啓太はマグカップのコーヒーを飲みながら、そっと周囲を窺った。西園寺の一言で場の雰囲気が微妙に変わった気がする……特に和希に対して。今回も皆で助け合うものと思っていた啓太は、正直、互いに不信感を抱くこの展開に戸惑っていた。
(PL(プレイヤー)とPC(プレイヤー・キャラクター)は確かに別人格だけど……)
 頭ではそれを理解しても、気持ちがついていけなかった。それなら、いつか自分も和希や他の人を疑わないといけなくなるかもしれない……が、現実でもそんなことは苦手なので、ましてやRP(ロール・プレイ)はどうしたら良いか全くわからなかった。
 そんな啓太の耳にシナリオを再開する丹羽の明るい声が響いた。

丹羽 :無事に合流したから全員で広場の場面をやるぜ。駐車場で暫く立ち話をしてたから今は四
    時過ぎってところだ。辺りは少し薄暗くなってきたが、皆を先導して歩く七条は広場が直ぐに
    わかった。そこだけ他とは違って煌々と明るく照らされてる。近づいて行くと、広場の中には
    運動会などで使われるパイプ・テントがあちこちに設置され、ゴザ代わりに敷いたブルー・
    シートの上にずらりと古びた提灯が置かれてるのが見えた。ざっと数えても三百以上はある
    な。色も様々だ。白、黄、赤、緑、黄緑、青、水色、ピンク、オレンジ、他には……まあ、とに
    かく一杯だ。
伊藤 :凄い数ですね。お祭りで使うのかな。
西園寺:一応、提灯に『目星』を振る。
丹羽 :その必要はねえ。郁ちゃん達はもう広場の入口まで来てるから、直ぐ近くで見ることが出
    来た。提灯の造り自体は粗末なものだった。明かりは豆電球と乾電池だし、おまけに何年も
    使われてるから結構、古びて補修した形跡もある。観光の目玉にするならもっと綺麗な提灯
    を使うだろうから、火垂祭が閉鎖的なのは本当らしいとわかった。
中嶋 :村の奴らは広場にいるのか?
丹羽 :ああ、大勢いる。村人はシートの上に座って提灯を一つずつ念入りに点検してる。電球は
    切れてないか、電池は弱ってないか、数はきちんと揃ってるかなどだ。そして、その間を痩
    せた老人が精力的に歩き回って様子を窺ってた。そいつは見事に禿げた頭をツヤツヤと日
    焼けさせ、まるで丹念に磨き上げた木彫の様な老人だ。
西園寺:どうやら責任者の様だな。
遠藤 :(祭司の坂井健蔵か?)
    KP(キーパー)、その老人に『心理学』を振ります。
中嶋 :俺も振る。
七条 :僕もお願いします。
    (多分、この人が秀人君のお祖父さんですね)
伊藤 :あっ、俺は……きっと提灯に目を奪われてるから良いです。
丹羽 :なら、三人の『心理学』をクローズドで振るぜ。


遠藤 :心理学(80)→??
中嶋 :心理学(85)→??
七条 :心理学(75)→??


丹羽 :(げっ、こんなところで二人もクリティカルかよ……仕方ねえ。あれを出すか)
    遠藤は老人が神経質になってる様に見えた。中嶋は老人が作業の状況を万遍なく注視して
    るが、その中でも特に赤い提灯を気に掛けてる様に感じた。七条も老人の様子から赤い提
    灯が祭の中で特別な意味を持ってると思った。


 和希が軽く腕を組んだ。
「これは三人とも成功している様ですが、中嶋さんと七条さんは恐らくクリティカルですね」
 ああ、と西園寺は頷いた。
「赤い提灯はクリティカル情報と考えて間違いないだろう」
「赤に何か特別な意味があるのかもしれませんね」
 七条もそれに同意した。啓太がコーヒーを飲みながら、小さく呟いた。
「でも、どれも古くて痛んでるんですよね」
「色に意味があるなら提灯の古さは関係ないだろう」
 それを耳にした中嶋が言った。
「それはそうですけど、どれも同じ様に古いのなら赤に意味がある訳じゃない気がします。あっ、勿論、この人が気にしてるから俺も赤い提灯に意味はあると思います。でも、赤に意味があるなら最初からそれだけ使えば良いから、他の色はそんなにいらないと思うんです。だから、赤に意味はないんじゃないかって……あ、あれ? 俺、何を言ってるのか自分でもわからなくなってきた。すいません」
 頭が混乱してきた啓太は気まずそうに俯いた。和希が優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、啓太、言いたいことはわかるから」
(成程……重要なのは色ではないのかもしれない。なら、赤い提灯の意味は……?)
「良かった」
 和希の言葉に啓太は胸を撫で下ろした。和希にわかったのなら、西園寺さんと七条さん、中嶋さんにもきっと伝わってるよな。
「……」
 そんな啓太を丹羽が複雑な思いで見ていた。
(鋭いな、啓太……まだ誰も気づいてねえことなのに、少し情報を出し過ぎたか。これで遠藤が敵の正体に気づいたら、あっと言う間にシナリオが終わってしまうぜ。どうする……)

丹羽 :考えるのは良いけど、取り敢えず、話を続けるぜ。皆が広場に入って行くと、秀人に気づい
    た老人が張りのある声を上げた。
坂井 :おお、秀人か。よく来たな。疲れただろう。こっちにおいで。
秀人 :あっ、お祖父ちゃんだ。
丹羽 :秀人は須藤と繋いでない方の手で元気に老人を指差した。老人は郁ちゃん達を見て軽く
    頭を下げた。
坂井 :ようこそ、皆さん、息子から話は聞いております。私は秀人の祖父の坂井健蔵と申します。
    こんな辺鄙な村まで態々孫を連れてきて下さって有難うございます。お陰で、本当に助かり
    ました。何とお礼を言って良いか……秀人は皆さんにご迷惑をお掛けしませんでしたか?
秀人 :僕、ちゃんと大人しくしてたよ。ねっ、須藤さん?
須藤 :ああ、秀人君はとても良い子だったよ。迷惑だなんてとんでもない。
坂井 :そうですか。
丹羽 :それを聞いて坂井はほっとした表情を浮かべた。秀人も須藤に褒められて嬉しそうだ。
秀人 :お祖父ちゃん、須藤さんは学者なんだって。だから、凄い物知りなんだ。僕が訊いたこと何
    でも知ってたよ。本当に何でもだよ。だから、僕、電車の中でちっとも退屈しなかったんだ。
七条 :成程、と僕は低く呟きます。秀人君が問題を起こさなかったのは須藤さんのお陰だったん
    ですね。
西園寺:そうらしいな。あの男も少しは役に立っていたらしい。
中嶋 :俺達は子供の扱いに慣れていないからな。
伊藤 :……
    (慣れてないというより最初から相手にしてなかった気が……)
中嶋 :何か言いたそうだな、啓太?
伊藤 :えっ!? な、何も思ってませんよ、中嶋さん。
丹羽 :坂井は須藤を絶賛する孫に優しく微笑みながら、近くで提灯を点検してたエプロン姿の女
    の肩を叩いた。彼女は顔を上げると、小さく頷いて立ち上がった。
坂井 :秀人、子供小屋で皆が待っているから、この人について行きなさい。
丹羽 :その言葉に須藤が食いついた。
須藤 :子供小屋? それも祭りの一環なのですか? なら、私達も一緒ではいけませんか? 少
    し見学したいのですが。
坂井 :残念ですが、今は子供しか中へ入れません。
七条 :今は、ということは普段は大丈夫なんですか?
坂井 :はい、祭りのとき以外は村の集会場として使用しております。さあ、秀人。
丹羽 :坂井は秀人を少し強く呼んだ。秀人が大人しく須藤から離れると、女はその手を取り、安
    心させる様に頭を優しく撫でた。
坂井 :秀人、子供小屋には他にも十人ほどいるから楽しんでおいで。
秀人 :お菓子はある?
坂井 :ああ、一杯あるよ。ゲーム機も色々置いてあるから皆で遊ぶと良い。
秀人 :本当!? うん、わかった。
丹羽 :秀人は少し不安そうだったが、ゲームがあると聞いて元気を取り戻した。坂井と須藤に大
    きく手を振る。
秀人 :じゃあね、お祖父ちゃん、須藤さん。
坂井 :ああ、行っておいで。
須藤 :また明日、秀人君。
丹羽 :秀人は女と一緒に広場から出て行った。坂井が大きく息を吐いた。
坂井 :ふう、これで漸く肩の荷が下りました。ささやかですが、我が家で皆さんを歓迎する準備を
    整えております。今夜は是非、ゆっくり休んでいって下さい。
伊藤 :あっ、俺達は……と俺は慌てて口を挟みます。
坂井 :おや、どうかなさいましたか?
伊藤 :あの……俺達二人は秀人君を連れて来た訳ではないんです。観光に来たら偶然、皆に
    会って一緒に来ただけなんです。だから、公民館の場所を教えて貰えませんか?
坂井 :確かにあそこは臨時の宿泊所ですが……今、村の者は祭りの準備をしているので、行っ
    ても誰もいないでしょうな。
伊藤 :えっ!? どうしよう、和希。
    (王様、それじゃあ聞いてた話と違うじゃないですか)
遠藤 :困ったな。これから移動してホテルが見つかるかどうか……
    (公民館に人を近寄らせたくない理由があるのか? いや、それなら最初から宿泊可能に
    しなければ良いだけか)
坂井 :なら、お二人も我が家にお越し下さい。息子に言われて皆さんをお泊めする準備は出来て
    おりますので、多少、人数が増えても問題はありません。遠慮なさらず、どうぞ。
丹羽 :坂井は親切にそう申し出たが、二人はどうする?
遠藤 :(この誘いを断る理由はないか)
    坂井に『心理学』を振ります。
伊藤 :俺も今回は振ります。幾ら準備は出来てるって言っても息子さんから聞いてない俺達まで
    泊めようとするのは、やっぱりちょっと気になります。


遠藤 :心理学(80)→??
伊藤 :心理学(85)→??


丹羽 :(うわっ、またクリティカルかよ……どうなってるんだ、このダイス)
    遠藤は坂井の言葉に裏はねえと思った。寧ろ、こんな小さな村まで観光客が来たことを喜
    んでると感じた。啓太は坂井の顔を窺おうとしたが、目が合って咄嗟に俯いてしまったから
    わからなかった。
伊藤 :和希は成功だけど、俺は失敗かな。
遠藤 :そうだな。一応、坂井は俺達も歓迎している様だから今夜は泊めさせて貰おう、啓太。
伊藤 :うん。
遠藤 :では、俺は坂井に小さく頭を下げて言います。有難うございます。なら、今夜はお言葉に甘
    えさせて貰います。
伊藤 :それを見た俺も慌てて頭を下げます。あっ、宜しくお願いします、坂井さん。
丹羽 :坂井は大きく頷くと、祭りの準備を村の者に任せて一緒に自宅へと向かった。啓太と遠藤
    が途中の駐車場で荷物を取って来る時間もあるから、坂井の家に着いたのは……四時半
    で良いか。坂井は直ぐに玄関の鍵を開けて皆を中へ通した。すると、正面に長い廊下があ
    り、左右にずらりと襖が並んでるのが見えた。少し変わった造りなのは公民館が出来るまで
    村の集会場を兼ねていた名残だ。坂井は廊下の右側を指して言った。
坂井 :こちら側を自由にお使い下さい。大部屋ですが、中は襖で三つに仕切ることが出来ます。
    七時に左側の部屋に夕食を用意します。それまでは横になるも良し、風呂に入るも良しで
    す。自慢ではないですが、我が家は温泉を引いているので風呂には少々拘っております。
    ただ、湯あたりには気をつけて下さい。
須藤 :温泉とは良いですね。浴室はどこですか?
坂井 :廊下の突き当りです。
須藤 :なら、私は先に風呂を使わせて貰います。温泉は大好きなんですよ。
丹羽 :そうして須藤はさっさと靴を脱いだ。郁ちゃん達はどうする?


 そこで丹羽は少し言葉を切った。
 正直、部屋割りはどうでも良かった。前回の様に家の中で事件が起こる訳ではない……が、推理の枝葉は必要だった。
(ちょっと手間になるが、郁ちゃん達が互いに疑い合う展開にしたんだから仕方ねえよな。見取り図は……要らねえか)
 案の定、西園寺達は部屋割りについて話し始めた。
「三つに仕切られているのだから普通に考えれば、一部屋に二人ずつという訳だが……中嶋次第だな」
 西園寺は静かに中嶋を見やった。七条が頷いた。
「伊藤君と遠藤君は二人で旅行中なので一緒で良いですが、須藤さんを一人には出来ませんね」
「前回、中嶋は一人部屋を使っている。須藤との同室を拒否するのならば、RP(ロール・プレイ)で私達を説得することになるが……どうする?」
「その程度で揉める気はない」
 中嶋は簡単に答えた。
(恐らく部屋割りに意味はない。須藤が一人部屋を言い出さなかった上に、襖で仕切られただけなら音は殆ど筒抜けになる。夜に動くことはないだろう。だが……)
「俺の部屋は遠藤達の隣にする」
「……!」
 その言葉に和希が素早く反応した。鋭く中嶋を睨みつける。
「気になる言い方ですね。俺が夜に何かするとでも……?」
「単にお前を警戒しているだけだ」
「啓太を心配している訳ではないんですね」
「ああ、襖で隔てただけの部屋でお前がこいつに手を出せるとは思っていない」
 中嶋は嘲笑する様に口の端を上げた。慌てて啓太が口を挟んだ。
「何、言ってるんですか、中嶋さん! 俺に手を出すって……!」
 すると、和希が不敵な笑みを浮かべた。
「わかりませんよ、それは」
「ほう……?」
「互いに惹かれ合う者が同じ部屋で寝れば、何が起こっても不思議ではありません」
「和希まで! 何も起こらないよ!」
 啓太は声を荒げた。七条が真面目な顔で啓太を見つめた。
「伊藤君、単なるRP(ロール・プレイ)とはいえ、あの人が君に触れるのはとても不愉快ですが、僕は現実との区別はきちんと出来ますから安心して下さい」
「し、七条さん……」
 一体、どんな場面を想像してるんですか、と危うく啓太は訊きそうになった。いや、訊かなくてもわかる……というか、訊きたくない。
 そんな啓太に和希と中嶋が事も無げに言った。
「大丈夫。啓太に風邪は引かせないから」
「ああ、お前はそれどころではないだろうからな」
「なっ、なっ……」
 そして、最後に西園寺が冷静に追い討ちをかけた。
「演劇部で濡れ場はやらなかったのか、啓太?」
「……っ……!」
 ポンッと啓太は沸騰して絶句した。はあ、と丹羽が大きなため息をついた。
「中嶋と遠藤はともかく、郁ちゃん達までこんな茶番に乗るなよ。啓太が可哀相だろう」
(このシナリオで、どうしてこんな展開になるんだよ)
「俺はRP(ロール・プレイ)をしただけだ」
 中嶋が低く喉を鳴らした。和希はコーヒーに手を伸ばした。
「俺はPC(プレイヤー・キャラクター)の設定に忠実なだけです」
「僕は伊藤君を励ましただけです」
 七条は持参したマカロンを菓子皿に置いて啓太に差し出した。西園寺は澄まして紅茶を飲んだ。
「私は何もしていない」
「とにかく、だ。啓太はまだ初心者なんだ。過激なRP(ロール・プレイ)は禁止だ。良いな」
 丹羽は全員を厳しく見回した。すると、四人から返事とも単なる音とも取れるものが聞こえた。
「王様~」
 啓太が縋る様な声を上げた。
(良かった。俺、本当に変な場面をやらされるかと思った……)
 ほっと胸を撫で下ろす啓太に丹羽は曖昧な微笑を浮かべた。啓太には悪いが、本当は見てみたかった気がする。何か妙な色気があるんだよな、啓太は……
(な、何を考えてるんだ、俺は。啓太は良い後輩……それだけだ。俺まで変なRP(ロール・プレイ)に影響されてるんじゃねえ)
 丹羽は軽く首を横に振って頭を切り替えた。そして、またシナリオを続けることにした。



2015.1.1
漸く火垂祭の片鱗が見えてきました。
その一方で徐々に激しくなる啓太の争奪戦。
王様の参戦も近いかも。

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Café Grace
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