お願いして頂きました。
啓太の無邪気さを自然に受け入れながらも
中嶋さんの怜悧な眼差しが印象的な作品です。
主は和啓『春にして君を待つ』を仕上げる際、
この絵に多大なる霊感を貰いました。
その感謝の意を籠めて、
彩崎かなん様へ小品『風花』を捧げます。

*


風花

3 May 2008  Dedicated to K.A


 冬の乾いた風の中を中嶋は一人歩いていた。濃い色合いのコートに同系統の長いマフラーを首に掛けているが、寒くはない。寧ろ、冷気が肌に心地良かった。気持ちが急いているのか、少し体温が高い様だ、と中嶋は苦笑した。あの場所からそう遠く離れた訳ではないのに心は常に惹かれ、還りたがっていた。そのあまりに大き過ぎる感情には、今でも確かに戸惑いを禁じ得ない。しかし、星の数ほどいる人の中で、一体、どれほどの者がそんな己が唯一の処を見つけられるだろう。たとえ、そこが歓びと悩みに満ちていたとしても、それを得た自分は限りなく幸運だと思った。だから、中嶋は逸る胸をどうしても抑えることが出来なかった。
 ふと月白の空を見上げた。ひらり、ひらりと小雪が花びらの様に降りてくる。風花か、と中嶋は呟き……訝しげに目を細めた。それは甘い嘆きを響かせながら、自分に何かを訴え掛けている気がした。全く……俺らしくもない。そう思いつつも中嶋の足は自然と速くなっていた。
「……!」
 学園島の門を見て、中嶋は微かに眉を上げた。遠目だが、あの明るい癖毛を見間違えるはずがなかった。門柱の陰に啓太が立っていた。こちらに背を向けているので、まだ中嶋には気づいてない。啓太がそこにいる大方の理由は直ぐに察しがついた……が、その服装は雪が降る様な日に外にいても良いものでは決してなかった。にもかかわらず、啓太は暢気に空を眺めていた。
(あいつはあれで隠れているつもりか?)
 中嶋は密かに呆れた。門の手前で立ち止まり、声を掛ける。
「啓太、そこで何をしている?」
「わっ……!」
 啓太は飛び上がった。パッと振り返って中嶋の姿を認めると、一瞬、ばつが悪そうな表情を浮かべた。しかし、素早く気を取り直してタタタッと駆け寄って来た。
「何をって中嶋さんを待ってたんです。そろそろ帰って来る頃だと思ったから」
「なら、せめてコートくらいは着ろ。風邪を引きたいのか」
 中嶋は短く嘆息した。しかし、啓太は無邪気に言った。
「大丈夫ですよ。俺、今、来たばかりですから」
「それでもだ。煩い奴がいるからな。何でも俺のせいにされては敵わない」
「だったら、こうすれば良いんですよ」
 啓太は中嶋に大きく近寄ると、くるっと後ろを向いた。トンッと背中でもたれ、長いマフラーを自分の首に掛ける。ねっ、と上目遣いに中嶋を見た。
 中嶋は僅かに目を瞠った。正直、驚いた。そんなことをした啓太にではなく、それを自然に受け入れた自分自身に。
「お帰りなさい、中嶋さん」
 啓太が微笑んだ。ああ、と静かに中嶋は返した。
 今まで身悶えていた胸に、まるで大木に身を寄せている様な安らぎが広がっていった。確かにその幹に愛の言葉を刻んだのは自分だったが、少し離れていただけで、こんなにも心が求めてしまうとは思わなかった。啓太がいつになく大胆な行動を取ったのは、無意識にそれを感じ取ったからだろう。啓太には、そういうところがあった。
 心地良い温もりを感じながら、中嶋はそっと無音で呟いた。漸く俺はここに還ってきた……
「啓太」
 中嶋が囁く様に言った。
「はい」
 啓太は中嶋から離れ、きちんと正面に向き直った。中嶋の口の端がゆっくりと上がった。
「今夜は……覚悟しておけ」
「……えっ!?」
 その言葉が啓太に沁み込むまで少し時間が掛かった。啓太は、さっと蒼ざめた。
「お、俺が何をしたって言うんですか、中嶋さん?」
「さあな。自分で考えろ」
(ここまで俺の心を捉えたお前が悪い)
 中嶋はマフラーを啓太の首に掛け、更には自分のコートを脱いで啓太に羽織らせると、さっさと学園島へ入って行った。
「あっ、待って下さい、中嶋さん!」
 冷たいのか優しいのかわからない恋人の態度に、啓太は戸惑いながらも慌てて後を追った。そんな二人の頭上を真っ白な銀の調べが舞っていた。
 これは総て春まだ遠き冬の日の話……


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Café Grace
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