遠藤 :王様と中嶋さんは佐藤の遺体をベッドに横たえると、黙って部屋を後にしました。破れた窓
    から風雨が吹き込んでいるものの、それを塞ぐ物は何もありません。仕方なく蝶番の壊れた
    ドアを立て掛ける様に閉めて一階へと向かいました。階段を下りると、玄関ホールにいた啓
    太が沈痛な表情でタオルを渡しました。ずぶ濡れの二人はそれで軽く雫を拭った後、奈緒
    美に状況を説明するために啓太と一緒に応接間へと入りました。入口の近くには、やはり
    濡れ鼠の西園寺さんと七条さんが立って王様達を待っていました。奈緒美は部屋の端にあ
    るサイフォンの傍でコーヒーを淹れています。金谷と綺羅子は先刻と同じ場所に座っていま
    した。少し涙ぐんでいる綺羅子を金谷が優しく慰めている様です。王様達を見て奈緒美が言
    いました。
杉山 :今、コーヒーをお持ちいたしますので、お座りになって下さいませ。
丹羽 :しかし、俺達はご覧の有様なので濡らしては折角の家具が……
杉山 :西園寺さんも同じことを言いましたわ。でも、お気になさらず。座れない椅子に意味はあり
    ませんもの。それに、今は落ち着くことが一番大切ですわ。
遠藤 :そう奈緒美に促され、漸く王様達も先ほどの椅子に腰を下ろしました。暫くの間、誰も口を
    開きません。辺りには重苦しい空気が漂っています……が、やがて金谷が言いました。
金谷 :状況を教えて貰えませんかな?
丹羽 :KP(キーパー)、溺死のことまで話すと奈緒美達もSAN(正気度)チェックするのか?
遠藤 :佐藤の死の状況を詳しく話さないのなら大丈夫です。
丹羽 :なら、俺は佐藤は溺死したと簡単に言う。
金谷 :溺死、ですか。ここに来て昔を思い出したせいか、大分、精神的に参っている様でしたから
    な……突発的な自殺とは考えられませんか? 入水自殺をしようとして失敗したか、途中で
    気が変わって戻って来たものの、体力の衰えから心臓麻痺でも起こしたのでは……
藤田 :……っ……折角、会えたのに……こんなふうに死んでしまうなんて可哀想……
丹羽 :金谷に『心理学』だ。
中嶋 :俺は綺羅子だ。
七条 :では、僕は金谷さんに。
伊藤 :俺は……まだ佐藤さんの死に驚いてるからそんな余裕はないよ。
    (王様達はこういう状況でも落ち着いていられるから凄いよな)


丹羽 :心理学(80)→??
中嶋 :心理学(80)→??
七条 :心理学(75)→??


遠藤 :王様は金谷がこの事実を冷静に受け止めている様に見えました。七条さんは金谷は動揺
    を隠しているのかもしれないが、良くわかりませんでした。中嶋さんは綺羅子が佐藤の死に
    衝撃(ショック)を受け、悲しんでいると思いました。
丹羽 :俺と中嶋は成功、七条は微妙だな。
中嶋 :金谷と綺羅子は佐藤の死を悼むほど親しかった訳ではないが、反応に違和感はない。
七条 :夕食を共にした人が亡くなったのですから、綺羅子さんが涙を浮かべても不思議ではあり
    ませんね。
西園寺:だが、奈緒美は気になるな。KP(キーパー)、私は奈緒美にこう尋ねる。先ほど二人目と
    言いましたが、それはどういう意味ですか?
杉山 :さあ……そんなこと言いましたか、私? ごめんなさい。よく覚えていませんわ。ああ、それ
    より早く警察に連絡をしなければ……
遠藤 :奈緒美は飾り棚の隣にある電話の受話器を取り上げました。しかし、夕方から続く大雨の
    影響か、電話線が切断されて繋がりません。
杉山 :困りましたわ。この辺りは携帯電話も使えませんの。これでは周囲の水が引くまで何も出
    来ませんわ。明日にはやんでくれると良いけれど……
金谷 :そうですな。ところで、奈緒美さん、夜明けまではまだ時間があるので暫くここで仮眠を取
    らせ貰って良いですかな。さすがに今夜、二階で寝るのは……
杉山 :ああ、ええ、それが良いですわね。綺羅子さんはどうなさるおつもり?
藤田 :私も少し寝たいです。でも、一人では心細くて……
遠藤 :言葉にはしないものの、綺羅子もまた佐藤の部屋の隣にある自室には戻りたくない様で
    す。それを察して奈緒美が言いました。
杉山 :こんなことがあった夜ですものね。一緒にここで寝ましょう。伊藤さん達はどうなさいます?
    図書室もありますから、眠れない方は読書も良いかと思いますわ。
西園寺:では、私は軽くシャワーを浴びたら図書室へ行こうと思います。
七条 :僕も寝る気分ではないので、着替えて図書室へ行きます。
丹羽 :俺は自室に戻ります。
    (これはチャンスだぜ)
中嶋 :俺も戻らせて貰う。
    (今、丹羽を一人にする訳にはいかない。恐らくあの部屋を調べるだろうからな)
伊藤 :俺は……ここにいます。
    (部屋に戻るの怖いし……本当は誰か傍にいて欲しいけど……)


 それを聞いた和希が中嶋を鋭く見やった。
「中嶋さん、啓太を応接間で一人にするんですか?」
「一人ではない。だが、奈緒美達といるのが嫌なら俺の部屋に来るか、啓太?」
「却下します!」
 啓太が答えるより先に即座に和希が拒否した。その反応に中嶋は小さく口の端を上げた。はあ、と丹羽は内心で何度目かのため息をついた。
(今更、遠藤の啓太溺愛をどうこう言うつもりはねえが、中嶋も無駄に煽るし……疲れる)
 激しく火花を散らす二人の間に七条がやんわり口を挟んだ。
「なら、僕達の部屋へ来ませんか、伊藤君? 佐藤さんの部屋のドアを破ったときに手を切ってしまったので手当てをお願いします」
「えっ!? 七条さん、怪我したんですか?」
 そんな描写があったかな、と啓太は焦った。すると、七条が小さく笑った。
「いいえ、怪我などしていませんよ。でも、奈緒美さん達には言い訳になりますし、僕達の部屋なら伊藤君が誰かと二人きりになることはありませんから、KP(キーパー)も快く受け入れてくれると思いますよ」
「……っ……それなら許可します」
 渋々認める和希に、有難うございます、と七条は軽く頭を下げた。和希は啓太の様子をそっと窺った。誰かと一緒にいることで安心したのか、心なし嬉しそうに見える。
(細かいポイントを積み重ねて啓太の信頼を勝ち得る……やはり七条さんは邪魔だ)
 そして、和希が胸の奥で密かに作っている『杉山屋敷怪異譚 抹殺リスト』に新たに一つの名前が加わった。

遠藤 :なら、また進行を分けます。まずは王様と中嶋さんから……二人は部屋へと引き上げまし
    た。それからどうしますか?
    (まあ、訊くまでもなく王様の考えはわかるけどな)
丹羽 :決まってるだろう。シャワーを浴びて着替えた後、一応、例の鍵を持って施錠された部屋に
    再挑戦する!
中嶋 :丹羽が何かしそうだと察していた俺も軽くシャワーを済まして合流する。
遠藤 :では、二人は足音を忍ばせて施錠された部屋の前まで来ました。
丹羽 :今度こそ忘れずにキーピックを使うぜ。
遠藤 :『鍵開け』に10%の補正が付きます。


丹羽 :鍵開け(81+10)→02 クリティカル


丹羽 :はあ、またクリティカルかよ……もっと違う場所で出ろよな。
遠藤 :では、今回は王様は鍵開けに成功しました。それは人類史上、最も静かで完璧――……
丹羽 :だ~っ、その言い方やめろ! 鍵開けに人類史上、最も静かで完璧もねえだろうが!
遠藤 :クリティカルらしい表現にしたんですが、気に入らないなら仕方ないですね。二人は音もな
    く静かに中へと滑り込みました。
伊藤 :……
    (和希、王様で遊んでる)
遠藤 :室内はベージュに統一された落ち着いた雰囲気で家具は奈緒美の部屋と同じです。ベッド
    と小さな書き物机、ドレッサーです。
丹羽 :部屋に『目星』だ。
中嶋 :俺も『目星』を振る。


丹羽 :目星(75)→87 失敗
中嶋 :目星(75)→89 失敗


丹羽 :くっ……どうして今、クリティカルが出ねえんだ。ダイスを替える!
中嶋 :来た意味が全くなかったな。
遠藤 :(二人とも、失敗とは……この部屋は探索しなくても問題ないが、二度も来たのだからこち
    らから少し情報を出すか)
    二人は佐藤の死に動揺していたのか、部屋を特に怪しいとは感じませんでした。一応、机
    の引き出しを開けてみると、小さなアルバムと奈緒美の部屋にあったのと同じ封筒と便箋
    が入っています。
丹羽 :ここにも啓太に届いたのと同じ物があるのか。どういうことだ?
中嶋 :さあな。俺はアルバムを手に取って中を見る。
遠藤 :なら、アルバムの写真に『目星』をどうぞ。
丹羽 :俺も横から見るぜ。


丹羽 :目星(75)→46 成功
中嶋 :目星(75)→84 失敗


遠藤 :中嶋さんの隣からアルバムを覗き込んでいた王様は、そこに写っている老婦人に奈緒美
    の面影を感じました。そして、その内の一枚で彼女が奈緒美と同じ淡いラベンダー色のワ
    ンピースを着ていることに気がつきました。
丹羽 :同じ服? お下がりってことか?
中嶋 :子供ならまだしも、奈緒美の年でそれはないだろう。
丹羽 :だよな~
西園寺:この老婦人は奈緒美と似ているから母親の可能性もある……が、親から子へ引き継ぐの
    に普段使いの洋服は不自然だな。
中嶋 :KP(キーパー)、ここに奈緒美の写真はあるか?
遠藤 :ありません。
丹羽 :なら、もう調べられることはねえな。部屋を出て鍵を閉める。しっかりキーピックを使うぜ。
遠藤 :補正10%を足してどうぞ。


丹羽 :鍵開け(81+10)→91 成功


丹羽 :うっ、危なかった。
    (忘れずに使って良かったぜ)
遠藤 :王様は再びドアに施錠しました。それからどうしますか? 特に何もなければ、西園寺さん
    達の場面に移ります。
丹羽 :もう二階で調べることはねえし、中嶋、応接間に行こうぜ。一応、今夜は用心して纏まって
    た方が良い。
    (ここで遠藤に何か言われたら、中嶋は捻くれて一人で部屋に戻るって言うかもしれねえか
    らな)
中嶋 :ああ。
遠藤 :(王様、余計なことを……仕方ない)
    着替えと部屋の探索で王様達は一時間ほど二階にいましたが、応接間に戻って来ると、奈
    緒美がまだ起きていました。二人にコーヒーを渡して言います。
杉山 :やはり二階では眠れませんでしたのね。
丹羽 :まあ、そんなとこです。暫く中嶋と話してたんですが、それなら応接間でも同じじゃないかと
    戻って来ました。ここには奈緒美さんの美味しいコーヒーもありますから。
杉山 :ふふっ、お世辞でも嬉しいですわ。
遠藤 :王様と中嶋さんは先刻と同じ場所に腰を下ろすと、静かにコーヒを口に運びました。ここで
    一旦、場面を切ります。今度は啓太と西園寺さん、七条さんです。二人は自室へ引き上げる
    と、交代でシャワーを浴びて着替えることにしました。
    (……想像するだけで胸が悪くなる光景だな。シャワーを浴びる男を部屋で待つ啓太……い
    や、駄目だ! 俺以外でそんなことは絶対に認めない!)
伊藤 :(何か和希が凄い瞳で俺を見てる。あっ、ここでRP(ロール・プレイ)ってことか。でも……)
     その間、俺は特に何もすることないし……どうしよう。
七条 :では、郁がシャワーを使っている間に僕は荷物からダーツの矢が入った小さな袋を取り出
    して伊藤君に渡します。今夜は物騒なことがあったので念のために持っていて下さい。
伊藤 :良いんですか、七条さん、有難うございます。
    (助かった。七条さんが巧く話を作ってくれた)
七条 :単なる気休めですが、お守りくらいにはなるかもしれません。
西園寺:ああ、投擲(とうてき)は初期値でも25%ある。それだけあれば一本は当たるだろう。
伊藤 :はい。
遠藤 :それでは、再び三人は階下へ行きます。
七条 :KP(キーパー)、僕は奈緒美さんの本を持って行きます。丁度良いので図書室で読むこと
    にします。
遠藤 :わかりました。なら、西園寺さんと七条さんは啓太と別れて図書室へ向かいました。啓太
    が応接間に入ると、そこでは先に戻って来た王様達がコーヒーを飲んでいました。啓太も奈
    緒美からコーヒーを貰い、先刻と同じ椅子に座って一息つきます。金谷と綺羅子は既に小さ
    な寝息を立てていました。それを聞いている内に三人も徐々に瞼が重くなってきます。
伊藤 :おやすみなさい。ぐう~
    (寝るってこんな感じかな)
遠藤 :……!
    (啓太、何て素晴らしい演技なんだ!)
丹羽 :……
    (遠藤の奴、学芸会で感動する親の様な顔をしてるな。啓太がするなら何でも良いのかよ)
西園寺:……
    (はあ、これが我が学園の理事長とは……心底、嘆かわしい)
遠藤 :あ~、次は西園寺さん達です。図書室に来た二人はその蔵書の素晴らしさに目を瞠りまし
    た。そこは個人が所有するには充分な量の古書や希少本で溢れています。調度品も見事
    で、深い艶のあるオーク材で造られた年代物の小さな丸テーブルと椅子はかなりの品に見
    えます。しかし、他の部屋と同様、ここでは普通に実用品として使われていました。室内は
    本棚が大きく場所を占領しているため、広い部屋にも関らず、五人も入れば一杯になりそう
    です。奈緒美の祖母達はここで詩の朗読や文学談義を楽しんだかもしれませんが、今は薄
    く埃が積もっています。
西園寺:殆ど使われてはいない様だな。まずは本棚に『目星』を振る。
七条 :僕も振ります。


西園寺:目星(80)→64 成功
七条 :目星(50)→14 成功


遠藤 :二人はきちんと分類された本棚の中で一冊だけ本が抜けていることに気がつきました。そ
    れは前後に並んでいるジャンルからオカルト関連ではないかと推測します。
七条 :オカルト……恐らくこの本ですね。
西園寺:なぜ、奈緒美はこの本だけ持ち出したのか気になるな。
遠藤 :もう一度、本棚に『目星』をして下さい。
西園寺:まだ何か情報があるのか……?


西園寺:目星(80)→02 クリティカル
七条 :目星(50)→64 失敗


遠藤 :西園寺さんは綺麗に並んでいる本棚を更に見ていて、ふと一冊だけ背表紙が手前に出て
    いる本があることに気がつきました。それは谷崎潤一郎の『痴人の愛』で、発行されたのは
    昭和二年とかなり古いものです。
西園寺:『痴人の愛』か……ふっ、成程。
    (敵の正体を明かすに等しいものを出したということは、もう時間は殆ど残されていないな)
伊藤 :西園寺さん、『痴人の愛』ってどういう話なんですか?
西園寺:大正モダニズムに彩られたマゾヒズム文学の代表作と言われている。カフェの女給をして
    いた少女に入れあげた男がいずれは自分の妻にしようと教育するが、逆にその悪女の魅
    力に捉われて破滅する話だ。
遠藤 :(巧く話したな、西園寺さん。知識の区分はつけてくれると俺も助かる。啓太はまだ状況が
    読めていないからな)
    これから二人はどうしますか? 西園寺さんはその本を読みますか?
西園寺:私ならこの本の内容を知っていても不思議ではないが、他にすることもなさそうだ。流し読
    みをしたら、どのくらい時間がかかる?
遠藤 :一時間です。
西園寺:では、私はオーク材の椅子に座ってこの本を読むことにする。
七条 :僕はその隣で『ボナベ経典』を流し読みします。
遠藤 :なら、西園寺さんの流し読みは自動成功、『アイデア』をロールして下さい。七条さんは『そ
    の他言語(英語)』でどうぞ。
七条 :KP(キーパー)、僕は『オカルト』も持っています。それはこの本の理解に役立つと思いま
    すが?
遠藤 :10%の補正を付けてどうぞ。
    (補正込みで85%……正直、もう王様達は気づいているが、啓太にはこれが良いヒントに
    なるだろう)


西園寺:アイデア(75)→79 失敗
七条 :英語(85)→11 成功


 ダイスを見た西園寺が悔しそうに口唇を噛み締めた。
「ここで失敗とは……!」
(この本を二度も読むのは不自然だ。諦めるしかない)
 和希は新たな場面を作らなくて良いことに密かにほっとした。
「西園寺さんは『痴人の愛』に軽く目を通した後、自分の好みではなかったので直ぐに別の本を手に取りました。その一時間後、七条さんが『ボナベ経典』を読み終えます。その話を進める前に技能値の処理をします。まずは七条さんは『クトゥルフ神話』を5%獲得します。そして、神話的恐怖に満ちた恐ろしい内容を理解してしまったので1D3/1D6のSAN(正気度)喪失です」
「これは発狂するかどうか楽しみですね」
 ふふっ、と七条は小さく笑ってダイスを振った。

七条 :SAN(74)→30 成功 1D3→1
    :SAN(73)→72


「おや、残念です」
「し、七条さん……」
 一瞬、啓太は七条の背に黒い翼が見えた気がした。本気なのが怖過ぎる……!
(はあ……また駄目か)
 和希は内心で深いため息をついた。
 予定では一人はもう発狂している状況なのに未だにSAN値も殆ど削れていないのは、一体、どういうことなのか。肝心なところでPL(プレイヤー)に有利な出目という最初に懸念した通りの展開になっている……が、ここで挫ける訳にはいかなかった。和希の目的は啓太の前で皆に――特に中嶋に――醜態を曝させることだった。それには発狂が一番良いと思っていたが、無理なら実力行使も辞さない。最高潮(クライマックス)に達する前に情けなく死んで貰えば良い……
 そんな腹黒い考えはおくびにも出さず、和希は平静な声でシナリオを続けた。
「魔導書を読み終えた七条さんは、その中で一つ気になることがありました。ポナベ島沖の深淵にある忌まわしき海底都市ルルイエの記述です。ルルイエには偉大(おおい)なるクトゥルフが眠りにつきながらも常に生け贄を求め、世界の闇の海に潜む信者たちは様々な手段で犠牲者を深き海底へと引き込もうとしていると記されていました」
「和希、偉大(おおい)なるクトゥルフって?」
 啓太が小さく首を傾げた。
「旧支配者の一柱で水を象徴している神性だよ。タコに似た頭にイカの様な触腕を無数に生やした顔があって、巨大な鉤爪の付いた手足とぬらぬらした鱗に覆われた大きなゴム状の身体をしている。背中には蝙蝠の様な細い翼もあるよ」
「ふ~ん、要はタコのお化けか……あっ、それって、あの浅浮彫りに彫られてたものと同じ……?」
(だから、奈緒美さんはこの本だけ持ち出したのかな)
 頭の中で必死に推理をする啓太を和希は大人びた瞳で見つめながら、西園寺達に言った。
「さて、時刻は午前三時を過ぎた頃です。この後、二人はどうしますか?」
「私はこのまま、ここで古美術関係の本を読んでいる」
「僕もここにあるオカルト関連の希少本を読むことにします」
 それを聞いた西園寺が七条に尋ねた。
「『痴人の愛』は読まないのか、臣?」
「はい、ここの蔵書の方が興味をそそられますから」
(これを読んだら、伊藤君の楽しみがなくなってしまいます)
「……そうか」
「なら、そのまま、二人は朝まで読書をすることにしました……西園寺さん、『目星』を振って下さい」
 和希が西園寺にだけロールを促した。西園寺は怪訝そうに眉を上げたが、大人しくそれに従った。

西園寺:目星(80)→91 失敗


遠藤 :(失敗か……)
    西園寺さんは読書に夢中になっていたので、それ以外のことは何も目に入りませんでした。
    しかし、何かがひたりと首筋に触れ、一瞬、そのおぞましさに悪寒が走ります。0/1でSAN
    (正気度)チェックです。
西園寺:これは奈緒美の部屋で啓太が感じたものと同じだな。
    (目をつけられたか)
伊藤 :西園寺さん……それ、幽霊じゃないですよね?
西園寺:ああ、違う。怖いのならば私の処へ来るか、啓太?
遠藤 :早くダイスを振って下さい。
    (全く……油断も隙もない)


西園寺:SAN(85)→85 成功


丹羽 :お~、危なかったな、郁ちゃん。
遠藤 :(くっ……1足りなかった)
    では、ここで二人は切って場面を応接間に移します。啓太、『幸運』を振って。
伊藤 :わかった。


伊藤 :幸運(70)→54 成功


遠藤 :座り心地の良い椅子でうとうとしていた啓太は奇妙な感覚を覚え、ふと目を醒ましました。
    すると、いつの間にか、応接間の壁からブツブツと不気味な泡が湧き出しています。その泡
    は無数に集まり、やがて透明な触手を形作ると啓太の方にじわじわと忍び寄って来ました。
伊藤 :えっ!? な、何、これ……?
遠藤 :思わず、啓太がそう呟くと、不思議な泡はす~っと壁の中に消えてしまいました。動揺した
    啓太は自分自身に『精神分析』を振ってみて。
伊藤 :あ……うん、こういうときはまず落ち着かないとな。
    (俺、『精神分析』取ってて良かった)
丹羽 :……
    (自分に『精神分析』って、まずい展開なんじゃねえか……?)


伊藤 :精神分析(86)→50 成功


 成功したので、良かった、と啓太は胸を撫で下ろした。すると、和希が更に言った。
「なら、今度は『アイデア』でロールをして、啓太」
「わかった」
 啓太は素直に頷いた。丹羽は啓太の振るダイスを心配そうに見つめた。

伊藤 :アイデア(75)→82 失敗


 はあ、と啓太は肩を落とした。
「俺、あまり役に立ってないから成功したら何かわかったかもしれないのに……」
 そんな啓太に丹羽が優しく声を掛けた。
「そんなに気を落とすなよ、啓太。寧ろ、ここは失敗して良かったと俺は思うぜ」
(冷静になった頭で泡の正体に気づいたら、間違いなくSAN(正気度)チェックだったな)
 中嶋も小さく頷いた。
「ああ、やはりお前の運の良さは折り紙付きだな」
「そうなんですか? でも、それってどういう意味……?」
 啓太が二人に尋ねると、和希が慌てて口を挟んだ。二人が話すとは思えないが……
「まあ、それはいずれわかるから。今は先を続けよう、啓太」
「あっ、そうだな、和希」

遠藤 :冷静になった啓太は壁の中から泡が出るはずはないので寝ぼけて夢を見たに違いないと
    思いました。しかし、目醒める直前のあの奇妙な感覚には覚えがあります。それは奈緒美
    の部屋の浅浮彫りの前で感じたのと同じ冷気でした。再びあのおぞましい感覚を思い出し
    てしまった啓太は0/1のSAN値を失います。
伊藤 :うっ……
遠藤 :啓太の運なら大丈夫だから。
伊藤 :……うん、有難う。
    (和希はKP(キーパー)なのに、いつも通り俺を励ましてくれる。やっぱり優しいな。そういう
    ところが俺……)


伊藤 :SAN(70)→23 成功


伊藤 :はあ……ドキドキした。
遠藤 :夜明けまではまだ時間があるので、再び啓太は眠ることにしました。しかし、午前六時を少
    し過ぎた頃……啓太は『幸運』、西園寺さんは『目星』をロールして下さい。
伊藤 :えっ!? また……?
西園寺:啓太、私達は目をつけられてしまった様だ。
伊藤 :さ、西園寺さん……一体、誰にですか!?
    (な、何か怖い……!)
西園寺:さあな。


伊藤 :幸運(70)→80 失敗
西園寺:目星(80)→55 成功


遠藤 :ぐっすり眠っていた啓太の手に何かがひたりと触れました。その瞬間、再び不気味な冷気
    が流れ込み、啓太は飛び起きました。すると、また壁から自分に向かって透明な触手が伸
    びています。啓太は慌てて傍にいる王様と中嶋さんを揺さぶり起こしました。しかし、啓太が
    視線を戻したとき、そこにはもう何もありませんでした。
丹羽 :う、んっ……どうした、啓太?
中嶋 :……何だ、啓太?
啓太 :あ……あれ? 今、あそこに……
遠藤 :同じ頃、図書室では西園寺さんが似た経験をしていました。読書中にふと窓を見ると、鏡
    の様な硝子の奥からもわもわと霧状の触手が迫ってきます。思わず、傍にいる七条さんの
    腕を掴んで窓を指差しました……が、七条さんには二人の姿がそこに映っているだけで何
    も見えません。そして、霧の触手は再び闇の奥へと消えてゆきました。
七条 :窓がどうかしましたか、郁?
西園寺:……いや、気のせいだった。邪魔をして悪かった。
七条 :……あまり無理はしないで下さいね。
西園寺:ああ……有難う。
遠藤 :こんな不可解な体験をした啓太と西園寺さんは0/1でSAN(正気度)チェックです。
伊藤 :や、やっぱり……
西園寺:ふっ、望むところだ。


伊藤 :SAN(70)→8 成功
西園寺:SAN(85)→28 成功


「立て続けにSAN(正気度)チェックされてるのに、啓太がまだ無傷なのが凄いな。郁ちゃんは高SAN値だからわかるけどよ」
 丹羽が感心した様に呟いた。それを中嶋が鼻で笑う。
「単にお前のダイス運がないだけだろう」
「くそっ、またダイスを替えるぜ!」
「ダイスを替えても意味はないと思いますが、まあ、気分転換にはなりますね」
 悪意をやんわり八つ橋に包んで七条は言った。西園寺が呆れた瞳で七条を見やり、啓太は乾いた笑い声を上げた。そのとき、和希の前のノートPCにメールの着信があった。それは和希がずっと待っていた石塚からのもので、今から参ります、という件名だった。
(これから来るならシナリオが終わる頃か……何とか間に合ったな)
 啓太の喜ぶ顔を思い浮かべ、和希は密かに勝利の微笑を噛み殺した。



2014.9.19
啓太の強運に驚きです。
75%でも意外と外れるのに……
啓太のSAN値は削るのが難しそうです。

r  n

Café Grace
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