神話生物の待つ山へ向かう前に丹羽は逸る気持ちを抑えて全員を見回した。
「今後の方針について提案だが、取り敢えず、飯を食おうぜ。この先で必ず戦闘があるからな」
「主な戦闘要員はお前だからマイナス補正を避けたいのはわかるが、丹羽、またファスト・フードにするつもりか?」
 西園寺は僅かに顔を顰めた。TRPGの中とはいえ、せめて日に一度はきちんと食事がしたかった。丹羽が困った様に言った。
「まあ、それが手っ取り早いだろうな。中嶋が失踪して既に丸一日が経過してる。PC(プレイヤー・キャラクター)的には飯を食う時間も惜しいはずだ」
 その意見には同意するが……と西園寺は嘆息した。啓太が躊躇いがちに意見を出す。
「手軽に済ますならコンビニのお弁当とかもありますよね」
(でも、これだと西園寺さんは食べたことなさそうなんだよな)
「俺はそれで良いよ、啓太」
 和希が少し楽しそうに賛成した。
「お前は、ただ食べてみたいだけだろう、遠藤」
 すかさず西園寺が指摘した。和希は小さく頬を掻いた。う~ん、と丹羽が低く唸った。
「それだと食う場所が問題なんだよな。郊外のコンビニならイート・インくらいありそうだが、五人が座れるかどうかはわからねえ。最悪、外で立ち食いするか、どこか公園にでも行くことになるだろう。それでも構わねえって言うなら、まあ、俺は別に良いけどよ……」
 一人、確実に反対しそうな西園寺を丹羽はチラッと見やった。すると、ポンッと七条が手を叩いた。
「なら、今はコンビニの肉まんにしませんか? 丹羽会長と遠藤君が伊藤君の部屋に着いたのは午後一時四十分でした。それから直ぐ食事をしているので、僕達が最後に何かを口にしたのは午後二時頃と思われます。まだ五時間しか経ってないなら、それでお腹は膨れなくとも、マイナス補正は回避出来ます。それに、夜の郊外なら通行人も殆どいませんから、歩きながら食べれば、移動中に新しい夢の情報も共有することが可能です」
「おっ、良いな、それ」
 即座に丹羽が賛成した。西園寺が肉まんを頬張る姿を思い浮かべて顔がにやける。それを西園寺が不快そうに見やった。
「丹羽の顔は気に入らないが、臣の案は効率的だ。私もそれで構わない」
「へえ~……郁ちゃん、コンビニの肉まん、食ったことあるのか?」
 丹羽が意外そうに尋ねた。失礼な、と西園寺は丹羽を睨んだ。
「私にも肉まんを食べた経験ならある」
「上品に箸で食う点心と違い、コンビニの肉まんは屋台の様に紙で包まれたものを手に持ってかぶりつくんだぜ」
「……」
 無反応の西園寺に、これはないな、と誰もが心の中で思った。七条が優しく声を掛ける。
「郁、今度、一緒にコンビニへ行きましょう。こういうことは早めに経験しておかないと、年を取ると、やり難くになりますからね」
「わかった、臣」
 西園寺は神妙に頷いた。啓太は隣の和希をそっと窺った。
(和希もなさそうだよな。あのかず兄がコンビニで肉まんなんて想像出来ない……俺も今度、和希と一緒にコンビニ行こう)
 方針が決まったのを見て中嶋が口を開いた。

中嶋 :シナリオを再開する前に改めて持ち物を確認する。山へ行ったら、自由に買い物は出来な
    いからな。普段は持ち歩かない武器やコンビニで購入する物があるなら申告しろ。いつもの
    様に財布や携帯、身分証は常備で構わない。今、出なかったものは幸運判定となる。
丹羽 :俺はキーピックとペン・ライトだな。全部、纏めてポケットに突っ込んである。それと、戦闘
    に備えて皮の手袋をしてるぜ。郁ちゃんはどうするんだ? このキャラならナイフを持ってる
    だろう。
西園寺:ああ、だが、今回は持って行かない。刃物類を持ち歩くのはリスクのある上に、今回の相
    手は恐らく人間だ。神話生物に操られた呪いの末期者といえども、もし、死亡させたら、私
    は逮捕されるかもしれない。だから、仕事上、常に持ち歩いているペン・ライトとミニ・ルーペ
    だけだ。
丹羽 :随分、メタ読みしてるねえ。
七条 :同じ理由で僕も武器は携行しません。でも、コンビニで缶コーヒーを幾つか買ってビニール
    袋に入れて持って行きます。
伊藤 :和希は警官だから武器は持って行くんだろう?
遠藤 :ああ、俺は警棒を持って行くよ。上着のポケットに入れるには少し重そうだけどな。
伊藤 :銃にしないのか?
遠藤 :う~ん、今回、俺はそこまで予期していたとは考え難いからな。
伊藤 :どういうこと?
遠藤 :今日、俺は啓太の家へ事件の資料を持って行っただろう。まだ概要さえ掴んでいない段階
    で銃を持ち歩くのは不自然だ。一度、自分のオフィスに戻ったなら持ち出すことも考えられる
    けれど、もうそんな時間はないしな。
    (それに、また暴発して啓太を傷つけることになったら、俺は……)
伊藤 :そっか。俺はどうしよう。何か武器って言われもピンとこないし……コンビニで絆創膏と傷
    薬とチョコレートでも買おうかな。山で遭難したとき、チョコレートで助かったとか聞いたこと
    あるし。
遠藤 :ああ、それで良いと思うよ、啓太。
中嶋 :では、お前達が山へ行く前にコンビニで少し小腹を満たそうかと話していると、一瞬、啓太
    は視界の隅を誰かが横切った気がした。他の者は気づいてない。どうする?
伊藤 :う~ん、取り敢えず、そっちを見ます。
中嶋 :『幸運』を振れ。
伊藤 :はい。
    (先刻から何の判定だろう、これ……)


伊藤 :幸運(70)→71 失敗


伊藤 :あっ、惜しい。
中嶋 :気になって振り返った啓太の視線の先に車のサイド・ミラーがあった。そこに映るお前の後
    ろに、今と殆ど変わらないもう一人の自分が立っている。最初の頃は表情も見えないほど遠
    かったが、今は随分と近づき、数メートル後ろにまで迫っていた。ただ、まだこちらに話し掛
    けてくる気配はない。
伊藤 :えっ!? 話し掛けてくるって……
中嶋 :なぜかそう思ってしまった啓太はぞくりと背筋に悪寒が走った。1/1D6+1のSAN(正気
    度)チェックだ。


伊藤 :SAN(42)→83 失敗 1D6+1→7
    :SAN(42)→35
    :アイデア(75)→17 成功 一時的狂気


「そ、そんな……」
 まさかの最大値に啓太は蒼ざめた。中嶋が満足そうに言った。
「一気に削れたな。1D10で狂気の内容を決めろ」
「……2です」
「パニックになって逃走する。またか……まあ、お前らしいな」
「確かに俺、逃げてばっかりですけど、軽いので良かったです」
 また6の殺人癖か自殺癖を引くよりかはましと啓太は思った。和希が口を挟む。
「啓太、人影が気になるのはわかるけれど、あまり見ない方が良い。また鏡があると嫌だろう。何かあったら、俺に言って。俺が見るから」
「わかった、和希」
 啓太は素直に頷いた。胸の奥で和希は密かに呟いた。
(啓太にだけ見えている人影……玄朗に会う前と後で何かが変わったのか……?)

伊藤 :なら、RP(ロール・プレイ)します。えっと……また幻覚を見た俺は最初の頃より更に近づ
    いてることに怖くなってそこから逃げ出します。わあああっっっ……!!!
遠藤 :咄嗟に啓太の腕を掴みます。
丹羽 :俺達も掴むぜ。話し合ってる最中なら、皆、距離的には大差ねえはずだ。
中嶋 :全員、DEX(敏捷)×5を振れ。七条は時間経過により10%回復したので、20%減で振
    れ。
七条 :わかりました。


丹羽 :DEX(80)→81 失敗
西園寺:DEX(80)→59 成功
七条 :DEX(70-20)→73 失敗
遠藤 :DEX(70)→92 失敗


中嶋 :では、お前達がコンビニへ行こうとすると、突然、啓太が悲鳴を上げた。その場から逃げよ
    うとする啓太に一斉に手を伸ばすも、西園寺以外は振り払われてしまう。
西園寺:私は啓太の腕をしっかり掴んで胸元へ引き寄せる。
遠藤 :……!?
西園寺:優しく背中を撫でながら、こう言う。落ち着け、啓太……落ち着け。
    (啓太は簡単にやるには惜しいからな。自己アピールは可能な限りしておくべきだ)
伊藤 :あっ……っ……
    (どうしよう。これって西園寺さんに抱き締められてるんだよな)
中嶋 :(西園寺……)
    暫くそうして宥められた啓太は少し落ち着きを取り戻した。
遠藤 :KP(キーパー)、俺は直ぐ啓太の顔を覗き込みます。大丈夫か、啓太? 少し疲れたのか
    もしれないから何か口に入れよう。そう言って啓太の手を取ってコンビニへ向かいます。
    (全く……油断も隙もない!)
伊藤 :えっ!? 和希、そんなことしなくても……
遠藤 :啓太はまだ動揺しているだろう。また走り出さないよう念のためだよ。
伊藤 :……わかった。
    (手を繋いでって……何か恥ずかしい)
中嶋 :(遠藤、何か気づいたのか? これでは……)
    先に歩き出した二人に続いて他の三人もコンビニへ向かった。自動ドアを通り抜け、入口近
    くのレジの傍にある肉まんの蒸し器を見て店員に声を掛ける。すると、店長らしい中年の男
    が笑いながら、啓太に声を掛けた。
店長 :ははっ、これだけ人数がいるなら肉まん一個じゃ足りないな。ちゃんと何個にするか聞いて
    きたのかい?
伊藤 :えっ!? あの……どういうことですか?
店長 :つい先刻も来ただろう? それで、肉まんを幾つ買おうか悩んでたじゃないか。
伊藤 :えっ? えっ!?
遠藤 :申し訳ありませんが、啓太はずっと俺達と一緒にいました。貴方は誰かと勘違いしている
    と思います。
店長 :あっ、そうなのかい? なら、他人の空似かな。早とちりして悪かったね。
伊藤 :いえ……
中嶋 :お前達は各々好みの物を買うと、コンビニを出た。そのとき、入れ違いに入って来た若い
    女が啓太に言った。
 女 :あっ、伊藤さん、先刻は有難うございます。お陰で、助かりました。
伊藤 :えっ!? あの……
 女 :伊藤さんのお友達も無事に見つかったみたいですね。良かった。
中嶋 :戸惑う啓太に女はふわりと微笑むと、丹羽達に軽く頭を下げてコンビニの中へ消えた。
丹羽 :七条、先刻の夢の内容を聞く前に今の情報も纏めたい。RP(ロール・プレイ)を頼む。
七条 :わかりました。では、僕は伊藤君を見て小さく呟きます。成程……最初、僕が読んだ掲示
    板でドッペルゲンガーと言われていたのはこのことだったんですね。
西園寺:ああ、幻覚を見た回数は啓太が最も多い。一定数を超えると、実体化するのかもしれな
    い。
伊藤 :そんな……! ドッペルゲンガーって確か会ったら死んじゃうんですよね! 俺、どうしたら
    良いんですか!?
丹羽 :自分のドッペルゲンガーと会う前に山へ行って糧を破壊するしかねえ。急ぐぞ。
遠藤 :大丈夫……啓太は、必ず俺が護るから。
伊藤 :和希……有難う……
七条 :山へ向かって歩きながら、僕は皆が肉まんを食べ終わる頃を見計らって先刻の夢の話を
    します。古い河川管理用の建物の中で風窓さんは終に狂ってしまったこと。でも、最後まで
    レンの硝子は手放さなかったことを。
伊藤 :風窓さんは青い瞳の怪物に狙われていたのに、どうして鏡を直ぐ捨てなかったんだろう。
七条 :多分、捨てられなかったんだと思います。オカルト研究家の性とでも言いますか……恐怖
    しつつも、同時に強く惹かれてしまったんです……僕も、その気持ちはわかりますから。
西園寺:やはりレンの硝子が糧の可能性は高い。鏡ならば、壊すのはそう難しくないだろう。
    (だが、中嶋がその程度で満足するとは思えない。糧は本当に鏡なのか……?)
中嶋 :なら、お前達がそんな話をしながら歩いていると、やがて細い山道の入口に着いた。地元
    民しか知らない様な小さな山だが、道路脇にある古い案内版に地図が張ってある。それを
    見ると、確かに山の中腹辺りに川が流れていた。だが、川沿いに建物はなかった。
丹羽 :これじゃあ川のどこにあるかわからねえな。
西園寺:臣の夢の記憶が頼りということか。
七条 :そうですね。取り敢えず、歩いてみないとわかりませんが、見覚えのある景色があったら直
    ぐ言います。
中嶋 :では、いよいよお前達が山へ足を踏み入れようとしたそのとき、暗い山道の奥から誰かが
    こちらへ向かって歩いて来た。
遠藤 :咄嗟に啓太を後ろに庇います。
七条 :僕は郁を。
丹羽 :俺は皆の前に出て叫ぶぜ。誰だ!
中嶋 :すると、闇の中からお前達の良く知っている男が現れた……俺だ。中嶋は小さく口の端を
    上げると、静かな声で言った。意外と早かったな、丹羽……



2019.7.5
漸く中嶋さん登場です。
今までのセッションの流れからして不穏な予感がしますが、
皆、頑張って~

r  n

Café Grace
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