ベッドの中で、和希は貪る様に啓太と口唇を重ねていた。
 どうやって服を脱いだのか、脱がしたのかも覚えていない。ただ無性に啓太が欲しかった。クリスマス休暇を軽井沢の別荘で二人静かに過ごそうというのは良い考えだった……が、その足に車を選んだのは間違いだった。車内という密閉された空間で啓太が放つ甘い匂い、熱い視線に散々中(あ)てられた。何度、途中で車を止めようと思ったことか。それを理性の力で強引に捻じ伏せ、漸くここまで辿り着いた。だから、もう和希は一分、一秒たりとも我慢出来なかった。手荷物をトランクに放置したまま、啓太の手を掴んで主寝室へと直行する。
「あっ……!」
 少し乱暴に和希は啓太をベッドに組み敷いた。小さな悲鳴と共に零れた吐息さえも惜しくて、すぐさま深く口づける。すると、啓太も同じ様に焦がれていたのだろう。拙い動きながらも必死に和希を求め、自ら舌を絡めてきた。
 そんな啓太に、和希の欲望は更に煽られた。身体を隔てるこの服が邪魔だ。激しく縺れ合ったまま、頭の片隅で和希はそう思った……
 胸の愛撫もそこそこに、和希は性急に啓太の脚を割り開いた。しかし、啓太を傷つけたくないという意識だけはまだ残っていた。和希は啓太の蜜を指にたっぷり纏わせると、奥へ手を滑らせた。啓太の身体が微かに抵抗する様な素振りを見せる。啓太はその行為の必要性を頭で理解はしても、身に異物を穿たれる不快感をどうしてもまだ拭えないらしかった。そんな初々しいところも和希をそそるだけが、啓太に辛い思いはさせたくない。和希は啓太の気を紛らわそうと白く滑らかな首筋に舌を這わせた。すると、啓太の伏せた瞼がふるりと震え、ゆっくりと和希を捉えた。
「……!」
 和希は小さく息を呑んだ。
 それは情欲に濡れたものでも、艶やかに夜を満たす色彩(いろ)でもなかった。多分に欲望を孕んではいるものの、決して主張はせず、ただ望まれることを望んでいる。蠱惑する眼差し……誘う瞳。無意識なだけに……質が悪い。
 しかし、そのお陰で、和希は少し落ち着きを取り戻した。
「今夜は積極的だね、啓太」
「そ、そんなこと……ないよ」
 慌てて啓太は顔を逸らした……が、両耳が真っ赤に染まっている。クスッと和希が笑った。
「でも、ほら……もう身体が開き掛けている」
 和希が少し手を動かすと、啓太は待ち侘びていたかの様に自らその指を内に取り込んで柔らかく締めつけた。
「あ、んっ……」
 痺れる様な快感に、思わず、啓太は和希の背に縋りついた。自然に揺れる、揺れてしまう腰の動きに合わせて濡れそぼった中心が和希の身体に緩く擦りつけられる。
「……啓太」
 和希の声が隠し切れない欲望で掠れた。淫らな啓太の嬌態に再び余裕が消えてゆく。和希は性急なまでに事を推し進めようと、内壁の敏感な部分を激しく攻め始めた。
「あっ……ああっ……!」
 啓太が声を張り上げた。急速に身体が快楽へと高められ、啓太は力ない手で恋人の肩を押しやった。
「和、希っ……!」
「良いよ、啓太、先に――……」
「や、やだっ、和希っ……!」
「……!?」
 思いがけない強い拒絶にピタッと和希の指が止まった。
 確かに啓太は敏感だが、人一倍、羞恥心が強かった。そのため、身体の感覚にまだ心が追いつかないらしい。啓太は怯えた様に微かに震えていた。
「ごめん、啓太」
 和希は小さく謝った。すると、啓太は弱々しい拳でポコッと和希の胸を叩いた。
「馬鹿……今日は、クリスマスだろう。だから……一緒が良い」
「……啓太」
 その言葉に論理は全くなかったが、それが正しいと和希は瞬時に悟った。
「ああ、俺も啓太と一緒が良いよ」
 和希は最後にもう一度、啓太の中を大きくかき回してから静かに指を抜いた。ああっ、と啓太が切ない声を発した。確かに異物感は苦しくもあるが、いざ消えてしまうと喪失感の方が堪らなく辛かった。欠落した何かを求めて啓太は夢中で和希を急かした。
「早く、和希っ……!」
「ああ、啓太……」
 もう和希も欲望を抑えられなかった。啓太の白い太腿を押し上げ、慎重に力強く身体を貫く。
「は、あっ……んっ……ああっ……!」
 苦しそうに涙を零す啓太に和希の胸が痛んだ……が、それを察したかの様に啓太は両手で和希の頬を包み込むと、ふわりと微笑を浮かべた。
”Merry Christmas.”
「啓太っ……!」
 その瞬間、和希は終に我を忘れた。
「あっ……ああっ……は、ああっ……」
 身の内を激しく突かれ、一際、啓太の嬌声が大きくなった。ベッドに落ちた手が縋るものを求めてシーツを握り締める。ずっと求めていた和希の質量と熱に啓太は胸が一杯になった。しかし、和希はまだ足りないとばかりに啓太の左足を自分の肩に担ぎ上げた。更に結合を深め、想いの丈を総て注ぎ込む様に挿入を繰り返す。
「愛している……啓太……」
「和、希……ああ、和希……」
 啓太は愛しそうに恋人の名を呼んだ。そして、二人の心と身体は一つに溶けていった……

「……ん……」
 和希は小さく寝返りを打った。
 眠ったのは夜明け前だったので意識はまだ夢の淵にいた。しかし、隣で寝ている恋人を求めて手がそっと伸びた。ポンポンと辺りを探る。いない……
「……!」
 ハッと目が醒めた。シーツが冷え切っている。半身を起こして、和希はナイト・テーブルの置き時計を見た。まだ九時を少し過ぎたばかりだった。
(どこに行ったんだ、啓太)
 昨夜、脱ぎ散らかした二人の服は纏めて椅子の背に掛けてあった。啓太に違いない……ということは、どこかへ出掛けた訳ではなさそうだった。そのとき、ベランダのドアが開いてナイト・ガウンを着た啓太が入って来た。
「あっ、和希」
「……啓太」
 和希は、ほっと胸を撫で下ろした。
「焦ったよ。目が醒めたら啓太がいなくて」
「ごめん。俺、理事長室で寝てたから、あまり眠れなくてさ。それに、何か勿体ない気がして……和希とこうしてゆっくり過ごすのは久しぶりだろう。だから……」
 啓太はベッドに腰を下ろした。恥ずかしそうに頬を染め、軽く口づける。
「おはよう、和希」
「……!」
 和希は小さく息を呑んだ。
 最近、啓太は些細な仕草が妙に艶めかしく見えるときがあった。まさに今がそう……伏目がちに口唇を重ねる啓太に、和希は一瞬で欲情してしまった。
「和希……?」
 僅かに雰囲気の変わった和希を啓太は不思議そうに見つめた。和希は表面は穏やかなまま、そんな欲望はおくびにも出さず、優しく啓太の頬に掌を当てた。
「随分と長く外にいたんだな。身体が冷え切っているよ、啓太」
「あ……うん、でも、大丈夫だよ。これ、暖かいから。あっ、ごめん。着るものなくて勝手に使っちゃった」
「良いよ、別に。俺の物は、総て啓太の物だから」
 微笑みながら、和希は啓太の首筋をつっと指で辿った。同時にナイト・ガウンを透過して、深い眼差しが肌を滑ってゆく。
「……っ……!」
 反射的に啓太は胸の合わせ目をきつく握り締めた。和希がきちんと上体を起こして、啓太の顔を覗き込んだ。
「寒いのか、啓太?」
「……っ……」
 重なった和希の瞳に心が侵蝕される。啓太の背筋が妖しくざわめいた。
「大、丈夫……」
 啓太は小さく俯いた。身体の奥に未だ燻る熱を急に意識してしまった。どうしよう。朝から、俺……
 すると、突然、和希に顎をすくわれた。
「啓太」
「……!」
 いきなり瞳に飛び込んできた恋人の裸体に、思わず、啓太は目を奪われた。均整のとれた、しなやかに美しい……完成された大人の男。まだ丸みの残る自分の身体とは明らかに違う。
(俺、この胸にいつも抱かれてるんだ……)
 恍惚と見つめる啓太に、和希は嬉しそうに囁いた。
「今の啓太の瞳……凄くそそられる」
 和希は啓太をベッドに引き倒した。啓太は全く抵抗しなかった。それをするには、もう和希の肌を知り過ぎてしまった。
「啓太が欲しい」
「俺も……和希が欲しい」
 啓太は和希の背中に手を回すと、キュッと抱き締めた。二人のクリスマスは、まだ始まったばかり……



2008.10.30
’08 クリスマス記念作品 和啓ver.です。
時間軸的に『素敵な贈り物』の続編になっています。
目は口ほどにものを言いますが、
恥ずかしがりの啓太は、ある意味、確信犯です。

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Café Grace
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