それじゃあ、と丹羽は確認する様に全員を見回した。
「部屋割りは郁ちゃんと七条、中嶋と須藤、啓太と遠藤で良いな。中嶋の部屋が啓太達の隣という以外に要望がねえなら適当に決めるぜ?」
「構わない。私も遠藤には不信感があるが、まだ疑うという段階ではない」
 西園寺が小さく頷いた。
「僕はこの人から出来るだけ離れた部屋なら文句はありません」
 七条は冷ややかに中嶋を見据えた。それを聞いた中嶋が低く喉を鳴らした。
「漸く自分の分を弁(わきま)えたか。なら、早く庭へ行け。犬小屋くらいはあるだろう」
「やめろ、二人とも」
 素早く西園寺が二人の間に割って入った。全く……なぜ、この二人は直ぐ言い争いを始める……
「丹羽のいい加減な進行でシナリオが遅れている。これ以上、時間を無駄にするな」
「いい加減って酷いな、郁ちゃん」
(うっ、読まれてる。確かにちょっと遅れ気味だけどよ)
 丹羽は軽く頭を掻いた。どうするかな、と胸の奥で呟く。省略出来る場面ってあるか? 祭りに関する情報収集は夕食のときにしか出来ねえしな……
 密かに頭を悩ませていると、中嶋が静かに煙草に火を点けた。
「問題ない。多少、進行が遅れても俺達が早く謎を解けば良いだけだ」
「そういう考えだから、いつも仕事が停滞するんですね」
 漸く納得しました、とすかさず七条が嫌味を言った。西園寺はキッと二人を睨みつけ、苛々と丹羽を急かした。
「さっさと始めろ、丹羽、この二人の言い争いには切りがない」

丹羽 :あ~、どこからだったか……部屋割りからか。中嶋と七条の要望を入れると、部屋の配置
    は奥から郁ちゃんと七条、啓太と遠藤、中嶋と須藤だ。なら、何となく適当に決まったってこ
    とでRP(ロール・プレイ)は省略するぜ。
遠藤 :KP(キーパー)、その前に左側の部屋がどうなっているか見ることは出来ますか? 坂井
    の部屋がどこにあるか知りたいんですが。
丹羽 :無理だな。案内されたら、まずは先に荷物を置きに行くだろう。それから部屋を見回した
    り、使う物を出したりと何やかんやした後なら探索は可能だが、その頃には左側の部屋は
    村の連中が頻繁に出入りしてる。祭りの準備が終わった慰労も兼ねて、そこでちょっとした
    宴会をするつもりだから結構な量の机や座布団、料理や酒が運び込まれてるぜ。まあ、普
    通なら邪魔にならねえよう近づかねえな。それでも強引に探索するなら、かなりのマイナス
    補正が入る。40%だ。
遠藤 :それは大き過ぎるのでは?
丹羽 :宴会の準備でてんやわんやしてるんだ。集中出来ねえし、邪魔な観光客を見る村人の視
    線もかなり痛い。それに、前回は車酔いで30%減だったんだ。このくらいは当然だろう。
遠藤 :……わかりました。
西園寺:事実上、家の探索は不可能か。ならば、私も風呂に入って夕食までゆっくりするとしよう。
七条 :僕はまずは無事に到着したと坂井さんにメールします。それから郁の後に入浴します。
伊藤 :俺達はどうする、和希? 特にすることはないよな。
遠藤 :西園寺さん達の後に入浴したら夕食に間に合わないから、夕暮れの村でも見て回るか?
伊藤 :俺達は観光で来てるし、それが良いか。あっ、なら、中嶋さんも一緒に行きませんか? こ
    こにいても今はバタバタして落ち着かないですよ。
中嶋 :この村に見るものがあるとは思えないが……まあ、良いだろう。俺も同行する。
遠藤 :……
    (啓太は中嶋さんを誘ったか。PC(プレイヤー・キャラクター)としては中嶋さんから目を離し
    たくないから好都合だが、俺としては複雑な気分だな。単なるRP(ロール・プレイ)か。それ
    とも、中嶋さんと一緒にいたかったのか……)
丹羽 :なら、郁ちゃんと七条が風呂、啓太と遠藤、中嶋が散歩だな。
    (ここにあれを入れるか。多分、これで明日の朝の手間が省ける)
七条 :KP(キーパー)、村人がそんなに出入りしているなら、襖越しに彼らの話を聞くことは出来
    ませんか?
丹羽 :風呂の順番待ちをしてる間にか? じゃあ、郁ちゃん達を先にやるぜ。二人は『聞き耳』を
    振ってくれ。


七条 :聞き耳(75)→84 失敗
西園寺:聞き耳(79)→54 成功


丹羽 :須藤と郁ちゃんが順番に風呂に入ってる間、七条は坂井へのメールを書いてたが、途中
    で担当から電話が入って話し込んでしまったので何も気づかなかった。郁ちゃんは七条が
    風呂に行った後、一人静かに髪を拭いてたら、部屋に誰もいねえと思った村人が廊下でこう
    言うのが聞こえた。今年も無事に終わると良いけど……


「やはり過去に何かあったのか」
 西園寺は小さく腕を組んだ。警察の遠藤が派遣されたから切っ掛けになる事件があったに違いないとは思っていたが……
 その言葉に七条も同意した。
「今まで、それはPL(プレイヤー)側のみの情報でしたからね。これで今後は火垂祭について調べ易くなります。KP(キーパー)、夕食前にPC(プレイヤー・キャラクター)同士で情報交換は出来ますか?」
「ああ、そのくらいの時間はあるぜ。一旦、ここで郁ちゃん達は切るぜ。須藤も特に何もしねえしな。次は啓太達だが……出来れば場所を変えたいんだよな」
 う~ん、と丹羽は唸った。どうしてですか、と啓太は不思議そうに尋ねた。
「同じ場所でやると、そこにいる皆が話を聞くことになるだろう。リアル知識との区分はきっちりつけるのがTRPGの基本だが、それだとPL(プレイヤー)の負担が増す。だから、PC(プレイヤー・キャラクター)が分かれるときはそれに合わせて部屋を変えるんだ。そうしたら、余計な情報は知らなくて済むだろう」
「確かにPC(プレイヤー・キャラクター)が知ってることと知らないことを区別して考えるのは少し難しいですよね」
(でも、このメンバーでそれで混乱するのって俺だけだよな。もしかして、王様、俺のために……?)
 啓太は丹羽をじっと見つめた。ふと目が合ったので、ふわりと微笑む。
(な、何だ!? 啓太が俺を見て笑ったぞ)
 ドキッと丹羽の心臓が跳ねた。そのとき、西園寺が椅子から立ち上った。
「ならば、私達は会計室へ行こう。丁度良いから茶葉を変えてくる」
 七条は頷いてそれに従った。
「そうですね。温くなっても美味しいものを選んできましたが、前回以上にシナリオの進行がゆっくりなのでそこまで冷めませんしね」
「丹羽、どのくらいで戻れば良い?」
「……えっ!?」
 西園寺に呼ばれてハッと丹羽は我に返った。
「ああ、そうだな……二十分くらいだ」
 わかった、と西園寺は短く答え、七条と生徒会室から出て行った。丹羽は静かに息を吐いた。
(中嶋達が変なRP(ロール・プレイ)をしたから俺まで何か調子狂うぜ。集中、集中……)

丹羽 :よし! 時間も限られてるから、さっさとやるぜ。中嶋と啓太、遠藤の三人は荷物を部屋に
    置くと、慌ただしい家から逃げる様に散歩へと出掛けた。時間は五時を少し過ぎた頃だ。殆
    どの村人は広場か坂井の家にいるから夕暮れに沈む村には人っ子一人いねえ。三人は当
    たり障りのねえ会話をしながら、藍色の空の下を暫く一緒に歩いた。すると、前方に土手が
    見えてきた。その向こうから川の流れる音が聞こえる。そのせいか風もかなり冷たく、啓太
    が寒さに小さく身を震わせた。
遠藤 :冷えてきたな。そろそろ戻ろう、啓太。
伊藤 :うん……陽が落ちたせいかな。ちょっと寒くなってきた。
中嶋 :川が近いからな
丹羽 :そう言って中嶋はふと土手を見上げた。そこには髪の長い少女と品の良い小柄な老婦人
    が立ってる。三人は『目星』を振ってくれ。
伊藤 :あっ、はい。


中嶋 :目星(79)→46 成功
伊藤 :目星(65)→65 成功
遠藤 :目星(85)→04 クリティカル


丹羽 :弱々しい薄暮の光の中、少女は清楚な白いワンピースと同色のつばの広い帽子を被って
    た。俯きがちな横顔は遠目でも儚げでかなりの美人だ。だが、遠藤はそんな少女の右目が
    包帯で幾重にも覆われてるのに気がついた。
遠藤 :……
    (右目……細川智子か?)
丹羽 :老婦人は紬の着物を着て少女を見守る様にじっと見つめてた……が、突然、両手を頬に
    当てて細い悲鳴を上げた。少女が覚束ねえ足取りでよろよろと土手を下りようとしてる。老
    婦人はそれを止めようと少女の腕を掴んだ。だが、少女は止まらず、二人は急な斜面で激
    しく揉み合い始めた。このままだと川に落ちてしまうぜ。
伊藤 :大変だ! 早く止めないと!
遠藤 :二人に急いで駆け寄ります。
中嶋 :初期値だが、『組みつき』を振る。
丹羽 :必要ねえ。少女も老婦人も非力だから男三人なら余裕だろう。代わりに『聞き耳』を振って
    くれ。遠藤は初期値だから任せるぜ。
遠藤 :振ります。


伊藤 :聞き耳(60)→46 成功
遠藤 :聞き耳(25)→97 ファンブル
中嶋 :聞き耳(75)→22 成功


丹羽 :おっ、ファンブルか。良いねえ。なら、三人は少女を止めようとしたが、その際、遠藤はもが
    く少女の肘鉄を鳩尾に深く食らってしまった。完全な不意打ちだから息が詰まって前のめり
    に崩れるぜ。様見ろ、遠藤、HP(耐久力)1減少だ。
遠藤 :くっ……振らなければ良かった。
中嶋 :本音が漏れているぞ、丹羽。
丹羽 :おっと、悪い。


遠藤 :HP(17)→16


丹羽 :苦しそうに呻く遠藤を放置して中嶋と啓太は少女を取り押さえた。白い帽子が飛ばされて
    土手を落ちてくが、少女は気づかねえ。目を大きく見開いて何かをぶつぶつと呟いてた。
智子 :ノブ君、ごめんね……ごめんね……
中嶋 :錯乱しているな。
伊藤 :じゃあ、『精神分析』します。


伊藤 :精神分析(88)→87 成功


伊藤 :うわっ、危なかった。
遠藤 :成長させておいて良かったな、啓太。
伊藤 :うん。
丹羽 :啓太は大学で更に専門知識を深めてたから直ぐに少女を落ち着かせることが出来た。そ
    して、どうやらこれは精神錯乱による発作だとわかった。正気を取り戻した少女はゆっくり辺
    りを見回した。三人に気づいた途端、さっと老婦人の後ろに隠れる。そんな少女を片手で宥
    めつつ、老婦人は丁寧な言葉で礼を言った。
細川 :どなたかは存じませんが、孫を助けて頂き、有難うございます。
伊藤 :あっ、いえ、二人とも無事で良かったですね。
遠藤 :(啓太、ここで情報を引き出さないと……初心者には難しいか)
    俺は少し苦しそうに腹部を押さえながら、立ち上がって老婦人に――……
丹羽 :待った。遠藤はまだ喋れねえぜ。綺麗に決まったからな。
遠藤 :……っ……
中嶋 :なら、俺が尋ねる。こういうことはよくあるのか?
細川 :はい、ときどき……でも、酷く暴れたり、気を失う訳はないのでもう大丈夫です。有難うござ
    いました。
丹羽 :老婦人は小さく頭を下げた。少女の背中にそっと手を当て、優しく家路へと促す。どうす
    る、啓太? このままでは二人とも立ち去ってしまうぜ。
    (二回目だし、そろそろ啓太もNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)から情報を引き出すこと
    を覚えねえとな)
伊藤 :えっ!? あっ、じゃあ……そうだ。俺はこう言います。待って下さい。俺はメンタル・セラピ
    ストなんです。今回はどうやら軽い発作の様ですが、状況によっては危険なので少しお話を
    聞かせて貰えませんか?
丹羽 :(良いぞ、啓太、それならヨシは立ち止まらざるを得ねえ。話をするかはロールで決めたい
    が、啓太は初心者だし、『信用』が高いから自動成功にするか)
    そう言われて老婦人はゆっくり啓太へ顔を向けた。その瞳には少し縋る様な色彩(いろ)が
    浮かんでる。どうやら少女のことでかなり悩んでたらしい。
細川 :専門の方だったんですか。お恥ずかしい話ですが、こんな山間の村では先生に診て頂くこ
    とは殆どないので実は困っておりました。是非、力をお貸し下さいませ。私は細川ヨシと申し
    ます。この子の祖母です。さあ、ご挨拶して。
丹羽 :ヨシは背後の少女に優しく声を掛けた。すると、少女は右目の包帯を弄りながら、恐る恐る
    顔を出して言った。
智子 :細川……智子、です……
伊藤 :智子ちゃんか。年は幾つ?
智子 :十七……
丹羽 :智子は今にも消えそうな声で短くそう答えると、再び祖母の背中に隠れてしまった。ヨシが
    申し訳なさそうに頭を下げた。
細川 :智子は極度の人見知りでして……
伊藤 :そうみたいですね。
    (何か重要そうな子だけど、どうしたら仲良くなれるかな)
遠藤 :KP(キーパー)、俺は帽子を拾ってきて啓太に渡します。そのくらいは出来ますよね?
丹羽 :ああ。
    (ちっ、もう少しダメージのあるものにすれば良かった)
伊藤 :有難う、和希……俺は智子ちゃんにそれを差し出します。はい、帽子。川に落ちなくて良
    かったね。
丹羽 :智子は祖母の後ろで息を潜めてたが、おずおずと右手を出した。そして、帽子を受け取る
    と、恥ずかしそうにそれで顔を隠した。ヨシが孫娘の頭を優しく撫でた。
細川 :これは智子のお気に入りでして……もう季節はずれですが、いつも被っているんです。
伊藤 :そうなんですか。似合ってるね、智子ちゃん。
智子 :……有難う……
丹羽 :帽子の向こうで智子が小さく呟いた。そのとき、どこかで寺の鐘が鳴った。ヨシが顔を上
    げ、その音を数える。
細川 :ああ、もう六時ですね。私達はそろそろ帰らなければなりません。先生はまだ村にご滞在
    ですか?
伊藤 :はい、俺達は火垂祭を見に来たんです。
    (先生って……何か照れるな)
細川 :……そう、ですか。なら、明日、私の家へいらして頂けませんか? 村の者に細川の家と
    訊けば直ぐにわかるので、ご足労願いたいのですが……時間はお任せいたします。
伊藤 :KP(キーパー)、火垂祭は何時から始まるんですか?
丹羽 :特に時間は決まってねえな。ただ、日が暮れてからだ。
伊藤 :なら、それまでは自由なんですね。行っても良いかな、和希?
遠藤 :ああ、患者を放ってはおけないしな。俺も一緒に行くよ。
    (火垂祭の前に智子から情報を取れるかもしれない)
中嶋 :俺も行こう。そう言って俺は遠藤に『心理学』を振る。こいつが自ら関わろうとするのが気に
    なる。
遠藤 :なら、俺も同じ理由で中嶋さんに『心理学』を振ります。
丹羽 :またかよ……
    (遠藤が警察だって早く明かせば良いんだが、火垂祭を探りに来てる以上、そう簡単には言
    えねえよな。RP(ロール・プレイ)重視なんて言うんじゃなかった)


中嶋 :心理学(85)→??
遠藤 :心理学(80)→??


 丹羽はダイスを見て考えた。
(遠藤の奴、先刻から出目が高いな。『心理学』の結果を一々考えるのも面倒だし、少し大人しくさせるか。確か遠藤は中嶋を狂信者かもしれねえって疑ってたな……)
「中嶋は遠藤が智子のことを最初から知ってた様な気がした。遠藤は中嶋が自分を警戒するのは何か後ろめたいことがあるからだと思った」
「これは……」
 和希の声が途中で消えた。
(成否を曖昧にしてきたか。俺は智子の事件は知っていたが、この少女が本人とは直前までわからなかったから失敗と考えられなくもない。そして、俺の中嶋さんへの警戒を肯定する様なこの結果……)
 黙り込んだ和希を見て中嶋が低く呟いた。
「互いの隙を巧くつかれたな」
「本来、『心理学』ってのは曖昧なものだからな」
 丹羽が事も無げに言った。その言葉に、ふと啓太は思い出した。
(そういえば、和希が『心理学』は多用すると疑心暗鬼になるって言ってたよな。それってこういことか。成功か失敗か判断出来なければ、どれを信じて良いかわからないもんな)
 そのとき、小さなノックの音がして生徒会室のドアが開いた。啓太は振り返ると、嬉しそうに言った。
「あっ、おかえりなさい、西園寺さん、七条さん」
「ああ、啓太、ただいま」
「ただいま戻りました。もう合流しても大丈夫ですか?」
 七条が丹羽に尋ねた。その手には二つのティ・ポットと三つのティ・カップを乗せたトレイを持っていた。室内に、ふわりと甘い香りが漂う。
「ああ、良いぜ。丁度、終わったところだ」
 そうか、と西園寺と七条は元の場所に腰を下ろした。七条はティ・ポットから新しい紅茶をカップの一つに注いで西園寺に渡した。
「有難う、臣……ああ、この方が先刻より遥かに良いな」
 澄んだ紅茶の味に西園寺の口唇に満足げな微笑が浮かんだ。
「取りに行って正解でしたね。伊藤君は僕と一緒にこれを飲みましょうね」
 そうして七条は別のティ・ポットから二つのカップにココアの様なものを注いだ。一つを啓太の前に置く。
「有難うござます、七条さん、ココアなんて珍しいですね」
「ふふっ、これはココアではありませんよ。飲んでみて下さい」
「あ……はい」
 啓太は恐る恐るカップに手を伸ばした。
(やっぱりココアだよな。チョコレートの匂いもするし……って、あれ?)
 一口、飲んだ啓太は僅かに目を見開いた。味はココアの様なのに、華やかな紅茶の残り香がある。
「紅茶ですか、これ?」
「はい、ティ・ショコラです。ロイヤル・ミルク・ティにチョコレートを入れたものです。時間があったので向こうで作ってきました。いかがですか?」
「初めて飲んだけど、とても美味しいです」
 啓太はまたカップに口をつけた。七条は嬉しそうに微笑み……そして、小さなため息をついた。
「本当に美味しいですよね。でも、郁が一日に一杯しか飲ませてくれないんです」
「当然だ。放っておいたら、臣は何杯でも飲むからな」
 西園寺が顔を顰めた。あっ、と啓太は思った。
(これ、チョコレートの香りが強いから早めに飲んだ方が良いのかな。西園寺さんと中嶋さんは甘いもの駄目だし、和希と王様もそこまで好きって訳でもないよな。でも、結構、熱いんだよな……)
 啓太は軽くカップを揺らして冷まそうとした。しかし、淵から零れそうになったので慌てて手を止めた。クスッと和希が笑った。
「急がなくても大丈夫だよ、啓太」
「ええ、熱いので火傷しますよ」
 七条は口唇に軽く指を当てた。丹羽と中嶋、西園寺も続けて言う。
「気をつけろよ、啓太」
「お前はつまらないことを考えるな」
「それは臣と約束した今日の一杯だから私に気を使うことはない」
「有難うございます」
 皆の言葉に、啓太はほっと胸を撫で下ろした。西園寺は小さく頷いて丹羽へと向き直った。
「KP(キーパー)、再開する前に全員の時間と場所を確認したい。須藤もだ」
「時間は六時二十分だ。全員、坂井の家の割り当てられた部屋にいる。ただ、須藤は左側の部屋で宴会の準備を手伝いながら、たまに料理を摘み食いしてるぜ。ときどき、それを近所の主婦達が笑って窘める声が聞こえるな」
「相変わらず、人受けは良いらしいな」
「まあ、学者としては三流だが、気さくな人柄で話題も豊富だからな。じゃあ、続きを始めるぜ。七時までにはまだ三十分以上ある。まずはPC(プレイヤー・キャラクター)同士の情報交換だな」
 はい、と啓太が答えたとき、上着のポケットの中で携帯電話が震えてメールの着信を伝えた。机の下でそっと開くと、それは和希からだった。そこにはこう書かれていた。

明日、智子の家へ行くことは啓太からは言わないで欲しい。



2015.1.9
多少、私情が混ざっても公平な王様です。
ただ、KP(キーパー)は徐々に黒くなるので、
惑わされないよう頑張って欲しいです。

r  n

Café Grace
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