お願いして頂きました。
バナー作成の感謝の証として、
彩崎かなん様に捧げた小品『幻想』に素敵な挿絵がつきました。
中嶋さんのさり気なく優しい仕草に
愛は暗闇を好むという言葉の意味が良くわかります。




幻想

6 June 2008   Dedicated to K.A


 一際、高い嬌声を上げてベッドに沈む啓太を中嶋は冷めた目で眺めていた。一糸纏わぬ姿の啓太と異なり、中嶋はまだシャツのボタン一つ外していない。言葉と指と口唇で散々身体を弄び、嫌がる啓太を無理やり快楽でねじ伏せた。その激しい攻めに啓太は途中で意識を飛ばし掛けたが、心は最後まで中嶋に抗い続けた。ときに啓太は驚くほどの強い意思を発揮する。だが、いかなる場合でも、俺を拒むことは決して許さない!
 その日、啓太はいつもと様子が違っていた。中嶋を見る瞳や表情は昨日までと同じだが、態度がどこかよそよそしかった。まるで時計の針が初めてお仕置きをした頃に遡ってしまった様だ、と中嶋は思った。どうせまたつまらないことを考えているのだろう。だから、篠宮の点呼を済ませて啓太の部屋へ向かったとき、中嶋はそんな悩みなど綺麗さっぱり忘れさせてやるつもりだった。勿論、中嶋なりの方法で。
 ノックもそこそこに室内に押し入ると、中嶋は逃げる啓太の腕を掴んで強引に引き寄せた。何か言おうとして顔を上げた啓太の口唇を無理やり奪う……いや、奪おうとした。しかし、啓太は咄嗟に顔を背けて呟いた。嫌だ、と。
「……!」
 その瞬間、中嶋の体温が一気に下がった。力ずくで服を剥ぎ、乱暴にベッドに組み敷く。啓太がもがけばもがくほど、中嶋の心は暗く冷たくなっていった。そして、今に至る……
「嫌だと言ったわりには随分、感じていたな」
 枕元に腰掛けた中嶋は煙草に火を点けながら、冷徹に言った。啓太の部屋で吸うことは殆どないが、何かしていないと更に啓太を傷つけてしまいそうだった。それはそのままの形で、否、それ以上のものになって中嶋へと還ってくる。だから、こうして自分を誤魔化していた。
「……どう……し、て……」
 啓太は涙を湛えた瞳で朧に中嶋を見上げた。
「それは俺の台詞だ。なぜ、俺を拒んだ?」
「……」
「答えろ」
 中嶋は啓太の顎を掴むと、地の底から響く様な低音で命じた。冷たい指先から中嶋の怒りが伝わってくる。啓太は、ただ静かに瞼を閉じた。溢れた雫がすっと頬を伝った。
「……もっと……愛、したいか、ら……」
 一見すると、矛盾している啓太の言葉と態度。しかし、それを聞いた中嶋は、そういうことか、と自嘲にも似た微笑を浮かべた。
(こいつの悩みなど最初からつまらないことだとわかっていたが、怒りに駆られて俺が冷静さを失くすとはな)
 中嶋は携帯用の灰皿で煙草を揉み消すと、中にピッと放り込んだ。そして、諭す様に言った。
「啓太、情欲も立派な想いの形だ」
「……!」
 ハッと啓太は目を開けた。潤んだ蒼穹が真っ直ぐ中嶋を捉える。
 中嶋と肌を合わせることに何ら不満はなかった。寧ろ、啓太自身もそれを望んでさえいた。しかし、手練手管に長けた中嶋によって快楽の波間を漂っていると、自分の想いは底が浅いと思うときがあった。これは単なる情欲に過ぎない。本当の愛はもっと精神的なものではないだろうか、と。身体を繋げない分、その方がより深く純粋に相手を愛せる気がした。だからこそ、今日、啓太は中嶋を拒んだ。俺は、もっと深く中嶋さんを愛したいから……
「情欲が精神的な愛より劣るなど、秘め事への後ろめたさが生んだ幻想に過ぎない。人は誰かを愛すれば、相手の総てが欲しくなる。心も身体も、総てだ。男女間なら、それを子孫繁栄のためと置き換えることも出来るだろう。だが、男同士でその欲望を誤魔化すことは出来ない。なら、路は二つだ。幻想を抱えて一人苦しむか、それを素直に肯定するかだ」
 中嶋は少し言葉を切った。でも、と啓太が呟いた。愛が情欲を伴っても情欲が愛を伴うとは限らない。その区別はどうやってつければ……
 まだ声が掠れて巧く出ない啓太は困った様に中嶋を見つめた。中嶋は啓太の濡れた頬を優しく拭いながら、無垢な魂を自らの元へと誘(いざな)う。
「器の形は違うが、人を想う心は同じだ。それは本来の役割と異なり、男に抱かれるお前の方がより深くわかることではないのか? それとも、お前は今までそんなこともわからない中途半端な状態で、ずっと俺に抱かれていたのか?」
「違います!」
 啓太は必死に首を振った。自分が中嶋に抱かれるのは情欲だけでは決してない。中嶋を愛しているから。もっと中嶋を愛したいから。何があっても、そのことだけは絶対に疑って欲しくなかった。
「なら、啓太、自分に正直になれ。自分を支える根拠は自分の中にしか存在しない。認めろ、お前の中に潜む欲望を。受け入れろ、俺の総てを……」
 言葉の最後は殆ど吐息だけだった。はい、と啓太は小さく頷いた。俺は、この人を愛してるから……
「良い子だ」
 中嶋は満足そうに呟くと、その夜、初めて啓太と口唇を重ねた。いつもより甘く、熱く。本当なら今直ぐにでも抱きたかったが、啓太には暫く休憩が必要だった。仕方ない。先刻、啼かせ過ぎたからな……
「……ん……っ……あっ……」
 恍惚の中で、啓太は身体の奥が妖しくざわめくのを感じた。その意味は嫌と言うほど知っている。昼夜を問わず、中嶋によって何度も教え込まれたから。しかし、もう躊躇いはなかった。啓太は中嶋の広い背中にしがみつくと、更なる深い喜悦を求め、自然に身を捩らせていた。
「……やはりお前は天性の淫乱だな」
 口づけを解いた中嶋が揶揄する様に言った。
「だって……」
 啓太は情欲を孕んだ瞳で恋人を見つめた。ほんのり桜色に染まった目元が妙に艶めかしい。
(良い顔だ)
「中嶋、さん……?」
「もう少し休め。途中で気絶されては敵わないからな」
「……!」
 真っ赤になった啓太は恥ずかしそうに顔を逸らした。
 啓太の反応はいつも新鮮だった。今も、あられもない姿から匂い立つ色香とはあまりに不釣合いな初々しさを見せている。その落差がどれほど中嶋をそそるのか、啓太は全く理解していなかった。中嶋は密かに苦笑した。そんなに俺を煽るな、啓太……
「……中嶋さん」
 啓太が中嶋を見上げた。
「何だ?」
「ごめんなさい……」
「なら、もう俺を拒むな」
「はい」
 コクンと啓太は頷いた。二人の視線が宙で絡み合う。また啓太が中嶋を呼んだ……が、その先の言葉はない。中嶋も、もう自分を抑えられなかった。啓太の顎を捉え、軽く押し下げる。難なく開いた口に自らの口唇を重ねると、直ぐそこへ深く舌を挿し入れた……

 啓太の湿った吐息に喜悦が混じるまで、それほど時間は掛からなかった。



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