小一時間ほど経ち、それぞれがコーヒーや紅茶を飲んで開始を待っていると、シナリオの最終チェックをしていた和希がおもむろに口を開いた。
「お待たせしました。準備が出来たので、これから始めたいと思います。まずはキャラクター紹介から……王様から時計回りで順番にお願いします」
「よし! いよいよだな」
 丹羽が左の掌にバシッと右の拳を打ちつけた。皆に見えるよう机の中央に勢い良くキャラクター・シートを置く。

探索者名 丹羽哲也(25)

母国語:日本語 職業:私立探偵 HP(耐久力):17 MP(マジック・ポイント):13
STR(力):10 CON(体力):15 POW(精神力):13 DEX(敏捷):16
APP(容姿):15 SIZ(体格):18 INT(知力):15 EDU(教育):19 SAN(正気度)65
アイデア:75 幸運:65 知識:95 ダメージ・ボーナス:1D4

 技能

組みつき:65% こぶし:85% マーシャルアーツ:81% 鍵開け:81% 写真術:20%
登攀(とうはん):45% 目星:75% 言いくるめ:80% 値切り:75% 心理学:80%
法律:15%


「丹羽、お前のSTR(力)は10か」
 西園寺が揶揄する様に丹羽を見やった。丹羽が不満そうに眉を寄せた。
「仕方ねえだろう。これでも一番高い値だったんだ。SIZ(体格)が18なのにSTR(力)10なんてバランス悪過ぎるぜ、全く。だから、俺は半年前に利き腕を骨折して今はリハビリ中だ」
「その設定なら自然ですね」
 七条が頷いた。中嶋が独り言の様に呟く。
「腕が立って口の上手い探偵か。普段のお前そのままだな」
「その方が啓太がRP(ロール・プレイ)し易いだろう。まあ、敵に見つかったら叩きのめせば良いし、細かい調べものはゲームでも苦手だからな。そっちは任せたぜ、中嶋。どうせ押さえてあるんだろう。俺はこれで生還を目指す」
「生還って……」
 マグカップのコーヒーを飲もうとしていた啓太はその言葉の奥に潜む不穏な響きに蒼ざめた。そういえば、先刻、発狂とか言ってたし……一体、どんなゲームなんだろう……
「次は俺だな」
 今度は中嶋がキャラクター・シートを広げた。

探索者名 中嶋英明(25)

母国語:日本語 職業:ジャーナリスト HP(耐久力):15 MP(マジック・ポイント):13
STR(力):12 CON(体力):15 POW(精神力):13 DEX(敏捷):13
APP(容姿):18 SIZ(体格):15 INT(知力):14 EDU(教育):17 SAN(正気度)65
アイデア:70 幸運:65 知識:85 ダメージ・ボーナス:1D4

 技能

キック:65% マーシャルアーツ:75% 聞き耳:75% 図書館:85% 目星:75%
言いくるめ:75% 説得:75% 心理学:80% 母国語(日本語):86%


「何となく俺とスペックが似てるな」
 片肘をついた丹羽がつまらなそうにコーヒーを飲んだ。それに中嶋は事も無げに返した。
「三度も振り直せば、ある程度は仕方ないだろう」
 武闘派のジャーナリストか、と西園寺が呟いた。変わっているな。
「職業柄、要らぬ邪魔が入るから身体は鍛えている」
 すると、七条が納得した様に頷いた。
「ゲームでも、この人は色々な恨みを買っていそうですね。無駄に高いAPP(容姿)はそのための保険ですか」
「ふっ、それは振り直していない。ダイスの女神に気に入られただけだ」
「ああ、ダイスには邪神も宿りますからね」
「せいぜい女神の機嫌を損ねないよう気をつけることだな」
「それは貴方の方でしょう。僕は誰に対しても常に誠実ですから」
「あ、あのっ……!」
 再び険悪になり始めた中嶋と七条に、間に座る啓太は慌てて自分の紙を中央に押し出した。少し不安そうに丹羽達を見回す。
「俺のはこんな感じなんですけど……」

探索者名 伊藤啓太(22)

母国語:日本語 職業:メンタル・セラピスト
HP(耐久力):10 MP(マジック・ポイント):14
STR(力):9 CON(体力):9 POW(精神力):14 DEX(敏捷):12 APP(容姿):14
SIZ(体格):10 INT(知力):15 EDU(教育):16 SAN(正気度)70 アイデア:75
幸運:70 知識:80

 技能

回避:54% 応急手当:75% 聞き耳:60% 精神分析:86% 目星:65% 信用:85%
説得:40% 芸術(アロマ):65% 心理学:85%


「おっ、『精神分析』持ちか。数値も高いし、良いじゃねえか」
「芸術(アロマ)はアロマ・テラピーか。自分なりにPC(プレイヤー・キャラクター)の設定を考えるのは良い心掛けだ」
 丹羽と西園寺が同時に言った。本当ですか、と啓太は嬉しそうに笑った。
「俺、まだ良くわからないから和希と相談して決めたんです。俺は両親を早くに亡くして遠い親戚に育てて貰ったから、これ以上は迷惑を掛けたくなくてセラピストの資格を取って自立したんです」
「まだ若いけれど、腕は良いって評判だよな」
 和希の補足に啓太は少し恥ずかしそうに頷いた。
「これなら皆の足を引っ張らないかな」
「ああ、大丈夫だよ。『聞き耳』と『目星』は使う機会の多い技能だからもう少し上げても良かったけれど、ときには失敗もあった方がスリルがあって面白いだろう。だから、まずはダイスを振ってシナリオに積極的に参加してごらん。後は王様達が何とかしてくれるから」
「わかった。有難う、和希」
 楽しそうな二人を横目に丹羽は啓太のキャラクター・シートにそっと視線を落とした。
(遠藤は俺達が単独行動の危険性は百も承知してると知ってるはず。なのに、態々啓太を護衛してくれと言わんばかりに回復役にしたのは単なるいつもの過保護か? それとも、啓太に何か……?)
「まあ、極振りしてもファンブルの可能性は排除出来ねえし、そういう方向で最初は良いと思うぜ」
 丹羽は気持ちを切り替えた。ここで考えても埒が明かねえ。まだシナリオは始まってねえからな……
「極振り……?」
 聞き慣れない言葉に啓太は首を傾げた。和希が説明する。
「極振りとは、ある技能に集中的にポイントを割り振ることだよ。最高99%まで上げられる。先刻、ステータスを決めるときに振ったダイスは普通の六面だっただろう。だけど、技能を使うときに振るのは百面なんだ。まあ、実際は十面を二つ振って一と十の位に見立てることが多いけれどね。そうして出た目が自分の値より大きいと失敗になる。特に96~00はファンブルと言って大失敗なんだ」
「ファンブルになると、やっぱり良くないことが起こるのか?」
「まあ、大抵の場合はそうかな」
「なら、自分の値以下になれば良いんだ」
「ああ、それなら成功だな。もし、その出目が01~05ならクリティカルになって更に情報が増えたりするよ」
「そっか……あっ、和希、もう一つ訊いても良い? 俺にはないけど、王様や中嶋さんのダメージ・ボーナスのとこにある1D4って何?」
「ああ、それは四面ダイスを一回振るって意味だよ。先刻、ステータスを決めたとき、六面ダイスを三回振って合計値を出しただろう。あれなら3D6になる」
「つまり、逆から読めば良いのか。有難う、和希」
 どういたしまして、と和希は微笑んだ。
「では、今度は僕の番ですね」
 七条がゆっくりキャラクター・シートを出した。

探索者名 七条 臣(29)

母国語:日本語 職業:作家 HP(耐久力):14 MP(マジック・ポイント):15
STR(力):17 CON(体力):11 POW(精神力):15 DEX(敏捷):14
APP(容姿):13 SIZ(体格):16 INT(知力):12 EDU(教育):17 SAN(正気度)75
アイデア:60 幸運:75 知識:85 ダメージ・ボーナス:1D6

 技能

投擲(とうてき):40% 聞き耳:75% 忍び歩き:40% 図書館:85% 目星:50%
医学:60% オカルト:85% 心理学:75% 母国語(日本語):86%
その他言語:英語75%


「……」
 丹羽が無言で七条を見やった。ぼそっと低い声で呟く。
「STR(力)17、だと……」
「ふふっ、趣味でダーツをしているのですが、意外と筋力がつく様ですね。まさか丹羽会長より強くなる日が来るとは思ってもいませんでした」
「俺は骨折してるんだよ!」
「それはお気の毒に。早く治ると良いですね」
 七条が小さく笑うと、丹羽は悔しそうに机を叩いた。中嶋が冷ややかに嘲笑した。
「ふっ、TRPGの中でも無能なオカルト好きか」
「僕はオカルト作家ですから。母がイギリス人の占い師なのでオカルト関連には造詣が深く、その中で人体についても色々学びました。もし、魔導書があったら、積極的に読みたいと思っています。少なくとも僕は貴方と違って発狂を恐れてはいませんから」
「始まる前から人を臆病者呼ばわりとは、呆れて物も言えないな」
「いい加減にしろ、二人とも」
 西園寺がピシャリと話を遮った。そして、場が静まるのを待ってから自分のキャラクター・シートを机の中央で広げた……どこか勝ち誇った顔をしながら。

探索者名 西園寺 郁(28)

母国語:日本語 職業:古物研究家 HP(耐久力):12 MP(マジック・ポイント):17
STR(力):13 CON(体力):9 POW(精神力):17 DEX(敏捷):13 APP(容姿):16
SIZ(体格):14 INT(知力):15 EDU(教育):17 SAN(正気度)85 アイデア:75
幸運:85 知識:85 ダメージ・ボーナス:1D4

 技能

回避:56% こぶし:55% 応急手当:70% 聞き耳:75% 図書館:85% 目星:80%
運転:45% 水泳:30% 製作(骨董)80% 芸術(骨董):80% 博物学:45%
歴史:55%


「郁ちゃんよりも下なのか、俺のSTR(力)……」
 ガックリと丹羽が項垂れた。その様子に西園寺が満足げな微笑を浮かべた。
「私は古美術好きが高じて研究者になった。修繕の腕が高いので遠方へ出張することもあり、運転は得意だ。また、趣味で水泳をしている。そこで様々な応急処置の講義を受けた。更に去年からボクシングを始めた。ある男に女性と間違われたので、いつか仕返しをするためにな」
「はあ? それは入学した頃の話だろう、郁ちゃん」
「何のことだ、丹羽? これはゲーム内での話だ」
 うっ、と丹羽は口を噤んだ……が、西園寺がそのことを未だ根に持っているのは明らかだった。七条が不思議そうに呟いた。
「『オカルト』も『その他言語』もなし……ということは魔導書を読むつもりはないんですね。高SAN値なのに勿体ない」
「ああ、それは臣に任せる。今回は遊び枠を多く取ったから、私は遠藤のキーパリングを見せて貰う」
「随分と余裕ですね、西園寺さん」
 その言葉に和希が机の上でゆったり両手を組んだ。大人びた顔で丹羽達を見回す。
「クトゥルフ(CoC)は久しぶりですが、それなりに楽しませてあげられるとは思いますよ。まあ、正直、俺としては啓太の初生還が目的なので、他は適当に犠牲になって貰うつもりですが」
 相変わらず、啓太以外は眼中にない和希の物言いに丹羽の闘争心に火が点いた。
「言ってくれるじゃねえか、遠藤」
 中嶋が小さく口の端を上げる。
「ふっ、身びいきと殺意を隠しもしないKP(キーパー)か……面白い」
「お前に私が発狂させられるか、遠藤?」
 紅茶を飲みながら、西園寺が優雅に挑発した。七条が静かに頷いた。
「ダイスの女神の加護があると良いですね、遠藤君」
 それら総てを受けて和希はクスッと笑った。
「クトゥルフ(CoC)においてSAN値は投げ捨てるもの……それを今から証明してみせますよ」
「……えっと」
 気楽に考えていた啓太は状況について来れず、両手をキュッと握り締めた。
「俺は初めてなので、とにかく楽しみたいです」
「ああ、啓太は俺が護るから大丈夫だよ」
 纏う空気を一掃して和希はふわりと微笑んだ。そして、自分にだけ見える様に置いたノートPCのシナリオに目を向けた。マグカップのコーヒーで軽く喉を湿らす。
「季節は夏……厳しい残暑もそろそろ終わりに近づいた頃、啓太の元に届いた一通の手紙から総ては始まりました」
 こうしてKP(キーパー)とPL(プレイヤー)の熾烈な戦いが幕を切った。



2014.8.15
実際にダイスを振って決めました。
和希が啓太のために甘い仕様にしたので、
全体的に高スペックです。

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Café Grace
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