るためなら頑張れた。それが今、やっと叶うの。だから、神父様にあまり酷いことはしたくな
    いけど、どうしても言わないなら……
西園寺:沙耶の右腕が静かに暴力的なえんじ色の肉塊に変質した。
遠藤 :それを見た俺は素早く立ち上がってテーブル越しに果物ナイフを沙耶に突きつけます。動
    くな!
伊藤 :和希、待って。俺、もう少しRP(ロール・プレイ)する。KP(キーパー)、俺は沙耶さんにこう
    言います。貴方がどれほど困難を乗り越えてここまで来たかは想像するまでもなくわかりま
    す。ですが、後小路氏にも準備をする時間が必要なのです。
後小路:私は幸哉の格好なんて気にしない!
伊藤 :私が言っているのは心のことです……沙耶さん、後小路氏は恐れているのです。死んだ
    沙耶さんと貴方が本当に同じかどうか。
後小路:私は、間違いなく沙耶よ!
伊藤 :わかっています。ですが、まだ貴方に会っていない後小路氏はその確信が持てません。だ
    から、準備をする時間が欲しいと言っているのです。一度ならず二度までも沙耶さんを失う
    ことに心が堪えられないから。それを貴方は今、土足で踏み荒らそうとしている。
後小路:……!
伊藤 :私が間違っていると思うなら、その右手で叩き殺しても構いません。氏と会う場所は遠藤
    が知っています……沙耶さん、私は間違っていますか?
西園寺:(再ロールは必要ないか)
    沙耶は無言で右手を元に戻した。力なく椅子に座り込み、小さな声で呟いた。
後小路:……今まで幸哉の不安なんて考えたこともなかった。会えば、両手を広げて直ぐ私を受け
    入れてくると思ってた。だって、私はそのために作られたんだから……
西園寺:沙耶は薄らと目元に浮かんだ涙を手で拭い、再び黙ってパスタを食べ始めた。お前達は
    どうする?
七条 :沙耶さんを慰めたいですが、僕達はナイアと取引するつもりなので言葉が思いつかないで
    すね。何も言わずに残りを食べることにします。
丹羽 :だよな。掛ける言葉なんて俺にもわからねえ。だから、沙耶のことは深く考えず、遠藤に不
    信の目を向ける。人にナイフを突きつけるなんて明らかに異常だからな。食事はもう終わっ
    てる。早食いだ。
遠藤 :俺は食べる気が失せたので、そのまま、食器を片づけてコーヒーを淹れます。王様の視線
    は無視します。
伊藤 :俺も食事はもう良いです。和希のコーヒーを待ちます。
中嶋 :俺は茶番は気にせず、食事をしていたから食べ終わって煙草に火を点ける。
西園寺:ならば、やがて臣も食べ終わり、遠藤の淹れた食後のコーヒーを静かに飲んでいると、テ
    レビから夜のニュースが流れて来た。また金曜血の池事件が発生したとアナウンサーが
    淡々と告げている。今回は一人分だが、これまでの様な深夜の人気のない場所ではなく昼
    の成田空港だ。
丹羽 :それを聞いた俺は顔を顰めて呟くぜ。また新しい犠牲者か……
七条 :……最悪の事態ですね。どうやら沼男(スワンプ・マン)が国外にも広がった様です。
丹羽 :何だって!?
中嶋 :今更、何を驚く? 人間と沼男(スワンプ・マン)を見分けることが出来ない以上、いずれ海
    外も浸蝕されるのはわかっていたはずだ。
丹羽 :くそっ!! 急がねえと、もう時間がっ……! 俺はそう言ってコーヒーをあおる様に飲み
    干す。
伊藤 :……
西園寺:では、丹羽が焦ったところでこの場面は終了する。次は十時まで時間を進める。お前達は
    各自、申告した武器や道具を持って後小路邸の玄関前にいた。外から見る限り、屋敷に変
    化は見られない。どの窓にも明かり一つなく、寂れた雰囲気が漂っていた。意を決した丹羽
    が大きな二枚扉に手を掛けると、それは簡単に内側へ開いた。中へ入るか?
丹羽 :勿論、入るぜ。
中嶋 :ここまで来て入らないという選択肢はない。
七条 :僕も入ります、もう二度と外には出られないかもしれませんが。
遠藤 :屋敷に入ったら、全員で周囲に『目星』をします。
伊藤 :俺は皆の後からついて行きます。
西園寺:『目星』を振れ。但し、悪臭のため技能値は10%減だ。


丹羽 :目星(70-10)→78 失敗
中嶋 :目星(70-10)→89 失敗
七条 :目星(70-10)→47 成功
遠藤 :目星(75-10)→54 成功
伊藤 :目星(60-10)→65 失敗


七条 :成功は二人ですか……今日の女神はあまり機嫌が良くなさそうです。
西園寺:では、お前達は覚悟を決めて吹き抜けの玄関ホールへ足を踏み入れた。そこで殺された
    沙耶の沼男(スワンプ・マン)は既に跡形もなく片づけられている。だが、例の悪臭は未だ屋
    敷に充満し、失敗の三人は暫くそれに意識を取られてしまった。臣と遠藤は辛うじて堪えて
    素早く周囲を見回した。すると、ホールを取り囲む様に四つの細長い姿見が置かれている
    ことに気づいた。どうやらナイアが持ち込んだ物らしい。
遠藤 :確か踊り場にも鏡がありましたね。
七条 :準備とはこれのことでしょうか……?
西園寺:二人が鏡を見ていると、突然、ナイアの声が聞こえた。
ナイア:時間ぴったりか……良い心掛けだな。
西園寺:いつの間にか、正面の階段の中ほどにナイアが腰掛け、頬杖をついてお前達を見下ろし
    ていた。少し疲れているのか、目元には薄らとクマが浮かんでいる。ナイアは億劫そうに一
    人ずつ指を差して確認した。
ナイア:あ~、沙耶は……ちゃんといるな。あとは伊藤啓太、中嶋英明、遠藤和希、丹羽哲也、七
    条 臣……全員か。
西園寺:ナイアに名前を言われた沙耶は僅かに身を強張らせて気持ち啓太の後ろに隠れた。
丹羽 :おい、どうして俺達の名前を知ってるんだ? 自己紹介をした覚えはねえぞ。
ナイア:ふっ、ふっ、ふっ、僕は情報通なんだ……なんなら、お前達の貧相な財布に今、幾ら入って
    るか当ててやろうか。
丹羽 :貧相は余計だ! 一々腹の立つ奴だな。
ナイア:ふふっ、まあ良い。取引しに来たんだろう。お前達はその化け物を僕に引き渡す。僕はお
    前達に沼男(スワンプ・マン)の増殖を止める方法を教える。
七条 :その方法はわかりました。だから、取引条件を母体の居場所に変更させて下さい。
丹羽 :ああ、居場所がわからねえんじゃあ話にならねえ。
ナイア:ふ~ん、沙耶が喋ったのか……随分と巧く手懐けたんだな。
西園寺:ナイアは沙耶を冷たく睨んだ。沙耶は怯える様に顔を伏せた。
ナイア:……なら、茶番は終わりだ。
丹羽 :何!?
西園寺:ナイアはゆらりと立ち上がった。口の端が醜く歪む。
ナイア:お粗末な人間の頭じゃわからねえだろうが、最初からお前達に交渉の余地はねえんだ。こ
    こに沙耶を連れて来た時点で、お前達の役目は終わってる。本気でこの僕と取引が出来る
    と思ってたのか?
西園寺:一音節……ナイアは短い言葉を発した。すると、ナイアの胸元にある蒼い宝石が妖しく朱
    色に輝き始めた。その強い光は四方の鏡に反射し、あっと言う間にホールを極彩色で満た
    してゆく。
丹羽 :うわっ、何だ!?
七条 :僕は悲鳴を上げて頭を庇います。うわあああっっっ……!!!
遠藤 :神父様、と叫んで光から啓太を護ろうとします。
西園寺:しかし、光は直ぐに収まった。お前達は不安そうに自分の身体や周囲を見回した。する
    と、ナイアが疲労の滲む瞳に嘲笑を浮かべて説明した。
ナイア:安心しろ。今のはお前達には何の影響も及ぼさねえ。あれは沼男(スワンプ・マン)の力を
    抑える光さ。尤も、これは捕食した人間の能力を超えて異形の力を行使する出来の悪い奴
    にしか効かねえがな。たとえば、そこにいる出来損ないとかさ。
西園寺:その途端、啓太の背後で沙耶が膝から崩れ落ちた。色白の肌からは血の気が引き、身
    体が硬直して細かく痙攣している。
七条 :意識はありますか? 可能なら『医学』で手当てします。
西園寺:手当は無理だが、意識の有無は『医学』で確認出来る。
七条 :『医学』を振ります。
西園寺:臣は昨日のファンブルで沙耶に対しての技能値は総て半減する。臭いによる減少と合わ
    せて成功率は30%だ。
七条 :仕方ありません。


七条 :医学(80/2-10)→45 失敗


七条 :半減が痛いですね。
西園寺:では、臣は恐怖と動揺を堪えて沙耶を診たが、痙攣が激しく意識の有無は良くわからな
    かった。だが、暫く動けないだろうと思った。
七条 :取り敢えず、顎を上げて気道を確保して声を掛けます。沙耶さん、しっかりして下さい!
西園寺:ナイアが苦しそうに胸元を押さえた。
ナイア:ううっ……っ……くそっ、気分が悪い。本当に酷い臭いだ。だから、この屋敷は嫌いなんだ
    ……だが、これで沙耶は無力化した。こうでもしねえと、まともに相手出来ねえからな。お前
    達、もう帰って良いぞ。僕の用は済んだ。
丹羽 :はあ? ふざけるな! 俺達の用はまだ済んでねえ。早く母体の居場所を教えろ!
ナイア:……立場がわかってねえ様だな。帰れって言ってんだ。僕の手を煩わせるな。死ぬことに
    なるぞ。
丹羽 :踏み倒そうったってそうはいかねえ。約束は、きっちり守って貰うぜ!
中嶋 :ふっ、こんなことだろうと思った。
遠藤 :お前がそのつもりなら容赦しない。神父様の左手の印……剥がして貰う。
伊藤 :……
ナイア:ふっ、ふっ、ふっ……調子づいた馬鹿ほど不快な生き物はいねえよな。
西園寺:ナイアを取り巻く空気が音もなく荒んだ。その喉から発せられる言葉とも取れる不穏な響
    きが一瞬にして空間を切り裂く。ナイアによる先制攻撃だ。
丹羽 :マジか!


ナイア:幽体の剃刀(??)→65 成功


西園寺:見えない刃がお前達に襲い掛かる。ダメージは1D6。回避は可能だが、技能値に30%
    のマイナス補正が入る。全員、行動を選択しろ。
丹羽 :回避するぜ。
七条 :僕もです。
中嶋 :回避だ。
遠藤 :回避します。
伊藤 :回避しません。


丹羽 :回避(80-30)→22 成功
七条 :回避(80-30)→00 ファンブル 1D6→6
    :HP(14)→8
中嶋 :回避(60-30)→77 失敗 1D6→3
    :HP(14)→11
遠藤 :回避(77-30)→07 成功
伊藤 :1D6→1
    :HP(10)→9


西園寺:ファンブルの臣は更に1のダメージが追加され、一度の攻撃でHP(耐久力)の半分以上
    を失った。ショック対抗ロールだ。CON(体力)×5以上を出すと気絶する。
七条 :今回はファンブル祭です。


七条 :HP(8)→7
ショック対抗ロール(75)→68 成功


七条 :出目は高いですが、何とか助かりました。
西園寺:では、臣以外の者は多少の傷は負ったものの、巧く避けることが出来た。しかし、臣は沙
    耶を診ていたので反応が遅れて深手を負ってしまった。背中を大きく切り裂かれ、辛うじて
    意識を繋ぎ止めている状態だ。
丹羽 :大丈夫か、七条先生!?
七条 :……っ……は、い……何、とか……
中嶋 :かまいたちか。
遠藤 :俺はポケットから銃を取り出してナイアに向けます。薄汚い愚か者が……殺す!
伊藤 :……遠藤……
ナイア:ふっ、ふっ、ふっ……お前達、もしかして、まだ生きられると思ってるのか? 足りねえんだ
    よ、危機感が。僕を誰だと思ってる?
丹羽 :妙な手品を使うただのガキだろう! 下りて来い! 俺が躾け直してやる!


2016.12.21
総てはここから始まり、
ここで終わる。
中嶋さん以上に無口な啓太が少し不穏な様な……

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Café Grace
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