和希が続けようとすると、丹羽が軽く手を上げてそれを遮った。
「ちょっと待て。奈緒美の部屋に全員、一度で入るのは厳しいんじゃねえか? 九人もいるんだぞ。そこは広いのか?」
「いえ、他の一人部屋と同じです。四人くらいが限度ですね」
「なら、来た順に部屋に入って遺品を見たら直ぐ出ることになりそうだな。歩く速度を調整して三人の相続人それぞれに誰か一人は必ず付く様にしようぜ」
 その提案に西園寺も同意し、和希に尋ねた。
「KP(キーパー)、三人は廊下をどの様に歩いている?」
「先頭の奈緒美の直ぐ後ろに金谷が続き、少し離れて綺羅子、佐藤は最後尾をゆっくり歩いています」
「ならば、まだ体調の悪い私は佐藤の近くいて臣と一緒に入ることにする。私は『心理学』を取っていないからな」
「金谷には俺がつくぜ。もう気分も良くなって普通に歩けるからな。中嶋と啓太はどうする?」
 丹羽に訊かれた啓太は無意識に中嶋へ目をやった。丹羽について行けば、残った綺羅子と中嶋が一緒に入ることになってしまう。何となく……それは嫌だった。啓太は小さな声で言った。
「俺は綺羅子さんと一緒に……」
 中嶋は少し煩わしそうに和希を見やった。
「俺は自分で選ばなくとも、KP(キーパー)が綺羅子と一緒にする」
 すると、和希がクスッと笑った。
「手間が省けて助かりますよ、中嶋さん」

遠藤 :廊下を歩きながら、奈緒美がふと思い出した様に言いました。
杉山 :あの……私の部屋はあまり広くありませんの。ですから、中に入るのは数人ずつ順番に
    お願いいたします。遺品に何かあっては大変ですから。
金谷 :それが良いですな。今は軽く拝見するに留め、じっくり見たい方は後ほど個別に奈緒美さ
    んに頼むこととしましょう。
杉山 :そうして頂けると助かりますわ。
遠藤 :奈緒美は自分の部屋の前に立つと、ゆっくりドアを開けました。室内は淡いクリーム色の
    壁紙が張られた古い洋風の作りになっています。女性の部屋らしくベッドと小さな書き物
    机、ドレッサーが見えますが、先に言われた様にそう広くはありません。入って左手の壁が
    一部、カーテンで覆われていました。まずは奈緒美と金谷、王様が室内へ入ります。
丹羽 :部屋に『目星』を振るぜ。
遠藤 :王様は車酔いから回復しているので、そのままの数値でどうぞ。


丹羽 :目星(75)→42 成功


丹羽 :よし!
遠藤 :室内を見回した王様は骨董品(アンティーク)に近い年代物の家具は仕方ないとしても、
    ベッドのシーツやカーテンもかなり古いことに気がつきました。更に探偵として培ってきた目
    でこの部屋には私物が驚くほど少なく、生活感が殆どないとわかります。
丹羽 :まるで中嶋の部屋みたいだな。
中嶋 :俺は不要な物を傍に置かないだけだ。
七条 :女性は私物が多いと思いますが、変ですね。
西園寺:いや、そうとは言い切れないだろう。奈緒美は部屋に人が入ると予めわかっていたから私
    物を総て向かいの部屋へ移したのかもしれない。万が一、紛失でもしたら、客を疑うことに
    なるからな。
七条 :成程……それなら、あの部屋が施錠されている理由にもなりますね。
丹羽 :室内をもう少し詳しく調べてみたいが、奈緒美が一緒だとこれ以上は無理か……いや、俺
    は不思議そうにこう呟くぜ。随分と殺風景な部屋だな。
遠藤 :(これには奈緒美は反応せざるを得ないか。やはり経験者だな。こちらから情報を引き出
    すのが巧い)
    それを耳にした奈緒美が答えます。
杉山 :実は最近、この屋敷に戻って来ましたの。だから、まだ私物を揃える時間がなくて……遺
    品の件が落ち着いたら徐々に手を加えるつもりですわ。
丹羽 :そうだったんですか、と俺は納得した振りをする。
遠藤 :奈緒美は左の壁を手で示して、これが遺品ですわ、と静かにカーテンを開けました。そこに
    は木製の大きな浅浮彫りが飾ってありました。縦は約五十センチ、横は軽く一メートルを超
    えています。色は黒檀の様に真っ黒で木目は細かく渦を巻き、一見しただけでは何の木か
    見当もつきません。表面に施された細工はとても絶妙で、水中にある巨石建造物から八腕
    目の未知の生物が現れる様が彫られていました。


「おい……嫌な予感しかしねえぞ、これ」
 丹羽が低く呟いた。遠藤の奴、啓太以外はマジで殺す気だな……
 ああ、と中嶋は頷いた。
「面白い……ふっ」
「どうやら奈緒美はとんでもない物を持って来た様だな」
 西園寺は小さく腕を組んだ。
(近くに海があると言っていたな。場合によっては1D10/1D100の展開もあり得る……いや、啓太がいるから神格までは出さないか)
「遠藤君のあの自信の意味が漸くわかりました」
 七条が楽しそうな微笑を浮かべた。これは下手をすればSAN値直葬ですね。
「……?」
 しかし、啓太は丹羽達が何を言っているのか全くわからなかった。
(海中遺跡に棲むタコのお化けってことだよな。そんなものに襲われたら怖いけど、ここは海の上じゃないし……)
 密かに首を捻っていると、和希がやんわり釘を刺した。
「PC(プレイヤー・キャラクター)が知り得ない発言は控え目にお願いします」
「ああ、リアル知識との区分はきっちりつけるぜ。取り敢えず、俺は金谷に『心理学』だ。浅浮彫りを見た直後の反応が知りたい」
 わかりました、と言って和希はダイスを振った。

丹羽 :心理学(80)→??


遠藤 :短い感嘆の声を上げた金谷は独特な細工に感心した様に見えます。
丹羽 :これは成功だな。まあ、この値だし、技能減がなければ失敗はしねえだろう。
    (特に変わったところはねえな)
遠藤 :遺品を見て満足した金谷は部屋を出て行きました。王様はどうしますか?
丹羽 :『目星』で浅浮彫りを調べられるか?
遠藤 :いえ、これは貴重な品なので西園寺さんの持つ『芸術(骨董)』でないと、先刻の説明以上
    はわかりません。ただ、材質については『生物学』、金銭的価値は『芸術(骨董)』か知識の
    五分の一で成功すれば知ることが出来ます。
丹羽 :五分の一は厳しいな。なら、今、出来ることはねえか。俺も部屋を出るぜ。
遠藤 :では、続いて啓太と中嶋さん、綺羅子が入って来ました。奈緒美は浅浮彫りの傍に立って
    三人を待っています。
伊藤 :中嶋さん、一応、部屋に『目星』をしますか?
中嶋 :必要ない。この状態では先刻の丹羽以上のことは出て来ないだろう。
伊藤 :でも、何もしないのも勿体ないですよね。何か他に俺に出来ることは……そうだ。和希、
    俺、『芸術(アロマ)』を振ってみるよ。人の部屋って自分では気づかない匂いがあったりする
    から、アロマ・テラピーをしてる俺はそういうのに敏感だと思うんだ。
    (和希の部屋に行くと、和希の匂いするもんな……ふふっ)
中嶋 :……
遠藤 :ああ、良いよ、啓太。
    (これは実体験だな……良い傾向だ)


伊藤 :アロマ(65)→69 失敗


伊藤 :あ~、あと少しで成功だったのに。
遠藤 :う~ん、惜しかったな、啓太。奈緒美の部屋に入った啓太は職業柄、無意識に匂いを嗅ぎ
    ました。しかし、何もしなかったので直ぐ浅浮彫りに目を向けます。
    (着眼点は良かったから少しおまけだな)


「甘いな、遠藤」
 それを聞いて中嶋が呟いた。えっ、と啓太は首を傾げた。
「何が甘いんですか、中嶋さん?」
「ロールは失敗だが、これでは内容的には成功だからだ」
「どういうことですか?」
 失敗なのに成功の意味がわからない啓太は更に尋ねた。すると、西園寺が代わりに説明した。
「啓太、幾ら私物が少ないとはいえ、女性ならば化粧品は必ず手元に置いているだろう。あれは無香料でも多少の匂いはする。それに、奈緒美の様な品のある人は普段使いの香水を幾つか持っているものだ。香水は一度でも蓋を開けると、どんなにきちんと閉めても香りが溢れてくる。広い部屋ならいざ知らず、この程度でそれがわからないはずがない」
 その後を七条が引き継ぐ。
「つまり、何の匂いもしなかったということは、そうした物が部屋に一切ないということです。これはとても不自然だと思いませんか?」
「それは、ただの言葉の綾と言うか……深読みし過ぎじゃないんですか?」
「こいつがそんな初歩的なミスをすると思うか」
 中嶋が顎で和希を指した。七条が小さく頷いた。
「失敗したので匂いはわからなかったと言えば済むことです」
「あっ、そうか」
 ポンッと啓太が手を打つと、和希は軽く頬を掻いた。

遠藤 :話を進めます。綺羅子は部屋に入ると、中嶋さんと啓太の間に立って浅浮彫りを見上げま
    した。
中嶋 :綺羅子に『心理学』だ。
伊藤 :俺も使うよ、和希。
遠藤 :中嶋さんも車酔いから回復しているので能力減はありません。そのままの数値で振りま
    す。


中嶋 :心理学(80)→??
伊藤 :心理学(85)→??


「……」
 ダイスを見た和希の表情が微かに曇ったことに啓太は気がついた。
「和希……?」
(何だろう……もしかして、ファンブル?)
 不安を押し殺して啓太は和希の言葉を待った。少し間を置いて、和希が静かに口を開く。

遠藤 :……中嶋さんは、綺羅子が彫られている不思議な光景には興味を持ったものの、芸術作
    品としてはあまり関心がない様に見えました。啓太は綺羅子の様子を窺おうとして何かがひ
    たりと首筋に触れたので慌てて振り返りました。
伊藤 :な、何……?
遠藤 :しかし、後ろには誰もいません。西園寺さん達はまだ部屋の外です。啓太は気のせいだと
    思おうとしました……が、一瞬とはいえ、あの感触を忘れることが出来ません。それは温度
    的な冷たさではなく、直接、神経に異界の冷気が注ぎ込まれる様なおぞましい感覚でした。
    言い知れぬ恐怖を感じた啓太は0/1で初のSAN(正気度)チェックです。


 終に来たか……と丹羽は心配そうに啓太を見やった。聞き慣れない言葉に啓太は目を瞬いた。
「SAN(正気度)チェックって何、和希?」
「SAN値でロールをして判定するんだよ。自分のSAN値以下なら成功、それより大きければ失敗になる。左が成功、右が失敗時にそれぞれ減る値を示しているんだ。今回は成功したら減らない。失敗しても1だけだよ」
「……ということはもっと減る場合もあるのか」
 ふふっ、と七条が笑った。
「神格に遭遇したら、1D10/1D100も夢ではありませんね」
「……1D100って」
 啓太は小さく息を呑んだ。
「あの……SAN値が0になったら、どうなるんですか?」
「その場合は永久的狂気に陥ります。どんなに優れた施設で治療を施しても、もう決して治りません。精神的な死ですね」
「怖いですね……俺、そうならない様に頑張ります」
 しかし、啓太は心の奥で密かに思った。それを楽しそうに話す七条さんの方がもっと怖いかも、と……

伊藤 :SAN(70)→38 成功


伊藤 :やった! 成功した!
遠藤 :良かったな、啓太。
    (暫く失敗が続いていたから心配したが、やはり啓太の運は強いな。ダメージはきっちり回
    避する)
伊藤 :有難う、和希。
遠藤 :気味の悪くなった啓太は急いで奈緒美の部屋から出ました。中嶋さんと綺羅子もそれに続
    きます。そして、今度は佐藤と西園寺さん、七条さんが入って来ました。佐藤は真っ直ぐ浅
    浮彫りの前へと行きます。
七条 :KP(キーパー)、佐藤さんに『心理学』です。
遠藤 :二人にはここで『聞き耳』も一緒にお願いします。但し、まだ車酔いから回復途中の西園寺
    さんは20%減です。
西園寺:わかった。


七条 :心理学(75)→??
    :聞き耳(75)→08 成功
西園寺:聞き耳(75-20)→63 失敗


伊藤 :ああ、能力減がなかったら成功だったのに! 惜しかったですね、西園寺さん。
西園寺:大丈夫だ、啓太、『目星』や『聞き耳』はその場にいる者が一人でも成功すれば情報を共
    有出来る。
七条 :僕が聞いたことを郁に話せば良いだけです。
伊藤 :あっ、成程。
遠藤 :佐藤の隣に立っていた七条さんは老いた目が驚愕に見開かれ、ぶつぶつ独り言を呟いて
    いることに気づきました。しかし、その声は西園寺さんには小さ過ぎて良く聞こえません。
佐藤 :やっぱりそうだ……七十年前……確かに、私はこれを見た……この屋敷で……皆と、一
    緒に……
七条 :佐藤さんからは後で詳しく話を聞きたいですね、郁。
西園寺:ああ……だが、今はこの浅浮彫りについてもう少し調べてみる。KP(キーパー)、私は『芸
    術(骨董)』を振る。
遠藤 :では、20%減でどうぞ。


西園寺:骨董(80-20)→66 失敗


西園寺:くっ……ならば、今度は『アイデア』で振る! 『アイデア』とは直観力……芸術には通じる
    ところがあるはずだ。
遠藤 :そう来ましたか……わかりました。認めます。但し、20%減です。
    (もし、これで西園寺さんが失敗したら、再度、金谷に浅浮彫りを見せるしかないな)
西園寺:ああ、それで構わない。
丹羽 :粘るな、郁ちゃん。俺も『アイデア』振れば良かったか。
中嶋 :お前では無理だろう。これは『芸術(骨董)』を持つ西園寺だからKP(キーパー)が認めた
    に過ぎない。
丹羽 :だよな、やっぱり。
伊藤 :西園寺さん、頑張って下さい。
    (どうか成功します様に……!)
西園寺:ああ。


西園寺:アイデア(75-20)→17 成功


「やった! おめでとうございます、西園寺さん」
 啓太が嬉しそうに笑った。おっ、と丹羽が声を上げる。
「郁ちゃんの粘り勝ちか」
「良かったですね、郁」
 七条の祝福に、ああ、と西園寺は頷いた。
「啓太の応援のお陰だな」
「いえ……俺は別に何も……」
 啓太は小さく手を振った。すると、七条がクスッと笑った。
「そんなに謙遜しなくても成瀬君から何度も聞いていますよ。伊藤君の応援する試合では負けたことがないそうです。やはり伊藤君は幸運の女神に愛されていますね」
「それは成瀬さんが強いからで……でも、そう言われると俺も少しは役に立った気がして嬉しいです」
 啓太は素直な微笑を浮かべた。

遠藤 :西園寺さんは心を澄まして浅浮彫りの前に立ちました。今まで古物研究家として多くの美
    術品に触れてきたのでこれは歴史的にも貴重な作品と直ぐにわかりましたが、全体の構図
    にどこか物足りなさを感じます。もしかしたら、これは未完成なのかもしれない。そう思いな
    がら、更に近づいて良く見ると、底部に未知の言語で文字が彫られていることに気がつきま
    した。
七条 :それは『英語』、もしくは『オカルト』でわかりますか?
遠藤 :いえ、読むには『クトゥルフ神話』が必要です。
七条 :やはりそうですか。今の僕達は誰も持っていませんね。残念です。
伊藤 :七条さん、初期値では振れないんですか?
七条 :『クトゥルフ神話』は特殊な技能で初期値は0なんです。これを獲得するには神話生物と遭
    遇したり、儀式を目撃するなどクトゥルフ神話の謎に触れなければなりません。何度か同じ
    PC(プレイヤー・キャラクター)を使うと、少しずつ増えてきますよ。ただ、増えた技能値の分
    だけ最大SAN値が減ります。最大値は99ですから、仮に『クトゥルフ神話』を50持っている
    と、最大SAN値は49になります。
伊藤 :それってSAN(正気度)チェックされたら危ないんじゃ……
西園寺:ふっ、昔から言うだろう、啓太……正気と狂気は紙一重だ。
伊藤 :うっ……
    (こ、怖い……)
遠藤 :最初に発狂した人に記念に3%あげますよ。
伊藤 :そんなの記念じゃないだろう、和希。
    (俺、絶対にいらない……!)
七条 :おや、それは楽しみですね。
西園寺:臣、お前は全く……
遠藤 :一通り浅浮彫りを見て全員が廊下に出ると、奈緒美が言いました。
杉山 :それでは、皆様、そろそろコーヒーも出来ている頃なので応接間へ移動をお願いします。
    そこでゆっくり寛ぎながら、色々なご意見をお聞かせ下さいませ。
金谷 :おお、それが良いですな。では、行きますか。
藤田 :奈緒美さんのコーヒーは凄く美味しいんですよね。
佐藤 :ああ……彼女も、コーヒーを淹れるのがとても上手だった……
遠藤 :そして、奈緒美がドアに鍵を掛けると、全員で階段の方へと歩き出しました。



2014.9.5
西園寺さんが頑張りました。
啓太はクトゥルフ(CoC)の怖さが少しわかったけれど、
その上を行く七条さんがいるから平気かも。

r  n

Café Grace
inserted by FC2 system