坂井の死を描写し終えた丹羽は物足りなさを感じて密かに眉をひそめた。
(う~ん、これだけだとメタ前提で情報を出し惜しんだと後で文句を言われるかもしれねえな。もう少し掘り下げておくか)
「七条、『医学』を振ってくれ」
「おや、まだ情報があるんですか」
 紅茶を飲もうとした手を止めて七条はダイスを振った。カツン、コツンという音が生徒会室に響き渡る。

七条 :医学(65)→82 失敗


「失敗です」
「なら、『目星』の半分……って、これじゃあ初期値じゃねえか。仕方ねえ。中嶋、お前まだ坂井の傍にいるよな。一緒に振ってくれ」
「俺はそんなことは欠片も言ってないが、まあ良いだろう。ここでKP(キーパー)に恩を売っておくのも悪くない」
 中嶋は小さく口の端を上げた。ふふっ、と七条が笑った。
「ですが、KP(キーパー)がそんなに親切だと何か裏があると疑いたくなってしまいます」
「良いから振れよ、早く」
 完全に足元を見ている二人に丹羽は軽く剥れてロールを促した。

七条 :目星(50/2)→69 失敗
中嶋 :目星(79/2)→00 ファンブル


(マジかよ……)
 内心、丹羽は大きく頭を抱えた。
「お前ら……人が折角、救済しようとしてるのに揃って踏み潰すなよ」
「お前らとは心外です。僕がこの人と結託している様な言い方はしないで下さい」
「踏み潰した覚えはない。文句があるならダイスに言え」
 口々に反論する七条と中嶋を丹羽は恨めしそうに睨んだ。こういうときだけは息がぴったりだよな、全く……

丹羽 :なら、もう何も気づかなったってことで先に進めるぜ。それと、中嶋はうっかり御緒鍵(おお
    かぎ)を足に落としてHP(耐久力)1減少だ。
中嶋 :KP(キーパー)の希望に沿ってダイスを振った俺にその仕打ちか……有情だな。
丹羽 :成功してたら、もっと有情になったぜ。
伊藤 :ははっ……
    (中嶋さんの皮肉はいつものことだけど、王様も負けてない。慣れって凄いな)
西園寺:坂井の死でSAN(正気度)チェックはしないのか?
丹羽 :ああ、洞窟内の異様な空気の方がその衝撃(ショック)を上回ってるからな。ついでに言う
    と、『応急手当』と『精神分析』も出来ねえ。
西園寺:そうか。
    (坂井の死は1D3以下ということか。前回、佐藤の死に1D4+1を振らせた遠藤より判定は
    甘いが、それを以って今後の展開を判断するのは危険か)


中嶋 :HP(15)→14


丹羽 :坂井を看取った七条は火垂祭を終わらせるべく、ゆっくり立ち上がった。先刻まで行き止ま
    りだった扉の先は壁が消えて巨大な空洞が広がってる。郁ちゃん達は慎重に扉へと近づい
    た。外から中を覗くと、足元に一メートルほどの段差があり、その下は艶のない黒一色の平
    らな地面がのっぺりと広がってた。上を見ると、天井は鍾乳石の氷柱の様な物がびっしり生
    えてる。中へ入るか?
西園寺:一メートルか……足場になりそうな凹みなどはあるか?
丹羽 :いや、凸凹どころか掴む場所さえねえ。ちなみに、ここを上るときは1R(ラウンド)使って
    『登攀(とうはん)』×2を振って貰う。失敗したら、更に1R(ラウンド)だ。
中嶋 :この先で戦闘がありそうだな。『登攀(とうはん)』の初期値は40……失敗者が出るな。
西園寺:ああ、何らかの対策を打っておくべきだろう。誰かが上に残るか?
伊藤 :なら、俺と智子ちゃんが残ります。智子ちゃんはあまり近寄らない方が良いと思うので。
遠藤 :俺もマイナス補正でこの段差はきついから啓太と一緒に残るよ。
    (ここでの単独行動はあまりに危険過ぎる。TRPGの中でも、啓太は必ず俺が護る)
伊藤 :有難う、和希。
丹羽 :それじゃあ、啓太達が段差の上で待機でシナリオを進めるぜ。下に降りた三人が段差から
    あまり離れなければ、情報は即共有で構わねえ。
中嶋 :待て。ここで携帯は使えるのか?
丹羽 :洞窟内なら幸運判定だ。扉の中では使えねえ。
中嶋 :なら、俺は念のためGPSの位置情報を丹羽の携帯に送る。
西園寺:幸運判定ならば、私も振ろう。65では少々心許ない。
七条 :では、僕も振ります。
伊藤 :俺もお願いします。
遠藤 :俺はまだ王様を知らないのでパスします。
丹羽 :了解。四人はロールしてくれ。あっ、技能値の減少はなしで良いぜ。持って生まれた運は
    体調くらいで左右されねえからな。


中嶋 :幸運(65)→70 失敗
西園寺:幸運(85)→15 成功
七条 :幸運(75)→98 ファンブル
伊藤 :幸運(70)→53 成功


西園寺:成功は二人か。
丹羽 :まあ、妥当だろう。洞窟内に満ちる冒涜的な闇のせいで電波の受信状態が悪いのか、郁
    ちゃんと啓太の情報は俺の携帯に届いたが、中嶋と七条は何度やっても駄目だった。諦め
    てしまおうとした七条は左手に持った投光器の重さに急によろめいて携帯を落としてしまっ
    た。運悪くそこには大きな石があり、それに当たった携帯は呆気なく壊れてしまう。
七条 :データが無事だと良いですが……取り敢えず、壊れた携帯を拾ってポケットにしまいます。
丹羽 :扉の中へ入った郁ちゃん達は啓太と遠藤、智子を段差の上に残して慎重に下へと降りた。
    継ぎ目のないタイルの様な床はどこにも割れ目や凸凹がなく、洞窟内とは明らかに様子が
    違う。郁ちゃんと七条が投光器で辺りを照らすと、空洞のほぼ中央、光がやっと届くぐらいの
    処に子供がうつ伏せで倒れてるのが見えた。遠目だが、その服は緒締役の衣装と同じで男
    の子だとわかるぜ。
伊藤 :秀人君!?
中嶋 :その子に『目星』を振る。
丹羽 :その時間はねえ。あれは……と呟いた智子は啓太と遠藤の制止を振り切って段差を飛び
    降りると、真っ直ぐ子供の元へ駆け寄った。反射的に中嶋は捕まえようとしたが、片手に御
    緒鍵(おおかぎ)を持ってるので無理だった。郁ちゃんと七条は投光器で両手が塞がってる
    から、そもそも反応出来ねえ。段差の下の三人に出来るのは急いで智子の後を追うことだ
    けだ。上の二人はどうする?
伊藤 :勿論、段差を降りて智子ちゃんを追い掛けます。
遠藤 :(啓太なら智子を放っておかないだろうし、追うしかないか)
    俺も追います。
丹羽 :なら、五人は段差の下でまた合流だ。郁ちゃん達が子供の傍へ行くと、薄明りの中で智子
    は男の子の傍に跪いて必死に背中を揺すって起こそうとしてた。
智子 :起きて……ねえ、起きて。お願い……起きて……
七条 :KP(キーパー)、子供に『医学』は振れますか?
丹羽 :治療は出来ねえが、容体を確かめるくらいならOKだ。
七条 :構いません。


七条 :医学(65)→97 ファンブル


丹羽 :お~、連続ファンブルか。なら、サービスしてやるぜ。子供の様子を調べようと近づいた七
    条は今度は投光器を落としてしまった。結果は次の二つから好きな方を選んでくれ。一、投
    光器が壊れる。二、咄嗟に足をクッションにしたので破損は免れたが、HP(耐久力)とDEX
    (敏捷)が2減少する。
七条 :……6Kgの投光器を足に落としたら、少なくとも骨にひびは入るでしょうね。
伊藤 :う~ん、どっちも嫌だけど……俺が強いて選ぶなら、一かな。投光器はもう一つあるし。
遠藤 :啓太、大事なことを一つ忘れているよ。これはクトゥルフ(CoC)だから、優しいKP(キー
    パー)は存在しない。
中嶋 :ふっ、それはお前の経験か、遠藤?
遠藤 :さあ、どうでしょうね。
丹羽 :……で、どっちにするんだ、七条?
七条 :(二を選んだ場合、他にも幾つかマイナス補正が掛かりそうです。それと比べて一は明ら
    かに結果が軽い。安易に選んだら危険な気がします。それとも、単に僕が裏読みし過ぎて
    いるだけでしょうか……?)
    ここで光を失う訳にはいきません。自分の足に落とします。
丹羽 :(ちっ、感ずかれたか)
    それじゃあ、ゴンッという鈍い音がして七条は右足を抱えて蹲った。幸い、投光器は壊れな
    かったが、足の痛みで暫く動けねえ。以降、七条はHP(耐久力)とDEX(敏捷)が2減少す
    る。それと、痛みで全技能20%減だ。


七条 :HP(14)→12
    :DEX(14)→12


七条 :痛っ……!
伊藤 :うわっ、凄い音が……あっ、七条さん、大丈夫ですか?
七条 :……っ……大、丈夫……とは……言えない、かも……しれません……
西園寺:骨にひびが入ったかもしれない。啓太、手を貸してやれ。
伊藤 :はい……立てますか、七条さん? 無理なら、遠慮なく俺に掴まって下さい。
七条 :有難う、ござます……そう言って僕は伊藤君の肩を借りて何とか立ち上がります。
中嶋 :投光器は俺が持つ。遠藤、御緒鍵(おおかぎ)を頼む。
遠藤 :わかりました、と頷いて俺は中嶋さんから御緒鍵(おおかぎ)を受け取ります。
丹羽 :郁ちゃん達がそんなやり取りに気を取られてると、突然、智子が小さな声を上げた。驚く全
    員の前で、子供がもぞもぞと起き上がる。ペタンと床に座ると、投光器を見て眩しそうに目を
    擦った。その姿に智子が小さく震える手を口元に押し当てた。
智子 :まさか……そんな……ノブ、君……
伸康 :……お姉ちゃん、誰?
丹羽 :自分の愛称を呼ばれた子供は不思議そうに首を傾げた。途端に智子の瞳からポロポロと
    大粒の涙が零れた。それは記憶の中にある伸康の声と同じだった。伸康は、まるで時間が
    止まってたかの様に昔と全く変わらない姿をしてそこにいた。そのことを疑問に思うより先に
    智子は伸康をひしっと強く抱き締めた。再会出来た喜びと、十二年もの長い間、こんな場所
    に置き去りにしてしまった罪悪感が激しく胸を苛む。
智子 :ごめんね……ごめんね、ノブ君……ごめん、ね……
伸康 :……お姉、ちゃん……
丹羽 :ひたすら謝りながら、泣き続ける智子の腕の中で伸康はキョトンとしてた。伸康にとっては
    つい先刻、ここへ来たばかりなので、どうして智子が泣いてるのか……そもそも、智子が誰
    なのかもわかってなかった。そして、二人を取り囲む様にして立つ郁ちゃん達の顔をたまに
    見上げては何度も小さく首を傾げてた。
西園寺:KP(キーパー)、私は智子にこう言う。気持ちはわかるが、ここは封印の内側だ。一旦、
    出るぞ。
智子 :……は、い……
丹羽 :郁ちゃんの言葉に、智子は微かに頷いた。そのとき、一人だけ皆の背後を見てた伸康が
    何かを指差して言った。
伸康 :あれ? 僕と同じ服着てる。
伊藤 :えっ!?
丹羽 :郁ちゃん達がその指を辿って振り返ると、段差の近く……投光器の明かりが届くか届かね
    えかってくらいの場所に、また別の子供が一人ポツンと立ってた。それは行方不明になって
    る秀人だった。だが、その顔はおよそ感情のある人間とは思えねえほど酷く無表情なもの
    だ。
中嶋 :今度は『目星』を振れるか?
丹羽 :振るなら、『目星』より『心理学』だな。
遠藤 :KP(キーパー)、少し気になったんですが、俺の『心理学』にマイナス補正は掛かってます
    か?
丹羽 :(先刻の『心理学』か。まあ、終盤だし、教えても良いか)
    遠藤の『心理学』に体調不良による30%減はしてねえ。その程度で判断が鈍る様なら、こ
    んな仕事はやれねえだろう。但し、洞窟に入ったことによる10%減はするぜ。七条は何か
    訓練を受けた訳でもねえ素人だから普通に掛かる。肉体的な痛みに苛まれながら、対象を
    じっくり観察は出来ねえからな。それと、これは『アイデア』にも適用する。
遠藤 :わかりました。『心理学』を振ります。
中嶋 :俺も振る。
七条 :20%減では中途半端なのでしません。
伊藤 :俺も七条さんを支えてるし、智子ちゃんのことが気になるからしません。
丹羽 :なら、二人のを振るぜ。


遠藤 :心理学(80-10)→??
中嶋 :心理学(85)→??


丹羽 :(遠藤の奴、とことこん女神に嫌われてるな)
    遠藤は秀人が放心状態の様に見えた。中嶋は子供相手に何か言い知れぬ恐怖を覚え、こ
    れは本当に秀人だろうかと思った。
西園寺:成否は不明だが、中嶋は秀人に疑いを持ったか。
遠藤 :迂闊に近づくのは危険そうです。
中嶋 :ああ、まずは声を掛けて反応を見る。
伊藤 :誰がやりますか? 秀人君と仲が良かったのは須藤さんだけど、もういないし……七条さ
    んですか?
西園寺:確かにここは秀人を預かった臣が適任だが、今は足の痛みを堪えるので精一杯だから代
    わりに私がやる。
七条 :お願いします、郁。
西園寺:KP(キーパー)、私は秀人には近寄らずに話し掛ける。そこにいるのは秀人か?
丹羽 :すると、秀人は操り人形の様に右手をゆっくり真横に上げた。そして、男とも女とも、老人と
    も子供ともつかねえ名状し難い不気味な声でこう答えた。
秀人 :……我が名は暗黒。



2015.9.18
漸く総ての登場人物が揃いました。
準備は万端だったのに、
ダイスに嫌われまくって半分、自滅しています。
どうしてこうなったのか……

r  n

Café Grace
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