暫く手の空いた七条は皆のRP(ロール・プレイ)を眺めながら、視界の隅で西園寺を窺っていた。
(やはり……あのときの郁の反応が気になります。伊藤君と遠藤君が僕を部屋へ送ってから執務室へ向かう流れの何が郁の注意を引いたんでしょうか)
 思うに、シナリオはそろそろ終盤に差し掛かっていた。しかし、まだ総ての情報が繋がっていなかった。一瞬とはいえ、紅茶を飲もうとした西園寺の動作が乱れたのは一足飛びにそこへ至る何かがあったに違いない。それがわかれば……
 七条は密かに息を吐いた。クスッと西園寺が笑った。
「臣、焦らなくとも、次の場面でかなりの情報が揃うぞ」
「それは楽しみですね」
「ああ、私もだ」
 どこか含みのある響きを言外に残して西園寺は僅かに口の端を上げた。

西園寺:猟犬を撃退した沙耶は啓太を振り返って言った。
後小路:大丈夫? 何か驚いて動けなかったみたいだけど?
伊藤 :いえ……あ……はい、少し動揺してしまいました。
丹羽 :あれが不浄の獣か……あんなのに狙われたら無理もねえよな。神父様は暫くどこかに身
    を隠した方が良いんじゃねえか? あんな化け物、生命が幾つあっても足りねえぜ。
後小路:無駄よ。あれは鋭角があればどこにでも現れるの。幸哉の様に曲線だらけの部屋に隠れ
    たら見つからないけど、そうしたら、今よりもっと過去か未来へ行って襲うだけよ。だから、助
    かりたいなら私から絶対に離れないで。
中嶋 :その代わり、後小路を探せ……か。
後小路:ええ、悪い条件じゃないはずよ。これで良くわかったでしょう。
遠藤 :後小路氏の行方は明日にでも判明すると思います。暫く神父様の護衛をお願いします、沙
    耶さん。そう言って俺は自分の不甲斐なさに拳をきつく握り締めます。
西園寺:沙耶は右手を元に戻しながら、わかった、と小さく頷いた。猟犬を叩き潰した床はその威
    力を語る様に大きく陥没していた。
中嶋 :俺はため息をついて顎でそれを指す。遠藤、その穴を塞いでおけ。
遠藤 :わかりました。取り敢えず、今はベニヤ板で蓋をして落ち着いたら修理屋を呼びます。
伊藤 :お願いします、遠藤さん。その間に私はコーヒーを淹れます。こんなことがあったので、皆
    さんもまだ落ち着かないでしょうから。
丹羽 :助かるぜ、神父様。なら、俺は七条先生を探してくるか。もう安心だって教えてやらねえと
    な。さて、どこへ行ったんだか……
中嶋 :大方、部屋の隅で震えているのだろう。俺は再び椅子に腰を下ろす。
西園寺:丹羽は臣を探しに行き、他の者は食堂か。ならば、丹羽と臣から先に描写する。中嶋の
    言葉通り、臣は先ほど仮眠を取っていた部屋のベッドの傍にいた。異様な眼差しで床の一
    点を凝視しながら、小さく膝を抱えて震えている。
丹羽 :……? 様子が変だな。どうしたんだ、七条先生? 俺は七条の傍に膝をついて顔を覗き
    込むぜ。
七条 :僕は行く先々で恐ろしい目に遭ったので、この世界はもう神話生物だらけになってしまった
    妄想に取りつかれています。恐ろしい……そこら中に、あんな……あんな肉塊や、化け物
    がいるなんて……一体、僕はどこへ逃げたら……
丹羽 :しっかりしてくれ、七条先生! 俺は七条の肩を強く掴んで、『信用』を振る。補正は付かね
    えか?
西園寺:二人は行動を共にすることが多かったから10%の補正を認める。
丹羽 :サンキュー、郁ちゃん。


丹羽 :信用(35+10)→58 失敗


西園寺:残念だが、丹羽の声は臣には届かなかった。臣はまだぶつぶつ何かを呟いている。
七条 :終わりだ……僕は……僕は、どうしたら……
丹羽 :こうなったら、一発……いや、客だった七条を殴るのは抵抗があるな。俺は食堂へ戻って
    皆を呼んでくるぜ。待ってろ、七条先生!
西園寺:丹羽から臣の様子を聞いた啓太達は急いで部屋に駆けつけた。素人目にも臣が正気を
    失っているのは明らかで、一瞬、誰もが言葉を失う。ここで臣はINT(知力)×5を振れ。失
    敗したら情報を出す。
七条 :狂人の洞察力ですね。わかりました。


七条 :INT(70)→98 ファンブル


西園寺:引きが強いな。では、酷い妄想に取りつかれた臣は肉塊の色から連想したのか、やがて
    こう呟いた。金曜血の池事件はあれに人が食われたせいだ、と。
丹羽 :七条先生、何を言って……
    (うわっ、どう足掻いても、バッド・エンドしか見えねえ)
中嶋 :……正気を失ったか。
    (これで大筋は読めた。問題は……)
遠藤 :七条先生、しっかりして下さい。
    (成程……クトゥルフの常識を逆手に取ったシナリオか)
七条 :もう、逃げられない……いずれ、僕達は……皆、あれに……食べられる!
    (ふふっ、一体、僕はどちら側なんでしょうね)
伊藤 :あの……大丈夫ですか?
    (何か皆の様子が微妙に変わった気がする……七条さんだけ、なぜか嬉しそうだけど)
西園寺:(啓太以外は気づいたか。ならば、早めに情報を出さないと不公平だな)
    啓太、臣に『信用』を振るか?
伊藤 :あっ、はい。
西園寺:では、成功したら、臣は1D3のSAN値を回復出来る。
七条 :お願いします、伊藤君。
伊藤 :はい。


伊藤 :信用(80)→27 成功 1D3→3
七条 :SAN(23)→26


西園寺:啓太は臣の傍に跪き、そっと手を取った。今の臣に言葉は通じなくとも、感触はわかるの
    で親が子を宥める様に何度も優しくその甲を撫でる。暫くそうしていると、臣の口数が徐々
    に少なくなってきた。やがて瞳に理性が戻り、臣はゆっくり啓太を見上げた。
七条 :有難うございます、神父様……少し、落ち着きました。専門家なのに取り乱してしまい、申
    し訳ありません。
伊藤 :お気になさらず。七条先生が無事で良かったです。
七条 :あの……あれ、は……?
丹羽 :沙耶さんが一撃で追い払ったぜ。床にちょっと穴が開いたが、まあ、安いもんだろう。
七条 :ああ、成程……と僕は曖昧に頷いて立ち上がります。KP(キーパー)、正気に戻ったなら、
    遠藤君に『精神分析』を使います、少しでもSAN(正気度)を回復させたいので。
西園寺:良いだろう。遠藤は落ち着いた場所で一時間ほど臣の『精神分析』を受ければ、SAN値
    を1D3回復出来る。二人でどこかの部屋へ移動するか?
遠藤 :いえ、皆と食堂へ行きます。俺達はどちらも不定持ちなので、そこで啓太の淹れたコーヒー
    を飲みながら、グループ・カウンセリング的な感じで『精神分析』を受けます。
七条 :ああ、それなら気分もゆったりするし、再発狂しても丹羽会長と伊藤君がいるので安心で
    すね。
西園寺:(巧くかわされたな)
    ならば、臣を連れて食堂へ戻ったお前達は様々な出来事で疲れた心をコーヒーで癒すこと
    にした。傍にある床の穴からは視線を逸らし、心地良い苦みに内に抱える不安を溶かして
    当たり障りのない会話に暫く花を咲かせる。臣が巧く話題を振ったこともあり、束の間の安ら
    ぎに誰もが時間の経つのを忘れた。『精神分析』は自動成功だ。臣以外は1D3を振れ。
丹羽 :有情だな、郁ちゃん。
西園寺:コーヒーと啓太の信用補正を加味しただけだ。
中嶋 :焼け石に水だが、ないよりはましだな。


丹羽 :1D3→2
    :SAN(43)→45
中嶋 :1D3→3
    :SAN(44)→47
遠藤 :1D3→2
    :SAN(4)→6
伊藤 :1D3→2
    :SAN(57)→59


西園寺:やがて夜も更け、お前達は明日に備えて休むことにした。深夜に何かしたいことがなけれ
    ば、明日の朝まで時間を進める。部屋割りは気にする必要はない。
丹羽 :少し引っ掛かるが、まあ、俺は普通に寝るぜ。
七条 :僕もです。
中嶋 :俺も寝る。就寝中に猟犬は来ない様だからな。
遠藤 :ですが、PC(プレイヤー・キャラクター)はそれを知りようがないので、啓太と俺と沙耶は居
    間に布団を持ち込んで三人で寝ることにします。そして、俺は少し早起きして全員の朝食を
    作りたいんですが、どのくらいの行動が出来ますか?
西園寺:その頃は不定が再発しているから手の込んだものは作れない。シリアルとインスタント・
    コーヒー程度だ。
七条 :僕もまた妄想に囚われているので、早めに『信用』をお願いしたいです。
伊藤 :わかりました。
西園寺:では、朝になり、丹羽と中嶋、臣、啓太、沙耶の五人が身支度を整えて食堂へ行くと、遠
    藤がトレイに乗せたシリアルとコーヒーを各人の席に配っているところだった。足音には気
    づいているはずだが、遠藤は顔すら上げようとしない。どこか狂気を帯びた目つきで黙々と
    手足を動かしていた。
伊藤 :取り敢えず、普通に声を掛けます。おはようございます、遠藤さん。朝食の準備をしてくれ
    たのですね。有難うございます。
遠藤 :神父様……いえ、こんなものしか用意出来なくて……申し訳ありません……
伊藤 :充分です。助かりました。
七条 :……これが最後の食事になるかもしれない。今日にも僕達は皆、あれに襲われて……
中嶋 :ふっ、怖いなら良く眠れる薬をやろうか?
丹羽 :七条先生、コーヒーでも飲んで少し落ち着こうぜ。なっ? そう言って俺は七条を無理やり
    椅子に座らせる。
西園寺:それを見た他の者も適当に席に着いた。遠藤は躊躇う様子を見せたものの、椅子を示す
    啓太の視線に大人しく従った。そして、啓太が静かに食前の祈りを捧げた後、皆でシリアル
    を食べ始めた。丹羽と啓太は『信用』を振れ。今回は食事中なのでSAN値の回復はない
    が、どちらかが成功したら二人の不定は暫く治まる。


丹羽 :信用(35)→07 成功
伊藤 :信用(80)→88 失敗


丹羽 :ふう、危ねえ。
伊藤 :良かった、王様が成功して。
西園寺:(啓太は失敗か。ならば、こうするか)
    丹羽は持ち前の陽気な性格とタクシーの運転で鍛えた話術で、食事が終わる頃には臣と遠
    藤の心を巧く静めることが出来た。しかし、啓太は沙耶がつけたテレビの音が気になって二
    人のことにまで意識が回らなかった。男性のアナウンサーが淡々とした声でマンションの一
    室で女性の遺体が発見されたニュースを読み上げている。被害者は東雲薫子だ。


「えっ!?」
 驚いた啓太はすぐさま和希を見やった。すると、和希は首を横に振った。
「俺はやっていないよ、啓太、そんな描写はなかっただろう」
「うん……でも、それなら、誰が……」
 丹羽、と西園寺が声を掛けた。
「『アイデア』を振れ。成功したら、お前は猟犬を見て発狂した遠藤が東雲と呟いたことを思い出す」
「おっ、今、それを言おうとしたところだったぜ」
 喜んでダイスを振ろうとした丹羽を中嶋が鋭い視線で止めた。
「待て。その声は啓太が即座にかき消した上に、お前は七条に意識を向けていた。きちんと聞き取れたとは思えない。振るなら、マイナス補正を付けるべきだ」
「あのときは俺もそう思ったからロールを要求しなかったが、東雲は珍しい苗字だから意識の片隅には引っ掛かってるはずだ。それを二度も聞けば、思い出すのは自然だと思うぜ。なら、マイナス補正はいらねえだろう。なあ、郁ちゃん」
「ああ、あの場で丹羽がロールを要求して失敗したならば、ここでの『アイデア』にはマイナス補正を付けるが、そうではなかった。だから、補正はない。ロールしろ、丹羽」
「残念だったな、中嶋、いよいよ年貢の納めどきだぜ」
 勝ち誇った顔で丹羽は勢い良くダイスを振った。

丹羽 :アイデア(65)→95 失敗


丹羽 :くそっ、肝心なときにダイス運が……!
中嶋 :ふっ、残念だったな、丹羽。
西園寺:では、そのニュースを聞いても丹羽は何も思い出さなかった。そして、アナウンサーは再
    び冒頭のニュースを繰り返した。金曜血の池事件の続報だ。昨夜は十一ヶ所で計十七人分
    の血液がばら撒かれ、警察は被害者の捜索範囲を更に広げたと伝えている。
丹羽 :うわっ、急に増えたな……と俺はテレビに視線を移すぜ。
七条 :僕もテレビを見ます。昨日までの被害者は確か十六人でしたよね。それが一晩で倍以上
    に……
伊藤 :恐ろしいですね、と言って小さく十字を切ります。
中嶋 :俺は興味がないのでコーヒーを飲んでいる。
遠藤 :俺もその事件より薫子を殺した犯人について考えています。
    (昨夜の内に動くべきだったのか……?)
西園寺:お前達がそれぞれテレビを見たり、考えごとをしていると、沙耶が静かな声音で呟いた。
後小路:……始まったね。いや、もう総て終わってると言った方が良いのかな。
丹羽 :……? どういうことだ?
七条 :気になる言い方ですね。何か知っているんですか、沙耶さん?
後小路:知ってる。でも、聞かない方が良いよ。もうどうしようもないんだから。
丹羽 :お嬢さん、何か知ってるなら教えてくれ。この事件のせいで、夜の客足が悪くなる一方なん
    だ。このままじゃ商売にならねえ。
後小路:なら、話すけど……この事件は単に昨日の晩だけ食べ方がヘタクソな個体が流行ったっ
    てだけの話よ。
丹羽 :食べ方……?
後小路:うん、はっきり言って血がばら撒かれてるなんてわかりやすい事象より、もっと大変なこと
    が水面下で起こってる……いや、起こってた。
西園寺:沙耶は一旦、言葉を切った。お前達を見て誰も口を挟む様子がないのを確認してから再
    び話し始める。
後小路:あいつらは幸哉が品種改良した神話生物よ……沙耶を作り出すために生み出した。
七条 :まさか……!
丹羽 :マジかよ……
中嶋 :ほう? 俺はゆっくり視線を上げて沙耶を見る。
後小路:きっと幸哉がうっかり何体か逃がしちゃったのよ。ちょっとドジなとこあるから。
丹羽 :ドジで済む問題じゃねえだろう! そいつらが人を殺してるんだぞ!
後小路:それは少し違うわ。確かにあいつらは人を食べる。でも、捕食した人体から遺伝子情報を
    読み取って食べられた人間に成り代わるの……記憶も知識も経験も、総てそのままに。本
    人に自覚はないから社会には何の影響も与えない。ただ、本能的に隙を見て増えるだけ。
    増殖する瞬間も自分が化け物だって自覚はないから、どうしようもないの。
丹羽 :おい、何だよ。それじゃあ、まるで……
七条 :沼男(スワンプ・マン)……
後小路:そう……昨日、その話はしたでしょ。人は、誰も死んでない。あいつらは人間を食べるけ
    ど、ちゃんと本人の姿形や人格と同じものに変異して捕食した人間の続きを始める。だか
    ら、誰も困らないし、放っておいても問題はないの。
丹羽 :何、言ってるんだ! 問題大ありじゃねえか! 現に皆が困ってるから、こんなにニュース
    になってるんだろう! 興奮した俺は椅子を蹴って立ち上がるぜ。
西園寺:そんな丹羽を沙耶は冷めた瞳で見上げた。
後小路:皆って誰? 誰かが成り代わりに気づいてるの? 誰も気づいてないよ。だって、その人
    間の人格がちゃんと作用してれば、それが本人かどうかなんてどうでも良いんだから。そう
    でしょう?
丹羽 :それは詭弁だ! 俺達は人間なんだぞ。このまま、誰も何もしなかったら、沼男(スワンプ・
    マン)に食われる未来しかねえじゃねえか!
後小路:なら、貴方はもう既に成り代わってしまった人達をどうするの? 殺すの? あいつらに自
    覚はないのよ。
丹羽 :そ、それとこれは話が別だ!
後小路:別じゃないわ。こうなってしまった以上、未来とはそういうことなよ。想像し難いなら、もっと
    わかり易く言ってあげる……この中にも、沼男(スワンプ・マン)はいるわ。
丹羽 :なっ……!
七条 :そんな……
中嶋 :……
後小路:たった今、食卓を囲んで食事をした仲間が沼男(スワンプ・マン)で貴方は何か困ったこと
    があった? 私が教えるまで気づきもしなかったじゃない。それなのに、沼男(スワンプ・マ
    ン)と知ったら殺すの? 神父様を、七条先生を、遠藤さんを、中嶋さんを……そして、自分
    自身を!
丹羽 :うっ……あ……
七条 :丹羽さん、落ち着いて下さい。沙耶さん、暫く席を外して貰えませんか? 僕達だけでこの
    問題を考えさせて下さい。
後小路:……わかった。この中に沼男(スワンプ・マン)がいるって言うのはたとえ話だから。ちょっ
    と言い過ぎた……ごめんなさい。私は居間の方にいるから何かあったら呼んで。
西園寺:そうして沙耶は静かに部屋から出て行った。全員、0/1D3のSAN(正気度)チェックだ。


丹羽 :SAN(45)→25 成功
中嶋 :SAN(47)→37 成功
七条 :SAN(26)→01 クリティカル
遠藤 :SAN(6)→10 失敗 1D3→3
    :SAN(6)→03 不定の狂気
伊藤 :SAN(59)→39 成功


「危険なRP(ロール・プレイ)だな、丹羽……自滅するぞ」
 中嶋がチラッと丹羽を見やった。丹羽が渋そうに顔を顰める。
「仕方ねえだろう。俺のPC(プレイヤー・キャラクター)は沼男(スワンプ・マン)否定派なんだ。普通はそうだろう」
「ですよね。人を襲って成り代わるなんて怖いです」
 啓太は小さく身を震わせた。すると、和希が言った。
「啓太、それよりもっと大きな問題があるよ」
「ええ、今までの情報を考えると、ほぼ間違いないでしょうね」
 七条が深刻な顔で頷いた。啓太は不思議そうに首を傾げた。中嶋が説明する。
「情報を整理してみろ、啓太。金曜血の池事件は沼男(スワンプ・マン)の中でも食べ方が下手な個体がやったものだった。なら、食べ方が上手な個体は血すら流さないということだ。そうして密かに水面下で成り代わりが行われていた。この三ヶ月の間、ずっと。この意味はわかるだろう」
「えっと……今は増えて一杯いるってことですよね」
「そうだ。最初が何体かはわからないが、沼男(スワンプ・マン)はこうしている今もねずみ算式に増えている。そんな状況で、ここに集まった俺達が運良く全員、人間だと思うか?」
「えっ!? でも、俺達の中に沼男(スワンプ・マン)がいるっていうのはたとえ話だって沙耶さんが……」
 漸く意味がわかり掛け、啓太は少し蒼ざめた。和希が慰める様に啓太を見つめた。
「沙耶がそう言ったのは俺達に気を使ったんだと思う。沙耶には人間的な部分もあるからな」
「でも、俺達は探索者だから……きっと大丈夫なんじゃ……」
 頭に浮かんだ答えを否定する様に啓太は緩く首を振った。それを見た丹羽が重々しく口を開いた。
「啓太、俺がシナリオ開始時の郁ちゃんの秘匿ロールをずっと気にしてたのを覚えてるか? 多分、あれは『幸運』ロールだ。沼男(スワンプ・マン)の溢れたこの街で、まだ襲われずに人間でいるかどうかの」
「……!」
「断言するぜ、啓太……俺達の中にも、間違いなく沼男(スワンプ・マン)はいる。食われたくないなら、常に問い続けるんだ。沼男(スワンプ・マン)は誰だ、とな」
 耳の奥で、啓太はその言葉が異様に大きく響いた気がした……



2016.6.8
漸くタイトルを回収出来ました。
一体、誰が沼男(スワンプ・マン)なのか……
ヒントは出ているので、
王様達は結構、絞り込んでいそうです。

r  n

Café Grace
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