「……電話ですか」
 少し考え込みながら、七条は丹羽に尋ねた。
「誰からですか?」
「坂井だ。あ~、秀人の父親の方な」
「火垂祭が終わったので様子を聞きに掛けてきたってところでしょうか……困りました。出ると、色々面倒なことになりそうです」
 ああ、と西園寺が頷いた。
「父親と息子が行方不明。更には須藤の死。これだけ重なれば、坂井は聞いた途端、仕事を放り出して飛んで来るだろう」
「出来れば、それは避けたいんですが……」
 七条は困った様に言葉を濁した。和希がその先を予想する。
「そうですね。逸る気持ちのまま、山へ行ったら二次被害に遭うかもしれません。今はここへ来ないよう事情は伏せておくべきですね」
「それって坂井さんに秀人君のことは伝えないってことか?」
 啓太が眉間に微かな皺を寄せて和希を見やった。
「ああ、一般人に神話生物のことを話しても直ぐに信じては貰えないし、伏せておくことで危険が避けられるならその方が良いと俺は思う」
「でも、子供の安否を親に隠すのは良くないよ。もし、俺が行方不明になって王様達がそれを和希の安全のために隠してたと後で知ったら、そんなの余計なお世話だって怒るだろう? なら、坂井さんにも事情をきちんと説明した上で村へ来るのを止めるべきだよ」
「確かにそれが正論だけど、『言いくるめ』のない七条さんでは坂井を止めるのはまず無理だと思う」
「そうかもしれない、けど……でも、俺はこんな大事なことを一番心配する、一番心配しないといけない人に誤魔化すのは嫌だ。それは相手のことを思ってるんじゃない。ただ単に自分が説明したくないだけだろう」
「啓太……」
 真っ直ぐな啓太に和希は密かに困惑した。
 これはゲームだからと言いくるめのは簡単だった……が、なら、きっと現実でも同じことをすると思われて啓太の信用を失いかねない。それは避けたかった。そんな心中を見透かした様に中嶋が低く喉を鳴らした。西園寺が小さく腕を組んで七条に目を向ける。
「色々意見はあると思うが、最終的にこの電話をどう扱うかは臣に任せるべきだ。この状況では私達に相談する時間はないだろう。臣はどうしたい?」
「そう、ですね……二人のことは早めに知らせなければいけませんが、その場合、急いでここへ来ようとする坂井さんを僕が止められるとは思えません。だから、余計な危険を冒さないためにも今は電話に出ない方が良いでしょう。それなら坂井さんが事情を知ることもないので、多少なりとも時間は稼げるはずです。ただ、後日、僕は坂井さんにかなり責められるはずです。恐らく友人関係にもひびが入るでしょう。今後の仕事にも影響が出るかもしれないことは覚悟しなければいけません」
「自業自得だ。他人の子を簡単に預かるからそうなる」
 中嶋が冷たく言い放った。七条が反論する前に慌てて丹羽が口を挟む。
「つまり、居留守ってことだな。了解。なら、それで話を進めるぜ」
(まあ、どっちにしろ坂井はここへ来るけどな)

丹羽 :七条が電話に出るのを躊躇ってると、やがて呼び出し音が消えた。留守電にメッセージが
    ねえのを見て七条はほっと胸を撫で下ろした。そろそろ金物店へ行く時間だが、全員で行く
    のか?
中嶋 :いや、俺と啓太だけで良い。
西園寺:御緒鍵(おおかぎ)を取りに行くだけならば、二人で充分だろう。私達は家に残って夕食の
    準備でもしている。
伊藤 :あの……玄関にある須藤さんの服とかはどうなったんですか?
    (あの横を通って外へ出るのはちょっと怖いよな)
丹羽 :それならもう駐在が回収してるぜ。こんな辺鄙な村で猟奇殺人は初めてだから、てんてこ
    舞いで事情聴取は県警が来てからってことになった。だが、この雨で到着は明日になるな。
伊藤 :そうですか……県警の人が来たら、秀人君達の捜索も捗ると思ったのに。
七条 :ふふっ、クトゥルフ(CoC)の警察が役に立つと思ってはいけませんよ、伊藤君。
伊藤 :そうなんですか?
七条 :だって、警察が優秀では僕達のすることがないでしょう。
丹羽 :メタ発言は程々にな。それじゃあ、郁ちゃん達三人は夕食の準備、中嶋と啓太は金物店で
    御緒鍵(おおかぎ)を受け取ったとこまで時間を進めるぜ。時刻は午後四時半だ。そこで、ま
    た七条の携帯が鳴り始めた。
    (啓太の方が自然だが、ヨシに番号を教えるRP(ロール・プレイ)はなかったから仕方ねえ)
七条 :その場から少し離れて相手を確認します。
丹羽 :画面には細川ヨシと表示されてるな。
七条 :なら、僕は電話に出ます。はい、七条です。
細川 :あ、あの……突然、智子が苦しみだして……ああ、どうしたら……
七条 :大丈夫です、ヨシさん、落ち着いて下さい。直ぐそちらに向かうので、それまで気をしっかり
    持って智子さんのことをお願いします。
細川 :はい……はい……わかり、ました。
丹羽 :ヨシは不安そうな声で返事をして電話を切った。
七条 :KP(キーパー)、僕は伊藤君に連絡して直ぐ細川さんの家に来るよう伝えます。
西園寺:私達も向かう。
丹羽 :了解。郁ちゃん達は玄関先の傘立てに入ってたビニール傘を適当に取ると、小雨の中を
    走り出した。山から点々と続いてた内臓のことは既に噂になってるらしく、途中で自宅から慌
    ただしく荷物を車に乗せて急かす様にエンジンを掛けてる村人を何人も見た。昨日や一昨
    日は人通りの殆どなかった村の通りは今やちょっとした渋滞で、まるで危険を察知して移動
    する野生動物の様に何台もの車が続々と村の外を目指してた。それを横目に郁ちゃん達は
    ひたすら道を駆けた。十分後、三人は細川の家の前に着いた。すると、丁度そこに中嶋と
    啓太も到着した。
伊藤 :七条さんっ……!
七条 :伊藤君、早く中へ。智子さんをお願いします。
伊藤 :はい……!
丹羽 :五人が家に入ると、相変わらず、煌々と明かりが点けっぱなしになってる廊下の奥から微
    かな呻き声が聞こえた。智子は居間の畳の上で身を小さく丸めて苦しんでた。包帯の巻か
    れた右目を掌で押さえ、蒼ざめてガタガタと震えてる。その傍でヨシはどうすることも出来
    ず、祈る様に両手を合わせてた。啓太と七条に気づくと、これまでの症状を涙ながらに説明
    した。
細川 :この子……昨日の夜更けにも人が殺される夢を見たと言って震えていました。明け方に
    なって漸く落ち着き、私もほっとしていましたが……昼過ぎに今度は閉じてる右目に恐ろし
    いものが見えると言い出して……それは昨日の晩よりも酷く……もう、本当にどうしたら良
    いのか……
丹羽 :ヨシは頻発する智子の発作に精神的にすっかり参ってる様だった。ここで啓太は『精神分
    析』と『アイデア』を振ってくれ。
伊藤 :はい。
    (今度は成功させるっ……!)


伊藤 :精神分析(88)→91 失敗
    :アイデア(75)→60 成功


伊藤 :ま、また大事な場面で失敗……12%を二度も引くなんて……
七条 :ある意味、運が良いと言えますね。前向きに考えましょう、伊藤君。
伊藤 :はい……
丹羽 :それじゃあ、啓太は直ぐに智子の傍に跪いて症状を確認した。だが、これが精神異常によ
    る発作なのかどうかは良くわからなかった。ただ、智子には何か恐ろしいものが本当に見え
    てるかもしれねえと思った。暫くすると、右目はまた見えなくなったのか、智子は少し落ち着
    きを取り戻した。横たわったまま、自分の身体を小さく抱き締める。
智子 :昨日から、右目に変なものが見えるんです。ずっと前に見えなくなったのに、どこかの景色
    が……私は風の様に山の中を走っていて……何かを追い掛けてるんです。そして、村から
    出て行く人達の車が見えると、私の腕は暗い闇になって……車を掴みあげて……皆が……
    車ごと、皆が握り潰されて……もう私、何も見たくない! 先生、怖いっ!! 怖いのっ!!
丹羽 :そうして智子は両手で顔を覆い、わっと泣き出した。
伊藤 :えっ!? あっ、どうしよう。なら、俺は……えっと、智子ちゃんを慰める様に優しく頭を撫で
    て言います。そっか。それは辛かったね……


 すると、丹羽が小さく唸った。
「う~ん、何か絵的に物足りねえな。男なら、啓太、こういうときは自分の胸にギュッと智子を抱き締めて泣かせてやるもんだぜ」
「えっ!? 抱き締めるんですか?」
 その言葉に啓太は恥ずかしそうに頬を染めた……が、すぐさま和希と中嶋が横槍を入れる。
「啓太、智子を薄幸の美少女の様に思っているかもしれないけれど、それを演じているのは王様だから」
「今、お前が頭の中で抱き締めようとしているのは丹羽だ」
「あ……」
 啓太は泣きじゃくる丹羽を思い浮かべようとして眉をひそめた。駄目だ。想像出来ない……
「無粋な真似をするな。夢から醒める」
 西園寺が呆れ顔で二人を窘めた。
 TRPGにおいて、それは触れてはならない部分だった。KP(キーパー)の描写を各自、脳内で補正を掛けて再生する上で現実は邪魔でしかない。全くです、と七条も頷いた。
「本当に大人気ない人達です。たとえ、智子さんの原型が大柄な丹羽会長の体躯とがさつな声だとしても、このゲームの中では少し陰のある可憐な少女なんです」
「……臣、お前もか」
 西園寺は一つ小さなため息をついた。

丹羽 :(はあ……空想すら許さねえってどうなんだよ、全く。これは郁ちゃんも大変だな)
    あ~、原因を作った俺が言うのも何だが、あまり脱線してると時間が足りなくなるから先に
    進めるぜ。啓太は智子の頭を撫でるんだったな。それじゃあ、泣きじゃくる智子をそうやって
    啓太が暫く落ち着かせていると、不意に遠くからガーン、ガーンという轟音が聞こえてきた。
    それは、まるでビルの建築現場でやる杭打ちの様にも聞こえ、断続的に地響きまで伝わっ
    てくる。
伊藤 :どこかで基礎工事でもしてるのかな。
遠藤 :いや、今日は朝から大雨が降っていたから、そんなことをするはずがないよ。
伊藤 :あっ、そっか。
中嶋 :その音はどこから聞こえるかわかるか?
丹羽 :何となく村外れの方からとは思うが、行ってみねえと断定は出来ねえな。
西園寺:露骨な誘導だな。
中嶋 :だが、行くしかないだろう。
西園寺:ああ。
遠藤 :俺は任務があるので行きます。
丹羽 :あとの二人はどうするんだ?
七条 :その前にKP(キーパー)、今、智子さんとヨシさんはどうしていますか?
丹羽 :智子は怯えて両手で耳を塞ぎ、ヨシは孫娘に覆い被さって念仏を唱えてるぜ。
七条 :音は気になりますが、智子さんはまだ不安定そうですね。なら、万が一、智子さんの身に
    異変が起きた場合に備えて僕はここに残ります。
伊藤 :俺も今の智子ちゃんを置いて行きたくはないので残ります。
丹羽 :なら、外出組から先にやるぜ。待機組は暫くお口チャックだ。郁ちゃんと中嶋、遠藤は外へ
    出ると、降りしきる雨の中、音の発生源を確かめに再び走り出した。それは村へ続く山道の
    方から聞こえてきた。国道と繋がる唯一のその道に何かあれば、相賀村は孤立してしまう。
    逸る気持ちを堪えて三人は現場へと急いだ。すると、そこへ近づくにつれて雨粒が濁ってく
    ることに気づいた。最初は泥かと思ったが、それは徐々に色味を増し、やがてビニール傘に
    は幾つものはっきりとした赤い筋が出来た。三人は『アイデア』を振ってくれ。
遠藤 :成功したくないですね、これは。
西園寺:ああ。


西園寺:アイデア(75)→24 成功
中嶋 :アイデア(70)→52 成功
遠藤 :アイデア(75)→54 成功


丹羽 :よし! 順当に成功だな。なら、三人にはそれは血で雨に混じって空から降ってきてるとわ
    かった。そんな恐ろしい事実に気づいた郁ちゃん達は0/1のSAN値を失うぜ。
遠藤 :ですよね。
伊藤 :……
    (血の雨なんて……俺、外に行かなくて良かった)


西園寺:SAN(85)→93 失敗
    :SAN(85)→84
中嶋 :SAN(57)→62 失敗
    :SAN(57)→56
遠藤 :SAN(59)→81 失敗
    :SAN(59)→58


丹羽 :(お~、終に郁ちゃんのSAN値を削れたぜ。この調子で……!)
    血の雨に怯える心を叱咤して漸く村の入口まで来た郁ちゃん達はそこで奇妙な物を見つけ
    た。まるで何かの前衛芸術の様に捻り潰された車が無造作に幾つも並んでる。その異様な
    光景に唖然としてる三人の前に一台の車が空から降ってきた。それは先刻まで聞こえてた
    ガーンという轟音を立てて地面に激突した。反射的に上を見たものの、上空には厚い雨雲
    しかねえ。さて……車を調べてみるか?
西園寺:……一応、慎重に近づいてみる。
遠藤 :調べたところで有益な情報があるとは思えませんが、SAN値は投げ捨てるものですから。
    勿論、調べます。
中嶋 :俺もだ。
丹羽 :なら、『目星』は省略するぜ。車を調べようと近づいた三人は押し潰されたフレームや座席
    の間に挟まってる血だらけの男を見つけた。まだ微かに息はあったが、物凄い力で車ごと
    スクラップにされたらしく、三人程度の力ではとても助けられそうになかった。彼は苦しそう
    に小さく呻いてたが、やがてガックリと首を垂れて死んだ。他の車にも同様の死体がゴロゴ
    ロしてる。この無残な惨状に気づいてしまった郁ちゃん達は0/1D3でSAN(正気度)チェッ
    クだ。ついでに『アイデア』も頼む。
中嶋 :ふっ、今日は攻めるな、哲ちゃん。
丹羽 :当然。今から発狂ロールを考えとけよ、中嶋。


西園寺:SAN(84)→76 成功
    :アイデア(75)→60 成功
中嶋 :SAN(56)→10 成功
    :アイデア(70)→97 ファンブル
遠藤 :SAN(58)→27 成功
    :アイデア(75)→71 成功


丹羽 :(一人も失敗しねえのかよ。まあ、ファンブルが出たから善しとするか)
    車を調べて回った郁ちゃんと遠藤はそこに乗ってるのが火垂祭のために帰郷してた人達だ
    と気づいた。祭りの後、早々に村から出て行った彼らはその途中で何かに襲われたらしい。
    そして、中嶋は車を覗き込んでるとき、急に車体がひしゃげてワイパーが弾け飛び、鋭い痛
    みが走った。思わず、左腕を押さえる。やがて指の隙間から細く血が滴った。HP(耐久力)
    1減少だ。
中嶋 :……っ……
西園寺:大丈夫か、中嶋。
中嶋 :ああ。


中嶋 :HP(15)→14


丹羽 :車のスクラップはそれ以上は降ってこなかった。血の混じってた雨も徐々に普通の水色に
    戻ってきてる。辺りはまた寂れた雰囲気が漂い始めた。だが、この道の先に恐ろしいものが
    いる。郁ちゃん達の脳裏に須藤の言葉が蘇った。
須藤 :……あれは……村の場所を、知ってしまった。あれは、もう誰一人……逃がさないつもり
    だ……
中嶋 :……こういうことか。
丹羽 :その意味をまざまざと見せつけられた三人は自分の背中が雨ではない何かにじんわり濡
    れてくの感じた。もう時間は殆ど残されてなかった……



2015.6.6
終に攻めてきた王様と
文字通り、血の雨が降る中で立ち竦む三人です。
もう少しSAN値を削りたかったかも。

r  n

Café Grace
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