「今日は僕のKP(キーパー)によるセッションですが……」
 KP(キーパー)席の七条は机を取り囲む面々を静かに見回した。そこには時計回りにいつもの五人――丹羽、中嶋、啓太、和希、西園寺――が座っていた。各自の前にはコーヒーや紅茶、ダイジェスティブ・ビスケットが置かれている。
「相当数のクレームや質問が予想されるので、クリア報酬を加味したキャラクター紹介は前回のKP(キーパー)に責任を取って貰いたいと思います」
 そう言って七条は不機嫌さを隠そうともせずに中嶋を睨みつけた。中嶋が喉の奥で低く笑った。
「クレームを付けられることは何もしていないが、お前には荷が重いのなら代わってやる。今回も使用するのは継続キャラだが、前回のクリア報酬はシナリオ中の行動によって少々差がある。共通しているのはゴグ=フールを排除して生還した1D10と敵を一人も殺さなかった場合の1D3だ。他は随時、俺が説明する。技能はクリティカルか初期値の成功のみ上方判定後に1D10の成長だ。まあ、殆どないだろうがな。それらを踏まえた上で、まずは丹羽から始めろ」
「はあ……俺は技能の成長はなかった。クリティカルは『アイデア』だけだったからな……せめてSTR(力)にして欲しかったぜ」
 丹羽はため息をつくと、タブレット型PCにキャラクターを公開した。

探索者名 丹羽哲也(27)

母国語:日本語 職業:私立探偵 HP(耐久力):17 MP(マジック・ポイント):13
STR(力):11 CON(体力):15 POW(精神力):13 DEX(敏捷):16
APP(容姿):15 SIZ(体格):18 INT(知力):15 EDU(教育):19
SAN(正気度)39→56 アイデア:75 幸運:65 知識:95 ダメージ・ボーナス:1D4

 技能

組みつき:65% こぶし:85% マーシャルアーツ:81% 聞き耳:31% 鍵開け:83%
写真術:20% 登攀(とうはん):45% 目星:75% 言いくるめ:80% 値切り:75%
心理学:85% 法律:15% クトゥルフ神話:13%


「SAN値はそれなりに盛り返したが、まだ若干の赤字だ。もう『杉山』の頃までは戻らねえな」
「だが、17も増えている。回復量としては充分だろう」
 西園寺が言った。まあな、と丹羽は呟いた。
「俺は共通以外に更に1D3+1D6+1D6貰えたからな。だが、1D6で1と2しか出なかったのが痛かった。あれは何だ、中嶋?」
「1D3は糧を処理した探索者に与えられる。1D6は『アイデア』のクリティカルをSAN値の無条件回復に充てたものと俺を救出した特別報酬だ。お前には導入で俺から電話があったからな」
 すかさず七条が指摘する。
「導入で報酬に差が出るのは不公平ですね」
「その分、事件に深く関わることになり、危険に曝される可能性が高くなる。バランスは取れている」
「つまり、強制的に友情を秤に掛けて死なば諸共ですか……最低ですね」
「安心しろ。貴様に電話はしない」
 中嶋は冷たく一瞥すると、次は自分のキャラクターを出した。

探索者名 中嶋英明(27)

母国語:日本語 職業:ジャーナリスト HP(耐久力):15 MP(マジック・ポイント):13
STR(力):12 CON(体力):15 POW(精神力):13 DEX(敏捷):13
APP(容姿):18 SIZ(体格):15 INT(知力):14 EDU(教育):17
SAN(正気度)2→12 アイデア:70 幸運:65 知識:85 ダメージ・ボーナス:1D4

 技能

キック:69% マーシャルアーツ:75% 聞き耳:75% 図書館:85% 目星:79%
言いくるめ:75% 説得:75% 心理学:85% 法律:6% 母国語(日本語):86%
クトゥルフ神話:8%→30%


「何だ、これは!?」
 ステータスを見た瞬間、思わず、西園寺は顔を顰めた。キャンペーンを続けていると、SAN(正気度)は徐々に減ってくるが、こんなに酷い値は見たことがなかった。
「普通にセッションをした私達よりSAN値が減っているぞ、中嶋」
「あっ、本当だ。報酬を貰う前は2まで減ってる。前回、中嶋さんはNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)だったのに、どうして……」
 啓太が素朴な疑問を口にした。和希が小さく頷いた。
「それに神話技能が一気に22も増えている。SAN値以外にも特別報酬があるのか」
「あっ、和希、それは多分――……」
 少し騒がしくなった面々を丹羽が片手を上げて制した。
「待て。質問が多いから一つずついこうぜ。まずは前回のセッション開始時、中嶋、お前のSAN値は62だった。それが2まで減るってどういうことだ?」
「理由は二つある。一つは俺が失踪するまでに見た幻覚と悪夢によるSAN(正気度)チェックだ。細かい判定は省略するが、四回目の悪夢でSAN(正気度)チェックに失敗し、1D20で20を出した」
「もしかして、あの怒涛のダイス・ロールか?」
 セッション中に中嶋がキーパー・スクリーンを出して十九回もダイスを振ったことを丹羽は思い出した。そうだ、と中嶋は答えた。
「二つ目は従属化すると、SAN値が、一時間に1ずつ減る。俺は丹羽の導入後に従属化した。その時刻が午後七時で、お前達がゴグ=フールを退散させたのが翌日の午後十時。そのため、27のSAN(正気度)を失った」
「……あと二時間、遅かったらアウトじゃねえか」
(はあ……それじゃ責任を俺達に擦りつけた消極的自殺だろう。片棒を担がされた七条が怒る訳だ)
 丹羽は軽く頭を掻いた。西園寺が尋ねる。
「SAN値の増加分は共通のクリア報酬か?」
「ああ、ある意味、俺も探索者だったからな。更に三ヶ月間、病院で治療を受けて1D3が追加されている」
「身びいきも甚だしいですね」
 七条が不快そうに口を挟んだ。
「そう思うのは貴様のルール・ブックの読み込みが浅いからだ。きちんと病院で治療を受ければ、たとえ、永久的狂気からでも回復出来ると解釈することは可能だ」
「今まで適用しなかったのはKP(キーパー)の裁量に任せていたからと言うんですか。なら、僕もそれに倣うことにします。ここまでSAN値が減少すれば、心的外傷(トラウマ)が残っているはずです。少なくとも、このセッション中は鏡を見る場合、POW(精神力)×5で判定して貰います」
「好きにしろ。俺はSAN値が減り過ぎたので、このPC(プレイヤー・キャラクター)を使うのは今回で最後だ」
「最後も何も、SAN(正気度)12で生還出来ると思っているんですか。僕も随分と甘く見られたものです」
 二人の言い争いは延々と続きそうだった。しかし、言葉の途切れた隙をついて丹羽が強引に割り込んだ。
「ほら、次は啓太だろう。少しはSAN(正気度)が回復したか?」
「えっ!? あっ、なら、俺のを出しますね」
 促されて啓太は慌ててステータスを公開した。

探索者名 伊藤啓太(24)

母国語:日本語 職業:大学生/メンタル・セラピスト
HP(耐久力):10 MP(マジック・ポイント):14
STR(力):9 CON(体力):9 POW(精神力):14 DEX(敏捷):12 APP(容姿):14
SIZ(体格):10 INT(知力):15 EDU(教育):16 SAN(正気度)32→39
アイデア:75 幸運:70 知識:80

 技能

回避:54% 応急手当:75% 聞き耳:60% 精神分析:88% 目星:65% 信用:85%
説得:40% 芸術(アロマ):65% 心理学:85% クトゥルフ神話:3%→15%


「俺は『目星』に成長チャンスがあったんですが、駄目でした。SAN(正気度)も共通分しか貰えなかったので、あまり回復しませんでした」
 啓太は小さく肩を落とした。和希が優しく声を掛ける。
「それは仕方ないよ、啓太、SAN値は投げ捨てるものだから」
「うん……立ち回りが大事って良くわかったよ、俺」
 中嶋が少し補足した。
「セッション終了時に啓太は従属化していた二時間分として更にSAN値が2減少し、神話技能が5%増えている。不定にならず、通院もしなかったので、特別報酬はない」
「はい……」
「次は俺ですね」
 これ以上、啓太が気落ちしないよう和希は急いでステータスを出した。

探索者名 鈴菱(遠藤)和希(28)

母国語:日本語 職業:警察官 HP(耐久力):17 MP(マジック・ポイント):12
STR(力):15 CON(体力):18  POW(精神力):7 DEX(敏捷):15 APP(容姿):13
SIZ(体格):16 INT(知力):15 EDU(教育):16 SAN(正気度)30→39
アイデア:75  幸運:35 知識:80
ダメージ・ボーナス:1D4

 技能

回避:80% 拳銃:80% 応急手当:80%  聞き耳:27% 図書館:65%
目星:85%→88% 言いくるめ:45% オカルト:55% 心理学:80% 法律:50%
クトゥルフ神話:13%→19% 御緒鍵(おおかぎ)に旧き印の力を付与する呪文


「俺は『目星』が少し成長しました。クリア報酬は共通分のみです。警官なのに糧の処理にも立ち会わなかったので仕方ないですが」
「でも、和希は後日談で活躍したじゃないか。ドクター・ヘリを呼んだり、従属化してた人達の身元を調べたりさ。それって大事なことだと思うよ」
 啓太の励ましに、ふわりと和希は微笑んだ。中嶋がつまらなそうに言う。
「あれほどダイスの女神に嫌われながら、不定にすらならないとはな。それで困ったのは、寧ろ、俺の方だった。なかなか必要な情報が出せず、結果的に甘い進行になった感は否めない」
「……」
 あれで甘いんだ、と啓太は思った。自分にも他人にも、結構、容赦なかったのに……
「次は僕ですね」
 そう言って七条は静かにキャラクターを出した。

探索者名 七条 臣(31)

母国語:日本語 職業:作家 HP(耐久力):14 MP(マジック・ポイント):15
STR(力):17 CON(体力):11 POW(精神力):15 DEX(敏捷):14
APP(容姿):13 SIZ(体格):16 INT(知力):12 EDU(教育):17
SAN(正気度)28→31 アイデア:60 幸運:75 知識:85 ダメージ・ボーナス:1D6

 技能

投擲(とうてき):40% 聞き耳:75% 忍び歩き:40% 図書館:85% 目星:50%
説得:19% 医学:65% オカルト:85% 心理学:75% 母国語(日本語):86%
その他言語:英語75% クトゥルフ神話:9%→32%


「七条も神話技能が30%越えか」
 ステータスを見た丹羽が呟いた。七条は小さくため息をついた。
「はい……ですが、今回は僕がKP(キーパー)なので使えないのが残念です」
 中嶋が淡々と解説した。
「七条も一時間の従属化でSAN(正気度)が1減り、神話技能が5%増えている。事件後に入院しているが、このセッション中はまだ不定が完治していないので、治療によるSAN値の回復はない」
「導入で言うつもりでしたが、今回の事件は前回から四ヶ月後なので、まだ不定の完治していない僕は自宅に引き籠もっています」
 七条が少し補足した。丹羽がポツリと零した。
「今回は低SAN値が多いな。この継続キャラを使うのはそろそろ限界か」
 ああ、と西園寺が同意する。
「中嶋は論外として三人が30台だ。お前と私だけでは持たない」

探索者名 西園寺 郁(30)

母国語:日本語 職業:古物研究家 HP(耐久力):12 MP(マジック・ポイント):17
STR(力):13 CON(体力):9 POW(精神力):17 DEX(敏捷):13 APP(容姿):16
SIZ(体格):14 INT(知力):15 EDU(教育):17 SAN(正気度)83→85
アイデア:75 幸運:85 知識:85 ダメージ・ボーナス:1D4

 技能

回避:56% こぶし:55% 応急手当:70% 聞き耳:79% 図書館:85% 目星:85%
運転:45% 水泳:30% 製作(骨董)80% 芸術(骨董):80% 博物学:45%
歴史:55% クトゥルフ神話:9%→14%


「見ての通り、私はSAN値の上限が削れているので、クリア報酬は殆ど意味がなかった」
 残念そうに首を振る西園寺を七条が優しく宥めた。
「郁は遊びで技能を取ってもRP(ロール・プレイ)は堅実ですからね」
 うんうんと丹羽が頷いた。
「態々技能値を無駄振りしたのに一番安定してるんだから、やっぱりRP(ロール・プレイ)は大事ってことだな。ちなみに、報酬はどのくらいあったんだ?」
「共通以外に1D3と1D4だ。だが、神話技能の増加で私のSAN値は85が上限だから振る必要がなかった」
「あ~、確定で4だからか。1D3は糧を処理した分として1D4は何だ、中嶋?」
「優香に風窓の遺品を渡した分だ」
「ふ~ん、本当、報酬は色々用意してあったんだな」
 一通りステータスの発表が終わったので、七条が小さく咳払いをした。少し和み始めていた場の空気が引き締まり、皆の視線がKP(キーパー)の七条へ向けられた。
「では、これよりクトゥルフ(CoC)のセッションを始めます。今回は完全なクローズドなので、持ち物は何もありません。ゴグ=フールは去り、漸く平穏な日常が戻って来た初夏のある日……人間を狂気と混乱に陥れて愉悦を覚える無貌の神ニャラルトホテプは言いました。さあ、ゲームを始めよう。勝てば、明日からお前は本物だ、と……」



2020.6.9
今回は少し趣向を変えてみました。
導入らしいものはありません。
ただ、生還出来るのは……もしかしたら、啓太だけかも。
多分、七条さんはそのつもりです。
シナリオは『クトゥルフ神話TRPGやろうずwiki』よりお借りしました。

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Café Grace
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