遠藤 :二日後……王様、中嶋さん、啓太の三人は電車を乗り継いで杉山奈緒美の屋敷へと向か
    いました。随分と辺鄙な場所にあるらしく、最寄り駅からは更にタクシーです。小一時間ほど
    背の高い雑草の生えた未舗装の道を進むと、漸く高い切妻屋根と大きな硝子窓が印象的
    な古い洋館の前に到着しました。時刻は午後四時五十分です……が、喜ぶ前に三人には
    車酔いをしていないかCON(体力)×4でダイス・ロールをお願いします。あっ、これはダイ
    スを振るって意味だよ、啓太。
伊藤 :わかった。
七条 :伊藤君の初ロールですね。幸運を。
伊藤 :有難うございます、七条さん。


丹羽 :CON(60)→73 失敗
中嶋 :CON(60)→82 失敗
伊藤 :CON(36)→19 成功


「あり得ねえ!」
 拳をギュッと握り締めて丹羽が叫んだ。その隣で中嶋は無言で眼鏡を押し上げる。
「ふっ、どうやらお前達は体格だけは立派だが、随分と脆弱な神経の様だな」
 西園寺が心底、楽しそうに言った。すかさず丹羽が抗議した。
「KP(キーパー)、ここはCON(体力)×5でロールすべきだろう」
「そういうことはダイスを振る前に言うべきでしたね。まあ、聞き入れたとは思いませんが」
 当然ですね、と七条もそれに同意した。
「日頃の行いの悪さがダイスに表れましたね。それに比べて伊藤君はさすがです」
「あっ、いえ……ただ、運が良かっただけですから」
 話を振られた啓太は照れた様に笑った。

遠藤 :車酔いをした二人の顔は蒼ざめて見るからに辛そうです。そのため、一時間は満足に動く
    ことが出来ません。元気なのは一人……啓太だけだよ。
伊藤 :あっ、そっか。なら、取り敢えず、俺は玄関まで走って呼び鈴を鳴らすよ。王様、ちょっと
    行って来ます。
丹羽 :悪いな、啓太……
中嶋 :……
遠藤 :啓太が呼び鈴を鳴らすと、直ぐにドアが開いて華奢で品のある女性が出て来ました。緩や
    かなウェーブの掛かった髪を腰まで伸ばし、淡いラベンダー色のワンピースを着た彼女はと
    ても美人です。彼女はにっこり微笑んで言いました。
杉山 :伊藤さんですね?
伊藤 :はい、はじめまして。伊藤啓太です。そう言って俺はペコリとお辞儀をした。
杉山 :遠いところをようこそおいで下さいました。後ろの二人はお連れの方ですね。あら? 確か
    四人と仰っていましたが、ご一緒ではないのですか?
伊藤 :はい、もうじき来ると思います。
杉山 :そうですの。ようこそ。歓迎いたしますわ。
伊藤 :有難うございます。あの……来て早々申し訳ないんですが、二人が少し車に酔ってしまっ
    たので暫くどこかで休ませて頂けませんか?
杉山 :まあ、それはお気の毒に。どうぞこちらへ。直ぐに薬をお持ちいたしますわ。
伊藤 :有難うございます。俺は杉山さんにお礼を言って王様達のところへ急いで戻った。今の話
    をして三人分の荷物を持って屋敷へ引き返すよ。
中嶋 :お前がそんなに持てるのか、啓太?
伊藤 :持てますよ、中嶋さん……頑張れば。多分、きっと……
丹羽 :悪いな、啓太。俺は玄関へ向かいながら、吐き気を堪えて辺りを見回した。ここには何が
    あるんだ、KP(キーパー)?
遠藤 :屋敷の周囲には特に何もありません。見渡す限り、ススキの寂しい野原が続くだけです。
    ただ、時折、どこか苦い匂いのする潮風が吹くので海が近いとわかります。
中嶋 :KP(キーパー)、『目星』を使えるか?
遠藤 :使えますが、中嶋さんは車酔いで集中出来ないので30%減です。
丹羽 :何か気になることがあるなら三人で『目星』を振るか、中嶋? 啓太は酔ってないぜ。
中嶋 :だが、今の啓太は三人分の荷物を運んでいる。周囲に目を向ける余裕はないだろう。
伊藤 :うっ……確かにそんなに荷物を持ってたら、俺、杉山さんについて行くのがやっとかも。
    (ゲームでも力ないな、俺……)
丹羽 :なら、俺達は大人しく屋敷へと向かうか。後から郁ちゃん達が来るしな。
遠藤 :では、一旦、ここで三人は止めて西園寺さん達の場面に移ります。


「漸く私達の番か」
 西園寺の言葉に七条は頷いた。
「そろそろ僕も合流しないといけませんね。では、遠藤君、宜しくお願いします」
「まずは二人の状況のRP(ロール・プレイ)ですね」
 そう言って和希は二人を促した。

七条 :では、現在、僕はスランプ中です。気分転換に車で旅行に出たら、悪路のせいか途中で故
    障してしまいました。一応、ボンネットを開けて中を見ますが、原因が全くわかりません。
西園寺:そこに偶然、私が通り掛かる。五時には屋敷に到着するよう道を急いでいたのだが、この
    辺りは舗装もされてなく、人通りもないので見過ごせなかった。私は車を停めて声を掛け
    る。どうした、故障か?
七条 :はい、久しぶりに乗ったせいか突然、動かなくなってしまいました。
西園寺:私は先ほど通った駅の近くにレンタカーがあったのを思い出し、そこで車を借りて修理屋
    を呼ぶよう勧める。携帯は使えるか、KP(キーパー)?
遠藤 :いえ、この辺りは圏外です。しかも、天気が崩れ始めて空が薄暗くなってきました。
七条 :それは困りました。なら……申し訳ありませんが、どこか電話のある場所まで連れて行っ
    て貰えませんか?
西園寺:いや、それは……私は言葉を濁した。これから向かう杉山邸ならば電話はあるだろうが、
    全く面識のない人の家へ見知らぬ者を同行するのは、正直、困る。だが、自分から声を掛
    けた以上、ここで放り出すことも躊躇われた。
七条 :僕はそれを察して丁寧に頼みます。決してご迷惑を掛ける様なことはしませんので、代わ
    りの車が手配出来るまで同行させて貰えませんか? 僕は七条 臣と申します。
西園寺:七条? 私はその名前に聞き覚えがあった。もしかして、オカルト作家の……?
七条 :はい……僕をご存じですか?
西園寺:以前、何冊か著作を読んだが、どれも興味深い話だった。ああ、自己紹介が遅れたな。
    私は西園寺郁だ。
遠藤 :どうやら二人は知り合いになった様ですね。
西園寺:臣と私は直ぐに打ち解け、一緒に屋敷へ向かうことにした。代車の手配にそう時間は掛
    からないから、その間だけ屋敷に滞在させて貰えるよう私から奈緒美に頼むことにする。同
    行者の交通費も出すと言う人物ならば、私の申し出を無下に断りはしないだろう。
遠藤 :では、二人は無事に屋敷まで到着しました。悪路を走ってきたので、先ほどと同様、車に
    酔っていないかCON(体力)×4でロールをどうぞ。
西園寺:KP(キーパー)、車を運転している私には何らかの補正があっても良いはずだ。
遠藤 :確かに……運転手は滅多に車酔いしませんね。では、西園寺さんは『運転』の分を足して
    ロールをお願いします。
丹羽 :巧くやったな、郁ちゃん。
西園寺:ふっ、KP(キーパー)との駆け引きもクトゥルフ(CoC)の醍醐味だからな。


西園寺:CON(36+45)→00 ファンブル
七条 :CON(44)→82 失敗


「ファンブル、だと……」
 西園寺が茫然と呟いた。ははっ、と丹羽が大きな声で笑った。
「人のことは言えねえな、郁ちゃん」
「えっと、よっぽど酷い道なんですね」
 啓太は何とか西園寺を慰めようとした。和希が小さく頬を掻く。
「ダイス運がないですね、皆さん」
(俺はまだ何も仕掛けていないのに今度はファンブルか……嫌な流れだな。出目が極端過ぎる。肝心なときに反動が来なければ良いが……取り敢えず、西園寺さんには立ち会って欲しいから遺品のお披露目は少しずらすか)

遠藤 :悪路に二人もまた車酔いをしてしまいました。動くのがやっとの七条さんは王様達と同様
    に一時間ほど休む必要があります。その間、技能は30%減です。西園寺さんは何とか屋
    敷に到着しましたが、最早、立つこともままなりません。口元にハンカチを押し当て、込み上
    げる吐き気と必死に戦っています。
西園寺:わ、私は絶対に吐かないからな!
七条 :郁……
    (こんなに動揺する郁は初めて見ました)
丹羽 :……酷い状況だな。どうするんだ、これ?
伊藤 :なら、俺が車に気づいたことにしたらどうですか?
中嶋 :お前のいる部屋から玄関前へ続く道が見えるとは限らないだろう。
伊藤 :あっ……
遠藤 :大丈夫だよ、啓太。
    (良い積極性が出て来たな。さすがは元演劇部。RP(ロール・プレイ)に慣れるのが早い)
    ここで全員の時間と場所を合わせます。奈緒美が啓太達を案内したのは玄関ホールに面し
    た応接間を兼ねた居間でした。そこには十数人が充分に腰を下ろせるだけのソファや肘掛
    け椅子が揃っています。奈緒美に続いて部屋に入った啓太は玄関前が見える大きなテラス
    窓の傍に三人分の荷物を置きました。少し遅れて王様と中嶋さんがふらふらと部屋に入っ
    て来ます。
丹羽 :ふらふら~
中嶋 :……
丹羽 :中嶋、もっと酔った演技をしろよ。
中嶋 :俺は車酔いで話すのが億劫なだけだ。文句があるのか?
丹羽 :いや、別に~
    (まあ、静かな方が良いか。中嶋が本気で演技すると怖いからな……特に発狂とか)
杉山 :皆様、適当にお座りになって下さいませ。今、薬をご用意いたしますわ。
伊藤 :有難うございます、杉山さん……あっ、実はここへ向かってるもう一人も車なので念のため
    薬を余分に頂けませんか?
遠藤 :わかりました、と奈緒美は快く頷いて部屋を出て行きました。啓太は、ほっと胸を撫で下ろ
    します。そのとき、表に一台の車が停まりました。
伊藤 :俺は急いで外へ向かうよ。西園寺さ……あっ、俺、知り合いなのかな?
丹羽 :俺が仕事を通して知り合ってるから啓太は知らねえな。
伊藤 :なら、俺は助手席の窓を叩いて少し緊張した声で尋ねるよ。あの……西園寺さんですか?
西園寺:……
七条 :郁は口を利けないので、代わりに僕がパワー・ウィンドウを下げてゆっくり話します。はい、
    彼がそうです……
伊藤 :もしかして、車酔いですか? 大丈夫ですか?
七条 :僕はまだしも……っ……郁は、酷い様です……
伊藤 :それは大変ですね。俺も着いたばかりなんですが、一緒に来た人が車酔いになったので、
    今、薬を用意して貰ってます。あっ、取り敢えず、中へどうぞ。杉山さんには話してあります
    から。荷物は俺が持ちますね。西園寺さんをお願いします。えっと……
七条 :七条……七条 臣です。
伊藤 :俺は伊藤啓太です。


「よし! これで漸く五人が揃ったぜ」
 丹羽が元気に声を張り上げた。中嶋が煩そうに眉をひそめた。
「最初から躓いたがな」
「実質的なダメージはねえから良いんだよ」
「代わりにリアルSAN値が減りましたけどね」
 ふふっ、と七条は小さく笑った。西園寺がチラッと七条を睨んだ。それから啓太へと目を向ける。
「啓太、お前は随分とあっさり臣を信用したな。丹羽から聞いたのは私のことだけだろう」
「あっ……!」
「私と一緒にいるとはいえ、PL(プレイヤー)とPC(プレイヤー・キャラクター)はあくまで別人格ということを忘れるな」
「郁、伊藤君は初心者ですし、今回のPC(プレイヤー・キャラクター)の性格は僕達に準じていますからそれは厳し過ぎると思いますよ」
 七条が西園寺を柔らかく窘めた。わかっている、と西園寺は頷いた。
「啓太のそういう素直さは美徳であり、私も好ましく思っている。だが、クトゥルフ(CoC)はPC(プレイヤー・キャラクター)の死亡率が高いゲームだ。最初から注意するに越したことはない」
「わかりました、西園寺さん、これから気をつけます」
「ああ」
 その返事に西園寺は啓太にだけ向ける綺麗な微笑を浮かべた。和希が全員を見回して提案した。
「無事に合流したので、ここで暫く休憩にしませんか?」
「なら、俺、コーヒーを淹れてくるよ」
 そう言って啓太は立ち上がった。和希と丹羽、中嶋の前にあるマグカップは既に殆ど空になっている。
「それが良いですね……郁、新しい紅茶を淹れてきます」
「ああ、頼む、臣……啓太の分もな」
 えっ、と啓太は目を瞠った。すると、七条は小さく頷いた。
「紅茶に良く合うチョコチップ・クッキーもありますから一緒にどうぞ、伊藤君」
「それってゲームの話ではなかったんですか?」
「はい、後で分けてあげますと言いましたよね」
「有難うございます、七条さん」
 甘いものが丁度欲しかった啓太は七条と一緒に嬉しそうに給湯室へと向かった。
 会計部の誘惑に絡め取られる啓太を和希は気にも掛けない様子でノートPCのキーを叩いていた。中嶋は煙草に火を点け、ぼんやり中空を眺めている。
 クトゥルフ(CoC)とは全く関係のない世界で新たな戦いが始まろうとしていた。



2014.8.23
皆のダイス運のなさに驚きました。
いや、さすが啓太……と言うべきでしょうか。
でも、車酔いをした王様達は少し可愛い気がします。

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Café Grace
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