丹羽 :無事に合流したから全員で広場の場面をやるぜ。駐車場で暫く立ち話をしてたから今は四
時過ぎってところだ。辺りは少し薄暗くなってきたが、皆を先導して歩く七条は広場が直ぐに
わかった。そこだけ他とは違って煌々と明るく照らされてる。近づいて行くと、広場の中には
運動会などで使われるパイプ・テントがあちこちに設置され、ゴザ代わりに敷いたブルー・
シートの上にずらりと古びた提灯が置かれてるのが見えた。ざっと数えても三百以上はある
な。色も様々だ。白、黄、赤、緑、黄緑、青、水色、ピンク、オレンジ、他には……まあ、とに
かく一杯だ。
伊藤 :凄い数ですね。お祭りで使うのかな。
西園寺:一応、提灯に『目星』を振る。
丹羽 :その必要はねえ。郁ちゃん達はもう広場の入口まで来てるから、直ぐ近くで見ることが出
来た。提灯の造り自体は粗末なものだった。明かりは豆電球と乾電池だし、おまけに何年も
使われてるから結構、古びて補修した形跡もある。観光の目玉にするならもっと綺麗な提灯
を使うだろうから、火垂祭が閉鎖的なのは本当らしいとわかった。
中嶋 :村の奴らは広場にいるのか?
丹羽 :ああ、大勢いる。村人はシートの上に座って提灯を一つずつ念入りに点検してる。電球は
切れてないか、電池は弱ってないか、数はきちんと揃ってるかなどだ。そして、その間を痩
せた老人が精力的に歩き回って様子を窺ってた。そいつは見事に禿げた頭をツヤツヤと日
焼けさせ、まるで丹念に磨き上げた木彫の様な老人だ。
西園寺:どうやら責任者の様だな。
遠藤 :(祭司の坂井健蔵か?)
KP(キーパー)、その老人に『心理学』を振ります。
中嶋 :俺も振る。
七条 :僕もお願いします。
(多分、この人が秀人君のお祖父さんですね)
伊藤 :あっ、俺は……きっと提灯に目を奪われてるから良いです。
丹羽 :なら、三人の『心理学』をクローズドで振るぜ。
遠藤 :心理学(80)→??
中嶋 :心理学(85)→??
七条 :心理学(75)→??
丹羽 :(げっ、こんなところで二人もクリティカルかよ……仕方ねえ。あれを出すか)
遠藤は老人が神経質になってる様に見えた。中嶋は老人が作業の状況を万遍なく注視して
るが、その中でも特に赤い提灯を気に掛けてる様に感じた。七条も老人の様子から赤い提
灯が祭の中で特別な意味を持ってると思った。
丹羽 :考えるのは良いけど、取り敢えず、話を続けるぜ。皆が広場に入って行くと、秀人に気づい
た老人が張りのある声を上げた。
坂井 :おお、秀人か。よく来たな。疲れただろう。こっちにおいで。
秀人 :あっ、お祖父ちゃんだ。
丹羽 :秀人は須藤と繋いでない方の手で元気に老人を指差した。老人は郁ちゃん達を見て軽く
頭を下げた。
坂井 :ようこそ、皆さん、息子から話は聞いております。私は秀人の祖父の坂井健蔵と申します。
こんな辺鄙な村まで態々孫を連れてきて下さって有難うございます。お陰で、本当に助かり
ました。何とお礼を言って良いか……秀人は皆さんにご迷惑をお掛けしませんでしたか?
秀人 :僕、ちゃんと大人しくしてたよ。ねっ、須藤さん?
須藤 :ああ、秀人君はとても良い子だったよ。迷惑だなんてとんでもない。
坂井 :そうですか。
丹羽 :それを聞いて坂井はほっとした表情を浮かべた。秀人も須藤に褒められて嬉しそうだ。
秀人 :お祖父ちゃん、須藤さんは学者なんだって。だから、凄い物知りなんだ。僕が訊いたこと何
でも知ってたよ。本当に何でもだよ。だから、僕、電車の中でちっとも退屈しなかったんだ。
七条 :成程、と僕は低く呟きます。秀人君が問題を起こさなかったのは須藤さんのお陰だったん
ですね。
西園寺:そうらしいな。あの男も少しは役に立っていたらしい。
中嶋 :俺達は子供の扱いに慣れていないからな。
伊藤 :……
(慣れてないというより最初から相手にしてなかった気が……)
中嶋 :何か言いたそうだな、啓太?
伊藤 :えっ!? な、何も思ってませんよ、中嶋さん。
丹羽 :坂井は須藤を絶賛する孫に優しく微笑みながら、近くで提灯を点検してたエプロン姿の女
の肩を叩いた。彼女は顔を上げると、小さく頷いて立ち上がった。
坂井 :秀人、子供小屋で皆が待っているから、この人について行きなさい。
丹羽 :その言葉に須藤が食いついた。
須藤 :子供小屋? それも祭りの一環なのですか? なら、私達も一緒ではいけませんか? 少
し見学したいのですが。
坂井 :残念ですが、今は子供しか中へ入れません。
七条 :今は、ということは普段は大丈夫なんですか?
坂井 :はい、祭りのとき以外は村の集会場として使用しております。さあ、秀人。
丹羽 :坂井は秀人を少し強く呼んだ。秀人が大人しく須藤から離れると、女はその手を取り、安
心させる様に頭を優しく撫でた。
坂井 :秀人、子供小屋には他にも十人ほどいるから楽しんでおいで。
秀人 :お菓子はある?
坂井 :ああ、一杯あるよ。ゲーム機も色々置いてあるから皆で遊ぶと良い。
秀人 :本当!? うん、わかった。
丹羽 :秀人は少し不安そうだったが、ゲームがあると聞いて元気を取り戻した。坂井と須藤に大
きく手を振る。
秀人 :じゃあね、お祖父ちゃん、須藤さん。
坂井 :ああ、行っておいで。
須藤 :また明日、秀人君。
丹羽 :秀人は女と一緒に広場から出て行った。坂井が大きく息を吐いた。
坂井 :ふう、これで漸く肩の荷が下りました。ささやかですが、我が家で皆さんを歓迎する準備を
整えております。今夜は是非、ゆっくり休んでいって下さい。
伊藤 :あっ、俺達は……と俺は慌てて口を挟みます。
坂井 :おや、どうかなさいましたか?
伊藤 :あの……俺達二人は秀人君を連れて来た訳ではないんです。観光に来たら偶然、皆に
会って一緒に来ただけなんです。だから、公民館の場所を教えて貰えませんか?
坂井 :確かにあそこは臨時の宿泊所ですが……今、村の者は祭りの準備をしているので、行っ
ても誰もいないでしょうな。
伊藤 :えっ!? どうしよう、和希。
(王様、それじゃあ聞いてた話と違うじゃないですか)
遠藤 :困ったな。これから移動してホテルが見つかるかどうか……
(公民館に人を近寄らせたくない理由があるのか? いや、それなら最初から宿泊可能に
しなければ良いだけか)
坂井 :なら、お二人も我が家にお越し下さい。息子に言われて皆さんをお泊めする準備は出来て
おりますので、多少、人数が増えても問題はありません。遠慮なさらず、どうぞ。
丹羽 :坂井は親切にそう申し出たが、二人はどうする?
遠藤 :(この誘いを断る理由はないか)
坂井に『心理学』を振ります。
伊藤 :俺も今回は振ります。幾ら準備は出来てるって言っても息子さんから聞いてない俺達まで
泊めようとするのは、やっぱりちょっと気になります。
遠藤 :心理学(80)→??
伊藤 :心理学(85)→??
丹羽 :(うわっ、またクリティカルかよ……どうなってるんだ、このダイス)
遠藤は坂井の言葉に裏はねえと思った。寧ろ、こんな小さな村まで観光客が来たことを喜
んでると感じた。啓太は坂井の顔を窺おうとしたが、目が合って咄嗟に俯いてしまったから
わからなかった。
伊藤 :和希は成功だけど、俺は失敗かな。
遠藤 :そうだな。一応、坂井は俺達も歓迎している様だから今夜は泊めさせて貰おう、啓太。
伊藤 :うん。
遠藤 :では、俺は坂井に小さく頭を下げて言います。有難うございます。なら、今夜はお言葉に甘
えさせて貰います。
伊藤 :それを見た俺も慌てて頭を下げます。あっ、宜しくお願いします、坂井さん。
丹羽 :坂井は大きく頷くと、祭りの準備を村の者に任せて一緒に自宅へと向かった。啓太と遠藤
が途中の駐車場で荷物を取って来る時間もあるから、坂井の家に着いたのは……四時半
で良いか。坂井は直ぐに玄関の鍵を開けて皆を中へ通した。すると、正面に長い廊下があ
り、左右にずらりと襖が並んでるのが見えた。少し変わった造りなのは公民館が出来るまで
村の集会場を兼ねていた名残だ。坂井は廊下の右側を指して言った。
坂井 :こちら側を自由にお使い下さい。大部屋ですが、中は襖で三つに仕切ることが出来ます。
七時に左側の部屋に夕食を用意します。それまでは横になるも良し、風呂に入るも良しで
す。自慢ではないですが、我が家は温泉を引いているので風呂には少々拘っております。
ただ、湯あたりには気をつけて下さい。
須藤 :温泉とは良いですね。浴室はどこですか?
坂井 :廊下の突き当りです。
須藤 :なら、私は先に風呂を使わせて貰います。温泉は大好きなんですよ。
丹羽 :そうして須藤はさっさと靴を脱いだ。郁ちゃん達はどうする?
2015.1.1
漸く火垂祭の片鱗が見えてきました。
その一方で徐々に激しくなる啓太の争奪戦。
王様の参戦も近いかも。
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