丹羽 :郁ちゃんを止めようと揉み合う遠藤の手の中で突然、銃が暴発した。ほぼ同時に七条を支
    えてた啓太から小さな呻き声が上がる。流れ弾を右肩に受け、焼けつく痛みに啓太は糸の
    切れた操り人形の様に一気に崩れた。
伊藤 :……っ……
遠藤 :啓太っ!!
七条 :伊藤君、と僕は叫んで抱き留めます。
丹羽 :七条は怪我をした足で何とか踏ん張って啓太を自分の腕の中に引き寄せた。すると、啓太
    の背中に回した掌がじんわり濡れてくのを感じた。距離が近かったから弾丸は貫通してる
    が、そのせいで出血が酷く、啓太は既に意識を失ってた。力を失った手から御緒鍵(おおか
    ぎ)が床へと滑り落ちた。
中嶋 :KP(キーパー)、割り込めるか?
丹羽 :中嶋は待機を宣言してるが、智子達に声を掛けてるからその場からあまり動かないなら行
    動しても良いぜ。
中嶋 :なら、投光器を片手に持ったまま、西園寺に『精神分析(物理)』だ。ダメージ・ボーナスが
    付かない程度の力で頬を叩く。
丹羽 :『こぶし』で判定だ。


中嶋 :こぶし(50)→15 成功 1D3→1
西園寺:HP(12)→11


丹羽 :銃の暴発に郁ちゃんが気を取られた瞬間、中嶋の右手がバシッと一閃した。
西園寺:……っ……!
中嶋 :しっかりしろ、西園寺、取り乱すな!
丹羽 :中嶋の鋭い声と頬の痛みに郁ちゃんはハッと正気に戻った。数度、瞬きをしてナイフを静
    かに下す……が、記憶が混乱して直ぐには状況が掴めなかった。そんな郁ちゃんの耳に遠
    藤の声が聞こえた。
遠藤 :俺は傷ついた啓太を見た瞬間、再び失うのではないかという激しい恐怖に囚われて他の
    一切が目に入らなくなります。七条さんから啓太を奪い取り、震える手で肩の傷を圧迫しな
    がら、必死に呼び掛けます。啓太、啓太……目を開けて、啓太……頼む、から……っ……
    啓太……
啓太 :……
    (和希、あのときもこんなふうに俺を呼んでたのかな……)
西園寺:私は負傷した啓太を見て、取り敢えず、遠藤に声を掛ける。落ち着け、遠藤、啓太はまだ
    生きている。だが、早く手当をしなければ危険だ。
丹羽 :しかし、その声は遠藤には届かなかった。遠藤は手を血塗れにしながら、ひたすら啓太の
    名前を呼び続けてる。そうして1D6ヶ月の間、啓太を失う恐怖に苛まれることになる。今回
    は……あ~、二ヶ月だ。


「不定の狂気ってそんなに続くんですか!? 『精神分析』は効かないんですか?」
 啓太が僅かに目を瞠った。ああ、と丹羽は頷いた。
「『精神分析』で一時的に症状を抑えることは出来るが、きちんと治すためには暫く病院通いが必要だな」
「だが、ここでは『精神分析』は使えない。丹羽、今直ぐ遠藤を正気に戻す方法はないのか?」
 西園寺が尋ねた。すると、丹羽は待ってたとばかりに小さく口の端を上げた。
「あるぜ。思い切り遠藤を殴れば、一時的に不定を抑えることが出来る」
「それはダメージ・ボーナス込みということか?」
「当然」
「それは完全に私怨ですよね、王様」
 和希が話に割り込んだ。丹羽は軽く肩を竦めた。
「有情なKP(キーパー)に酷い言いがかりだな、遠藤、不定だからちょっとやそっとじゃ正気に戻すのは無理なだけだ」
「ふっ、物は言い様だな」
 中嶋が面白そうに呟いた。だが、堂々と遠藤を殴れる良い機会だ。
「……で、どうする? やるか、郁ちゃん?」
「ああ、遠藤に『精神分析(物理)』をする。ここで正気に戻さなければ、誰かロストする可能性が高い。悪いな、遠藤」
 言葉とは裏腹に、西園寺は全くそう思ってはいなさそうだった。和希が渋い顔をした。それを横目に西園寺は楽しそうにダイスを振った。

西園寺:こぶし(55-10)→86 失敗


西園寺:駄目か。
丹羽 :郁ちゃんは中嶋が自分にした様に遠藤の頬を叩こうと手を上げた。しかし、蒼ざめた啓太
    の顔が目に入り、その手を振り下ろすのを躊躇ってしまった。そこに一本の触手が郁ちゃん
    達を横から薙ぎ払おうと襲い掛かってきた。危ない、と七条が叫ぼうとした瞬間……触手は
    急に方向を変えて逸れた。中嶋と郁ちゃん、七条は『アイデア』だ。
    (大甘だが、このままでは本当に全滅するからな)
七条 :救済措置ですか。有難うございます。


西園寺:アイデア(75-10)→31 成功
中嶋 :アイデア(70)→49 成功
七条 :アイデア(60-20)→18 成功


丹羽 :(おっ、女神の機嫌が直ったか!?)
    三人は触手の動きが、まるで苦手なものにうっかり触れそうになって慌てて避けた様に見え
    た。投光器の光は当たってなかったから違う。なら、何だ……そう考えて、ほぼ同時に啓太
    が落とした御緒鍵(おおかぎ)に思い至った。地震で皆が近くに寄ってたのが幸いしたらし
    い。触手は郁ちゃん達に接近と退避を繰り返して、空中で手をこまねいてた。
西園寺:それを見た私は呟く。これは……御緒鍵(おおかぎ)の加護か。
中嶋 :恐らく俺達を一つの塊として捉えているのだろう。投光器で触手を牽制しながら、御緒鍵
    (おおかぎ)を持つ者を中心に纏まって進めば、何とか扉まで辿り着けるかもしれない。
七条 :そのためには遠藤さんに気をしっかり持って貰わなければなりません。そう言って僕も遠
    藤君に『精神分析(物理)』をします。
丹羽 :こぶし判定だ。


七条 :こぶし(50-20)→68 失敗


丹羽 :七条は遠藤の頬を叩こうとしたが、踏み出した足の痛みにグラッと身体がよろめいた。
西園寺:直ぐに肩を貸す。無理をするな、臣。
七条 :……っ……有難うございます、郁。
丹羽 :また中嶋の番だぜ。どうする?
中嶋 :決まっている。『精神分析(物理)』だ。
伊藤 :何かボコボコだな、和希……全部、失敗だけど。
遠藤 :ははっ……


中嶋 :こぶし(50)→75 失敗


丹羽 :遠藤……お前、本当に日頃の行いを見直した方が良いぜ。女神の殺意が凄過ぎる。
遠藤 :女神の気に障ることをしたつもりはありませんが、俺も少し心配になってきました。
丹羽 :それじゃあ、中嶋は遠藤の意識をこちらに向けようと肩を強く掴んだ……が、その微かな
    揺れに啓太が苦しそうに呻いた。
伊藤 :うっ……
遠藤 :啓太!
中嶋 :……っ……!
丹羽 :咄嗟に中嶋は力を緩め、啓太の様子を窺った。啓太の瞼は重く閉じられ、血の気を失った
    頬は酷く蒼ざめてる。早く手当をしなければという焦りで遠藤に掛けようとした言葉が霧散し
    た。次は遠藤だが、発狂中だから飛ばして郁ちゃんだ。
    (何か締りのねえ展開だな……つまらねえ)
西園寺:遠藤に『精神分析(物理)』だ。
    (単調な展開にそろそろ丹羽が飽き始める頃だ。早く遠藤を正気に戻さなければ……)


西園寺:こぶし(55-10)→16 成功 1D3+1D4→2
遠藤 :HP(17)→15


「あ~あ、最低値かよ」
 出目を見た丹羽が不満そうにぼやいた。その声を無視して七条が言った。
「さすがです、郁、これで少し希望が見えてきました」
「俺としては複雑な心境ですが……」
 和希は小さく頬を掻いた。

丹羽 :なら、郁ちゃんは中嶋の動揺を見て取ると、再び右手を振り上げて今度こそ遠藤の頬を思
    い切り引っ叩いた。渾身の力の籠もった一撃を食らって遠藤は大きく目を瞠った。
西園寺:お前が取り乱してどうする! ここで啓太を死なせる気か!
遠藤 :……啓、太を……死なす……啓、太……っ……駄目、だ。啓太、は……啓太は、必ず助け
    る!
丹羽 :郁ちゃんの叱責と啓太を助けるという強い一念が遠藤を一時的に正気へと戻した。だが、
    啓太から離れるとまた直ぐ発症するからな。
遠藤 :わかりました。俺は啓太を両手に抱えたまま、西園寺さん達に尋ねます。今はどういう状
    況なんですか?
西園寺:触手は御緒鍵(おおかぎ)には近寄らない点を利用して扉まで移動しようとしていたところ
    だ。
中嶋 :同時に投光器でも牽制すれば、無事に辿り着けるはずだ。
遠藤 :成程……では、投光器を一つ扉の方に向けて置いていきましょう。これで背後からは襲わ
    れ難くなるはずです。西園寺さん、七条さんをお願いします。七条さんは御緒鍵(おおかぎ)
    をしっかり持っていて下さい。
西園寺:わかった。
七条 :わかりました、と僕は頷きます。
中嶋 :なら、俺は投光器で周囲の触手を警戒する。
遠藤 :お願いします。俺は啓太を連れて行きます。そうして気絶した啓太を抱き上げます。
丹羽 :七条が少し腰を屈めて御緒鍵(おおかぎ)を拾い上げると、周囲の触手がざわついた。一
    瞬、郁ちゃん達に緊張が走る……が、触手は襲ってこなかった。それに力を得た四人は投
    光器の光を背に受けながら、ゆっくり扉へ向かって歩き始めた。しかし、先へ進むにつれて
    背後からの光は弱くなり、触手の動きが大胆になってくる。中嶋、DEX(敏捷)対抗ロール
    だ。失敗すると、誰かが触手に襲われるかもしれねえ。成功率は60%だ。
西園寺:これを失敗すると、また厳しくなるぞ、中嶋。
中嶋 :わかっている。


DEX(敏捷)対抗ロール(60)→10 成功


中嶋 :ふっ、問題なかったな。
丹羽 :何度か触手は近づこうとしたが、その都度、中嶋は素早く投光器を向けて追い払った。や
    がて段差の処まで来ると、意識のねえ秀人を背負った智子がいた。先に段差を上った伸康
    が手を伸ばして秀人の服を引っ張り、下から智子が必死に押し上げてる。足音に気づいた
    智子は嬉しそうに顔を上げた。しかし、傷ついた啓太を見た途端、さっと顔色を変えた。
中嶋 :智子を落ち着かせるために先に声を掛ける。気絶しているだけだ。今はここを出ることに
    集中しろ。
智子 :あ……はい、わかりました。
丹羽 :中嶋の言葉に智子は微かに頷いた。さて、洞窟に入る前に言ったが、この段差を上るには
    1R(ラウウンド)使って『登攀(とうはん)』×2に成功する必要がある。気絶してる啓太と秀
    人は自動失敗だから誰かが引っ張り上げるしかねえ。その場合は引っ張られる者のSIZ
    (体格)とでSTR(力)対抗ロールをする。
遠藤 :下から押し上げたら補正は付きませんか?
丹羽 :なら、押し上げてる者のSTR(力)の半分を補正として加える。順番は自由に決めてくれ。
西園寺:決めるまでもない。比較的、手が空いているのは中嶋だけだ。まず中嶋を先に登らせる。
    その成否で残りの順番を考える。
丹羽 :了解。中嶋は投光器を持ってるが、それはどうする?
中嶋 :先に段差の上に乗せる。対抗ロールが必要か?
丹羽 :いや、『登攀(とうはん)』×2を振ってくれ。


中嶋 :登攀(80)→59 成功


丹羽 :中嶋は難なく段差を上った。これで上から引っ張ることが可能になったが、三人目以降は
    疲れてマイナス補正が入るぜ。
中嶋 :わかった。
丹羽 :次はどうする?
中嶋 :上から智子に手を伸ばして秀人を引き上げる。
丹羽 :中嶋は上から身を乗り出して秀人の襟元を掴んだ。それに気づいた智子が再び背中で下
    から押し上げた。STR(力)とSIZ(体格)の対抗ロールだが、これは自動成功だ。中嶋は秀
    人を引き上げると、取り敢えず、傍に横たわらせた。伸康が心配そうに秀人の顔を覗き込ん
    だ。
伸康 :この子、大丈夫?
中嶋 :眠っているだけだ……智子、一人で上れるか?
智子 :はい、多分……
丹羽 :智子は段差の縁に両手を掛けた。伸康が手伝う様に智子の服を引っ張る。
伸康 :頑張って、お姉ちゃん。


智子 :登攀(80)→28 成功


丹羽 :伸康に励まされ、智子は何とか段差をよじ登ることが出来た。
智子 :はあ、はあ……あ、有難う、ノブ君……平気? 怪我とかしてない?
伸康 :うん、お姉ちゃんは?
智子 :私も大丈夫。
伸康 :そっか。良かった。
丹羽 :智子と伸康は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。多分、昔もこんなふうに一緒にいたんだ
    ろう。互いに数奇な運命を辿ってきた二人の間にはまた新しい絆が出来始めてた。次は誰
    にする?
西園寺:負傷者を先にしたいが、御緒鍵(おおかぎ)を持っている臣が上がると、下に残っている者
    が襲われるかもしれない。
七条 :ええ、僕は最後で良いです。先に伊藤君をお願いします。
遠藤 :なら、俺が下から押し上げます。KP(キーパー)、段差の上の中嶋さんに声を掛けます。
    中嶋さん、啓太を引き上げて下さい。俺も下から手伝います。
中嶋 :わかった。
丹羽 :遠藤はマイナス補正が40%掛かってるから中嶋のSTR(力)に5加えて対抗ロールをす
    る。成功率は85%だ。


STR(力)対抗ロール(85)→22 成功


丹羽 :中嶋は啓太の肩に注意しながら、慎重に引き上げて腕の中に収めた。右肩が血塗れの啓
    太を間近に見た智子が悲鳴を堪える様に両手で口元を押さえた。そのとき、ふっと啓太が
    少しばかり意識を取り戻した。
    (最後まで沈黙は可哀想だからな)
伊藤 :……中、嶋……さん……
中嶋 :黙っていろ……何も考えるな。
伊藤 :は、い……
丹羽 :(折角、場面を作ってやったんだから、もう少し何か言うことがあるだろう……まあ、別に良
    いけどよ)
    中嶋、啓太を抱えたままだと引き上げるときのSTR(力)が半減するが、どうする?
中嶋 :段差の上は洞窟と同じで岩だらけだ。怪我人を横たえる訳にはいかない。
伊藤 :……
    (やっぱり優しいな、中嶋さんって)
七条 :それを下から見ていた僕は遠藤君を振り返って言います。先に行って下さい。
遠藤 :いえ、俺は最後で良いです。警察官が市民より先に逃げる訳にはいきません。そう言いつ
    つ、俺は不安そうに段差の上を見つめます。
西園寺:逃げるのではない。上にいるのは中嶋以外は怪我人と子供だ。どちらにより助けがいる
    かは一目瞭然だろう。それに、今のお前は精神的に不安定だ。また取り乱されたら困る。
遠藤 :……わかりました。有難うございます。俺は二人の心遣いに軽く頭を下げて先に段差を上
    ることにします。
丹羽 :遠藤はマイナス補正が40%あるから初期値で振ってくれ。


遠藤 :登攀(80-40)→8 成功


丹羽 :遠藤は身体のだるさを堪えて両腕に力を入れ、一気に段差をよじ登った。上に着いた遠藤
    はすぐさま啓太に目をやった。すると、啓太がぼんやりこちらを眺めてた。
遠藤 :啓太!
伊藤 :……和、希……
丹羽 :その声に啓太は何とか意識を保とうとした……が、中嶋と遠藤の顔を見て安心したのか、
    ゆっくり瞼を閉じた。
中嶋 :……!
遠藤 :啓太っ……! 俺は慌てて啓太に駆け寄ります。
丹羽 :啓太を抱えてた中嶋には気絶しただけだと直ぐにわかった。だが、そうとは知らねえ遠藤
    はまた恐怖に瞳を揺らし始めた。
中嶋 :こいつを頼む。そう言って俺は遠藤に啓太を渡す。また不定を発症されたら面倒だ。
丹羽 :一瞬、遠藤は動揺したが、中嶋から受け取った啓太の温もりに辛うじて落ち着きを取り戻
    した。腕の中にしっかり啓太を抱え込んで大きく胸を撫で下ろす。
遠藤 :良かった、啓太……良かった……
中嶋 :……
丹羽 :残るは郁ちゃんと七条だぜ。
七条 :なら、僕は郁に言います。先に行って下さい、郁。
西園寺:いや、臣の足ではここを上るのに助けがいる。私は最後で良い。
七条 :ですが……
西園寺:譲り合うのは時間の無駄だ、臣、私の考えは変わらない。
七条 :……わかりました。では、郁、これをお願いします。そうして僕は郁に御緒鍵(おおかぎ)を
    渡します。
西園寺:KP(キーパー)、私が臣を下から押し上げた場合、ロールはどうなる?
丹羽 :七条は気絶してねえからマイナス補正と相殺して『登攀(とうはん)』×2だ。中嶋の手を借
    りるなら、もう少し補正を付けるぜ。
七条 :いえ、80%なら大丈夫です。
遠藤 :クトゥルフ(CoC)の80%は信用出来ないですよ、七条さん。
伊藤 :うん……俺もそう思う。
中嶋 :嫌がる奴に態々手を貸す必要はない。
西園寺:全く……
丹羽 :(今、フラグが立った気がするな)
    要らねえって言うなら無理には勧めねえよ。振ってくれ、七条。


七条 :登攀(80)→81 失敗


 その瞬間、明らかに七条の顔が強張った。中嶋が小さく鼻で笑う。
「ふっ、くだらん見栄を張るからだ」
「惜しかったですね、七条さん」
 慌てて啓太が慰めた。はあ、と西園寺はため息をついた。
「補正を入れるべきだったな。私も詰めが甘かった」
「最後は郁ちゃんだが、待機するか?」
 丹羽が尋ねると、西園寺は少し考え込んだ。
「……私の番を放棄して、再度、臣が挑戦することは出来ないか?」
「それはRP(ロール・プレイ)次第だな。郁ちゃんを先に行かせようとした七条がまた上ろうとするにはそれなりに理由が必要だ」
 確かに、と七条は頷いた。
「一度、失敗した僕は二度目は郁を先にと思いますね」
「だろう。だから、単に七条が郁ちゃんに合わせただけなら俺は許可しないぜ」
「わかりました。僕は僕のRP(ロール・プレイ)をします」
「そんな臣を私は全力で説得する」
 西園寺は静かに気を引き締めた。

丹羽 :なら、状況はこうなる。遠藤に続いて段差をよじ登る七条を郁ちゃんは下からグッと押し上
    げた。だが、あまり足が踏ん張れねえ七条はもう少しというところで手が滑って落ちてしまっ
    た。痛む足を抱えて床に座り込む。
西園寺:私は臣の傍に片膝をついて顔を覗き込む。大丈夫か、臣?
七条 :痛っ……っ……はい、何とか……
西園寺:ここは足場がなくて滑り易い。ロック・クライミングでもしていれば良かったな。
七条 :そう、ですね……
西園寺:どうした、臣?
七条 :……郁、やはり貴方が先に行って下さい。ここさえ上れば外はもう直ぐそこです。僕も後か
    ら行きますから。
西園寺:何を馬鹿なことを……その足でこの段差を一人で上れる訳がない。お前はここで生を諦
    めるつもりか?
七条 :その言葉に僕は小さく瞳を伏せます。僕は……足手纏いにしかなりません。
西園寺:それは否定しない。だが、お前にはまだ秀人を預かった責任があるはずだ。坂井亡き
    今、お前以外の誰があの子を父親の元へ帰すと言うのだ。臣だからこそ、坂井は大事な一
    人息子を預けた。その責任を放棄して勝手に他人に押しつけるな。私はそんな友人を持っ
    た覚えはない。
七条 :……なら、僕は友人失格ですね。
西園寺:臣……私はこういう性格だから知り合いは多いが、友人と呼べる者は少ない。総て数えて
    も両手で事足りてしまう。その私から大事な友人を奪わないでくれ……頼む。
七条 :その声音が気になって僕は少しだけ視線を上げます。郁……
西園寺:もし、臣が本当にもう動けないのならば、私も一緒にここに残る。
七条 :……ずるいですね、郁、そんなことを言われて僕が穏やかでいられると思いますか? 貴
    方を巻き込んで平気でいられるほど僕はまだ人生を捨ててはいません。わかりました。もう
    一度、手を貸して下さい、郁……僕が立ち上がるために。
西園寺:ああ……喜んで。そう言って私は臣に手を差し出す。
七条 :その手を取って僕は小さく呟きます。今、僕は心から感謝します。あの日、車が壊れて貴
    方と出会った奇跡に。
丹羽 :よし! それじゃあ、改めて七条はダイス・ロールだ。


七条 :登攀(80)→95 失敗


七条 :くっ……
丹羽 :郁ちゃんに励まされた七条は再び段差を上り始めた。痛みに震える足を叱咤し、郁ちゃん
    に押し上げられ、何とか段差の上に上体を乗り出す。だが、そこで急にふっと足の力が抜け
    た。つま先が空を切る感覚に、落ちる……と七条が覚悟したとき、三つの手が自分の腕を
    ガシッと掴むのを感じた。一つは中嶋、一つは智子、残るもう一つは……
七条 :……!?
丹羽 :三ヶ月前の事件で知り合った私立探偵の丹羽だった。


「ここでか」
 西園寺が低く呟いた。丹羽はニカッと破顔した。
「良いRP(ロール・プレイ)だったからな。お助けキャラとして出すことにした。但し、あくまでもNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)だ。戦闘には参加しねえ」
「やはりまだ戦闘があるのか」
 中嶋の鋭い指摘に丹羽は慌ててシナリオを進めた。

丹羽 :おっと、危ねえ!
中嶋 :丹羽……!
智子 :しっ、かり……!
丹羽 :意外な人物の姿に誰もが驚いたが、一先ず三人は七条を引き上げた。七条が右足を庇っ
    てるのを見て取った丹羽が直ぐ肩を貸す。
七条 :有難う、ございます。でも、なぜ、丹羽さんがここに……?
丹羽 :京都での仕事が予定より早く終わってな。こっちに合流するって二・三日前に中嶋に連絡
    したんだが、聞いてなかったか?
七条 :いいえ、初耳です。
丹羽 :中嶋、ちゃんと言っておいてくれよな。
中嶋 :日付の指定もない曖昧な口約束を話す訳がないだろう。
丹羽 :あ~、取り敢えず、早く郁ちゃんを引き上げようぜ。何か変なものがいるしよ。そう言って丹
    羽は触手を顎で指した。郁ちゃんのマイナス補正は10%だが、俺達の手を借りるか?
    (本当は触手のターンだが、この後、本命が控えてるからな)
西園寺:ああ、その10%が命取りになるかもしれない。
丹羽 :なら、中嶋は三人目で疲れがあるし、俺は七条に肩を貸してるから二人合わせてマイナス
    補正と相殺ってことで、『登攀(とうはん)』×2で振ってくれ。


西園寺:登攀(80)→74 成功


西園寺:相殺しなければ失敗だったな。
中嶋 :どこかの犬とは大違いだな。
七条 :……
丹羽 :丹羽と中嶋に引っ張られて郁ちゃんは何とか段差を上ることが出来た。もう扉は目の前
    だ。ここで改めて全員の状態を纏めるぜ。今、完全に手が空いてるのは中嶋、智子、伸康
    の三人だ。御緒鍵(おおかぎ)は郁ちゃん、気絶した啓太は遠藤、七条は俺の肩を借りて
    る。秀人は当分、起きそうにねえ。投光器は一つだ。


 その言葉に七条は小さく腕を組んだ。
「秀人君と投光器を運ぶ人を決めなければいけませんね。戦闘がなければ投光器は置いて行っても良いんですが」
「やっぱりまだ戦闘があるんですね」
 啓太が残念そうに呟いた。俺、気絶してるから何も出来ない……
「KP(キーパー)が迂闊にも漏らしたからな」
 中嶋が言った。和希も同意する様に頷いた。
「戦闘がある以上、武器となる物をNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)に持たせる訳にはいきません。投光器は中嶋さんが持つのが自然です」
「だが、そうなると秀人は智子が背負うことになる。女性に子供を背負わせるのはあまり良い気がしない」
 西園寺は顔を顰めた。なら、と七条が軽く手を上げた。
「御緒鍵(おおかぎ)はまた僕が持ちます、完全に動けない訳ではないので」
「わかった。私はDEX(敏捷)にマイナス補正が付きそうだが、秀人と智子、伸康を守ることにしよう」
「ここを出たら、扉はさっさと封印するか?」
 丹羽が口を挟んだ。勿論だ、と西園寺は答えた。
「背後から触手に襲われる可能性もある。直ぐに封印する」

丹羽 :なら、シナリオに戻るぜ。全員が段差を上ったので、中嶋は再び投光器を手に持った。郁
    ちゃんは御緒鍵(おおかぎ)を七条に渡して秀人を抱き上げる。扉は直ぐそこだから順番に
    外へ出ると、さっさと封印することにした。扉には御緒鍵(おおかぎ)を嵌める溝が四つあっ
    た。足元にはここに嵌ってたらしい鍵が四つ落ちてるが、一つはひしゃげて使い物になりそ
    うもなかった。
中嶋 :扉を閉めて使える物を三つ拾って溝に嵌める。
七条 :僕も持っている鍵を取り付けます。
丹羽 :中嶋、投光器は持ったままか?
中嶋 :……いや、直ぐ取れるよう足元に置いて三本の鍵を拾う。
丹羽 :中嶋が溝に御緒鍵(おおかぎ)を一つ嵌めると、中から触手が扉をバンバンと叩いた。う
    おっ、と丹羽が驚きの声を上げた。
中嶋 :丹羽、扉を押さえろ!
丹羽 :中嶋の言葉に丹羽は返事よりも早く反応した。すぐさま身体で扉を押さえる。その隙に中
    嶋は二本目を溝に嵌め込んだ。扉の中で触手が更に激しく暴れ出した。何かを叩きつける
    様な音に智子が小さく震えて両手で耳を塞いだ。伸康が不安そうに智子にしがみついた。
伸康 :お、お姉ちゃん……
智子 :ノブ、君……
西園寺:二人とも私から離れるな。早く封印をっ……!
七条 :はい!
丹羽 :七条が持ってた御緒鍵(おおかぎ)を扉に取り付けた。三つ目の封印を感じた触手は今度
    は体当たりを繰り出してきた。一段と増した圧力に扉がギシギシと軋んだ。
西園寺:気をつけろ、丹羽!
丹羽 :くっ、凄い力だ! このままじゃ持たねえ!
七条 :僕も身体で扉を押さえます。
遠藤 :俺は啓太の身を考え、扉から少し離れた場所で様子を窺います。あと一つです、中嶋さ
    んっ……!
丹羽 :丹羽と七条は必死に扉を押さえた。洞窟内には触手が扉を叩く雷鳴の様な音が響き渡っ
    てる。丹羽が叫んだ。中嶋、急げっ!!
中嶋 :これで、最後だっ……!
丹羽 :中嶋は四本目をしっかり扉の溝に嵌めた。すると、あれほど凄まじかった轟音がピタッと
    やんだ。恐ろしいほどの静寂が辺りを包み込み、やがて洞窟内に満ちる不吉な闇の雰囲気
    が徐々に……だが、確実に薄らいでいった。
西園寺:私はそっと周囲を見回して呟く。終わった、のか……?
中嶋 :そのはずだ。扉は完全に封印した。
七条 :なら、これで三年は持ちますね……良かった。
遠藤 :まさかこんな場所にこれほどの神話生物が封印されていたとは……早急に対策を立てな
    ければ。
丹羽 :対策? 確か警察内に神話生物に対応する特殊な部署があると聞いたことがある。もし
    かして……?
遠藤 :はい、俺はそこに所属しています。貴方は丹羽哲也さんですね、三か月前の杉山邸での
    事件の生き残りの。その節は啓太がお世話になりました。俺は啓太の従兄で遠藤和希と言
    います。
丹羽 :おっ、啓太から話だけは聞いたことあるぜ。そうか。改めて……俺は丹羽哲也だ。私立探
    偵をしてる。これから宜しく頼むぜ。
遠藤 :こちらこそ宜しくお願いします。
丹羽 :二人の平和な挨拶に皆の気がふっと緩んだ、そのとき……智子にしがみついてた伸康が
    不安そうに言った。
伸康 :ねえ、お姉ちゃん……目が……何か変だよ。



2015.11.21
漸く封印出来ました。
王様も自分を出せて満足してそうです。
後は今までの苦労が水の泡にならないよう、
最後の戦い、頑張って~

r  n

Café Grace
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