西園寺:彼女は扉を閉めてコートを脱ぐと、自分の左腕にそっと掛けた。年齢は二十代前半くらい
    だろうか。飾り気のない地味なモス・グリーンのアンサンブルを着ているが、立ち居振る舞
    いにどこか洗練されたものを感じる品の良い女性だった。彼女は教会内を不安そうに見回
    した。熱心な信者が何人かいるが、皆、それぞれ祈りに夢中で彼女の方を見向きもしない。
    仕方なく彼女は祭壇の前で跪いている啓太の元へ恐る恐る近づいて来た。それに気づい
    た啓太は祈りを終わらせて立ち上がった。RP(ロール・プレイ)を頼む。
伊藤 :なら、俺は静かに振り返ります。どうかなさいましたか?
西園寺:すると、彼女は少し躊躇ったが、啓太が首から掛けている金のロザリオを見て小鳥の囀
    る様な綺麗な声で尋ねた。
後小路:あの……ここに伊藤啓太という神父様がいらっしゃると聞いたのですが、貴方のことでしょ
    うか?
伊藤 :(神父だし、俺じゃ変だよな)
    はい、私が伊藤啓太です。
後小路:ああ、良かった。私は後小路幸哉の妻で沙耶と申します。
西園寺:安堵した沙耶は胸に軽く手を当てながら、丁寧に名前を名乗った。後小路幸哉はこの辺
    りでは相当な資産家で熱心な信者ではないが、税金対策を兼ねて何度か教会に寄付をし
    ている。咄嗟に啓太が思い出したのはそのくらいだ。
伊藤 :わかりました。えっと……俺は沙耶さんに優しく微笑み掛けます。ああ、後小路氏の奥様
    でしたか。氏とは暫くお会いしていませんが、お元気ですか?
後小路:あ……ええ、実はそのことで今日は神父様にお願いしたいことがあって参りました。
西園寺:沙耶は表情を曇らせ、少し上目遣いに啓太を見つめた。
後小路:最近、主人は深い悩みを抱えている様なのです。ずっと部屋に閉じ籠もったまま、食事に
    も殆ど手をつけません。このままではいつか身体を壊してしまうので、私は誰かに相談する
    よう何度も頼みました。でも、聞き入れては貰えませんでした。そうしたら、昨日……突然、
    主人は自分の腕の肉を噛み千切ったのです。
伊藤 :(うわっ、最初から発狂!? でも、今回の俺はきっとそのくらいじゃ動じないよな)
    俺は驚いた顔をして胸の前で十字を切ります。何と恐ろしい……後小路氏はご無事です
    か?
後小路:ええ、幸い私が傍にいたので急いで手当てしました。本当は病院へ行きたかったのです
    が、主人が酷く嫌がって……それなら、せめてお医者様を呼ばせて下さいと頼みました。す
    ると、主人はこう言いました。この教会にいる伊藤神父をここまで連れて来て欲しい。そうし
    ら病院へ行く、と。きっと主人は神父様に何かを打ち明けたいのだと思います。ですから、ど
    うか今直ぐ私と一緒においで願えませんでしょうか?
西園寺:そのとき、祭壇の左にある啓太の執務室へと繋がっている扉が開いて中から遠藤と中嶋
    が出て来た。二人はここで合流する。
遠藤 :なら、俺達は執務室で次の実験体の移送について話していたことにします。では、その様
    に手配を……と言い掛けて俺は啓太以外の存在に気づいて口を噤みます。
中嶋 :俺は遠藤の視線の先にいる女を一瞥しただけで特に興味は示さない。
伊藤 :(指示はないけど、二人を誘った方が良いよな)
    和希と中嶋さんに気づいた俺は静かに手招きします。ああ、丁度良いところに……二人と
    も、こちらへ来てくれませんか?
遠藤 :(啓太も少し慣れてきた感じだな)
    俺は小さく頷いて啓太の元へ行きます。どうかなさいましたか、神父様?
中嶋 :仕方なく俺も黙ってその後に続く。
伊藤 :後小路さん、この二人は遠藤と中嶋です。日頃から教会のために色々尽力して貰っていま
    す。遠藤さん、中嶋さん、この方は後小路氏の奥様です。
後小路:はじめまして。後小路沙耶です。
西園寺:沙耶は二人に一応の挨拶はしたが、それ以上の会話は不要とばかりに直ぐ啓太へ視線
    を戻した。
伊藤 :あっ、沙耶さんに『心理学』を振ります。
    (奈緒美さんのときの様な罠かもしれないから振っておいた方が良いよな)
遠藤 :俺は沙耶に『目星』をします、まずは運試しに。
西園寺:遠藤は『知識』も振れ。
    (情報を出すには少し早いが、印象的な苗字だからな……もっと普通のものするべきだった
    か)


伊藤 :心理学(75)→??
遠藤 :目星(75)→80 失敗
    :知識(55)→22 成功


西園寺:啓太は沙耶はただ幸哉のことが心配で急いでいると思った。遠藤は沙耶の美しさに見惚
    れて特に何も気づかなった。だが、後小路という苗字には覚えがあった。中嶋へ実験体を
    提供するために取り引きしている人身売買の組織の幹部から、その苗字の大口の客がい
    ると聞いたことがある。
遠藤 :単なる同姓という可能性もない訳ではなさそうですね。名前は知りませんか?
西園寺:そこまでは聞いてない。
遠藤 :でも、危険な人物に変わりはなさそうです。このことを啓太と中嶋さんは知っていますか?
西園寺:それはお前の性格次第だ。
遠藤 :偶然、小耳に挟んだ程度なら中嶋さんには言いませんが、啓太には総て話していますね。
    俺は啓太を妄信しているので。
西園寺:ならば、啓太も知っている。二人はそれを踏まえてRP(ロール・プレイ)を続けろ。
伊藤 :(俺は……きっと気にしないよな)
    それじゃあ、二人に沙耶さんから聞いた話をして、これから後小路さんの家に行くことを伝え
    ます。
遠藤 :それを聞いた俺は慌てて啓太を止めます。神父様、一人で行かれるのは危険です。自分
    の腕の肉を噛み切るなど……奥様にはお気の毒ですが、後小路氏はとても正気とは思え
    ません。どうしてもと行くと言われるなら、私達も一緒にお連れ下さい。
中嶋 :……俺もか? なぜ?
遠藤 :人が突然、正気を失うとは考え難いからです。もし、何らかの薬物が関係しているのなら、
    貴方の卓越した薬学の知識が役に立ちます。
中嶋 :人の正気を失わせる薬か……確かにそれは興味深い。良いだろう。
伊藤 :わかりました。では、これから三人で――……
西園寺:しかし、その言葉は途中で沙耶に遮られた。
後小路:あ、あの……申し訳ありませんが、主人の部屋へは神父様しかお通し出来ません。
遠藤 :それはどういうことですか?
後小路:主人は人見知りが激しい上に先端恐怖症でして……今は知人以外とは会おうとしないの
    です。本当に神父様だけ特別に……でも、ロザリオなどの私物は決して家に持ち込ませな
    いようきつく言われております。ですから、出来れば神父様お一人で……もし、どうしてもお
    二人が同行するのなら、身の回りの品は総てここに置き、家では主人の要件が終わるまで
    別室で待って頂くことになります。
遠藤 :(いきなり啓太だけ単独行動か……不安はあるが、まだ導入だ。今は従っておこう)
    構いません。
中嶋 :わかった。
西園寺:全く引こうとしない二人に沙耶は諦めて小さく頷いた。ここで三人の持ち物を確認する。今
    回はクローズド・サークルではないので、必要なものはいつでも購入出来る。今、申告する
    のは後小路の家へ持って行きたい物だ。それは『隠す』に成功しなければ、沙耶に見つかっ
    て注意される。財布や携帯も例外ではない。
伊藤 :わかりました。俺はロザリオと聖書を持って行きたいけど、沙耶さんに言われたので手ぶら
    で行きます。
遠藤 :俺は内ポケットにナイフを隠して行きます……初期値ですが。
西園寺:銃ではないのか? 後から入手するつもりならば、相応の時間がかかるぞ。
遠藤 :大丈夫です。自室にはS&W M39を隠しています。俺は状況に応じて銃とナイフを使い
    分けていますから。
西園寺:そうか。その銃の威力は1D10、装弾数は8だ。
遠藤 :はい。
中嶋 :俺は念のため実験中の睡眠薬を持って行く。
西園寺:では、二人は『隠す』を振れ。


遠藤 :隠す(15)→18 失敗
中嶋 :隠す(80)→00 ファンブル


伊藤 :ああ、惜しい、和希。
西園寺:見事なファンブルだな、中嶋……ならば、こうなる。遠藤は内ポケットのナイフを持って行
    こうとしたものの、沙耶に目聡く見つかって注意された。中嶋は沙耶が遠藤と話している隙
    に睡眠薬の包みを袖口に忍ばせようとして祭壇に躓いてしまった。咄嗟に手をついたが、
    手首を捻って痛めてしまう。HP(耐久力)1減少だ。更に落とした包みを沙耶に見られてし
    まった。以降、沙耶は二人から目を離さないから持ち込みは出来ない。


中嶋 :HP(14)→13


遠藤 :素直に置いて行くしかないですね。
中嶋 :ああ。
伊藤 :KP(キーパー)、中嶋さんに『応急手当』を振ります。一応、俺は善良な神父なので怪我を
    した人を放っておかないと思うので。あと、そのときに中嶋さんの薬を俺が隠し持つことは出
    来ませんか?
西園寺:(ほう? 考えたな)
    『応急手当』は良いが、ファンブルなので薬は駄目だ。
伊藤 :わかりました。


伊藤 :応急手当(30)→73 失敗


伊藤 :なら、俺は中嶋さんの手首を気遣って優しく撫でるだけにします。大丈夫ですか?
中嶋 :ああ。
伊藤 :良かった。
西園寺:沙耶の監視の下、持ち物を総て置いた三人は徒歩で十分ほどの処にある後小路の屋敷
    へと向かった。ここで一旦、お前達の場面を切る。時間を沙耶が啓太の教会に現れた頃ま
    で戻して丹羽と臣の導入に移る。
丹羽 :よし! やるぜ、七条。
七条 :お手柔らかにお願いします、丹羽会長。
西園寺:現在の時刻は朝の九時だ。丹羽が駅前のタクシー乗り場で客待ちをしていると、夜勤明
    けの臣が乗り込んで来た。臣の自宅はそこから徒歩で十五分ほどだが、今日は疲れている
    のでタクシーで帰ることにした。臣は簡単に住所を告げると、車窓の外へ直ぐに視線を移し
    た。何かRP(ロール・プレイ)をするか?
七条 :いえ、僕は疲れているので話す気はありません。
丹羽 :俺も客のそんな空気を感じて黙ってるぜ。
西園寺:ならば、丹羽が目的地へ向かって黙々と車を走らせていると、突然、道端から白い服の
    女性が飛び出して来た。反射的にブレーキを踏んだ丹羽の瞳に彼女が倒れるのがはっきり
    と見える。タイヤの擦れる鋭い音が辺りに響き渡り、やがて車は止まった。車内からは轢い
    たかどうかまではわからない。
丹羽 :俺は急いで車から降りて彼女に声を掛ける。おい、大丈夫か!?
七条 :僕はその様子を車の中から注視しています。
西園寺:丹羽が慌てて前方に回ると、幸い、車は倒れた女性の手前で止まっていた。見たところ、
    特に怪我はない。年齢は二十代前半くらいだろう。とても美しい容姿をしているが、ぼろきれ
    の様な薄汚れた白い服に素足という奇妙な格好をしている。
丹羽 :(また女か。しかも、いかにも訳ありっぽい美人……)
    俺はその格好に驚きつつも、取り敢えず、ジャケットを脱いで彼女の肩に掛ける。
西園寺:すると、彼女は丹羽の手を凍えた指でキュッと掴んだ。
後小路:お願い。急いで私を家へ連れて行って!
丹羽 :えっ!? だが、その前に病院と警察に――……
後小路:どこも怪我はしてないから大丈夫。私は沙耶、後小路沙耶です。私は早く家に帰らないと
    いけないの。あれは貴方の車でしょう。お願い。あれに乗せて!
西園寺:沙耶は丹羽のタクシーを指差して自宅の住所を告げた。どうする?
丹羽 :(『心理学』を振るか? だが、俺のPOW(精神力)は10だからな……事故ったかもしれね
    え状況で、そこまで落ち着いてるとは思えねえ。その辺り、郁ちゃんはしっかりマイナス補正
    を入れてくるからな。少し様子見するか)
    俺はそれには返事せず、一先ず沙耶を宥めようとする。ちょっ、取り敢えず、落ち着いてく
    れ。なっ?
西園寺:すると、沙耶は不意に顔をグッと丹羽に近づけた。互いの吐息が触れ合うほどの至近距
    離で再び囁く。お願い……と。その蠱惑的な口唇に丹羽の視線は釘づけになった。ぽうっと
    頭の芯が痺れ、気がつくと丹羽は小さく頷いていた。


「ちょっと待った、郁ちゃん」
 突然、丹羽がシナリオを遮った。何だ、と西園寺は顔を顰めた。
「俺はまだ沙耶をどうするか判断してねえ。これが魔力か何かならPOW(精神力)で対抗ロールさせてくれ」
「魔力ではない。これはAPP(容姿)×5に補正値10%を足して判定した結果だ。言ったはずだ。とても美しい容姿をしている、と。誰も訊かなかったが、沙耶のAPP(容姿)は18。加えて今のお前は事故で動揺して沙耶の頼みを断り難くなっているから10%の補正を付けた。つまり、自動成功だ」
「APP(容姿)ロールは使わねえはずだろう」
 容姿で誰でも魅了出来たら交渉系技能の意味がなくなってしまうので、丹羽達は暗黙の裡に採用しないことにしていた。わかっている、と西園寺は頷いた。
「これは導入のために一時的に使用しただけだ。気に入らなければ、KP(キーパー)権限で進めるが?」
「沙耶を連れて行くことに変わりはねえから、まあ、どっちでも良いけどよ……乱発はするなよ」
「わかっている。お前が沙耶に恋愛感情を抱くことはないから安心しろ」
「人妻に手は出さねえよ」
 丹羽は軽く肩を竦めた。七条が言った。
「問題はこの後ですね。どうしますか、丹羽会長?」
「沙耶が二人もいるからな。取り敢えず、モス・グリーンの服の方をA、白い服をBとするか。沙耶Aは啓太達と後小路の家へ向かうんだよな。沙耶Bの自宅も同じか、郁ちゃん?」
「KP(キーパー)と呼べ……沙耶の自宅だから当然、同じだ」
 その答えに丹羽は低く唸った。
「なら、このままだと自宅で沙耶AとBが鉢合わせするな。無理やり病院へ連れて行って時間稼ぎをしても良いが、いずれ俺達は沙耶Bを自宅へ送り届けることになる。その間に沙耶Aが外出してなかったら、これは意味がねえんだよな」
「そうですね。ここは素直に沙耶AとBを鉢合わせるのが正解ではないでしょうか?」
「やっぱりそれしか考えられねえか……よし! 俺は七条に事情を説明した後、沙耶Bを自宅まで送り届けることにする」
「では、僕は畑違いとはいえ医者なので、念のため沙耶Bに付き添うことにします」
 二人の意見が纏まったので西園寺はシナリオを再開した。

西園寺:では、丹羽は沙耶に怪我がないことを確認すると、臣に事情を説明して別のタクシーを呼
    ぶと謝罪した。しかし、臣は乗り合わせたのも何かの縁だからと言って医師として暫く沙耶
    に付き添うと申し出た。病院へ行かないことに一抹の不安を覚えていた丹羽は有難くそれ
    を受け入れた。ナビで住所を調べると、沙耶の家はそこから車で三十分ほどの距離だとわ
    かった。丹羽は後部座席のドアを開けて沙耶を臣の隣に乗せると、滑る様に車を走らせ始
    めた。移動中、沙耶は何が珍しいのか、車窓に張り付いてひたすら景色を眺めている。何
    かしたいことがなければ、これで二人の導入も終了だ。
七条 :沙耶に『心理学』か『目星』を振れますか?
西園寺:臣は沙耶の話を間接的に聞いただけから『心理学』は出来ない。『目星』から得られる情
    報はない。話し掛けても今の沙耶は上の空の返事しかしない。
七条 :なら、僕は何もありません。
丹羽 :俺も話をしたい気分じゃねえから黙って運転する。
西園寺:では、再び啓太達の描写に移る。



2016.1.22
最初から波乱の予感です。
ダイスの女神の機嫌を窺いつつ、
慎重に行動してね~

r  n

Café Grace
inserted by FC2 system