丹羽 :郁ちゃんと七条は付き合いで参加したパーティで偶然、中嶋と再会した。軽くRP(ロール・
    プレイ)をしてくれ。
西園寺:いきなりだが、まあ良い……久しぶりだな、中嶋。
七条 :おや、こんな処で珍しい。あの件以来ですね。
中嶋 :西園寺と七条か……お前達も来ていたのか。
西園寺:少し顔を出しただけだ。長居をするつもりはない。丹羽も来ているのか?
中嶋 :いや、俺だけだ。
七条 :あれから丹羽さんとはお会いしていませんが、お元気ですか?
中嶋 :ああ……相変わらず、騒々しく走り回っている。
西園寺:丹羽らしいな、全く。
丹羽 :三人がそんな他愛もない話をしてると、一人の男が近寄って来た。洒落た銀縁のサングラ
    スを掛け、いかにもスポーツで鍛えた体形をした背の高い男だ。そいつは遊び慣れた外見
    とは裏腹にある私大の准教授をしてる。まあ、学者としては三流の部類だが、郁ちゃんはそ
    いつと知り合いだぜ。その男――須藤――は軽薄な微笑を浮かべながら、にこやかに郁
    ちゃんに話し掛けた。
須藤 :これはこれは……西園寺さんではありませんか。まさかこんな処でお会いするとは思って
    もいませんでした。付き合いが広いとお互い大変ですね、ははっ。
西園寺:丹羽、私はこんな奴と親しいのか?
丹羽 :いや、郁ちゃんにとっては顔を知ってる程度って感じだな。研究心の薄い須藤とは反りが
    合わねえからな。
西園寺:ならば、私は須藤を無視する。
丹羽 :須藤はそんな郁ちゃんを気にもせず、今度は中嶋と七条に話し掛けた。
須藤 :こちらの二人は西園寺さんのお知り合いの方かな。はじめまして。私は西園寺さんの古い
    友人で須藤宗平と言います。大学で民俗学を研究しています。
西園寺:なっ……! 勝手に友人扱いするな、と言いたいのを私は場所柄をわきまえて須藤を睨
    みつけるだけにする。
七条 :僕は郁の怒りを感じながら、笑顔で挨拶します。はじめまして。僕は七条 臣です。作家を
    しています。
中嶋 :中嶋英明……ジャーナリストだ。
須藤 :おお、さすがは西園寺さん。幅広い人脈をお持ちの様だ。どうですか、今度、一緒にゴルフ
    でも? こう見えて結構、得意なんですよ。
丹羽 :須藤は軽く素振りをしながら、郁ちゃん達を誘うぜ。
西園寺:私は須藤を友人とは思っていないので、プイッと顔を背ける。
七条 :僕はやんわりと断ります。いえ、ゴルフはしていないので……
中嶋 :俺は通り掛かったボーイからシャンパンを貰う。
丹羽 :三人のつれない反応に須藤は曖昧に笑って立ち去ろうとした……が、そのとき、また誰か
    が話し掛けてきた。
坂井 :七条先生、お久しぶりです。
丹羽 :その声に七条が振り返ると、小太りで気の良さそうな男がシャンパン・グラスを片手にこち
    らに近づいて来た。そいつは出版社に勤務してる坂井という男で昔は七条の担当だった
    が、今は雑誌の編集長だ。数年前に妻を交通事故で亡くして秀人という子供を男手一つで
    育ててる。七条が知ってるのはそのくらいだな。じゃあ、またRP(ロール・プレイ)を頼む。
七条 :ああ、これは坂井さん。お久しぶりです。貴方もこのパーティに来ていたとは知りませんで
    した。秀人君はお元気ですか?
坂井 :ええ、まあ……有難うございます。
丹羽 :坂井は自分から話し掛けたのに子供のことを訊いた途端、明らかに表情を曇らせた。少し
    疲れた顔で小さなため息をつく。
七条 :おや、どうかしましたか? まさか秀人君に何かあったんですか?
坂井 :あっ、いえ……秀人は元気です。ただ、今は少し面倒なことを抱えていまして……
丹羽 :坂井はポケットからハンカチを取り出して額を拭った。暫く考え込んでたが、やがて俯きが
    ちに言った。
坂井 :私は岐阜の生まれなんですが、もうじきそこで秋祭りがありまして……実家から今年は必
    ず息子を連れ帰るよう言われて困ってるんです。
七条 :ああ、お孫さんに会いたいんですね。坂井さん、暫く帰省しなかったのではありませんか?
坂井 :仰る通り、ここ何年かは忙しくて正月もろくに戻ってません。家内を亡くしてからは家のこと
    もやらないといけず、実家の方もその辺りの事情は酌んでくれてたんですが、今年だけはそ
    うもいかなくて……
丹羽 :坂井は汗もかいてないのに額をまた拭った。七条をチラッと見て何かを言い掛けるが、そ
    れを誤魔化す様にシャンパンに口をつけた。
中嶋 :何か話したい様だが、決心がつかないらしいな。
西園寺:臣、こちらから少し水を向けた方が良い。
七条 :そうですね。では、僕は坂井さんにこう尋ねます。そのお祭りはどの様なものなんですか?
坂井 :えっ!? ああ……火垂祭と言いまして三年に一度、子供だけで行うものなんです。二百
    年以上の伝統がある祭りで、今でも昔から伝わる習わしに厳しく従って執り行われるかなり
    面倒なものです。
須藤 :奇祭か……それは研究者として少し興味をそそられますね。
丹羽 :立ち去るタイミングを逃して何となくその場に残ってた須藤が呟いた。坂井は七条の知り
    合いと思って話を続けた。
坂井 :その祭の緒締役……要は祭の主役の様なものです。大体、六歳前後の子供がやる決まり
    でして……今年は秀人が選ばれました。それで、明後日までには帰って来てくれと言われ
    まして……私の親は火垂祭の責任者の様な仕事をしてるので断るに断れないんです。
丹羽 :そこまで話すと、坂井は大きなため息をついた。すると、須藤が尋ねた。
須藤 :その祭りはいつなんですか?
坂井 :三日後です。
七条 :もうすぐですね。
坂井 :はい……私も明後日から帰省するつもりで準備をしてましたが、昨日、急ぎの仕事が入っ
    て……秀人はまだ一人で岐阜まで行くことは出来ませんし、祭りの準備で忙しい親をここま
    で呼ぶことも出来ず、本当に困ってるんです。こんなとき、家内がいたら……
丹羽 :坂井は暫くシャンパンの泡を見てたが、終に意を決して真っ直ぐ七条に目を向けた。
坂井 :七条先生、久しぶりにお会いしていきなり頼み事をするのは心苦しいんですが、秀人を私
    の実家まで連れて行って貰えないでしょうか? そちらの方が仰った様に火垂祭は学術的
    にはとても珍しいものらしく、過去に何人か研究に来たことがあります。ですが、皆、父が追
    い払ってしまって……でも、秀人と一緒なら受け入れてくれるはずです。七条先生も行けば
    きっと興味を持たれると思います。だから、どうかお願いします。もう先生しか頼める方がい
    ないんです!
丹羽 :坂井は拝みそうな勢いで必死に七条に頼み込んだ。どうする、七条?
七条 :古い知り合いが困っているのに放っておくのは少々良心が咎めますね。職業柄、僕は自
    由に時間を作れますし……恐らく坂井さんもそれを把握した上で頼んでいるんでしょう。
丹羽 :いや、単に藁にも縋る思いなだけだと思うぜ。
七条 :そうですか。まあ、人助けにもなりますし、坂井さんの頼みをきくことにします。
丹羽 :なら、七条がそう返事をしようとすると、横から須藤が口を挟んできた。
須藤 :どうですか、皆さん、坂井さんのために岐阜まで秀人君を連れて小旅行といきませんか?
    今頃なら紅葉も綺麗でしょうし、西園寺さんと私が学問的見地から祭りを解説出来るので、
    きっと有意義な時間になると思いますよ。
丹羽 :その言葉に坂井は地獄に仏といった顔で須藤を見た。
坂井 :ああ、是非、皆さんもお越し下さい。山間の小さな村なので人手の入ってない自然は見事
    ですし、宿は私の実家に泊まれるよう頼んでおきます。それに、秀人を連れて行けば、火垂
    祭について父も色々話をしてくれるはずです。村の最寄り駅までの交通費とタクシー代は総
    て私が負担します。勿論、後日、改めてお礼もさせて頂きます。だから、皆さん、どうかお願
    いします。
須藤 :ご親切に有難うございます。では、四人分の手配をお願いします。
丹羽 :須藤は勝手に場の主導権を取ると、自分の分も含めて坂井に返事をした。漸く肩の荷が
    下りた坂井は満面の笑顔で何度も礼を言って頭を下げた。こうして四人は明後日、秀人を
    連れて岐阜まで行くことになった。一旦、ここで場面を切るぜ。


「かなり強引な導入だな」
 西園寺が小さなため息をついた。ああ、と中嶋は頷いた。
「丹羽、俺は一言しか話していないのに岐阜まで行くのか?」
「だから、導入に関する文句は聞かねえって言っただろう。中嶋も時間が自由なんだから良いじゃねえか」
「もし、僕が断ったら、どうするつもりだったんですか?」
 七条が面白そうに尋ねた。
「その場合は泣き落としだな。シャンパンを飲み干して酔いの入った坂井は泣いて縋って七条に頼み込むぜ。そして、それを見兼ねた須藤が男気を出して秀人は自分が岐阜まで連れて行くと言う。そうなってもまだ同行を拒むなら、今回のシナリオでもう出番はねえな」
「探索者の行動がシナリオに沿うよう調整するのがKP(キーパー)の務めだろう」
 西園寺が呆れた様に言った。丹羽はガシガシと頭を掻いた。
「このシナリオは導入が一番大変なんだよ。岐阜まで探索者五人に須藤と秀人を加えるんだから多少の無理は仕方ねえだろう。とにかく、これで三人は片づいた。今度は啓太と遠藤をやるぜ」
 そうして丹羽はシナリオを再開した。

丹羽 :郁ちゃん達がパーティに参加した同じ日、遠藤は上司から岐阜の片田舎への出張を命じ
    られた。目的は三日後にそこで行われる火垂祭の観察が任務だ。
遠藤 :それはその祭りに神話生物が関わっているということですか?
丹羽 :いや、警察はまだそこまでの確証は握ってねえ。村の祭司が非協力的で、祭りの詳細も未
    だ良くわからねえしな。ただ、警察が掴んだ情報が幾つかある。今から送るぜ。


 丹羽はキーを叩いて和希にメモを送った。それには幾つか興味深いことが書かれていた。

 十二年前、祭りの最中に緒締役の子供(中尾伸康と細川智子)に不可解なことが起きた。その場に居合わせた村の祭司(坂井健蔵)が言うには伸康は沢に落ちて行方不明、智子は木の枝で右目を負傷して前髪の一房が白髪と化した。しかし、智子を診察した眼科医の話では負傷の痕跡はなかった。ただ、智子の右目は異常なほど光に敏感で、時折、黒目が孵化の近い蛙の卵の様にくるくると動いた。
  以上のことから火垂祭には神話生物が関わっている可能性がある。


「成程……確かにこれなら俺が派遣される理由がありますね」
 和希は小さく腕を組んだ。だろう、と丹羽が口の端を上げた。
「それは探索すれば郁ちゃん達もいずれ掴む情報だが、現時点では遠藤は皆の一歩先を行ってる。それを踏まえた上で、だ。観光客を装うために啓太を誘って明後日までに岐阜へ行ってくれ」
「なっ……王様、俺は啓太を自分の仕事のために利用したりはしません。他の導入を考えて下さい」
 明らかな怒りを籠めて和希は丹羽を睨みつけた。
「別に良いだろう、これで。この方が自然だしよ」
「全然、自然ではありません。それなら、俺達も須藤と一緒に行きます」
「子供一人を岐阜まで六人で連れて行く方が不自然だろう」
 丹羽が当然の指摘をした。
「いいえ、その方が遥かにましです」
 すると、啓太が瞳を輝かせて言った。
「和希、俺はそれで良いと思うよ。その設定だと和希は何か潜入捜査って感じで格好良いよ」
「本当か、啓太!?」
 最後の言葉に和希は鋭く反応した。もしかして、啓太は秘密のある人が好きなのか……?
 思わぬところで啓太の好みが掴めそうな予感に和希のやる気が急上昇した。丹羽を見て小さく頷く。
「王様、それで話を続けます」
「はあ……現金な奴だぜ、全く。まあ、それでRP(ロール・プレイ)だ」
 丹羽は軽くぼやいたものの、直ぐに二人を促した。

遠藤 :では、その日の夜、俺は啓太の部屋を尋ねます。ちなみに、俺達は同じマンションに隣合
    わせで住んでいます。
伊藤 :あっ、それだと寮の部屋と同じだ。
遠藤 :ああ、その方が啓太もRP(ロール・プレイ)し易いだろう。
伊藤 :有難う、和希。
丹羽 :……
    (部屋の場所は関係ねえだろう……別に良いけどよ)
遠藤 :二人で夕食後のコーヒーを飲みながら、俺は話を切り出します。啓太、明後日から一緒に
    岐阜へ行かないか?
伊藤 :岐阜? 急にどうしたんだ、和希?
遠藤 :そろそろ啓太の生活も落ち着いてきたから、今までの慰労も兼ねて旅行にでも行きたいと
    思っていたんだ。そうしたら、急に明後日から休みが取れてさ。あの辺りで珍しいお祭りが
    あるらしいんだ。それを見物して奥飛騨まで足を延ばさないか? 紅葉狩りには少し遅いけ
    れど、まだ充分に綺麗なはずだし、秋の味覚も楽しめるよ。
伊藤 :うん、良いよ。俺、旅行は好きだし、温泉に入って飛騨牛が食べたい。あっ、勿論、紅葉も
    見るよ。
    (ちょっと子供っぽかったかな……恥ずかしい)
遠藤 :ははっ、俺も花より団子だから良いよ。なら、決まりだな。宿は俺が手配しておくよ。
伊藤 :有難う、和希、旅行が楽しみだな。


 よし、と丹羽が大きな声を上げた。
「これで全員、岐阜に行けるな。なら、明後日まで一気に時間を進めるぜ。ああ、火垂祭について調べようとしても無駄だからな。閉鎖的な祭りだから、坂井から聞いた以上の情報は出て来ねえ」
「丹羽、お前のキーパリングは雑過ぎる。もう少し丁寧に出来ないのか」
 西園寺が不満そうに口を開いた。すると、丹羽はその指摘を軽く笑い飛ばした。
「俺はRP(ロール・プレイ)重視だから、余計なところで時間を使いたくねえだけだ。まあ、村に着いたら、ちゃんとやるから任せろって」
 それは普段の行動そのままの進行だった。しかし、丹羽は直ぐにその言葉を後悔することになった……



2014.11.28
相変わらず、強引な王様です。
このキーパリングで無事にベスト・エンドに辿り着けるのか、
今から少し不安です。

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Café Grace
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