飲み物を補給した六人は再びゲームを続けることにした。七条が勧めたクッキーを美味しそうに食べる啓太を和希が視界の隅でじっと捉えている。

遠藤 :(ふっ……そんな手で啓太を釣ろうとしても無駄ですよ、二人とも。俺がKP(キーパー)をし
    ている以上、啓太の前で良い格好はさせない!)
    王様、中嶋さん、七条さんの三人は奈緒美から薬を貰うと、夕食までそれぞれ肘掛け椅子
    に座って休むことにしました。西園寺さんは蒼ざめた顔をして窓際の大きなソファにクッショ
    ンを枕代わりにして横たわっています。啓太は奈緒美に勧められたので、暖炉の前にある
    毛足の長い柔らかな絨毯の上で寛いでいました。そこに幾つか置かれたクッションに寄り掛
    かって足を伸ばし、皆を心配そうに見ています。特に西園寺さんが辛そうです。眉間に深い
    皺を寄せて必死に堪えてはいるものの、時折、喉の奥から――……
西園寺:なっ……! KP(キーパー)、私は絶対に吐かないぞ!
    (そんな無様な演技が出来るものか!)
丹羽 :郁ちゃん、酷いときは吐いた方が早く楽になるぜ。
西園寺:煩いっ!! お前は黙っていろ、丹羽!
中嶋 :ふっ、女王様はヒステリーらしい。
七条 :郁、落ち着いて下さい。
遠藤 :では、西園寺さんは気力で辛うじて吐き気を抑え込みましたが、体力を激しく消耗したので
    HP(耐久力)を1減らして下さい。但し、これは明日になれば自動回復します。
    (まあ、西園寺さんは紅茶を勧めただけだから今回はこれで良いか)
西園寺:くっ……このくらいのペナルティなら甘んじて受ける。
    (今、逆らえば何をされることか……後で覚えていろ、遠藤!)


西園寺:HP(12)→11


遠藤 :話を進めます。奈緒美は、他の相続人の方々には夕食のときにご紹介いたしますわ、と
    言って応接間から出て行きました。夕食は六時です。それまでは啓太しか動けません。どう
    する、啓太? 一時間ほど自由に行動出来るけれど、ずっとここにいるか?
伊藤 :うん、王様達が心配だから一応、ここにいるよ。でも、ちょっと暇かな。
七条 :なら、伊藤君、室内を見てみたらどうですか? 立派な屋敷ですから調度品もそれなりの
    物を揃えていそうですし、遺品の価値の参考になるかもしれませんよ。こういうときは、取り
    敢えず、『目星』です。
伊藤 :有難うございます、七条さん……和希、部屋に『目星』を振るよ。
遠藤 :わかった。
    (俺が教えるつもりだったが……先刻のクッキーといい、七条さんは目障りだな。啓太の中
    で着実にポイントを稼いでいる。何とかしなければ……!)


伊藤 :目星(65)→18 成功


伊藤 :やった。成功した。
遠藤 :良かったな、啓太。それでは……啓太は暫く静かに皆を見守っていましたが、四人の顔色
    が良くなってきたので応接間の調度品へと視線を移しました。それは素人目で見ても高価
    なことが直ぐにわかります。サイドボードには名前しか聞いたことのない高級酒や南洋の珍
    しい彫像が幾つも置かれ、壁には象形文字の刻まれた石版と既に取引が禁止されている
    動物の古いはく製が飾られていました。
伊藤 :それって本物だよな、やっぱり。
遠藤 :正確に知りたいなら『考古学』か『生物学』、『博物学』のどれかだけど、啓太は初期値だか
    ら厳しいな。
伊藤 :初期値って?
遠藤 :その技能に最初から与えられているポイントのことだよ。そうしないと、たとえば、母国語を
    取っていない人は言葉を話せないことになるだろう。学問系は殆ど1%だけど、『博物学』は
    10%あるよ。
伊藤 :そっか。でも、それじゃあ成功するのは確かに難しいよな。
丹羽 :『博物学』なら郁ちゃんが持ってるが、ロール出来るか、KP(キーパー)?
遠藤 :今は無理です。西園寺さんは六時までは応接間から動くことすら出来ません。その後は能
    力30%減で、一時間ごとに10%ずつ回復します。
西園寺:……
丹羽 :(だから、吐けって言ったのに……まあ、郁ちゃんには出来ねえか)
    啓太、同行者の交通費も出すくらいだから偽物ってことはねえと思うぜ。あっ、遺品はここに
    あるのか、KP(キーパー)?
遠藤 :いえ、この部屋にはありません。それは別室に保管しています。
伊藤 :そうだ、和希。今、杉山さんはどこにいるんだろう? 俺、杉山さんの分しかアロマ・オイル
    を持って来てないから、出来れば今の内に渡したいんだけど。
遠藤 :なら、三十分ほど経った頃、一度、奈緒美が応接間に様子を見に来るよ。
杉山 :伊藤さん、皆さんの容体はいかかですか?
伊藤 :薬が効いてきたのか、三人はかなり良くなってきました。でも、西園寺さんはもう暫く動けな
    いみたいです。
杉山 :そうですか。あと三十分で夕食なのですが、その様子では召し上がるのは無理そうですわ
    ね。なら、軽いスープをご用意いたします。もし、食堂までお越しになれない様なら、私がこ
    こまでお運びいたしますわ。
伊藤 :有難うございます、杉山さん。あっ、そうだ。あの……これは俺が調合したアロマ・オイルな
    んですけど、良かったら使って下さい。
杉山 :アロマ・オイル……?
伊藤 :結構、評判が良いんです。アロマ・ポットがなければ、お風呂に入れても使えますから。
杉山 :お風呂に、ですか?
中嶋 :KP(キーパー)、奈緒美に『心理学』だ。
丹羽 :俺も使うぜ。
七条 :僕も使います。
伊藤 :皆、使うんですか? なら、俺も使った方が良いのかな……
遠藤 :啓太、『心理学』は相手を観察して行動や心理を読む技能だけど、ロールするのはKP
    (キーパー)なんだ。しかも、KP(キーパー)はPL(プレイヤー)に成功か失敗かは明かさ
    ず、結果のみを伝える。だから、多用すると疑心暗鬼に陥って真相がわからなくなるよ。
伊藤 :そうなのか!?
遠藤 :ああ、それに観察するってことは相手をじっくり見る訳だから好感度にも影響が出る。
伊藤 :そっか……便利そうだけど、使いどころが難しいんだな。う~ん、杉山さんは綺麗な女の人
    だし、目の前の俺がそんなふうにじろじろ見たら嫌だよな……和希、俺は使わないよ。
遠藤 :わかった。では、啓太以外の三人が30%減でロールします。


丹羽 :心理学(80-30)→??
中嶋 :心理学(80-30)→??
七条 :心理学(75-30)→??


遠藤 :(チャンス到来!)
    王様は奈緒美がアロマ・オイルが何かわからなくて戸惑っている様に思いました。中嶋さん
    は奈緒美と楽しそうに話す啓太に苛々してそれどころではありません。七条さんは奈緒美
    のスカートの裾に絡みついているススキを取ろうと手を伸ばしました。しかし、その瞬間、強
    い吐き気に襲われて椅子から転げ落ち、床に膝を思い切りぶつけてしまいました。HP(耐
    久力)を1失います。
伊藤 :うわっ、痛そう。


七条 :HP(14)→13


「どうやら成功したのは俺だけか。しかも、七条はファンブルっぽいな」
 丹羽が腕を組んで呟いた。しかし、遠藤の奴、やりたい放題だな……
「KP(キーパー)、俺はそこまで嫉妬深くない」
 中嶋が不満そうに言った。七条も同じく口を開く。
「僕もそこまでドジではないですよ」
(郁といい、僕といい……完全に私怨ですね。伊藤君が絡むと本当に大人気ない人です)
「総てはダイスの女神の導きですから、俺に文句を言わないで下さい」
 和希は白々しく肩を竦めた。
(気分が良いな、これは。今度は何をさせるか……適度にダメージがあって情けないもの……そうだ! 足の小指をぶつけよう。中嶋さん辺りにやったら面白いことになりそうだ)
「何か楽しそうだな、和希」
 そんな和希の邪な内心を知らない啓太はどこまでも素直だった。KP(キーパー)ってそんなに面白いのか……!
「……」
 はあ、と丹羽は密かにため息をついた。
 和希が来たときKP(キーパー)に適任だと思ったが、それは大きな間違いだった。失敗すれば、啓太への牽制と憂さ晴らしを兼ねて何をされるかわかったものではない。今のところPC(プレイヤー・キャラクター)へのダメージは殆どないが、代わりにPL(プレイヤー)の精神に応える攻撃を仕掛けてくる。自分の様にこれはゲームだと割り切って楽しめるなら全く問題ないが、醜態を曝す方が神話生物に殺されるより応える者もいる。もしかしたら、こいつは一番KP(キーパー)にしてはいけねえ奴だったのか……
 今更ながら、そのことに気づいた丹羽の不安を他所にシナリオは粛々と進んだ。
「では、特に何もなければ夕食の場面に移ります」
 いよいよだ、と啓太は少し気を引き締めた。これから他の相続人達が登場して話が大きく動く。一体、俺達にどんなことが待ち受けているんだろう……
(でも、最初に聞いた感じより怖くはないな)
 暢気にそう思う啓太は、まだクトゥルフ(CoC)の本当の姿を知らなかった。



2014.8.26
和希のキーパリングは公平ですが、
ここぞとばかりに私情に満ちています。
それというのも、
王様達のダイス運がなさ過ぎるから……

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Café Grace
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