「待って下さい!」
  慌てて和希は戦闘描写を遮った。中嶋をきつく睨みつける。
「何か救済措置はないんですか!? 啓太はまだ不慣れな初心者なんです。これでは納得出来ません!」
「お前が納得する必要はない。この判定はシナリオに沿っている」
「それを考えるのがKP(キーパー)の務めのはずです。今の啓太に必要なのはシナリオに参加することであって見学ではありません」
「ぼうっと見学させておくつもりはない。啓太、ここへ来て座れ」
 そう言って中嶋は自分の隣を指差した。返事をしようとする啓太を和希は手で遮り、更に厳しく問い質した。
「なぜ、啓太がそこへ移動する必要があるんですか!? 啓太はPL(プレイヤー)です」
「こいつはもうシナリオ的にはNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)扱いだ。だが、RP(ロール・プレイ)は最後まで自分でしたいだろう。だから、SKP(サブ・キーパー)を兼任させてRP(ロール・プレイ)は必要に応じて俺が指示を出す。早く移動しろ、啓太」
「啓太にSKP(サブ・キーパー)はまだ無理です。それに――……」
「諦めろ、遠藤」
 丹羽が口を挟んだ。この話はどこまで行っても平行線なのは目に見えていた。
「別に啓太はキャラ・ロストした訳じゃねえ。ただ、シナリオ内での自由を失っただけだ。中嶋にしては充分、温情ある措置だと思うぜ」
(これが啓太以外だったら、間違いなくロストさせてただろうしな)
「くっ……!」
 和希は悔しそうに言葉を呑み込んだ。
 丹羽の言う通りなのはわかっていた。しかし、今まで隣にいた啓太をみすみす中嶋に奪われて黙っていられる訳がなかった。何か、何か打つ手はないだろうか。この絶望的な状況を覆せる会心の何かが……和希は持てる力と知識を密かに総動員しようとした。そのとき、啓太が言った。
「和希……俺、中嶋さんの処へ行くよ」
「えっ!?」
 瞬間、和希の世界から総ての音が消えた。ただ、啓太の声だけが聞こえる。
「今回、俺はずっと中嶋さんが心配でそれ以外のことは全然、考えてなかった。だから、何もわからないまま、こんなことになったんだ。そこは俺の反省すべき点だと思う。でも、今はそのときじゃない。シナリオはまだ終わってないんだ。こんな状況だけど、俺は最後まで楽しむつもりだよ」
「……わかった」
 和希は小さく頷いた。
「少しだけ待っていて、啓太……俺が、直ぐ助けてあげるから」
(ああ、俺は肝心なことを忘れていた。私情に駆られて無理を押し通しても啓太は喜ばない。なら、一分、一秒でも早くこのシナリオをクリアすれば良い……!)
 平静を取り戻した和希に啓太は小さく頷いた。そして、机を回って中嶋の処へ向かった。中嶋が椅子を少し左へ寄せて右側にスペースを空けた。
「有難うございます、中嶋さん」
 啓太はそこに新たな椅子を引き寄せると、静かに腰を下ろした。中嶋がKP(キーパー)用のノートPCを指差す。
「啓太、これからお前の主な仕事は出目の記録とSAN値の管理だ。今回は敵の技能値を公開しているが、ダイス目は今までと同じ非公開だから気をつけろ。お前のRP(ロール・プレイ)が必要なときは俺の指示に従って貰う」
「わかりました」
 KP(キーパー)側の仕事は初めてなので、啓太は少し緊張した面持ちで画面に目をやった。そこには各自の出目やSAN値、狂気の有無などが記された表がある。そして、もう一つ……
「中嶋さん、あの……これ、シナリオが……」
 出目の記録に重なってシナリオの詳細が表示されていた。見るつもりはなくとも、嫌でも視界に入ってしまう。まるで推理小説の最後を先に読む様な状況に啓太はおろおろと視線を彷徨わせた。中嶋が喉の奥で低く笑った。
「気になるなら、それは落としても良い」
「でも、必要だから出してあるんですよね。見なくて大丈夫ですか?」
「ああ、多少、改変しているから参考程度に表示してあるだけだ」
「わかりました」
 ほっと胸を撫で下ろして啓太はシナリオを落とした。そんな啓太を中嶋は満足そうに視界の隅に置いて丹羽を見やった。

中嶋 :戦闘を再開する。次はお前だ、丹羽。
丹羽 :その前に一つ確認したい。『組みつき』でノックアウト攻撃したら、判定は先刻、七条を絞め
    落とした場合と同じになるのか?
中嶋 :いや、あれは七条がお前の『組みつき』を無抵抗で受け入れることが前提だった。今回は
    通常の判定になる。
丹羽 :そうか……なら、中嶋に『マーシャルアーツ』+『こぶし』でノックアウト攻撃をする。
中嶋 :ほう? お前は背中を向けている俺を不意打ちするのか?
丹羽 :ああ、お前は間違いなく神話生物に操られてるからな。啓太が襲われるのを見たら、傍に
    いるお前を警戒するのは当然だ。ましてや、お前には杉山屋敷での件もある。俺が、あのと
    きの二の舞を避けようと先手を打つのは自然な考えだろう。
中嶋 :無抵抗な人間を襲うには不十分な理屈だが、良いだろう。ダイスを振れ。
    (丹羽が一撃で俺を落とせたら良いが……まあ、無理だろう)


丹羽 :マーシャルアーツ(81)+こぶし(85)→14 成功


丹羽 :よし! まずは第一関門クリア!
中嶋 :回避はしない。ダメージ・ロールに続いてノックアウト対抗ロールをする。成功したら、ダメ
    ージの三分の一を受けて気絶する。端数は切り捨てる。


2D3+1D4→6
ノックアウト対抗ロール(10)→34 失敗
中嶋 :HP(14)→8


丹羽 :う~ん、出目は悪くなかったんだがな。
    (中嶋のHP(耐久力)が減ってる……自傷行為のせいか。この1が後々響かなければ良い
    が……)
中嶋 :突然の襲撃にお前は奴らの仲間と思われる俺を先手を打って気絶させることにした。拳を
    小さく握り締めると、その気配に川を見ていた俺は無言で振り向いた。そのまま、お前の当
    て身を無防備に受けてよろめく。次は遠藤だ。
遠藤 :啓太に駆け寄って敵Aを警棒で攻撃します。
中嶋 :警棒は却下だ。警察官なら、手鏡を持っているだけの相手にそれは過剰防衛になるとわ
    かるはずだ。
遠藤 :なら、素手で攻撃します。
中嶋 :良いだろう。『こぶし』を振れ。


遠藤 :こぶし(50)→78 失敗


遠藤 :俺のダイス運……
中嶋 :遠藤は敵Aの傍にいる啓太に注意が逸れ、拳を当て損なってしまった。西園寺、次はお前
    だ。
西園寺:敵Aの持つ鏡を叩き落とす。
    (この戦闘は恐らく私達の幻覚を進めるのが目的。ならば、鏡を壊せば、魔物の操り人形で
    ある彼らは何も出来ない)
中嶋 :『こぶし』で判定する。


西園寺:こぶし(55)→69 失敗


西園寺:くっ……!
中嶋 :西園寺は敵Aの鏡を叩き落そうと手首を狙ったが、駆け寄って来た遠藤の身体に阻まれて
    出来なかった。今度は俺だが……七条を『キック』で攻撃する。
七条 :つくづくPvPが好きな人ですね。


中嶋 :キック(69)→??


中嶋 :成功だ。回避するならDEX(敏捷)×5だが、お前はまだ10%のマイナス補正が付く。
    (これでは『回避』を取る意味がないが、DEX(敏捷)×2では厳しいから仕方がない)
七条 :回避します。
    (意外ですね。この人ならルルブ通りにすると思いましたが……そういえば、発狂した伊藤
    君を捕まえる判定はDEX(敏捷)×5でしたね。それと整合性を取るためでしょうか)


七条 :回避(70-10)→64 失敗


七条 :おや、これは発狂チャンスですね。
丹羽 :いや、今はまずいだろう。中嶋、俺が七条を庇えるか?
中嶋 :お前は行動済みだから庇うことは出来ない。だが、代わりにダメージを受けるのなら一度
    だけ許可する。
丹羽 :それで構わねえ。俺は七条よりHP(耐久力)が高いからな。
七条 :有難うございます、丹羽会長。


1D6+1D4→7
丹羽 :HP(17)→10


中嶋 :丹羽の拳でよろめいた俺は強引に身体を捻ると、七条に向けて蹴りを放った。しかし、そ
    れに気づいた丹羽が素早く間に割って入った。強烈な蹴りを受けてお前は河原に片膝をつ
    く。
丹羽 :くっ……少し、は……手加減、しろ……
七条 :丹羽さんっ……!
丹羽 :七条さん……中嶋、を……
七条 :わかっています、と頷いて僕も貴方に『こぶし』でノックアウト攻撃をします。
中嶋 :10%減で『こぶし』を振れ。


七条 :こぶし(50-10)→97 ファンブル


七条 :ここでファンブルですか……!
中嶋 :俺を攻撃しようとした七条は水際の濡れた石に滑って足首を痛めた。DEX(敏捷)が1減
    少する。これは明日まで回復不可だ。次は啓太の番だが、まだ幻覚を見ているのでこのタ
    ーンは行動出来ない。敵Bが遠藤に攻撃する。


敵B :こぶし(40)→??


中嶋 :ふらふらと遠藤に近寄った敵Bは不意に宙を見つめて立ち止まった。敵C、同じく遠藤を攻
    撃する。


敵C :こぶし(40)→??


中嶋 :敵Cも遠藤の傍でぼんやりしている。敵D、遠藤に攻撃だ。
遠藤 :俺を集中狙いですか。


敵D :こぶし(40)→??


中嶋 :……運が良かったな、遠藤、敵Dも攻撃することなく立ち尽くしている。
遠藤 :先刻のクリティカルでダイス運を使い尽くしてしまった様ですね。
中嶋 :だが、まだ攻撃は終わっていない。2R(ラウンド)目に入る。敵A、遠藤に攻撃。


敵A :こぶし(40)→??


中嶋 :……
伊藤 :中嶋さん……
    (和希の言う通りかも。何か出目が酷いことになってる……)
中嶋 :敵Aは遠藤をぼうっと見ている。丹羽、お前の番だ。
丹羽 :四割さんが仕事しなくて助かったな、遠藤。だが、もう暫く耐えてくれ。俺は『マーシャルア
    ーツ』+『こぶし』で中嶋にまたノックアウト攻撃だ。


丹羽 :マーシャルアーツ(81)+こぶし(85)→67 成功


中嶋 :先刻と同様に回避はしない。ダメージを出せ、丹羽。ノックアウト対抗ロールをする。
丹羽 :女神様、7以下で頼む!


2D3+1D4→8
ノックアウト対抗ロール(50)→17 成功
中嶋 :HP(8)→6


丹羽 :うおっ、危ねえ。
中嶋 :ふっ、俺を殺さずに済んで良かったな。対抗ロールに成功したので、俺は2ダメージを受け
    て気絶する。次は遠藤だ。
遠藤 :敵Aを『こぶし』で攻撃します。
中嶋 :ほう? 回避に専念しないのか。
遠藤 :啓太を脱落させた敵Aは必ず俺の手で落とします。


遠藤 :こぶし(50)→47 成功


中嶋 :回避はしない。ダメージを出せ。


1D3+1D4→6
敵A :HP(15)→9


遠藤 :くっ、HP(耐久力)が思った以上に高かった。
中嶋 :遠藤は敵Aを気絶させようと鳩尾に重い拳を打ち込んだ。だが、敵Aは小さく呻いただけで
    その場に踏み止まった。次、西園寺だ。
西園寺:全く……仕方がない。私も敵Aを攻撃する。ノックアウト攻撃だ。
中嶋 :回避はしないので、成功したらダメージも出せ。


西園寺:こぶし(55)→29 成功
1D3+1D4→5
ノックアウト対抗ロール(30)→27 成功
敵A :HP(9)→8


中嶋 :遠藤に続いて西園寺の拳を受けた敵Aは気を失って河原に倒れた。次は俺だが、気絶し
    ているので抜かす。七条、お前の番だ。
七条 :敵Bをブラックジャックで攻撃します。
西園寺:やはりそのために缶コーヒーか。
伊藤 :……? 缶コーヒーを投げるんですか?
西園寺:いや、ブラックジャックとは袋の中に砂などの重りを詰めて棒状にしたものだ。今回はコン
    ビニの袋に缶コーヒーを入れた簡易仕様だが、素手での攻撃より威力は遥かに上がる。
中嶋 :だが、コンビニの袋では耐久力はほぼないに等しい。袋を二重にしたとしても、使えるのは
    一度だけだ。ダメージは1D8+ダメージ・ボーナスだ。
七条 :それで充分です。部位狙いはしないで、適当に振り回します。
中嶋 :なら、10%減の『こぶし』で振れ。


七条 :こぶし(50-10)→07 成功
1D8+1D6→8
敵B :HP(12)→4


七条 :残念です。1足りませんでした。
中嶋 :七条は缶コーヒーの入ったコンビニの袋を敵Bに向けて思い切り振った。その重量と勢い
    に小柄な敵Bは、まるで車に撥ねられたかの様に弾き飛ばされた。HP(耐久力)の半分以
    上を失ったので、ショック対抗ロールだ。CON(体力)×5以上を出すと気絶する。


ショック対抗ロール(60)→36 成功


七条 :悪運が強いですね。
中嶋 :敵Bは辛うじて意識を落とさずに済んだ。啓太は飛ばして敵Bが遠藤を攻撃する。


敵B :こぶし(40)→??


中嶋 :……敵C、遠藤を攻撃。
伊藤 :中嶋さん、敵Bの描写がまだです。
丹羽 :言うな、啓太……武士の情けだ。
伊藤 :あっ、はい。
    (でも、これで五連続失敗だよな)


「……中嶋さん」
 啓太が遠慮がちに口を挟んだ。
「そのダイス、ちょっと俺に振らせて貰えませんか?」
「お前がダイス判定するのか?」
「いえ、俺のはただの素振りです。先刻からずっと失敗続きだから、振る手を少し変えてみたらどうかなって思ったんです。判定は今まで通り中嶋さんがして下さい」
「お前はその意味をわかって言っているのか? それで俺が成功したら、誰かが死ぬとは考えないのか?」
 少し厳しい言葉で中嶋は尋ねた。
 中嶋はダイス・ロールは別に失敗でも構わなかった。殺意が高くてもキャラ・ロストさせないためには、寧ろ、自分は成功しない方が良いとすら思っていた。しかし、そのことを知らない啓太は中嶋の出目の悪さを同情したに違いない。それは少々不愉快だった。中嶋は冷たく啓太を睨んだ。すると、ふわりと啓太は微笑んだ。
「でも、中嶋さん、失敗続きだと嫌になりませんか? 俺はKP(キーパー)にもダイス・ロールを楽しんで貰いたいんです。だって、ダイスを振るのって楽しいし。そうして皆で中嶋さんを助けて最後は無事にシナリオをクリアしたい。まあ、その前に俺は脱落しちゃったけど……でも、きっと大丈夫です。俺、運には自信あるんです」
「……」
 一点の曇りもないその瞳に、中嶋は自分のつまらない意地が密かに崩れていくのを感じた。確かに……あまりに失敗ばかり続くので、敵の攻撃を描写するのが嫌になっていた。これでは全く面白くない。しかし、もし、その流れを変えられるのなら……
「良いだろう。振ってみろ、啓太」
 中嶋は自分の二つの十面ダイスを啓太に渡した。有難うございます、と言って啓太はダイスを受け取った。それを何度か振ってみる。特に目立った出目はなかったが、満足した啓太は中嶋にダイスを返した。
「幸運を……」
 静かな声で啓太は呟いた。ああ、と中嶋は小さく頷いた。

敵C :こぶし(40)→??


伊藤 :おめでとうございます、中嶋さん。
丹羽 :あ~あ、やっぱり成功したか。風向きが変わったな。
遠藤 :……啓太の運を使うのは卑怯ですよ、中嶋さん。
中嶋 :こいつが自主的にしたことだ。さて、どうする、遠藤? お前は行動済みなので、今回、回
    避したら次はない。
遠藤 :回避します。次もまた成功するとは限りませんから。
中嶋 :なら、お前は『回避』を取っているので、それで振れ。


遠藤 :回避(80)→67 成功


遠藤 :特に問題ありませんでした。
中嶋 :敵Cの攻撃を読んでいた遠藤は難なく避けることが出来た。敵Dも遠藤を攻撃する。
遠藤 :啓太、あと二回、攻撃が続くから俺も応援してくれる?
    (啓太の運がダイスに移ったら、間違いなく俺は死ぬ……!)
伊藤 :うん、和希。


敵D :こぶし(40)→??


中嶋 :……遠藤を攻撃しようとした敵Dは途中でそれを忘れてしまったかの様に手を止めた。3R
    (ラウンド)目に入る。



2019.11.22
王様と中嶋さんのPvP再びです。
実は今回のは避けることが出来たのですが……
あまりメタ読みはしない方が良いかもしれません。

r  n

Café Grace
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