静かな生徒会室にダイスを振る硬い音が響き、シナリオはいよいよ最高潮(クライマックス)へと突入した……

丹羽 :聞き耳(25)→33 失敗
中嶋 :聞き耳(75)→67 成功
西園寺:聞き耳(75)→45 成功
七条 :聞き耳(75)→61 成功
伊藤 :聞き耳(60)→29 成功


遠藤 :誰もがほっと安堵していると、どこからか奇妙な声が聞こえてきました。王様はまだ息苦し
    さに気を取られていましたが、他の四人にはそれがはっきりわかります。
西園寺:妙な声がする。そう言って私は廊下に出て耳を澄ませる。場所はわかるか?
遠藤 :廊下の右端の方から聞こえてきます。
丹羽 :綺羅子か!
伊藤 :でも、綺羅子さんは気絶して……
中嶋 :丹羽の手当てをしている間に意識を取り戻したのだろう。
遠藤 :綺羅子は高く低く歌う様に謎の詠唱を続けています。
藤田 :ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん……
七条 :何を言っているのか気になりますが、僕の『クトゥルフ神話』は5%ですから振るだけ無駄
    でしょうね。
丹羽 :それより綺羅子を止めるぞ!
遠藤 :嫌な予感がした王様達が綺羅子の処へ行こうとすると、突然、屋敷の壁や床、天井などあ
    りとあらゆる場所から透明な泡の様な触手が現れました。それはぬらぬらと蠢きながら、や
    がて完全に物質化して誰の目にもはっきりと見えます。
丹羽 :これが啓太の言ってたやつか!
中嶋 :ふっ、お前の幻覚ではなかった様だな。
伊藤 :酷いです、中嶋さん。
七条 :郁、下がって下さい。
西園寺:気をつけろ、臣。
遠藤 :不気味な触手は王様達を捕らえようと動き始めますが、その前にそんな得体の知れない
    ものに取り囲まれるという恐ろしい状況に遭遇した王様達は0/1D4のSAN(正気度)
    チェックです。
伊藤 :1D4!? 失敗したら、俺のSAN値が……
七条 :大丈夫ですよ、伊藤君、これではまだ発狂しません。
丹羽 :……慰めになるのか、それ。


丹羽 :SAN(59)→70 失敗 1D4→1
    :SAN(59)→58
中嶋 :SAN(62)→79 失敗 1D4→3
    :SAN(62)→59
西園寺:SAN(84)→09 成功
七条 :SAN(72)→16 成功
伊藤 :SAN(68)→94 失敗 1D4→4
    :SAN(68)→64


 ふう、と丹羽は大きく息を吐いた。
「何とか最低値で済んだな」
(この後でドカンと削られるはずだから、ここで踏み止まった意味は大きいぜ)
 啓太はキャラクター・シートのSAN値を減らしながら、小さく呻いた。
「ううっ……まさかの最大値……」
 しかし、啓太以上に衝撃(ショック)を受けたのが和希だった。馬鹿なっ……と胸の奥で叫ぶ。
(俺が啓太を病院送りにする、だと!? そんなことは絶対にあり得ない!)
 一時間以内に現在のSAN値の五分の一以上を失うと、不定の狂気に陥って最大で半年、症状が継続する。PC(プレイヤー・キャラクター)とはいえ、啓太を精神病院に入院させるなど和希には堪えられなかった。完全に色を失った和希を見て、ふふっ、と七条が笑った。
「リアルSAN値がどんどん削られていきますね、遠藤君」
「くっ……」
 和希はきつく口唇を噛み締め……深く息を吸った。
(落ち着け。これは挑発だ。確かに啓太は危ないが、まだそうと決まった訳ではない。俺は……啓太の運を信じる)

遠藤 :これからどうしますか?
丹羽 :逃げるに決まってるだろう。
西園寺:ああ、ここにいては危険だ。
遠藤 :では、王様達は急いで屋敷の外へ逃げることにしました。しかし、廊下は触手で溢れてい
    ます。強引に引き千切って進むならSTR(力)対抗ロール、避けて進むならDEX(敏捷)対
    抗ロールです。DEX(敏捷)順に王様から選択して下さい。
中嶋 :KP(キーパー)、俺達は二階にいる。一階でもそのロールをするのか?
丹羽 :同じことを二度もやるのはつまらねえな。
遠藤 :一度で良いですよ。成功したら、外まで逃げられたことにします。
七条 :もし、誰かが触手に捕まったら、助けることは出来ますか?
遠藤 :その場合は戦闘で撃退することになります。但し、触手に捕らえられている者は身動きが
    取れないので参加出来ません。
七条 :では、僕は二番目ですが、念のため待機して最後にロールします。血路は丹羽会長に開
    いて貰いましょう。
丹羽 :おう! 任せとけ! 俺は触手を引き千切って進む……と言いたいところだが、俺のSTR
    (力)では微妙だから仕方ねえ。DEX(敏捷)勝負だ。


DEX(敏捷)対抗ロール(90)→22 成功


丹羽 :よし! 退路は確保した! ここまで走れ! そう叫んで俺は階段の傍で待機する。
遠藤 :次は西園寺さんと中嶋さんですが、どちらが先に振りますか?
中嶋 :俺は後で良い。
西園寺:ならば、私が振ろう。丹羽の値から逆算して触手のDEX(敏捷)は8だ。STR(力)は恐らく
    それより高いだろうから、私もDEX(敏捷)対抗ロールにする。


DEX(敏捷)対抗ロール(75)→89 失敗


西園寺:なっ……!
伊藤 :西園寺さん!
七条 :郁!
遠藤 :階段へ向かって走り出した西園寺さんは急に足元に現れた触手に躓いて転んでしまいま
    した。その足を触手が捉え、どこかへ引きずって行こうとします。
西園寺:臣! 私は必死に腕を伸ばす。
遠藤 :ここで触手との戦闘です。触手は無数にありますが、総て合わせて一体の神話生物として
    処理します。戦闘に参加するのは全員で良いですか?
丹羽 :ああ、相手は神話生物だ。全力でいくぜ!
遠藤 :DEX(敏捷)順では王様ですが、既に階段の処にいるので駆け寄るのに時間がかかって
    行動は四番目になります。七条さんからどうぞ。
    (これでは触手の攻撃まで持たないかもしれない。王様が階段の傍で待機していなかった
    ら、合流に1R(ラウンド)掛けられたのに)
七条 :待機して正解でしたね。なら、僕は『こぶし』で触手に攻撃します。
遠藤 :その前に七条さんは『幸運』を振って下さい。成功したら攻撃可能です。
七条 :先刻の毒ですか。


七条 :幸運(75)→66 成功
    :こぶし(50)→63 失敗


七条 :くっ……! すみません、郁。
遠藤 :七条さんの攻撃は触手の表面を滑って外れてしまいました。次は中嶋さんです。
中嶋 :『マーシャルアーツ』+『キック』で触手に攻撃する。
遠藤 :触手が蠢いている床は足場が悪いのでキックの技能値は5%減です。


中嶋 :マーシャルアーツ(75)+キック(65-5)→27 成功


丹羽 :よし! 決めろ、中嶋!
遠藤 :触手は避けません。そのまま、ダメージを受けます。


2D6+1D4→12
触手 :HP(??)→??


丹羽 :やったか!?
遠藤 :中嶋さんの痛烈なキックを受けて触手の一部が霧散しました。しかし、まだ西園寺さんの
    全身に幾つも絡まっています。身体を這いずる冷たく不快な感触に西園寺さんは蒼ざめ、
    恐怖の叫びを必死に堪えました。
中嶋 :足りなかったか。
七条 :郁、直ぐに助けます! もう少し堪えて下さい!
西園寺:お……み……っ……くっ……!
伊藤 :西園寺さんっ……!
遠藤 :さあ、今度は啓太の番だよ。
伊藤 :俺の番って言っても戦闘技能は初期値だし……あっ、七条さんから貰ったダーツの矢で攻
    撃出来ないかな、和希。
遠藤 :可能だけど、『投擲(とうてき)』に失敗したら西園寺さんに当たって怪我をするかもしれな
    いよ。
伊藤 :それは嫌だな。なら、俺も『こぶし』で攻撃する。


伊藤 :こぶし(50)→59 失敗


伊藤 :すいません、西園寺さん。
西園寺:気にするな、啓太。
遠藤 :ああ、啓太は戦闘には不向きだから仕方ないよ。西園寺さんを助けようと啓太は頑張って
    攻撃しましたが、触手には当たりませんでした。触手から流れ込むおぞましい冷気に西園
    寺さんの口唇が震えています。ここで漸く王様が到着しました。
丹羽 :郁ちゃん、と俺は叫んで『マーシャルアーツ』+『こぶし』ですかさず攻撃する!


丹羽 :マーシャルアーツ(81)+こぶし(85)→59 成功


遠藤 :また触手は避けません。ダメージ・ロールをどうぞ。
丹羽 :これでケリをつける!


2D3+1D4→8
触手 :HP(??)→??


遠藤 :王様の攻撃を受けて、西園寺さんに絡まっていた殆どの触手は透明な音を立てて砕け散
    りました。しかし、本体を完全に倒した訳ではないので一分もあれば直ぐに復活します。
丹羽 :時間がない! 急ぐぞ、郁ちゃん! 俺は郁ちゃんを助け起こして階段まで走るぜ。
西園寺:ああ……っ……私も丹羽に引きずられながら、必死に廊下を走る。
遠藤 :では、再びSTR(力)かDEX(敏捷)対抗ロールです。中嶋さん、どうぞ。
中嶋 :DEX(敏捷)対抗ロールだ。


DEX(敏捷)対抗ロール(75)→69 成功


遠藤 :中嶋さんは足に絡みつこうとする触手を踏みつけ、階段に辿り着きました。今度は啓太だ
    よ。どうする?
伊藤 :俺もDEX(敏捷)対抗ロールにするよ。STR(力)は自信ないし。
遠藤 :わかった。


DEX(敏捷)対抗ロール(70)→28 成功


伊藤 :良かった~
七条 :最後は僕ですね。同じくDEX(敏捷)対抗ロールでお願いします。


DEX(敏捷)対抗ロール(80)→31 成功


丹羽 :これで全員、揃ったな。行くぞ!
遠藤 :廊下の触手を振り切った王様達は急いで階段を駆け下りました。一階は二階に比べると
    触手が少なく、必死に玄関まで走って外に出ると、昨日からの雨は更に激しさを増していま
    した。生暖かい雨粒が全身を強く打ちます。空は完全に暗雲に覆い尽くされ、昼にもかかわ
    らず、辺りは真っ暗です。しかし、ススキの野原の向こうにどこか不吉な二つの光が輝いて
    いました。目が慣れてくるにつれて、それは入道雲の様に大きく、無音の闇よりも濃く深い
    ずんぐりとした人影の双眸だとわかります。しかも、その全身は水……大海原が浮かび上
    がって出来ていました。
丹羽 :綺羅子はあれを呼んでたのか!
中嶋 :あれか……浅浮彫りに描かれていたのは。
西園寺:ああ、恐らくあれが触手の本体だ。
七条 :神話生物……まさか本当に実在していたとは……
伊藤 :あ、あんなのどうしたら……
遠藤 :王様達はその禍々しい影から感じる神話的な力に圧倒されてしまいました。1/1D10の
    SAN値を失います。
七条 :ふふっ、最後の難関ですね。
西園寺:ああ……だが、これならば、中嶋と啓太以外は不定の狂気に陥ることはない。
中嶋 :ふっ……甘いな、遠藤。
遠藤 :……何とでも。
丹羽 :おい、啓太だけは発狂するなよ。唯一の『精神分析』持ちだからな。
伊藤 :あっ、はい! 頑張ります!
    (ううっ、プレッシャーが……)


丹羽 :SAN(58)→93 失敗 1D10→10
    :SAN(58)→48
    :アイデア(75)→90 失敗
中嶋 :SAN(59)→98 ファンブル 1D10→6
    :SAN(59)→53
    :アイデア(70)→44 成功 一時的狂気
西園寺:SAN(84)→01 クリティカル
    :SAN(84)→83
七条 :SAN(72)→49 成功
    :SAN(72)→71
伊藤 :SAN(64)→92 失敗 1D10→8
    :SAN(64)→56
    :アイデア(75)→22 成功 一時的狂気


「げっ、啓太が発狂した!」
 丹羽の声に啓太は頭を抱えて机に突っ伏した。
「うあ~っ、すいません、王様!」
(プレッシャーに弱過ぎるだろう、俺!)
 しかし、それを上回る音で和希が拳を机に強く叩きつけた。ダンッ……と硬い音が響く。
「何をやっているんだ、君達は!」
「か、和希……?」
 啓太が慌てて顔を上げると、そこにはKP(キーパー)としての立場を完全に忘れて怒りに打ち震える和希がいた。
「この期に及んで啓太を発狂させるなど……咄嗟に啓太の目を覆えば良いだけだろう!」
「それはPL(プレイヤー)視点の考えだ、遠藤」
 西園寺が指摘した。七条が同意する。
「触手から必死に逃げてきた僕達にそんな余裕はないと思いますよ」
「……っ……」
 一瞬、言葉に詰まった和希を見て中嶋が喉の奥で低く笑った。
「それに、これはお前の選んだシナリオだろう」
「……!」
 それを聞いた和希の瞳が鋭く光った。丹羽が叫んだ。
「だ~っ!! 中嶋、これ以上、火に油を注ぐな! 遠藤は少し頭を冷やせ! シナリオはまだ終わった訳じゃねえ! 嘆くのは最後までやってからにしろ!」
「そうだよ、和希、一緒に頑張ろう!」
 啓太も少し身を前に乗り出して和希を励ました。俺が落ち込んでたら、和希まで……
「……啓太」
 和希は小さく呟いた。
「そう、だな。KP(キーパー)の俺が動揺していたら話が進まないな。ごめん、啓太」
「ううん、和希は俺を心配してくれたんだろう。有難う。俺、最後まで諦めないから」
 啓太は力強く頷いた。
「わかった……では、シナリオを続けます」
(やはり啓太は強いな。お前だけは俺が必ずっ……!)

遠藤 :王様と西園寺さん、七条さんは異様な光景に驚愕したものの、辛うじて理性を繋ぎ止める
    ことが出来ました。しかし、中嶋さんは死体と一緒に閉じ込められたストレスもあって前後不
    覚に陥ってしまいます。一時的狂気の内容を決めるので、1D10のダイスを振って下さい。
    それと、初発狂なので『クトゥルフ神話』を3%獲得します。
中嶋 :……7だ。
遠藤 :(くっ、1多いとは……)
    それなら……幻覚、あるいは妄想です。
丹羽 :はあ、軽いのがせめてもの救いだな。
中嶋 :なら、俺は芳子が恨めしそうな瞳で迫って来る妄想に囚われる。丹羽、あそこに芳子がい
    る。そう言って俺は屋敷の玄関を指差す。
丹羽 :しっかりしろ、中嶋!
中嶋 :助けられなかった俺を恨んでいる。呼んでいるのか、俺を……?
伊藤 :……っ……
    (中嶋さん、目の焦点が合ってない! こ、怖い……)
遠藤 :啓太も度重なる恐ろしい体験の連続に理性を失ってしまいました。一時的狂気の内容を決
    めるから1D10を振って。それから同じく初発狂だから『クトゥルフ神話』を3%あげるよ。
七条 :良かったですね、伊藤君。
伊藤 :(俺、本当に要らなかったのに……)
    ……5だよ、和希。
遠藤 :極度の恐怖症だな。啓太は何かが怖くなって、その場に釘づけになって動けなくなるよ。
伊藤 :なら、俺は透明な泡の様な触手とずっと降り続けてる雨から連想して水が怖くて頭を抱え
    て蹲ることにする。もうやだ……この雨、止めてよ……誰か……俺、もうやだ……
西園寺:落ち着け、啓太。
七条 :伊藤君、大丈夫ですから。僕達が付いています。
遠藤 :そのとき、屋敷の方から大きな音が聞こえました。王様と西園寺さん、七条さんが振り返る
    と、例の透明な触手が屋敷の窓を突き破り、外に溢れ出しています。そして、それに絡め取
    られて半ば一体化した奈緒美と金谷、綺羅子の姿が見えます。奈緒美は巨大な影を見上
    げて驚いた顔で叫びました。
杉山 :も、もう少し猶予を……七十年も待って下さったのに……なぜ、あと少しの時間が……偉
    大(おおい)なるクトゥルフよ!
遠藤 :すると、影の背後から巨大な壁がせり上がってくるのが見えました。それは信じがたい規
    模の大津波です。一見しただけで、ここにいれば確実に飲み込まれてしまうとわかります。


「津波だと!? そんなのに襲われたら一溜りもねえぞ!」
 丹羽の言葉に中嶋は低く呟いた。
「早急に逃げるしかない」
「でも、どこに逃げるんですか? あっ、屋敷に戻るんですね」
 啓太がそう言うと、西園寺は小さく首を振った。
「いや、それでは助からない」
「ええ、きっと屋敷ごと津波に破壊されてしまうでしょうね」
 七条が静かな声で指摘した。そんな……と啓太は不安そうに丹羽達を見回した。
「なら、どこに逃げるんですか?」
「あそこしかねえ……地下室だ」
「えっ!?」
 一瞬、啓太は耳を疑った。中嶋が同意する様に頷いた。
「ああ、あの扉は頑丈な上に部屋が完全に密閉されている。あそこなら恐らく海水が入って溺れることはないだろう」
「でも、あそこには死体がっ……!」
 狭い地下室に死体と一緒に閉じ籠もるなど……ゲームの中とはいえ、啓太は想像すらしたくなかった。蒼ざめる啓太とは裏腹に丹羽達は冷静にその方向で話を進めた。
 中嶋が小さく腕を組んだ。
「問題は発狂している俺と啓太だ。素直に言うことをきくとは思えない」
「何とかなるんじゃねえか。芳子の妄想に囚われてるお前を地下室へ向かわせるのは俺の『言いくるめ』が効くだろう。啓太は担いで行けば良い」
 話しながら、丹羽は肩に担ぐ様な仕草をした。ふっ、と中嶋が口の端を上げた。
「もし、『言いくるめ』に失敗したら、実力行使か」
「死ぬよりはましだろう。まあ、そのときは俺が担いで行ってやるから安心しろ、中嶋」
 ははっ、と丹羽は豪快に笑った。西園寺が言った。
「ならば、中嶋のことは丹羽に任せる。私達は啓太を連れて行こう」
「はい、伊藤君は僕達が連れて行きますね」
「あ……はい……宜しくお願いします」
 浮かない顔で啓太は頭を下げた。ううっ、やっぱり地下室……

遠藤 :方針は決まった様ですね。では、王様達は急いで地下室へ避難することにしました。しか
    し、中嶋さんは屋敷の方に目が釘づけで全く動こうとしません。啓太は蹲ったまま、水が怖
    いと震えています。まずは王様……中嶋さんに『言いくるめ』をどうぞ。


丹羽 :言いくるめ(80)→90 失敗


丹羽 :くあ~っ、ここで俺の運が~!
遠藤 :王様は中嶋さんに芳子が待っていると言って地下室へ誘導しようとしました。しかし、中嶋
    さんの瞳には屋敷の傍で恨めしそうに佇む芳子が見えるので、直ぐに嘘だと見破られてし
    まいます。
中嶋 :くだらない嘘をつくな、丹羽……芳子は、あそこにいる……
丹羽 :ちっ、仕方ねえ。中嶋に『マーシャルアーツ』+『こぶし』でノックアウト攻撃をする。
遠藤 :ロールをどうぞ。
丹羽 :悪い、中嶋っ……!
    (遠藤の奴、雨で視界不良なのを忘れてるのか? まあ、俺の技能値が減るだけだし、態々
    指摘する必要はねえか)


丹羽 :マーシャルアーツ(81)+こぶし(85)→84 失敗


丹羽 :くそっ、この土壇場に来てダイスが! なら、直接攻撃に変更する!
    (ここは中嶋のHP(耐久力)を減らして次のノックアウト攻撃に繋げる)
遠藤 :ダメージ・ロールは『こぶし』のみです。あっ、発狂中の中嶋さんは回避出来ません。
    (これは……面白い展開になってきた)


1D3+1D4→5
中嶋 :HP(15)→10


中嶋 :……っ……何をする、丹羽……そう、か。お前が芳子を……だから、口封じに俺を……
丹羽 :違う、中嶋……話を聞け!
中嶋 :丹羽に『マーシャルアーツ』+『キック』で攻撃する。
丹羽 :ちょっ……おい、待て! 本気で俺を殺す気か、中嶋!
中嶋 :当然だ。発狂している俺に正常な判断は出来ない。
七条 :長年の友人を殺そうとするとは、まさに悪魔の所業ですね。
伊藤 :な、中嶋さん……
    (瞳が完全に逝ってる。中嶋さんの発狂……本当に怖過ぎる……)
遠藤 :ぬかるんだ地面なのでキックの技能値は5%減です。
    (さあ、存分に殺し合って下さい、二人とも)


中嶋 :マーシャルアーツ(75)+キック(65-5)→58 成功


丹羽 :くそっ、受け流す!
    (頼む! 成功してくれ!)


丹羽 :受け流し(85)→89 失敗


丹羽 :ぬおおおっっっ……!
遠藤 :ぬかるんだ地面に足を取られて態勢が崩れた王様は中嶋さんの強烈なキックを直に受け
    てしまいました。
中嶋 :……終わりだ。


2D6+1D4→8
丹羽 :HP(13)→5


丹羽 :ぐはっ……!
遠藤 :王様は一度の攻撃でHP(耐久力)の半分以上を失ったので、ショック対抗ロールに入りま
    す。CON(体力)×5以上を出すと気絶します。
丹羽 :負けるか~!


ショック対抗ロール(75)→62 成功


丹羽 :よし! 辛うじて気絶は免れたぜ……KP(キーパー)、どのくらいで中嶋は正気に戻る?
遠藤 :それは答えられません。2ターン目をどうぞ、王様。
    (中嶋さんの発狂R(ラウンド)数は12……殆ど最長ですよ)
丹羽 :もう一度、『マーシャルアーツ』+『こぶし』で中嶋にノックアウト攻撃だ。


丹羽 :マーシャルアーツ(81)+こぶし(85)→51 成功


中嶋 :回避出来るか?
遠藤 :はい、中嶋さんは王様を認識しているので今度は可能です。
中嶋 :なら、受け流す。


中嶋 :受け流し(60)→87 失敗


遠藤 :中嶋さんは屋敷の傍で佇む芳子に気を取られて一瞬、反応が遅れてしまいました。
丹羽 :これで気絶してくれ、中嶋!


2D3+1D4→9
ノックアウト対抗ロール(45)→54 失敗
中嶋 :HP(10)→1


丹羽 :あ、危ねえ……
遠藤 :(……っ……あと1足りないとは!)
    迫り来る津波に焦った王様は手加減するのを忘れて渾身の攻撃をしてしまいました。それ
    を受けた中嶋さんは目の前が真っ暗になり、完全に意識を失います。
中嶋 :……っ……
丹羽 :中嶋! 俺は中嶋が倒れる前に受け止める。
遠藤 :王様は気絶した中嶋さんを肩に担ぎ上げました。その頃、西園寺さんと七条さんは……
    (くっ……この状況は……!)
七条 :ふふっ、僕達は伊藤君を抱き上げるしかないですよね。伊藤君は頭を抱えて蹲っているの
    ですから。
伊藤 :あっ、なら、俺が顔を上げれば……
西園寺:水を恐れている今のお前が雨の中で顔を上げられるのか、啓太?
伊藤 :あっ、そうか。
七条 :大丈夫ですよ。僕達のSTR(力)なら充分に抱き上げられます。
伊藤 :ははっ……有難うございます。
    (俺、男なのに……ちょっと情けない)
遠藤 :……っ……
    (俺より先に二人のどちらかが啓太を……)
七条 :郁、どちらが伊藤君を抱き上げましょうか?
西園寺:私がやろう。臣は先刻の薬の影響で眩暈を起こす危険がある。
七条 :わかりました。
丹羽 :おっ、郁ちゃんが啓太を抱き上げるのか。普通じゃ絶対に見られねえ光景だな。
遠藤 :(確かに……それだけが唯一の救いか)
    では、西園寺さんは啓太を横抱きにすると、王様を軽く見やりました。そして、五人は屋敷
    の裏手へと急ぎます。
七条 :身軽な僕は先に行って地下室の扉を開けて待つことにします。
丹羽 :中には俺が先に入る。まだ芳子の死体が入った箱があるからな。こんな狭い処で発狂した
    ら終わりだぞ。俺は中嶋を床に横たえると、急いで箱の蓋を閉める。
西園寺:私は丹羽の次に地下室に入り、啓太を部屋の端に下ろす。
七条 :僕は最後に中に入って扉を閉めますね。
遠藤 :では、その直後、低い地鳴りがして津波が襲ってきました。恐ろしい轟音と共に悪意のあ
    る水が地上にある物を次々と飲み込んでゆきます。それは直ぐに地下室の入口にも到達し
    ました。津波の力は凄まじく扉を叩きつける水圧に蝶番が壊れてしまいます。このままでは
    扉が持ちません。
七条 :僕は必死に扉を押さえます。くっ……凄い、力です……
丹羽 :KP(キーパー)、地下室には雑多な生活用品があったはずだ。それをかき集めて重しとし
    て使えるか?
遠藤 :可能です。また、扉を押さえるのは二人まで協力出来ます。
西園寺:ならば、私も扉を押さえよう。丹羽よりSTR(力)があるからな……ふっ。
丹羽 :うっ……仕方ねえから、俺は周りの箱やら何かを集めて扉の方へ押しやる。
遠藤 :ここで啓太が正気に返りました。
伊藤 :あ、れ……ここは? 俺、何でこんな処に……?
丹羽 :啓太、正気に戻ったか! 急いで中嶋の手当てを頼む!
伊藤 :あっ、はい、わかりました! 何か状況は良くわからないけど、俺は中嶋さんの傍に行って
    声を掛けるよ。大丈夫ですか、中嶋さん、しっかりして下さい!
遠藤 :そのとき、扉に掛かる水圧が急に跳ね上がりました。STR(力)11の対抗ロールですが、
    西園寺さんと七条さんなら自動成功です。啓太は中嶋さんに『応急手当』を振って。
伊藤 :わかった。
    (どうか成功します様に……!)


伊藤 :応急手当(75)→51 成功 1D3→2
中嶋 :HP(1)→3


遠藤 :地下室の壁を震わせる轟音や地響きの中、西園寺さんと七条さんは必死に扉を支えまし
    た。その足元では王様が寄せ集めた品々を両手で押さえています。啓太は蒼ざめて横たわ
    る中嶋さんの手当てを懸命に続けました。恐ろしい津波は五分ほどで引き、やがて耳に聞
    こえるのはさらさらという水の流れる音だけになります。ふと啓太がそれに気づいたとき、漸
    く中嶋さんが意識を取り戻しました。発狂からも回復しています。
    (全員、生還か……)
伊藤 :良かった……中嶋さん、気がついた。俺は少し涙ぐむよ。
丹羽 :中嶋の意識が戻ったことに気づいた俺も声を掛けるぜ。あんまり人に心配を掛けるなよ、
    中嶋。
中嶋 :この傷は……っ……お前の、せいだろう……
丹羽 :お前が本気で殺しにきたからだ。
西園寺:どうやら全員、助かった様だな。
七条 :はい、郁、本当に良かったですね。
遠藤 :扉の外には流された土砂が積もっていましたが、王様達は力を合わせて何とか一人分の
    隙間を作って順番に外へ出ました。中嶋さんは足元が覚束ないので王様の肩を借りていま
    す。そうして皆で地上へ出ると、あれほど激しかった雨はすっかり上がっていました。空を覆
    い尽くしていた暗雲は晴れ、見渡す限り綺麗な青空が広がっています。そして、津波に飲み
    込まれた屋敷は僅かに土台が残るだけで跡形もなく消え失せていました。幸い、この付近
    にはススキの野原しかないので他に被害は出ていません。五人の足元を海の方へ向かっ
    て津波と大雨の名残の水が流れていました。くるぶしほどの深さはあるものの、もう物を押
    し流す力はなく、屋敷にあったと思われる残骸が幾つか浮かんでいるだけです。啓太がぼ
    んやり空を見上げていると、古い額縁がコツンと足に当たりました。
伊藤 :……何だろう、これ? 俺は額縁を拾い上げるよ。
丹羽 :どうした、啓太? 俺は中嶋に肩を貸しながら、額縁を覗き込むぜ。
中嶋 :俺もだ。
西園寺:私も啓太の傍に行き、額縁を見る。
七条 :僕も興味がありますね。
遠藤 :啓太が拾った額縁には古い白黒写真が納められていました。そこには五人の若い男女が
    写っています。啓太が額縁の裏を見ると、そこには『昭和三年 杉山邸にて』と書かれてい
    ました。最後のロールです。全員で『アイデア』をどうぞ。


丹羽 :アイデア(75)→98 ファンブル
中嶋 :アイデア(70)→05 クリティカル
西園寺:アイデア(75)→72 成功
七条 :アイデア(60)→14 成功
伊藤 :アイデア(75)→60 成功


丹羽 :はあ……最後まで荒ぶってるな、俺のダイス。
西園寺:何度もダイスを替えるから女神に嫌われたのだろう。
丹羽 :うっ……そうだったのか。
遠藤 :王様達は写真の背景は屋敷の応接間だと直ぐにわかました。そして、そこに写っている二
    人の女性に見覚えがあります。服装は昭和初期の頃のものですが、奈緒美と綺羅子に間
    違いありません。それに気づいた王様は奈緒美の狂気を秘めた瞳を思い出して悪寒が走り
    ました。0/1のSAN(正気度)チェックです。
丹羽 :先刻、最後のロールと言ったじゃねえか。
遠藤 :そのつもりでしたが、ファンブルを出した王様が悪いんですよ。削れるときは最後までしっ
    かり削らせて貰います。
丹羽 :くっ、振れば良いんだろう。振れば。
    (もう二度と遠藤にKP(キーパー)はやらせねえ。今度は絶対、俺がやる……!)


丹羽 :SAN(48)→17 成功


丹羽 :ふう……
遠藤 :王様以外の四人は写真に写っている三人の男の内、二人が金谷と佐藤に似ていると思い
    ました。彼らが若い頃はきっとこんな感じだったに違いありません。そして、啓太は残る一人
    に幼い頃に亡くなった父の面影を感じました。写真の中で五人はとても仲が良さそうに肩を
    組んでカメラに向かって笑い掛けています。それは今回の恐ろしい事件を企んだ狂人達と
    は思えない、屈託のない明るい若者の笑顔でした……


「以上で『杉山屋敷怪異譚』は終了です。お疲れ様でした」
 和希は小さく息を吐いた。啓太は瞳に薄らと涙を浮かべていた。
「何か最後が凄く……」
「ときに時間は残酷ですからね」
 七条が優しく啓太を慰めた。丹羽が、う~ん、と唸った。
「あまり取り零しはなかったと思うが、奈緒美達の動機が今一つはっきりしねえオチだったな」
 中嶋が小さく腕を組んで言った。
「奈緒美達はルルイエに囚われた狂信者だろう。日々その光景に思いを馳せている内に徐々に魅了されて取り込まれた」
 そうです、と和希は頷いた。
「あの浅浮彫りは偉大(おおい)なるクトゥルフへ生け贄を捧げるための道具なので、狙った犠牲者の精神に深い影響を与え、やがて肉体をも完全に取り込んでしまいます」
「最初の犠牲者は奈緒美……いや、杉山早苗か」
 西園寺が呟いた。和希が状況を補足する。
「杉山早苗は浅浮彫りを寝室に飾っていましたが、ある晩、触手に捕まって取り込まれてしまいました。その数年後、早苗を偲んで屋敷を訪れた藤田佐和子を捕らえます。そして、二十年以上が経ってから浅浮彫りの資料的価値に気づいて屋敷に来た金谷幸治を引きずり込みました」
「だから、三人の年齢が違ってたのか」
 ポンッと啓太が手を打った。七条が尋ねた。
「伊藤君と佐藤さんを呼び寄せたのはなぜですか?」
「浅浮彫りの邪悪な意思は偉大(おおい)なるクトゥルフへの生贄を求めていましたが、金谷を最後に四十年以上、誰も近づく者がいなかったからです。そこで、取り込んだ早苗達を使って人を呼び寄せることにしました。早苗達は全くの他人よりも浅浮彫りに秘められた神秘性を理解してくれるに違いない、かつてのメンバーとその子孫を狙うことしたんです」
「じゃあ、あの二人目って……」
 啓太は小さく身を震わせた。
「ああ、啓太のお祖父さんの鈴菱鈴吉と佐藤のことだよ。鈴吉はメンバーが行方不明になった後は浅浮彫りに近寄らなかったから天寿を全うした。でも、佐藤は欲に駆られて屋敷を訪れ、触手から逃げようとしたから浅浮彫りに殺されてしまったんだ。だから、奈緒美は残念だと漏らしたんだよ。夕食には佐藤の好物ばかりを並べて歓迎したのに総て無駄になったからね」
 私を狙った理由は、と西園寺が尋ねた。すると、和希は軽く頬を掻いた。
「正直、啓太以外は誰でも良かったんですが、強いて言うなら好感度ですね。西園寺さんは『心理学』を振らなかったので、王様達と比べて好感度が高かったんです」
「芳子を殺したのは金谷か?」
「はい、現代に蘇った早苗達は屋敷に住んでいた芳子をまず殺しました。そして、早苗は姪に当たる芳子の経歴を騙ります。名前は早苗達が昔、好きだった『痴人の愛』から取りました。流し読みに成功していたら、奈緒美、譲治、綺羅子という名前が出てPC(プレイヤー・キャラクター)が三人の共謀を疑うことが出来たと思いますよ。あるいは、奈緒美の失踪を金谷と綺羅子が話したときに『心理学』を振っていれば、二人の嘘が見抜けたかもしれません」
 ちっ、と丹羽が低く舌打ちした。
「あのとき、先を急いだのは失敗だったな。メタな考えだが、『痴人の愛』で金谷と綺羅子も奈緒美とグルなのはわかってた。だから、金谷と綺羅子は足止めでその間に奈緒美が啓太と郁ちゃんに何かするんじゃねえかって思ってしまった」
「王様達は隙がなかったので仕掛けるのに苦労しました。奈緒美達は啓太と西園寺さん以外は殺すつもりだったのに金谷は最後にダイスに嫌われたし、綺羅子もそうです。中嶋さんの背後から銃で不意打ちするはずが『忍び歩き』に失敗して気づかれてしまいました」
「あのときのダイスはそれか!」
「もし、あれが成功だったら、技能値に補正を付けてほぼ確実に殺せたはずです。最低でもショック対抗ロールに持ち込めたのに……」
 和希は悔しそうに掌を握り締めた。はあ、と丹羽が何度目かのため息をついた。
「まあ、煽った中嶋も悪いけどよ……遠藤、お前、殺意あり過ぎだろう」
「煽った? そんな生易しいものではありませんよ、あれは!」
(俺の目の前で堂々とっ……!)
 思い出して和希は鋭く中嶋を見やった。中嶋の口の端が小さく上がる。啓太は微かに頬を染めた。更に和希が苦々しく言った。
「中嶋さんが発狂して王様と戦闘になったときは期待したんですが……巧くいけば、中嶋さんは死んで王様は病院送りですから。でも、そこでもやはりダイスが……」
「和希、確かに俺以外は適当に犠牲になって貰うって言ってたけど……」
 啓太は密かに蒼ざめた。すると、和希は柔らかく微笑んだ。
「口ではそう言ったけれど、啓太、最初から本気で殺すつもりはなかったよ。このシナリオはSAN(正気度)チェックが多いから、何人か発狂すれば良いとだけ思っていたんだ。でも、佐藤の死で七条さんのSAN値を削れなかったから魔導書を読んでも発狂しないし、西園寺さんは鉄壁だろう。順調にSAN値が減った王様は紙一重でダイスに救われて、中嶋さんは俺の中で死亡確定だった。もう全員、殺すしかなかったんだ。ああ、勿論、啓太は別だよ」
「……」
(……俺、本気で和希が怖いと初めて思った)
 そんな啓太の内心を知ってか知らずか、和希は晴れやかな表情で全員を見回した。
「まあ、無事に全員生還、おめでとうございます。最後にPC(プレイヤー・キャラクター)達のその後を順番にやりましょうか」
「良いんじゃねえか」
 丹羽が即座に同意した。啓太も大きく頷いた。
「あっ、うん、俺も少し気になってた」
 なら、と和希は静かに話し始めた。

遠藤 :あの事件から一ヶ月が経ちました。王様は探偵をする傍ら、利き腕の筋力トレーニングを
    始めました。仕事以上に熱心なので、以前の力を取り戻すのは恐らく時間の問題です。ひ
    ん死の重症を負った中嶋さんはまだ入院中です。看護師の間で格好良いと噂ですが、どう
    やら想い人がいる様です。しかし、叶う日は永遠に来ないでしょう。
中嶋 :ふっ、それはお前の願望だろう。
伊藤 :……和希。
丹羽 :最後まで歪みねえな、遠藤。
西園寺:全く……嘆かわしい。
遠藤 :これがKP(キーパー)の唯一の楽しみですから。西園寺さんはまた美術品に囲まれる
    日々に戻りました。今回の件で知り合った七条さんとはその後も頻繁に連絡を取り合ってい
    ます。七条さんはスランプを脱して再び執筆を始めました。目下、屋敷での経験を基に『杉
    山屋敷怪異譚』という小説を書いています。啓太は人の心に潜む狂気とその奥深さを改め
    て実感し、本格的に精神医学を勉強することにしました。再会した従兄の援助を受けて今
    は大学に通っています。
七条 :さり気なく自分を入れてきましたね。
伊藤 :有難う、和希……でも、俺、もうメンタル・セラピストとしては働けないのか。俺の処に通っ
    てた人はどうなるんだろう。
遠藤 :大丈夫だよ。啓太は俺の援助を受けるだけは嫌だと言って週末だけセラピストとして働い
    ているから。
伊藤 :良かった。
遠藤 :仕事と学業の両立は大変だけど、優しい従兄の励ましで啓太は頑張っているよ。そして、
    近い将来、ずっと自分を支えてくれた従兄への想いに気づいて――……


「あ~っ、もうそこまでで良いぜ、遠藤」
 丹羽が強引に話を遮った。和希が不満そうに丹羽を睨みつけた。
「邪魔しないで下さい、王様、これから啓太と俺の新生活が始まるんです」
「和希、新生活って……」
 ははっ、と啓太は乾いた声で笑った。それを見た西園寺と七条が口々に言った。
「啓太も迷惑がっているぞ、遠藤」
「ええ、妄想は大概にして欲しいですね」
「妄想ではありません。啓太と俺の新生活はいずれ現実になる話です。そうだろう、啓太?」
 和希は優しく啓太に尋ねた。啓太の目が微かに宙を泳いだ。
「あ……うん……そう、かも……?」
 すると、今まであまり口を開かなかった中嶋が人の悪い微笑を浮かべた。
「気が乗らないなら新生活は俺と始めるか、啓太?」
「えっ!?」
「一時的狂気に陥って重症を負った俺を見舞う内にお前は――……」
「そんなことは俺が絶対に許さない!」
 その先を言わせまいと和希が声を張り上げた。またかよ、と丹羽はこめかみを押さえた。そのとき、小さなノックの音がして誰かが生徒会室に入って来た。
「失礼します」
「あっ、石塚さん、こんにちは」
 啓太はドアを振り返って石塚に気づくと、軽く頭を下げた。
「こんにちは、伊藤君、皆さん……和希様、遅くなって申し訳ありません」
「いや、丁度良いタイミングだった。有難う、石塚」
 和希は内心で勝利を確信した。将を射んと欲すればまず馬から……なら、啓太は……
「何か石塚さんに頼んでたのか、和希?」
「ああ、跳ね橋を渡って直ぐの処にあるパティスリーでケーキを買って来るよう頼んだんだ。ほら、一昨日、啓太がそこの苺のタルトはとても美味しいから直ぐ売り切れると零していただろう。シナリオが終わったら、それで一息つこうと思ってね」
「本当! 有難う、和希!」
 苺に目がない啓太の顔がパッと輝いた。
 クトゥルフ(CoC)に熱中するあまり、皆、途中からはコーヒーや紅茶を淹れることすら忘れていたことに漸く気がつき、にわかに室内が騒がしくなった。
「では、新しい紅茶を淹れますね、郁」
「ああ、頼む、臣」
 七条が静かに立ち上がった。他はコーヒーで良いな、と丹羽が誰とはなしに確認した。
「俺、コーヒーを淹れてきますね」
 啓太がそう言うと、中嶋は小さく首を振った。
「いや、お前はケーキを頼む。コーヒーは俺が淹れる」
「わかりました、中嶋さん……あっ、石塚さんも一緒に食べませんか? それとも、まだ仕事が……?」
「有難うございます、伊藤君、もう殆ど終わっているので大丈夫です」
「良かった。なら、石塚さんは俺の隣に……」
「……!?」
 それを聞いた和希が慌てて口を挟んだ。
「なぜ、石塚が啓太の隣なんだ?」
「だって、石塚さんは態々ケーキを買って来てくれたのに和希の隣だとどうしても気を使うだろう。そのくらい俺にもわかるよ」
「なら、俺が啓太の隣に座る」
 和希は勢い良く席を立つと、素早く机を回り込んで啓太の隣を確保した。そして、瞳で石塚に自分がいた椅子に座るよう指示した。そんな和希に丹羽と西園寺が呆れた様に首を振り、啓太は小さく苦笑した。
(俺、まだ自分の気持ちが良くわからないけど……明日も、こんな日だと良いな)

 夕闇の迫る生徒会室に啓太の歓声と和希の叫びが響くのはそれから数分後……
「わあ! 有難うございます、石塚さん! やっぱり石塚さんは……」
「啓太!? それを頼んだのは俺だから……け、啓太~!」



2014.10.10
まさか王様と中嶋さんが戦闘になるとは……
最後までダイスの女神に振り回されました。
無事に生還出来て良かったです。

r  m

Café Grace
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