今後を話し合う丹羽達を眺めながら、七条は頭の片隅で冷静に状況を分析していた。
(やはり見えている地雷を踏む人はいませんでしたね。一応、救済措置で仕込んだとはいえ、ここで明かされては面白くないです。現状、注意は伊藤君に向いているはずなので最後までいけそうですが、星の精をどう乗り切るか……発動に備えて一応、もう少し詰めておきますか)
 折角の見せ場ですから……と考えあぐねていると、西園寺の声に思考を遮られた。
「聞いているのか、臣?」
「……!? ああ、すみません、郁。何でしょうか?」
「行動が決まった。遠藤の得た情報を共有した後、中央の部屋で私が呪文を使う」
「南の部屋へは行かないんですか?」
「ああ、呪文で召喚するならば、場所は関係ないだろう」
「成程……水晶玉はどうしますか?」
「一先ず保留だ。もう少し情報を集めてから判断する」
 わかりました、と七条は頷いた。

七条 :では、貴方達は無事に中央の部屋へ戻って来ました。RP(ロール・プレイ)で情報を共有し
    て下さい。
中嶋 :俺から行く。遠藤はこの情報をあまり共有したくないだろうからな。
遠藤 :有難うございます。PC(プレイヤー・キャラクター)としては啓太に要らぬ疑いが掛からぬよ
    う自分からは切り出さないので助かります。
中嶋 :頃合いを見て遠藤に尋ねる。先刻、お前は最初に見つけた二枚の紙を調べていたが、あ
    れに何かあるのか?
遠藤 :いえ、そういう訳では……ただ、少し気になることがあって……そうしたら、更にわからなく
    なったというか……
西園寺:随分と歯切れが悪いな。
遠藤 :……あの紙には二種類の文字が書いてありました。鏡文字と普通の文字です。俺の見た
    ところ、それは同一人物の筆跡でした。変だと思いませんか?
中嶋 :確かに妙だな、それは。
    (啓太の名前は出さないな)
伊藤 :……? 普通の文字を鏡に映したのが鏡文字だから、同じ人が書いてないと逆に変じゃな
    いですか?
丹羽 :普通なら、な。いいか、啓太、あのクマは鏡の中の俺達に意思だか知恵を与えて精神転移
    の呪文で入れ替わらせた。そこまではわかるだろう?
伊藤 :はい。
丹羽 :そのせいで、たとえば、俺は現時点で二人いることになる。現実の俺と鏡の中の俺だ。鏡
    の中では総てが逆になってるから、元々鏡の中にいた俺の書く字は鏡文字になる。そんな
    奴が普通の字を書いたらどうなる? しかも漢字を使って、だ。きっと乱れて酷い字になるだ
    ろう。だが、あの紙はそうではなかった。それはつまり、鏡の中にいながらも普通の字を書く
    三人目の俺がいるか、あるいは現実の俺が意識のない間に操られて書いたか、ということ
    だ。
伊藤 :あっ……!
    (もしかして、俺が操られて……? 水晶玉にはそのときの記憶があるのか……? なら、
    見ない方が良いかもしれない……)
七条 :(考察が進んでいますが、一応、指摘しておきますか)
    すみません、遠藤君が筆跡の話をしたとき、二枚の紙はどこにありますか?
遠藤 :上着のポケットに入れたままです。
七条 :わかりました。続きをどうぞ。
西園寺:私は啓太が操られているかもしれないと思い、それ以上、筆跡の件には触れずに丹羽に
    瓶を渡して言う。やはり一刻も早くここから脱出するべきだ。私はこれから呪文で星の精をこ
    こに呼び出す。血液の採取はお前に任せる。
丹羽 :ああ、その方が良いな……中嶋、ナイフを貸してくれ。
中嶋 :黙って丹羽にナイフを渡す。
七条 :では、改めて呪文について説明します。これは任意のMP(マジック・ポイント)をコストに判
    定します。1MP(マジック・ポイント)につき成功率が10%上がり、10MP(マジック・ポイン
    ト)で100%になります。但し、その場合でもダイスは振って貰います。ファンブルは確定で
    失敗となるので、悪しからず。また、成否に関わらず、1D3のSAN値を喪失します。コスト
    はどうしますか、郁?
西園寺:10MP(マジック・ポイント)を使う。
七条 :わかりました。
中嶋 :KP(キーパー)、その間に遠藤に渡した二枚の紙を再度、自分で調べたい。遠藤が同一
    人物としか言わなかったから、俺なら確認しようとするだろう。
七条 :わかりました。他の人も調べますか?
丹羽 :俺は見ねえ。呪文で従属させるとはいえ、神話生物を呼び出すんだ。一応、周囲を警戒し
    てる。
伊藤 :俺も西園寺さんが呪文を使ってるので、そっちに意識が向いてます。
遠藤 :俺は中嶋さんに紙を渡すので、必然的に反応を窺っています。
七条 :なら、郁達の描写を先にします。郁、1D100で判定とSAN(正気度)の喪失分として1D3
    をお願いします。
丹羽 :頼むぜ、郁ちゃん。
西園寺:わかっている。


西園寺:不可視の下僕の覚醒(00)→66 成功 1D3→3
    :MP(17)→7
    :SAN(77)→74


西園寺:無事に成功したな。
七条 :では、郁は皆から少し離れて覚えたばかりの呪文を唱えました。すると、冷たい手で意識
    の芯を掴まれ、何かが自分から奪われるのをはっきり感じました。全身を生温い倦怠感が
    襲い、足元がふらつきます。
伊藤 :あっ、なら、西園寺さんを支えます。
西園寺:有難う、啓太。
七条 :軽い目眩を覚えたものの、郁は無事に詠唱を終えました。これ以降、本シナリオが終了す
    るまで郁は総ての技能値に10%のマイナス補正が付きます。丹羽会長は『目星』の五分の
    一と『聞き耳』、郁と伊藤君は『聞き耳』をお願いします。


丹羽 :目星(75/5)→85 失敗
    :聞き耳(31)→01 クリティカル
西園寺:聞き耳(79-10)→59 成功
伊藤 :聞き耳(60)→62 失敗


丹羽 :おっ、1クリだぜ! 七条、これで『目星』の失敗を取り消せねえか?
七条 :そうですね。成功とまではいきませんが、ある程度は補填しましょう。では、伊藤君は何も
    聞こえませんでしたが、丹羽会長と郁の耳はクスクスという微かな笑い声を捉えました。周
    囲を警戒していた丹羽会長はそれが南の扉の方から聞こえる気がします。
丹羽 :なら、俺は南の扉を見て言う。郁ちゃん、あの辺りから妙な音が聞こえる……星の精ってや
    つがいるんじゃねえか?
西園寺:召喚には成功した。命令してみよう……私の前に来い。
七条 :郁がそう命じると、目の前の空間がレンズを通して見た様に僅かに歪みました。相変わら
    ず、星の精の姿は見えませんが、今度はあの笑い声に混じって細かな砂が流れる様なさら
    さらとした音も聞こえます。
西園寺:更に命じる。何があっても、決して動くな。
七条 :変化はありません。
丹羽 :今度は俺の番だな。何を振れば良い?
七条 :星の精の場所を把握しているのでロールは要りません。丹羽会長は空間が歪んで見える
    辺りを適当に切りつけました。すると、まるでゼリーの塊でも切った様な奇妙な感触がし、そ
    の切り口から赤い雫が滴り落ちました。
丹羽 :急いでその血を瓶に受ける。
七条 :丹羽会長は無事に星の精の血を入手しました。ここで三人の描写を止めて郁が呪文を唱
    えている最中まで時間を戻します。二枚の紙を調べるなら、『目星』を振って下さい。
遠藤 :その間、俺は『心理学』を振らない程度で中嶋さんの様子を窺っています。


中嶋 :目星(79)→08 成功


七条 :では、貴方は紙に書かれた二種類の文字はどちらも丹羽会長の筆跡に見えました。しか
    し、遠藤君は同一人物としか言わなかったので、まだ差異に気づくことは出来ません。
中嶋 :なら、さり気なく呟く……確かにこれは丹羽の字だな。
遠藤 :えっ!? それは啓太の字ですよ、中嶋さん。
中嶋 :いや、丹羽だ。字面からしてこんなに煩い字を書くのはあいつしかいない。
遠藤 :いいえ、この自由で伸びやかな手は間違いなく啓太です。
七条 :二人は見えている筆跡の違いに気づいたので、再度、紙に『目星』をお願いします。
中嶋 :外すなよ、遠藤、この情報は落としたくない。
遠藤 :……努力します。


中嶋 :目星(79)→55 成功
遠藤 :目星(88)→83 成功


伊藤 :わっ、危なかったな、和希。
遠藤 :ああ、俺のダイスは九割でも安心出来ないよ、本当に。
七条 :改めて紙を調べた二人には本当の筆跡が見えます。それは、まるで闇を凝り固めた様に
    深く静かで冷酷なまでに整っている……貴方の筆跡です、中嶋さん。
中嶋 :……成程。
    (操られていたのは俺か)
七条 :全く書いた覚えのない自分の字を見た貴方は1/1D2、筆跡の変化を目の当たりにした
    遠藤君は0/1のSAN(正気度)チェックです。
    (秘匿ロールは……失敗ですか)


中嶋 :SAN(13)→12 成功
    :SAN(13)→12
遠藤 :SAN(36)→96 ファンブル
    :SAN(36)→35


七条 :はあ……ここでファンブルなら、先刻、出して欲して欲しかったですね。この情報を全員で
    共有しますか?
中嶋 :いや、俺は無言で二枚の紙を内ポケットに入れて言う。このことは丹羽達には伏せる……
    余計な情報は必要ない。
遠藤 :……わかりました。俺も今は啓太を動揺させたくないので、それで構いません。しかし、こ
    こを脱出するまで、念のため俺の手の届く範囲にいて下さい。
中嶋 :わかった。
七条 :では、ここで全員の時間を合わせます。貴方達は脱出に必要な物を総て揃えました。これ
    から北の部屋へ行きますか? それとも、残りの水晶玉を使いますか?


「今、水晶玉を持ってるのは俺と中嶋、啓太の三人だが、筆跡の件を共有しねえなら、誰も使わねえよな」
 丹羽が確認する様に言った。ああ、と中嶋は頷いた。
「疑問点はクリア後にKP(キーパー)に解説させれば事足りる。余計なことをすれば、無駄にSAN値を減らすだけだ」
「あっ、やっぱりそうなんですね」
 思わず、啓太は零した。PC(プレイヤー・キャラクター)としては記憶のない間の行動に不安を覚えているので、水晶玉を使うつもりだった。しかし、PL(プレイヤー)としてはSAN値が減るなら使いたくない。どうしよう……
 二つの思考に挟まれて啓太は困ってしまった。和希が助け舟を出す。
「なら、啓太が水晶玉を使おうとしたら、俺が何か理由を付けて止めるよ」
「有難う、和希」
 ほっと啓太は胸を撫で下ろした。西園寺が小さく手を上げた。
「KP(キーパー)、一つ質問がある。一人ずつ北の部屋へ行って鏡の前で銃を撃ったら、中央の部屋に残った者にはSAN(正気度)チェックが入るのか?」
「場合によっては、ですね。詳細は言えません」
(シナリオに書いてありませんから)
 すると、丹羽が口を挟んだ。
「難しく考える必要はねえよ、郁ちゃん。全員で北の部屋へ行って、せ~の、で撃てば良い。合図は任せろ」
 丹羽は手で銃を形作って構えた。そんな大雑把な……と西園寺は言い掛けたが、それがSAN(正気度)チェックを避ける最も簡単な方法だと直ぐに気づいた。諦めて短く嘆息する。
「それではタイミングが取り難い。せめてカウントダウンにしろ」
 了解、と丹羽は親指を立てた。七条がゆっくり全員を見回した。
「大体、纏まった様ですね。なら、鏡に心的外傷(トラウマ)のある人はPOW(精神力)×5を振って下さい」
「……」
 中嶋は無言でダイスを振った。

中嶋 :POW(60)→96 ファンブル


「ファンブルですね。では、SAN値を1減らして下さい」
「中嶋さんのSAN値がどんどん減ってく……」
 啓太が不安そうに呟いた。先刻、もっと増やせれば良かったのに……
 すると、心なしか楽しそうに中嶋が言った。
「入れなかったら、お前が手を引いてくれるのだろう、啓太」
「えっ!? あっ、はい、勿論です。任せて下さい」
 中嶋に頼られることは滅多にないので、その言葉に啓太はすぐさま気を取り直した。中嶋は小さく口の端を上げ、数値を修正した。

中嶋 :SAN(12)→11


 その隙に七条はこっそりダイスを振った。
(おや、成功してしまいました)
 それは七条の改変が発動したことを意味した。組み込んだときは、まさか中嶋に使うことになるとは思わなかったが……
「今、貴方にHO(ハンドアウト)を送りました」
「……!」
 中嶋の柳眉が僅かに上がった。丹羽が怪訝そうに七条を見た。
「この終盤にか!?」
 啓太が、そっと和希に尋ねる。
「……HO(ハンドアウト)って何?」
「シナリオ上の自分の設定や目的が書かれたものだよ。普通はセッション開始前に渡されるんだ。今になって出て来るということは何かPC(プレイヤー・キャラクター)に秘密があると思う」
(紙の本当の筆跡も中嶋さんだった。もう中嶋さんからは絶対に目を離せないな)
 全員が注視する中、中嶋は一人タブレット型PCに送られたHO(ハンドアウト)に目を通した。
「……把握した」
 七条は小さく頷いた。KP(キーパー)用のノートPCにシナリオの最後のページを表示する。
「HO(ハンドアウト)の公開は貴方の判断に任せます……では、描写を再開します」



2021.6.8
いよいよ終盤です。
七条さんの改変が発動しましたが、
中嶋さんなら巧くやれそうな気がします。

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Café Grace
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