中嶋 :まずは丹羽と西園寺の導入だ。今回はシティ・シナリオなので、持ち物は不自然でない限
    り総て許可する。では、その日の朝、不意に丹羽の探偵事務所の電話が鳴った。
丹羽 :おっ、依頼か、と俺は意気込んで受話器を取るぜ。はい、丹羽探偵事務所です。
中嶋 :すると、少し間を置いて、低く暗い女の声が聞こえた。
風見 :……私は、風見優香と申します。今日の夕方……その……家まで来て、貰えないでしょう
    か? 依頼があるのですが、今は体調が悪くて……でも、電話で話すのはちょっと……
丹羽 :わかりました。そちらの住所を教えて貰えますか?
中嶋 :優香は少し安堵し、自宅の住所と目印として近くに丁字路と赤いポストがあることを告げて
    電話を切った。何かしたいことがなければ、夕方まで時間を飛ばす。
丹羽 :取り敢えず、風見優香について調べたい。技能を振らない範囲で何かわからねえか?
中嶋 :なら、お前は試しにパソコンで風見優香と検索してみた。しかし、ヒットするのは風見鶏の
    画像や、苗字か名前が同じ芸能人やスポーツ選手、オカルト研究家などだった。
丹羽 :(オカルト研究家ねえ……中嶋に電話してそいつを調べて貰うか? いや、事件性のない
    今は断られる可能性が高い)
    仕方ねえ。時間を進めてくれ。
中嶋 :では、お前は依頼のことは暫く忘れ、他に受け持っている案件の報告書類を作成し始め
    た。風見家への移動時間を考えて午後四時半に事務所を閉める。優香から告げられた住
    所は郊外から少し離れた処だった。予め道を調べていたお前はバイクに跨ると、静かに走
    り出した。都心から離れるにつれ、徐々に建物が減り、閑散とした風景が広がってゆく。お
    前はその変化を楽しみつつ、ふと空を見上げた。すると、夕焼けがやけに黒ずんでいた。今
    夜は雨か、とお前はぼんやり思った。やがて優香の言っていた丁字路に突き当たった。最
    近、ここで事故があったらしく、歩道に小さな筒に挿した花が置いてある。お前はカーブ・ミラ
    ーをしっかり確認して右へ曲がった。そして、赤いポストの傍でバイクを止めた。
丹羽 :(やけに描写が細かいな。何かあるのか……?)
    取り敢えず、近くの家に『目星』だ。


丹羽 :目星(75)→52 成功


中嶋 :ポストの直ぐ傍に風見と表札の掛かった小さな庭付きの二階建ての家がある。
丹羽 :呼び鈴を鳴らすぜ。ピンポ~ン。
中嶋 :丹羽が表札の下にあるインターホンを鳴らすと、暫くして玄関の扉が開いた。中からよれ
    よれした服を着た蒼白い顔の若い女が出て来る。女は丹羽を見ると、陰鬱な声で言った。
風見 :丹羽さん、ですね……お待ちしてました……どうぞ、お入り下さい……
中嶋 :お前は短い廊下の突き当りにあるダイニング・キッチンへと通された。室内に『目星』をす
    る必要はない。左手がオープン・キッチン、右にテーブルや椅子などがある極普通の部屋
    だ。優香は無言で適当に椅子を勧めると、キッチンへのろのろとコーヒーを淹れに行った。
丹羽 :座って優香に『目星』を振る。


丹羽 :目星(75)→87 失敗


丹羽 :うおっ、この確率で失敗かよ。
中嶋 :お前は本当に体調が悪そうだなと思っただけだった。暫くして優香がコーヒーを二つ持って
    戻って来た。テーブルに置いてお前の正面に静かに腰を下ろす。
風見 :……態々お越し頂き、有難うございます……依頼のこと、ですが――……
中嶋 :優香がそこまで言ったとき、また玄関のベルが鳴った。ここで一旦、丹羽の場面を切る。時
    間を遡って西園寺の描写に移る。
丹羽 :了解。郁ちゃん、早く合流しようぜ。今回はタイム・リミットがあるからな。
西園寺:ああ、わかっている。
中嶋 :西園寺には事前情報がある。ある日、お前は知人を介して風窓鏡枝という人物と知り合っ
    た。風窓は初老の男で民俗学的な観点からオカルトを研究している変わり者だが、気さくな
    性格で人当たりが良かった。そして、風窓は珍しい物を手に入れたから鑑定して欲しいとお
    前に頼んできた。しかし、そのときは予定が立て込んでいたので、一ヶ月後の午後五時に
    風窓の自宅で会う約束をした。それが今日だ。
西園寺:成程……では、夕方になったら、私は車で風窓の家へ向かう。
中嶋 :お前は風窓から教えられた住所をカーナビに入力すると、どんよりとした薄暗い空の下を
    車で走り出した。フロントガラス越しに見える夕焼けが黒ずんでいるので、もう暫くしたら雨
    が降り出しそうだ。その前に到着すれば良いが、とお前は頭の片隅で思った。都心を抜け
    て郊外、更にその外れへ向かうと、やがて丁字路に突き当たった。最近、ここで事故があっ
    たらしく歩道に小さな筒に挿した花が置いてある。お前は慎重にカーブ・ミラーを確認し、カ
    ーナビの指示に従って右へ曲がった。すると、少し先に風窓から目印として教えられた赤い
    ポストを見つけた。お前は一旦、そこを通り過ぎて近くのコイン・パーキングに車を止め、歩
    いて再びポストまで戻った。
西園寺:(丹羽と殆ど同じ描写だが、風窓が目印として教えたのはポストだけか。些細な点だが、
    一応、心に留めておこう)
    KP(キーパー)、『目星』を省略したい。丹羽と同じものしか出ないなら、時間の無駄だ。
中嶋 :ああ、この程度の情報なら二度も振る必要はない。お前が辺りを見回すと、直ぐに風見と
    表札の掛かった家が見つかった。
西園寺:ならば、私は名前が違うことを密かに訝しみながら、インターホンを鳴らす。
中嶋 :暫くすると、インターホン越しに若い女の暗い声が聞こえた。
風見 :……はい、どちら様ですか?
西園寺:こちらは風窓鏡枝さんのご自宅でしょうか? 私は西園寺郁と申します。今日、会う約束
    をしていたのですが、鏡枝さんはご在宅でしょうか?
風見 :……えっ!?
中嶋 :それは短いが、明らかに狼狽した声だった。少し間を置いて、女は更に重苦しい口調でこ
    う言った。
風見 :申し訳ありませんが、父はいません……また日を改めて貰えないでしょうか? 今、来客
    中でして……すみません……
中嶋 :室内にいる優香はダイニング・キッチンのドア近くに設置してあるインターホンの前でその
    やり取りをしていた。当然、同じ部屋にいる丹羽にはインターホンから聞こえる声が西園寺
    とわかるだろう。どうする?
丹羽 :なら、俺はこう言うぜ。待ってくれ、風見さん。どうやら相手は俺の知り合いらしい。もしかし
    たら、貴方の依頼に関係あるかもしれねえから、一応、話だけは聞いてやってくれねえか?
風見 :丹羽さんの……わかりました……西園寺さん、今、お通しします。
中嶋 :優香はインターホン越しに西園寺にそう言うと、ゆっくり玄関へ向かった。やがて西園寺も
    ダイニング・キッチンへ通される。これで二人は合流だ。
丹羽 :俺は軽く右手を上げて挨拶するぜ。よう、郁ちゃん。
西園寺:丹羽!? なぜ、お前がここにいる?
丹羽 :来客中って言われただろう。俺がその客だ。郁ちゃんこそ、どうしてここへ?
西園寺:私は今日、風窓さんと会う約束をしていた。
丹羽 :風窓?
風見 :……私の父です。風窓鏡枝は父のペンネームで……本名は、風見京枝と申します……
中嶋 :優香は西園寺に椅子を勧めて新しくコーヒーを淹れにキッチンへ向かった。
西園寺:では、私は丹羽の隣に腰を下ろす……不本意だがな。
丹羽 :つれねえなあ、郁ちゃん。
西園寺:煩い。
中嶋 :暫くして戻って来た風見は西園寺にコーヒーを出すと、二人の反対側に座って小さく視線
    を落とした。
西園寺:優香に『目星』をする。


西園寺:目星(85)→65 成功


丹羽 :おっ、助かったぜ。序盤から情報を取り零したくねえからな。
中嶋 :なら、西園寺は優香が身だしなみや礼儀に気を遣う余裕もないほど何かを酷く思い悩み、
    鬱の兆候が見られることに気づいた。目元にはクマが出来ているので、夜も良く眠れていな
    さそうだ。優香は生気のない表情でコーヒーを見つめて話し始めた。
風見 :……丹羽さんにお願いしたいのは、父のことなんです。私の父、風見京枝を……どうか、
    探して下さい……
西園寺:風見さん、まさかいないと言うのは……
風見 :はい……父は、数週間前から行方不明なんです……
丹羽 :成程……警察に失踪届は出しましたか?
風見 :勿論です。でも、何の音沙汰もなく……私は親戚とは疎遠な上に早くに母を亡くし、肉親と
    呼べる者はずっと父だけでした。だから、安否すらわからない今の状況は辛くて……もう、
    耐えられないんですっ……!
中嶋 :優香は苦しそうに両手で顔を覆った。
丹羽 :(発狂寸前って感じか。気をつけねえと、こっちにまで飛び火するな)
    お気持ちはわかります。親父さんが失踪する理由に何か心当たりはありませんか?
風見 :いいえ……
丹羽 :郁ちゃん、風見さんの親父さんと会う約束をしたのはいつの話だ?
西園寺:一ヶ月前だ。珍しい物を手に入れたからと鑑定を頼まれた。
丹羽 :失踪直前だな。風見さん、親父さんが何を手に入れたかわかりますか?
風見 :……父は、昔から変なものが好きで……国内外を問わず、飛び回っては奇妙な土産を持
    ち帰っていました……そういえば、あの頃も、どこで買ったわからない変な硝子板を自慢げ
    に見せてくれました……もしかしたら、あれのことかもしれません……
西園寺:(何かのアーティファクトか……?)
    その硝子板を見せて頂けませんか?
風見 :ここにはありません。父は近くのマンションに部屋を借りていました……私が小さい頃、父
    のコレクションが怖くてよく泣いたので……多分、そこにあると思います……
西園寺:場所を教えて頂けますか?
中嶋 :すると、優香は小さく頷いて立ち上がった。キッチン・カウンターに置いてあるメモ帳に住所
    を書き込んで引き千切ると、壁に掛けてある小物入れから鍵を一つ取って二人にそっと差し
    出す。
風見 :住所と鍵です……あそこの物が関係しているなら、何を持ち出しても構いません。だから、
    どうか父を……父を見つけて下さい! お願いします! お願いしますっ……!
中嶋 :優香は深々と頭を下げた。
丹羽 :わかりました。全力で調査に当たります。お任せ下さい。
西園寺:私も出来る限り協力します。
風見 :有難う、ございます……
中嶋 :顔を上げた優香の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。数分後、お前達は風見家を後にし
    た。時刻は午後六時を過ぎた頃だ。短い冬の陽は沈み、外は完全に暗くなっている。これ
    からマンションへ向かうなら、お前達の帰宅は深夜になるだろう。
丹羽 :どうする、郁ちゃん? この言い方だと、探索したら明日は寝不足で補正が入りそうだぜ。
西園寺:ああ、今日は一旦、解散しよう。
丹羽 :なら、明日の朝、九時にマンション入口に集合しようぜ。住所は二人で共有し、鍵は依頼
    があるから俺が預かる。それで良いか?
西園寺:ああ。
中嶋 :では、お前達は明日の約束をして別れた。西園寺の導入はこれで終了だ。丹羽はもう少し
    続く。お前が路肩に止めていたバイクに跨ろうとしたとき、ポケットの中でスマートフォンが
    震えた。しかし、それは取り出す前に止まってしまった。着信履歴には中嶋英明と表示され
    ている。
丹羽 :中嶋から電話とは珍しいなと思いながら、直ぐに折り返すぜ。
中嶋 :しかし、中嶋は出なかった。その後、何度かお前は電話を掛けたが、一度も連絡がつかな
    いまま、翌日になってしまった。これで丹羽の導入も終了だ。


 中嶋はコーヒーに手を伸ばし、乾いた喉を少し湿らせた。丹羽がチラッと視線を走らせた。
(この展開……恐らく中嶋も行方不明になってるな。救出が遅れるとやばそうだ。だが……)
 面白くなってきた、と丹羽は密かに微笑を深めた。
「次は啓太と遠藤だ」
 中嶋の言葉に、はい、と啓太は頷いた。和希が優しく声を掛ける。
「まずは合流を目指そう、啓太」
「うん」

中嶋 :その日、大学の講義のなかった啓太は朝からメンタル・セラピストとして忙しく働いていた。
    心療内科や精神科に通うのは抵抗があるが、セラピーは敷居が低いのか、お前のオフィス
    はまずまずの繁盛をしている。午後六時を過ぎ、漸く最後の一人が帰った。お前は軽い疲
    れと空腹を覚えながら、今の男のカウンセリング・シートに目を落とした。友人に連れられて
    初めてお前の処へ来たその男はここ数日、ずっと奇妙な悪夢に悩まされていた。精神状態
    は既に病的で、お前が辛抱強く話を聞いて書き記すことが出来た夢の内容は四つの短い
    文章だけだった。


全く見覚えのない部屋にいた。
大きな青い怪物が襲ってくる。
怖くて後ろは振り向けない。
夢は続く、ドラマの様に。


伊藤 :う~ん、確かに悪夢かもしれないけど……
中嶋 :したいことがなければ、時間を進めるぞ、啓太。
伊藤 :あ……特にないです。
    (あれだけじゃ何をしたら良いか全然、わからない……)
中嶋 :では、お前はオフィスを閉めて帰宅した。一旦、場面を切って遠藤の導入に移る。同日の
    朝、遠藤は上司から新たな調査任務を命じられた。それはここ二週間、失踪者や自殺者が
    急増している原因の調査で、既に大量の資料がお前のデスクに運ばれていた。
遠藤 :KP(キーパー)、俺の部署は対神話生物ですよね。そういった事件の担当はまずは別の
    課ではないんですか?
中嶋 :ここにあるのは事故や犯罪的な要素を差し引いてなお疑いの残る事件の資料だけだ。必
    ずしも神話生物が関係しているとは限らないが、『図書館』を振れば、六時間後に有益な情
    報を得ることが出来る。
遠藤 :かなり時間がかかりますね。仕方ない……振ります。
    (王様達も啓太も夕方からのスタートだった。まだ時間はある)


遠藤 :図書館(65)→83 失敗


遠藤 :くっ……!
中嶋 :残念だったな、遠藤。お前は資料を読む前に、コーヒーを置くスペースすらない己がデスク
    の惨状が気になり、つい整理に夢中になってしまった。気がついたら、既に午後四時を過ぎ
    ている。もう一度、『図書館』を振るか?
遠藤 :(ここで情報を取らなければ、先に進めない。だが、再ロールをしたら更に時間が経過し、
    今日中に啓太と合流出来なくなる)
    いえ、今はロールしません。でも、午後五時まで出来る限り資料に目を通します。それで何
    かわかりませんか?
中嶋 :なら、『知識』を振れ。成功したら、少し情報を出す。
遠藤 :有難うございます。


遠藤 :知識(80)→26 成功


中嶋 :では、お前は資料を先に分類したので、やがて二つの気になる事件を見つけた。概要はこ
    うだ。
    一件目は四十二歳、男性、大学准教授。最近、ずっと何かに酷く怯えていたが、突然、また
    笑う様になって周囲に奇妙な夢の話をし始めた。しかし、同時に徘徊症状が出たため、心
    配した妻が男を一時的に精神科の隔離病棟に入院させた。その晩、男はそこから忽然と姿
    を消した。どうやって抜け出したのかは未だにわからない。
    二件目は十七歳、女子高生。最近、眠るのが怖いと言って暗い部屋に閉じ籠もる様になっ
    た。いじめられているのかと両親が尋ねるも、少女がしたのは変な夢の話だけだった。そし
    て、数日後、失踪した。
遠藤 :どちらも夢というのが共通していますね。
    (王様達の導入に夢は出て来なかったが、優香の父親は失踪している。そして、啓太は導
    入で夢の話を聞いた……嫌な予感がする……)
中嶋 :(これで遠藤は啓太との合流を急ぐだろう。SAN値が心配だが、仕方ない)
    午後五時になった。どうする?
遠藤 :資料を幾つか持って家へ帰ります。明日、寝不足にならない程度で、出来るだけ多く。そ
    れなら、明日の『図書館』に補正を貰えますよね?
中嶋 :良いだろう。『幸運』を振れ。
遠藤 :『幸運』は低いんですが……
伊藤 :頑張って、和希。


遠藤 :幸運(35)→12 成功


遠藤 :有難う、啓太。お陰で、成功したよ。
中嶋 :ほう? 成功したか。なら、後で更に追加情報を出す。今は夕食後まで時間を進める。
遠藤 :待って下さい、KP(キーパー)、夕食は啓太と一緒に取ります。今度こそ啓太と甘いRP(ロ
    ール・プレイ)を……!
丹羽 :まだ諦めてねえのかよ、遠藤。
中嶋 :却下だ。そんな場面は必要ない。それとも、合流する気がないのか?
遠藤 :(この却下は想定内……だが、中嶋さんも啓太と俺を早く合流させたいはず)
    なら、少し気になることがあるので、寝る前に啓太の部屋を訪ねます。それなら良いですよ
    ね?
中嶋 :……ああ。
伊藤 :それじゃあ、俺は部屋に来た和希にコーヒーを出します。はい、どうぞ。
遠藤 :直ぐ用件を切り出すのはあれなので、最初はソファにでも座って世間話をします。有難う、
    啓太。夕食後、コーヒーが飲みたかったけれど、ずっと我慢していたんだ。
伊藤 :コーヒー、切らしたのか、和希? 買い置きならあるけど、いる?
遠藤 :いや、俺が飲みたいのは啓太の淹れたコーヒーだから。
伊藤 :ふふっ、何だよ、それ。なら、もっと早く来れば良かったのに。
遠藤 :ああ、今度からはそうするよ。でも、啓太は控えろよ。眠れなくなるからな。
伊藤 :また子供扱いして……俺、そんなに子供じゃないぞ、和希。
遠藤 :そうか……もう子供ではないのか。なら、少し先に進んでも良いのか、啓太……?
伊藤 :えっ!?
    (これもRP(ロール・プレイ)だよな。何か和希の瞳が……)
中嶋 :さっさと進めろ、遠藤。場面を切られたいのか?
遠藤 :わかりました。なら、俺はコーヒーを飲んで話題を変えます。今日は仕事だっただろう、啓
    太。何か変わったことはなかったか?
伊藤 :あ……えっと……何人か初めての人が来たけど、特に問題はなかったよ。和希は?
遠藤 :俺は殆どずっと書類の整理をしていたよ。上司から急に大量の資料を渡されたんだ。とて
    も一日で読み切れる量ではないから、明日も書類と睨めっこになりそうだよ。
伊藤 :ふ~ん、和希の仕事ってもっと行動的だと思ってた。
遠藤 :現場に行くのはもっと後だよ。神話生物は中途半端に相手出来るほど甘くはないからね。
    行動する前の情報収集が最も重要だから、半分は書類を読むのが仕事と言っても良いくら
    いだな。あっ、そうだ、啓太。
伊藤 :何、和希?
遠藤 :啓太のセラピーを受けに来ている人で、奇妙な夢を見た人はいないか?
伊藤 :夢を見た人は何人もいるけど、個人情報は教えられないよ、和希。
遠藤 :わかっている。俺が知りたいのは夢の内容だ。それなら大丈夫だろう?
伊藤 :うん……和希が知りたい夢ってどんなの?
遠藤 :わからない。でも、明らかに普通とは違う夢だと思う。恐らく悪夢。発狂しそうなほど、飛び
    切りの。
伊藤 :それなら……一人いるかも。
遠藤 :どんな夢なんだ?
伊藤 :それが……俺にも良くわからないんだ。本人の精神状態がもうセラピーで対応出来るレベ
    ルじゃなくて夢の内容も断片的にしか聞き出せなかった。
遠藤 :それでも構わない。教えてくれないか、啓太?
伊藤 :全く見覚えのない部屋にいて大きな青い怪物が襲ってくるんだって。あと、怖くて後ろは振
    り向けなくて……それから、その夢、ドラマの様に続くみたい。
遠藤 :毎日、同じ夢を見るってことか?
伊藤 :そこまではわからない。でも、そう言ってた……参考になった?
遠藤 :ああ、有難う、啓太。
中嶋 :ここで場面を変える。啓太の導入は終了だ。遠藤は自分の部屋へ戻り、持ち帰った資料に
    目を通し始める。以下は先刻の『幸運』ロールの成功による追加情報だ。
    三件目。二十八歳、フリーター男性。女子高生と同様に暗い部屋に閉じ籠もっていたが、あ
    る晩、自分の両目を潰して自殺した。友人が最後に話したとき、男は不気味な夢の話ばか
    りしていた。
伊藤 :うわっ……
    (自分でなんて怖過ぎる……!)
遠藤 :……幸運なんですか、これが?
中嶋 :もし、あそこで失敗していたら、先に渡した二つの事件と大差ない内容になっていた。幸運
    だろう?
遠藤 :……
中嶋 :今夜、この情報を手に入れたから明日の『図書館』は半分の経過時間で良い。
    (直ぐにそれどころではなくなるからな)
遠藤 :有難うございます。でも、あまり啓太を怖がらせないで下さい。
中嶋 :ふっ……遠藤の導入を終了する。最後は七条、お前だ。
七条 :いつでもどうぞ。
中嶋 :その日、執筆に一段落ついた七条は夕食前に私用のパソコンを立ち上げた。時折、趣味
    と実益を兼ねて見ている掲示板のオカルト関連のスレッドを開く。そこはいつも話題が入り
    乱れて混沌としているが、今は一つのことで持ち切りだった。それはあまり公にはなってな
    いものの、ここ最近、失踪者や自殺者が急増しているという話だ。しかも、その誰もが直前
    に同じ悪夢やドッペルゲンガーを見ているらしい。
七条 :なかなか興味をそそられますね。その話をもう少し詳しく知っている人がいないか書き込ん
    でみます。
中嶋 :すると、直ぐに反応があった。


156:名無しの@黒い子ヤギ
一昨日、失踪した俺の友達がその夢を見たと言ってた。そこは見覚えのない部屋で、大きな青い瞳の化け物が襲ってくるんだ。怖くて飛び起きて……でも、寝ると、またその続きが始まって……逃げて、逃げて、腕を喰われて、また逃げて……友達は寝るのが怖くなって起きてることにしたら、今度は視界の端にドッペルゲンガーが現れた。それは遠くから、後ろから、じっとこちらを見てて、だんだん近づいて来るらしい……

その話を聞いてから、なぜか俺もその夢とドッペルゲンガーを見る様になった。もしかしたら、近い内に『失踪』するのかもしれない……今、それがとても怖いんだ……


七条 :この黒い子ヤギさんと連絡を取るには何を振れば良いですか?
中嶋 :無理だ。男はこれを書いて直ぐに落ちたらしく、呼び掛けても、もう反応しなかった。他にす
    ることがなければ、お前の導入はこれで終了だ。
七条 :早く郁と合流したいですが、この情報だけで動くのは不自然ですね。郁から連絡を貰えま
    せんか?
西園寺:ならば、オカルトは私の専門外なので、今夜の内に臣に協力を求め、風窓のマンションの
    住所と待ち合わせ時間を伝える。丹羽には私から連絡しておく。
七条 :有難うございます。これで明日、僕も合流出来ます。
中嶋 :では、お前達は明日の予定を胸にそれぞれ眠りについた。ある者は直ぐに熟睡し、またあ
    る者は何度も寝返りを打って漸く……そして、啓太と遠藤、お前達は夢を見た。



2018.12.7
いよいよ悪夢の始まりです。
最初から少し改変していますが、
本編にはあまり関係しないので良いかなと。

r  n

Café Grace
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